黒ネコのクロ

雪松かおり

第1話

人間がいるからこそ文明は発達し、

進化を遂げたが、争いは終わることを知らない

人間がいるから、この世の弱い人間はいじめからも救われない


弱者には救いを

悪者には罰を与えよ


それが黒猫の思う

理である


1

自分の影が倍以上に伸びていることに

不思議に思いながらも、

小学五年生の佐藤圭介は、黒いランドセルの腕の両端を握り、自分の家まで一人静かに夜を迎える夕日を背にして歩いていた。


至って普通の小学生男子。

ガキ大将というより控えめな大人しそうな顔をした少年。

だが、彼は同級生の一人をいじめるのが好きであった。

好き、というより、その相手を支配していることに高揚感が湧き、彼は

その感情を知らずに覚え、今日も

また、学校という自分の王国の中で、ターゲットをいじめていた。

靴箱の中をゴミでいっぱいにし、おまけに上履きまでをも中を砂で埋めさせた。

授業中、休み時間は彼にとって最高の時間だ。

授業中、教師が見ていないところでターゲットの頭に消しカスを投げつける。

休み時間は仲が良い振りをして、誰も見てないとこで暴言をけちらかす。

殴る、蹴るを終わりのチャイムが鳴るまで続ける。

給食の時間も圭介の好き勝手できる時間だ。

手が滑ったといって、ターゲットの盆に乗せたご飯の中に、作っておいた消しカスを入れる。

教師に言おうとする彼の足を踏みつけ、痛がる彼の顔を「何やってんだよ。」と笑いながら言う。

みんなも、笑っていた。

誰も、いじめられている子を救う者は、いなかった。

とどめは放課後だ。

掃除用具を入れたロッカーの中に押し込め、あらかじめ家からこっそり持ってきたロープでロッカーをぐるぐる巻きにし、閉じ込める。

本当はロープの代わりに縄跳びを繋げてやりたかったが、名前がついているので教師にバレてしまう。

ターゲットを閉じ込め、出して、出して、という声を無視して、自分はランドセルを背負って帰る。

心地よい気分だ。

圭介はそう思った。

何ていい気分だ、人を支配するのがこんなにも楽しいなんて。

最初は暗く目立たないあいつのことを、おもしろ半分にちょっかい出してみたら、大げさに驚くあいつの顔が

面白くて、それから毎日だ。

「おい○○。これ食べろよ。」

圭介は体育で使う石灰の粉を指差して言った。

「おい○○。トイレ行きたいのか?

ここでしろよ。」

圭介はターゲットの机を指差して言った。

「おまえ気持ち悪いんだよ、マジ死ね、キモい。」

圭介は毎日浴びせるように暴言を吐いた。

「自分のおかげでおまえはみんなからも注目を浴びているんだ。感謝の一つぐらいしろよ。」

......ターゲットは黙ってうつむいたまんま、何も言わない。

それでも圭介は満足だった。

暴言を吐けばスッキリする。言いたいこと全てが本当のことだからだ。


一度、我が子がいじめにあっていると、ターゲットの母親が学校に来た。

けど圭介は怖くなかった。

だって圭介がいじめたという証拠はない。

それに教師側も「そんなことはない。

お子さんのいるクラスはみんな仲が良いんですよ。」と隠蔽した。

圭介の圧勝だった。

圭介は何も怖くなかった。

だから今日も塾帰りのこの道を通って、母親のおいしいご飯を食べて、

寝て、また明日いじめを繰り返す。

はずだった。


「君はずいぶんとひどいことをするねえ。」

後ろから、ずいぶんとかん高い声がした。

圭介は気になって後ろを振り返った。

そこにはまっ黒なネコが一匹、しっぽをゆらめいて圭介の足元に座っていた。

奇妙なことに、ネコの口がにんまりと三日月を下にしたように目を細くして笑っていた。


ネコってこんな風に笑うっけ。

圭介は思った。

辺りを見ても圭介とネコ以外誰もいない。

ではさっきの声は一体誰が。

「聞こえなかった?ぼくは

「君はずいぶんとひどいことをするねえ。」と言ったんだよ。」

「!」

圭介は後ずさりしようとして、尻もちをついた。

ネコが、目の前にいるまっ黒いネコが喋っている。

「そんなにおどろかなくてもいいじゃないか。

世の中にはいろんなネコがいるんだから。 あ、人もか。」

ネコは首をかしげた。同時にしっぽもかしげるように右に揺らめいた。

なんだ、なんだ、どういうことだ。

圭介は混乱していた。

目の前に喋るネコがいて、自分にペラペラ語りかけている。

訳わかんない。

とにかく逃げなくては。

腕と足に力を込めようと、圭介が踏ん張った時。

「あ、待って。」

ネコは右手を出して、自分の首についている金色の鈴をチリリンと鳴らした。


すると、どういうことだろう。

圭介の体が上から何かに押し込まれているように、ぎゅっと捕まれて立てないのだ。

恐怖でガチガチと歯が鳴り始め、その様子をネコは足で首もとをかいて見ていた。

「んもー、まだ自己紹介もしてないのに逃げないでよ。 佐藤圭介くん。」

圭介は驚いた。喋るのにも驚いたが語ってもない自分の名を、このネコは口にした。

「んむ?おどろいているねえ。「どうしてぼくのなまえしっているのお?」って顔だ。

ふふん、きいておどろくなかれ。

ぼくは何でも知ってる喋れるネコ、黒ネコのクロさ。

あ、今のおどろくなかれ。っていうのはご近所のテレビを窓から見てた時、きいたの。マネしたかったんだー。」

「(知らねえよ)」

自分を黒ネコのクロと言ったネコは満足そうに小躍りした。

ピタッと躍るのをやめると、クロは圭介の顔を目をぱっと見開いてまじまじと見た。満月のようなとてもキレイな金色の目だった。

「さて、ぼくの名前も君の名前もお互い知ったところで、本題に入りますか。」

「な、に...?」

圭介の声はひどくかすんで、しゃがれていた。

ごくんと唾を飲み込むと、渇いたのども少しは潤った。

「佐藤圭介くん、これからぼくと一緒に話そうじゃないか。そうだなあ、

内容は君が大好きないじめについてだ。」

「は?」

「しかし、路地で小一時間話そうにも人が見つけたら、話はできそうにない。なので、この不思議なネコ、黒ネコのクロが、いじめっ子の君を特別に別の世界に案内しようじゃないか!」

ぱあっと明るく言う黒ネコについていけず、圭介は反論を返した。

「待て。なに言ってんのかさっぱり。」

「んじゃ、さっそく。」

何もきいてない黒ネコはもう一度金色の鈴を鳴らすと、黒ネコの背後からまぶしい光が、辺り一面を覆いつくすように包みはじめた。

圭介はまぶしい光に目をやられないよう、瞬間的に目をつむって左手で目を隠した。

光はたった一瞬光っただけで、圭介とクロは、路地からぱっくんと食べられたように消えてしまった。



2

圭介が目を開けると、そこはさっきまで自分が歩いていた路地でなく、何にもないだだっ広い白い世界にいた。

目の前にいる、しっぽをゆらゆら揺らしている黒ネコのまっ黒な毛が余計目立つほどまっ白な世界に。

意味が分からない。

なぜ自分はここにいるのだろう。

そもそもこのネコは一体何なんだ?

圭介は次々出てくる疑問を自分にぶつけた。

「まっ白だねー。

ま、今は仕方ないか。いずれこの世界も今に変わることだろうし。」

黒ネコは辺りを見回しながらニヤニヤ笑っていた。

「まあ、圭介くん。まずは深呼吸して落ち着くんだ。」

ネコの言う通り、圭介は落ち着きたい一心で深呼吸をした。

ばくばくと脈打っている鼓動も熱も、深呼吸したらスーッとおさまった。

「あらためて。

初めまして。こんにちは。

そしてようこそ。

ぼくの名前はクロ。

神さまからもらったこの声と鈴で、

いじめにあっている子には救いを、助けを、癒しを。

いじめをして楽しんでいる子には罰を与える、とても不思議なネコだよ。

さて、圭介くん。君のことは学校の外から見ていた。

ぼくはとても目が良くてね。

ぼくから見たきみは本当にひどい

いじめっ子だ。

ネコのぼくから見ても、いじめられているあの子はかわいそうだ。

「キモイ、死ね、気持ち悪い、キモイ、キモイ、キモイ」...暴言と暴力のいじめ。

給食にも彼の頭にも消しカスを投げる。他にもいろんな悪事をしている。

うーむ。



実に最低な奴だな。」

クロは突然、かん高い声から低い声になって、圭介を正面から睨んだ。

「楽しい?

人をそんなにもいじめるのが。

理解できないね。

バカげているね。

君のやっていることに。」

ハッ。 クロは低い声のまま語り、

吐き捨てるように笑った。

「っ、ネコのくせに生意気だぞ!」

ここまで散々言われてきた圭介は、反撃をしようとクロに突っかかった。

だが、怒りに満ちた顔のクロに睨まれ、何も言えなくなってしまった。

「ぼくはね、怒っているんだよ。

圭介くん。

ネコのぼくから見てもひどい君のいじめのやり方に。


君はさ、考えたことあるの?

いじめられている側の気持ち。

すっごくつらいよ、かなしいよ。くるしいよ。

助けを求めても、求めても、親も大人も先生も他の子たちも救ってくれない人間がいる、この世界に生きて、みんなくるしいんだよ。

ぼくもくるしい。

見てるだけでもう泣きそうになる。

やめてよ!って叫びたくなる。

だからぼくはその子の受けた傷を少しでも癒して、いじめた子にはそれなりの罰を与える。

君は分かるかい?

考えたことあるかい、この気持ち。

いじめられた子はね、自分から命をおとす子もいるの。本当にいるんだよ。

おかーさんもおとーさんも、おともだちも、その子がいなくなったらみんな苦しむの。

びょーきになる子もいるよ。

いじめを受けて。

何も食べれないって、ずっとくるしくて、つらい気持ちがいつまでも続いて、何にもできない、何かしたいけどやる気が起きないびょーき。

他にもいっぱいあるんだ。

君は、将来そうなってしまう子をいじめ続けて何とも思わないの?自分のせいであの子は死んでしまった。

後遺症を残してしまった、と。

その子の親に申し訳ない、でも遅い。

取り返しつかないことしてしまった。


死んでも君らはずっと責任を負うんだよ。」

「は?

知らないよ。そんなもの。

だいたいさ、さっきから好き勝手言ってるけど全然意味わかんないよ。

えらそうにして、いい子ちゃんぶって、説教して。

いじめられている側の気持ちなんて、

分かるわけないよ。

そいつが死んだら俺の責任?

知ったことない。

ただ楽しくて退屈しのぎになってるから、俺は幸せだからいいんだよ!

もう訳わかんねえし、さっさとここから出してくれよ!」

「幸せ、ね。

いいよねえ、いじめっ子はいつだってこの先も幸せで。

いい気味で笑っちゃって。

いじめられている子は、いつまでたっても苦しいのに。

びょーきになって苦しんでいるのに、のうのうと生きてさ。

ふう、わかったよ。」

「! じゃあ、出してくれるんだな!」

「いいや。

分からず屋な君に罰を与えよう。

いじめられている側はどんなに苦しいか、分からせてあげる。」

クロは自分の首輪についている鈴を鳴らした。

今度は光もなく、一瞬で白い世界から圭介の通っている学校に変わった。

圭介の通っている五年四組の教室。

「ここ、俺の通っている学校。

なんで?」

クロに聞いてみようとおもったがクロはどこにもいなかった。

代わりに圭介を待っていたのは、圭介の机に笑いながら落書きをしている同級生たちだった。

「おまえら何してんだ!」

圭介が駆け込むと落書きしている子たちは消えてしまった。

「え、なんで?」

ーバシャッ!

圭介は背中から水を浴びせられた。

みると同級生の一人がバケツを持って圭介を指差して笑っていた。

コツン。

今度は消しゴムが投げられた。

見るとクラスの皆が学校にある大小様々な物を持って圭介に向けて投げた。

たくさんたくさん投げられて、圭介の目に当たった。

「10点だ!」と。

「いや、20点だよ!あはははは!」

「もっともっと当てろ!」と。

みんなみんな、それを見て笑っていた。

とても痛い。

これは夢じゃないの?

「圭介くん、はい。」

目の前にはにっこり笑っている可愛いクラスの人気者の女子が、

消しカス入りの給食を持って圭介の前に渡した。

物が圭介に向けて投げ飛ぶ中、物は彼女の体をすり抜けて圭介に当たりまくる。

「はやく食べなよ。それとも圭介くんの大好きな虫をトッピングに入れてあげようか?」

可愛い彼女は気持ちの悪い歪んだ笑みを浮かべ、どこから出したのか手の平に握ったうじゃうじゃうごめく、ミミズやムカデをおかずの上に置いた。

圭介は悲鳴をあげて教室を出た。

長い長い廊下の先、走った先に担任の教師がいた。

「先生!」

圭介はしがみつくように教師に近づいた。

「先生、助けて!

俺、いじめられているんだよ!」

叫ぶ圭介に教師はにっこり笑った。

圭介はゾクリと背中から寒気がした。

「圭介、いじめなんてこの学校にはないぞ。それはおまえの妄想、思い違い、勘違いだ。圭介。」

「そ、そんな。」

「さあ、みんなが待っているぞ。

圭介と仲良くしたいために準備している。」


机をずらす音が後ろからした。

周りを見ると圭介はいつの間にか教室に戻っていた。みんな教室で机を囲んでいて、圭介は一人円の真ん中にいた。

みんな口を開いて、呪文みたいに圭介に暴言を言う。

それは今まで圭介が言っていた悪口ばかり。

「キモイ。キモイ。気持ち悪っ。

早く死んじゃえよ。何で学校来てんの。

近づかないで。

触らないで。

触られたもの使いたくなーい。

うわー!

こいつが触ったもんに触れたらへんなのうつるー。

ウイルスー菌ー。」

圭介は耳を塞いだ。

それでも手をすり抜けて呪文のような悪口は聞こえる。

頭の中にこびりつくように自分の中で悪口が復唱する。

おなかが痛い。

胸が痛い。

耳が痛い。

「う、う、

うわあああ!

もうやめてよおおお!!」

圭介は歯を見せるぐらい、

大きな口を開いて大粒の涙をこぼした。

圭介自身も聞いたことがない、動物のような叫び声。

圭介が叫ぶと、教室だった空間は、クロといたまっ白な世界に変わった。

圭介は泣きながらうずくまった。

「これでようやく分かったかい?」

クロげため息をつきながら言った。

低い声からかん高い声に戻っていた。

「いじめられている子には救いを。

いじめている子には罰を。

それをするのが僕の仕事。

君が今までいじめてきた子の気持ち、分かった?

ただ生きてそこにいるだけなのに悪口好き勝手言われてやられて、ウイルス、菌扱いされる。

自分が神さまになったつもりか。

いい気になりやがって、このいじめっ子が。」

「分かった。分かったよお。

もう、やめてよう。

もう、もうしないよ。

クロ、俺どうしたらいいの?」

「今頃気づいてももう遅いし、本当はもっと早くやってほしかったけどね。

きみにできることはただ一つ。

「あやまる」ことさ。

正直に、あやまるんだ。


でも、君のしたことは許されないこと。

すぐに許してはもらえない。

もしかしたらずっと許してはくれないかもしれないけど、それでも、

あやまることは大切なことなんだよ。」

クロは優しく微笑んだ。

「うん、うん、謝るよ。

すぐに謝るよ。

あいつのお母さんにも謝るよ。」

圭介が涙をぬぐうと、まっ白な世界は、雲一つない青空に変わり、圭介はちくちくとした緑の草の絨毯に座っており、たくさんの綺麗な色とりどりの花が風に揺れていた。

たった一瞬のことで魔法のような光景だった。

「圭介くん。いや、圭介。

心を入れ替えてくれてありがとう。

この景色が変わったのは、君が生まれ変わった証拠。

これでぼくにできることは、なにもない。

聞きたかったことを心の底から聞けたからね。

ぼくはこれからも、いじめに苦しんでいる子や、いじめをして楽しんでいる子のもとに、会いに行くよ。

いいかい、約束だよ。

君は近いうちにお母さんと一緒にあやまる日がくる。

そのときは、ちゃんとあたまをさげてあやまるんだ。

口だけじゃなく、心をこめて。」

「うん、分かったよ。約束する。

クロ、ごめんな。

そんでもって、ありがとう。」

クロはもう一度微笑んだ後、チリンと鈴を鳴らした。

この世界に来た時と同じ、クロの背中から光が辺りを包んだ。


気がつくと圭介は、元いた路地に座っていた。

ハッと我に返ると家まで一目散に走り、家にいる母と父に全てを話そうと決意した。



3

クロの言った通り、その数日に圭介と圭介の母、いじめていた子とその子の母親が学校に集い、圭介は母と共に謝った。

すると、いじめていた子の母親が怒気を含んだ声で、すでに違う学校に転校することが決まったことを圭介たちに話した。

圭介はひどく驚いた。

当然の結果であり、自分が招いてしまったことだった。

「でも、最後に謝ってくれて、ありがとう。」

と、いじめていた子は圭介にニコッと笑ってくれた。

もう二度と許されないことをした、人生を奪われた自分に「ありがとう」と言ってくれて、圭介は泣きながら何度も謝った。


あの日以来、クロは圭介の前に来ることはなかった。

きっと、いじめられている子を救い、

いじめている子に罰を与えにいっているだろう。

圭介は教室の窓を開けた。

雲が浮かぶ青空を見上げながら、

圭介は一人、クロのことを思い返す。


fin.

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黒ネコのクロ 雪松かおり @anderucen

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