最終話 真夜中の侵入者

草木も眠る丑三つ時。

「喜三郎くん、起きて下さい」

 椛は目を覚まし、喜三郎を起こそうとした。

「どっ、どうしたの? 美甘さん」

 喜三郎は眠たそうに尋ねる。

「あの、一人じゃ怖いので、おトイレついてきて下さい」

 椛は照れくさそうに打ち明けた。

「……真っ暗だし、確かに怖いよね。付いていってあげるよ」

 喜三郎はそんな椛の姿を見て、快く了承した。

四人のテントから、トイレ小屋までの距離はおよそ五十メートルあった。

「手を繋いで下さい」

「わっ、分かった」

 わずかな外灯を頼りに恐る恐る足を踏み出していたため、行き着くまでに二分以上かかった。

「めちゃくちゃ寒いな。真冬みたいだ。じゃあ美甘さん、俺はここで」

「ダメです。扉の前まで来て下さい!」

 椛は強く言い放った。

「……わっ、分かった」

 喜三郎は入口横で一旦立ち止まり、息を整えてから女子トイレに足を踏み入れた。すぐ隣に男子トイレがあるのに、と喜三郎は罪悪感に駆られる。

「きゃっ!」

 個室に入ろうとした椛が、喜三郎に抱きついてきた。

「大丈夫? 美甘さん」

「ごめんなさい。あそこに、大きなクモさんがいて」

 椛は怯えた目で、サニタリーボックスが置かれてある隅の方を指差した。

「でかっ。田舎だと虫も巨大化するよな」

 喜三郎は少し感心しながら観察する。

「怖いです」

 結局、椛はそこの二つ後の個室に入った。すぐに水を流す音が聞こえてくる。たとえ喜三郎でも、用を足す音を聞かれるのは恥ずかしく思っているようだ。


「お待たせしました」

 手を洗い、ハンカチで拭いてから再び喜三郎の手を握り締める。

「あの、美甘さん。俺も、行きたくなったんだけど……」

 喜三郎は少し照れくさそうに伝え、男子トイレの方を指差した。

「それじゃ私も、いっしょに男子トイレに入ります!」

「えっ!?」

「あの、もちろん後ろ向いて、喜三郎くんがするとこ見ないようにしますから」

 椛はぼそぼそと言う。

(美甘さん、俺のすぐ後ろに立たなくても。せめてトイレの外で待っててほしいな……)

 喜三郎は小便器に向かい、ズボンを下ろしてアレを露出させて用を足す。

虫の鳴き声と共に、彼の出す音が椛の耳にもしっかりと飛び込んでいた。


「どっ、どうぞ」

 椛は手洗いも済ませた喜三郎に、ハンカチを手渡す。

「ありがとう美甘さん」

「どういたしまして。あの、喜三郎くん、いろいろとご迷惑掛けて申し訳ございませんでした」

「いっ、いや、俺は別に気にしてないから」

 喜三郎はちょっぴり照れる。貸してもらったハンカチをきちんと折りたたみ、椛に返してあげた。二人は再び手を繋いで、元来た道を進む。

 クゥオン、クゥオン。

その途中、遠くの方から野生動物のうなり声が聞こえてきた。

「喜三郎くん、怖い」

 椛は、寒さと恐怖心からカタカタ震えていた。

「山だからいろんな動物さんがいるみたいだね。気にせずに早くテントに戻ろう」

「はっ、はい」


テントに戻った二人は、すぐに眠りに付こうとした。

クゥウウウオオオン、クゥゥゥオオオン。

しかし野生動物のうなり声は、ますます大きくなってくる。

「智穂ちゃん、洸ちゃん、起きて下さい、起きて下さい」

恐怖心を強く感じた椛は、二人を交互に揺さぶった。

「モミ、どないしたで?」

「もみちゃん、一体どうしたの?」

二人ともすぐに目を覚まし、眠たそうにしながら尋ねる。

「なんかすぐそこに、野生動物がいるみたいなの。クマさんだったらどうしよう。ぬいぐるみはとってもかわいいけど、本物は怖いよ」

椛の顔はやや蒼ざめていた。

「ひょっとしたら、スイトンかも」

 洸は顔をこわばらせた。椛もびくっとした。

「それは絶対ないって」

 喜三郎はくすりと笑う。

「キサブー、ちょっと確かめて」

「分かった。俺は、イノシシかなんかだと思うけど。俺んちの周りもたまに出るし」

「喜三郎くんや洸ちゃんの住んでるとこって、イノシシさんが出るの?」

「神戸じゃよね?」

椛と智穂は少し驚く。

「まあ、六甲山がすぐ近くにあるからな」

「イノシシ条例ってのもあるのよ」

 喜三郎と洸はさらっと伝えた。

「ほうなんじゃ。初めて知った」

「大都市だけど、自然も豊かなのね、神戸って」

 智穂と椛は目を丸くした。

「それじゃ、確かめてみるか」

 喜三郎は懐中電灯を手に持ち、テントの入口を少し開けてうなり声のする方を照らしてみた。

「うわーっ!」

 喜三郎は思わず悲鳴を上げ、懐中電灯を落っことした。そこにはなんと、あの野生動物がいたのだ。

「何がいたの? きさぶろうくん」

 洸は彼に顔を近づけて尋ねてみる。

「ツッ、ツッ、ツキノ、ワグマだ。シャレになってねえぞ」

 喜三郎の声は震えていた。

「ほんとにぃ!?」

「ほっ、本当だ洸、リアルなツキノグマだ」

「まっさか」

 洸は笑いながら喜三郎の落とした懐中電灯を拾い上げ、もう一度照らしてみた。

「…………うっ、嘘でしょ。クマさんが、出るなんて」

 次の瞬間、洸は口をあんぐり開けた。

「……まさか、蒜山にツキノワグマが出るとは」

「はわわわわわわ、スッ、スイトン以上に、恐ろしいですう」

 智穂と椛の目にもしっかりとその姿が映った。

「きっ、きさぶろうくん、あっ、あいつ、お相撲でやっつけてよ、クマに跨り相撲の稽古って桃太郎のお話にもあったでしょ」

 洸は焦りの表情を浮かべ、喜三郎に無茶なお願いをする。

「そっ、それは金太郎だろ」

 喜三郎はカタカタ震えながら突っ込む。

「はっ、早く、防御せんと」

 智穂は急いで出入口を閉めた。

 しかし洸の照らした明かりによって折悪しく、ツキノワグマに四人のいるテントの位置を見つけられてしまった。

クウウウウウウウァ。

 ツキノワグマは低いうなり声を上げながらテントにどんどん近づいてくる。

 そして、

 鋭い爪が布にめり込んだ。バシュッと破けてもおかしくないような音がする。

「きゃあああああああーっ!」

 椛は大きな悲鳴を上げた。

「キッ、キッ、キサブー、助けてーっ」

 智穂は泣きそうになりながら喜三郎に抱きつく。

「こら、クマ」

 洸は立ち上がり、テントの布に蹴りを一発入れた。

「あっ、当った?」

 布越しに、ツキノワグマの胴体部分に触れた感覚がした。同時に、ツキノワグマの動きがぴたりと止んだ。

足音もだんだん遠ざかっていく。

「行ってくれたようね」

 洸は座り込み、ホッと一息ついた。

「洸、落ち着いてる場合じゃないぞ! 今度は、他のテントが襲撃されちゃうかも」

 喜三郎は深刻な表情で告げた。

「あっ、そっ、そうか。確かにそうだよね」

 洸は冷静に考え直す。次第に表情が蒼ざめていった。

「でも、どうすりゃいいんだ」

 喜三郎は苦悩する。

「きっ、きさぶろうくん、これ使って、追っ払ってきて」

洸は手を震わせながら、昨日売店で買った二本の木刀を喜三郎に手渡した。

「でっ、でもさ」

「お願い! このままじゃ、クラスのみんなが」

「喜三郎くん、お願いです」

「キサブー、男の子は、キサブーしかおらんのじょ」

 三人は泣きそうな目で、喜三郎に頼み込む。

「……わっ、分かった」

喜三郎は勇気を振り絞って木刀を両手に持ち、テントの入口をそーっと開ける。

「どこ行った?」

恐る恐る外へ出た。慎重に周囲を見渡す。

「あっ、あそこに――」

 喜三郎はすぐに気付いた。

ツキノワグマは、彼の今いる場所から十メートルほど先にいた。隣のテントの五十センチ先くらいまで迫っていたのだ。

「おい、クマ! おっ、おっ、俺が、相手だ」

 喜三郎は震え声で呼びかける。

クゥァ。

ツキノワグマは彼の方を振り向いた。喜三郎と対峙する。

(こっ、こっ、こえええええ。立ち上がったら、俺よりも絶対でかいぞこいつ。にっ、逃げてくれ、逃げてくれ)

 喜三郎は心の中で唱える。彼の足は寒さ、それよりも恐怖心からがたがた震えていた。

クッ、クルゥアアアアアアアァ!

 彼の願いも空しく、ツキノワグマは喜三郎の方目掛けて走ってきた。

「えーい!」

 喜三郎は渾身の力を込めて、ツキノワグマの顔面を叩く。

 バチィィィィィィィン。

 乾いた音が響いた。

クッ、クウウウウウウウウァ!

 ツキノワグマは咆哮する。

「あっ、当たったか。よぉし」

 彼は攻撃の手を止めなかった。二本の木刀を交互に振り、何度も何度もツキノワグマの顔面や胴体を殴打する。

(効いてる気が、全然しない)

 バキィィィーンッという音がした。

「あっ……」

 喜三郎は絶句する。

 木刀が、両方とも折れてしまったのだ。

クウウウウウウウウアアアアアアアァ!

ツキノワグマは大きく口を開け、喜三郎をキッと睨み付けた。

 喜三郎の渾身の攻撃は、ツキノワグマにとって痛くもかゆくもなかったようだ。ますます怒らせてしまっただけだった。

「あっ、あわわわわわ」

 喜三郎は顔を真っ青にさせ、折れた木刀を投げ捨てて三人の待つテントへ逃げようとした。

クウウウァ、クゥア、クゥア。

 しかし、当然のようにツキノワグマの方がスピードは速かった。

 一瞬のうちに距離を詰められる。

(もっ、もう、ダメだ……)

 ツキノワグマの鋭い爪が、喜三郎の背中すぐ先まで迫った。喜三郎はその時、死を覚悟した。

「キサブーッッッッッッッ」

「きさぶろうくーん、はやくぅぅぅぅぅぅぅーっ」

「喜三郎くん、いやあああああああっ」

 三人は必死の思いで叫ぶ。

 その時――。

ワン、ワン、ワン、ワワン。

キッキッキー、キキキッキー。

 ケェーン、ケェーン。

 どこからともなく三種類の、動物の鳴き声がこだました。

その鳴き声に反応したのかツキノワグマは、ぴたっと動きを止める。そしてゆっくりと、その方へ目を向けた。

そこに現れたのは、武者先生の家来達であった。

「あれは――」

喜三郎は目を見開き、家来達を見つめる。

ワン、ワワン、ワン、ワン、ワン!

 イヌ衛門は必死に吠えて応戦しようとする。

キッ、キキキキキ、キッキキーッ!

 サル吉は、右手に松明を持っていた。それをツキノワグマの顔面目掛けて突きつけたのだ。

ゴォゴォと燃え盛る炎が、ツキノワグマの顔面を直撃する。

クゥォオオオオオオオオン!

ツキノワグマは両手で顔を押さえた。けっこう効いたようだ。

ケェーッ、ケェーッ、ケェーッ!

キジ兵衛は一生懸命羽を広げて空に舞う。そして、十メートルくらい上空からツキノワグマの脳天目掛けて三十センチ大ほどの石を落っことした。

それも見事命中した。

クゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

ツキノワグマは激しく咆哮しながら、ゆっくりとした足取りで山の方へ去っていった。

犬衛門、サル吉、キジ兵衛も、どこかへと姿を消した。

「なっ、なんとか、助かった」

 一部始終を目撃した喜三郎は腰が抜けて、その場に座り込む。カタカタ震えていた。

「きっ、きさぶろうくん、大丈夫? 怪我はない?」

「喜三郎くん、無事ですよね?」

「キサブー、血は出てないで?」

 三人はテントから出て急いで駆け寄り、彼のことをとても心配する。

「俺は、なんともないよ」

 喜三郎はゆっくりとした口調で答える。

「よっ、よかったあああああっ!」

「喜三郎くん、無事で、何よりです」

「キサブーッ」

 三人は喜三郎をぎゅっと抱きしめる。三人とも堪らず泣き出した。

 

四人はテントに戻り、一息つく。

「きさぶろうくん、ほんとにありがとう。見直したよ」

「喜三郎くんは命の恩人です」

「いやいや、俺は何も。これは、武者先生の家来のおかげだよ」

 喜三郎は謙遜の態度を示す。

「そんなことないじょ、キサブーも大健闘してたじょ。体を張ってクラスメート達を守り抜こうとして。とっても男らしかったじょ」

智穂はそう褒め、喜三郎の頬っぺたにチュッとキスをした。

「うわっ」

 喜三郎はびくっと反応する。頬がだんだん赤くなっていった。

「あああああーっ、ちほちゃん、何してるのよ?」

 洸は智穂の頬っぺたをぎゅーっとつねった。

「いたたたたた、すまんヒカリン。ひょっとして、キサブーとキスまだ?」

「そっ、それは……いっ、一回だけ。幼稚園の頃に」

 洸はもじもじしながら打ち明けた。

「俺は全く記憶にないな」

 喜三郎は素の表情できっぱりと言い張った。

「あーん、ひどいよきさぶろうくん」

「ほな今ここで改めてしてみるで?」

 智穂はにやりと笑う。

「ちっ、ちほちゃん」

 洸の顔は少し引きつった。

「もういいから寝るぞっ」

 喜三郎はそう呼びかけ、素早い動作で寝袋に潜り込んだ。

「安全は確保出来たので、さっさと寝ましょう」

 椛も慌て気味に告げる。

 こうしてその後は、何事もなかったように平和に夜が更けていった。


         ☆ 


 午前七時。

【グーデンターク、起床時刻だよーん】

外に付けられたスピーカーから、昨日と同じく備前のモーニングコールが流れる。洸以外の三人は目を覚ました。

「おはよう、キサブー」

「喜三郎くん、おはようございます」

 智穂と椛は、まだ眠たそうだった。

「おはよう妹尾さん、美甘さん」

 喜三郎も同じような感じだ。

「私、あのあともあまり眠れなかったの」

「ワタシも同じじょ。また襲って来たらどうしようかと思って」

「俺もだ。真夜中の出来事、先生達に報告した方がいいよな」

「そうした方が良いじょ。今回は幸い被害なかったけど、来年の新入生のことが心配やけん。それにしても、ヒカリンは暢気じゃね」

 智穂は洸の方へ目を向ける。洸はぐっすり眠っていた。

「洸、起きろー」

 喜三郎は昨日と同じように、寝起きの悪い洸を起こす。

「おはよう、きさぶろうくん。爽やかな朝だねー」

 寝惚け眼をこすりながら立ち上がり、背伸びした。

「ヒカリン、クマがまた襲ってこんか心配でなかったで?」

 智穂は尋ねる。

「うん。きさぶろうくんや武者先生の家来達がやっつけてくれたんだし、もう絶対大丈夫だと確信してたよ」

 洸は笑顔で答えた。

「ほうか。その性格羨ましいじょ」

「今朝は天気すごく良いけど、かなり冷えたよな。水溜り、氷張ってるよ」

 喜三郎はテントの外を眺める。

蒜山高原では、四月下旬でも氷点下まで下がることはよくあるのだ。

四人は身支度を済ませて、近くにある施設内の食堂へ向かった。

「え!? クマさんが出たの?」

「はい、体長二メートル近いツキノワグマでして、俺、死ぬかと思いましたよ」

「うなり声もすごかったんじょ」

「わたし、写真撮っとけばよかったな」

「あんな大型のツキノワグマさん、放って置くのは危険ですよ」

そして貝原先生に、真夜中の出来事を伝えた。貝原先生は目を丸くする。

「この辺り、ツキノワグマさんは生息してないはずだけど。アライグマさんと見間違えたんじゃないかな」

「いや確かにあれは……」

 喜三郎は動揺する。

「他の子達からは、そのこと何も聞いてないわよ。皆さんとりあえず落ち着いて、朝ご飯食べましょう」

 貝原先生は四人を諭した。

こうして四人ともテーブル席に着き、朝食をとり始めた。

今朝のメニューは、天然酵母パンとフルーツのバイキング。

「俺、やっぱどうしても気になる」

「夢だったとは到底思えんじょ」

「確かにツキノワグマさんだったですよね」

「絶対そうよ。アライグマのはずはないわ。わたし、しっかり見たもん。あの特徴的な胸」

 四人は微妙な面持ちで味わっていた。

 その時、

「あのう、ツキノワグマのことについてなんやけど……」

 池亀先生は四人のもとへゆっくりと歩み寄ってきた。そして小声でこっそり何かを教える。

「えっ!」

「ほんとかよ」

「わたし、てっきり本物だと」

「そういうことじゃったんか」

 四人は面を食らった。そしてすぐに笑顔がこぼれた。

「先生もじつは知ってたのよ」

 貝原先生はくすくす笑っていた。

「もう、先生ったら。昨日の内に知らせてくれたらよかったのに」

 洸は貝原先生の肩をパシッと叩く。

「怖がらせちゃってごめんね、清瀬さん。でも、それだと楽しみがなくなっちゃうかなって思って。妹尾さんと美甘さんも、知ってたんでしょ?」

「はい」

「先輩から聞いてたけんね」

 貝原先生からの問いかけに、椛と智穂は爽やかな表情で答えた。

「うっそ」

「えーっ!? じゃあ、怖がってたのは?」

洸と喜三郎は再度面食らう。

「演技なんじょ」

「私も演技してましたけど、分かってても少しだけ怖かったです」

智穂と椛はさらりと答えた。

三秒ほどの沈黙。

「もうなんていうかねえ……」

「どっきり過ぎだよな」

 洸と喜三郎は、しばらく笑いが止まらなかった。


朝食後、クラスメート達と先生方はバスに乗り込み、昨日利用した宿舎へ戻った。午前九時から、物理の講義が行われる。

はずだったのだが。

「武者先生が行方不明なので、急遽予定を変更して英語の講義を行います」

 貝原先生はこう告げる。するとクラスメート達から喜びの声が上がった。

 十時四十分からは数学の講義が行われ、今回の合宿で行われる講義は全て終了した。

お昼は、満開の桜の下でバーベキュー。

蒜山高原では、ちょうど今が見頃なのだ。

 天気は快晴、気温も20℃近くまで上がり、絶好のお花見日和となった。

 武者先生の家来達も、このぽかぽか陽気を思う存分満喫していた。 

午後三時過ぎ、クラスメート達四十名、担任の貝原先生、池亀先生、備前先生、バスガイドの貴久江さん、そして武者先生の家来達を乗せ、貸切バスは学校へ向けて出発する。

「見て見て、かっわいい」

 野々上さんは、向かい側の席に座っていた喜三郎と洸を指差す。その二人は、肩を寄せ合ってすやすや寝ていた。

「撮っちゃえ」

 国富さんはスマホを二人に向け、シャッターを押した。

「大切に保存しとこ」

 そしてすぐにデータに収める。

「お似合いじゃね」

 智穂は二人の寝顔を見て微笑む。彼女の隣に座っている椛も、ぐっすり眠っていた。

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