第四話 春の遠足、そしていよいよ合宿スタート

四月二十六日、月曜日。

今日は学校行事の一つ、春の遠足の日。

 行き先は学年毎に異なる。高等部は全学年、現地集合となっていた。一年生が訪れるのは、徳島県鳴門市にある大塚国際美術館。私立の美術館としては、日本一の敷地面積を持つという知る人ぞ知る施設だ。

「午後からの目的地はバスで移動しますので、集合時刻の午後二時半に遅れないように各自、自由行動ね。遅れたら置いていっちゃうわよ」

 貝原先生が代表して、マイクを使って全クラスメートに伝えた。

例の四人はいっしょに行動をとることにした。正面入口から館内に入るとすぐに見えるエスカレータで、地下三階エントランスへ。

「ワタシ、この美術館は何度か来たことがあるじょ。ママの実家の近くやけん」

「ちほちゃんのお母さんは、絵が好きなの?」

「まあね。ママは中学校の美術の先生やけんね」

「へぇ。すごいね。ちほちゃんも絵を描くの?」

「もちろん。り○んとかな○よしに漫画投稿したこともあるよ」

「すごーい」

 智穂と洸は楽しそうに会話する。

「智穂ちゃん、洸ちゃん、静かに観賞しましょうね」

「話すなら、もう少し小声で」

 椛と喜三郎はそんな二人に注意しておいた。

四人は早足で歩きながら、順路通りに館内を巡ってゆく。


「はわわわ……」

「うわっ、こっ、これは――」

 地下二階に展示されていたとある絵画の前で、椛と喜三郎はポッと頬を赤らめた。

「キサブー、モミ、ここってね、エローいのが多いんじょ」

 智穂は嬉しそうに話しかける。

「俺、直視は出来ないよ」

「こっ、この絵、なんか、すごく恥ずかしいポーズとってるよね?」

「キサブー、モミ、『ウルビーノのヴィーナス』に萌えちゃった? ワタシも三次元なんかより二次元キャラの方が萌えられるじょ」

「わたしもーっ。わたし、この作品に一目惚れしちゃった。作者のティツィアーノさんは神絵師だよ。この左手を添えて恥ずかしい部分を隠しとるとこが一番の萌え要素だね」

「マネは真似して『オランピア』なんか描いてるけど、ワタシはその絵見て萎えたじょ」

「洸ちゃん、智穂ちゃん、芸術作品をそんな風に鑑賞しちゃダメ! ヌードは芸術なの」

椛は俯き加減で二人に注意しておいた。

四人はさらに館内をどんどん歩き進み、地下一階展示室へ。

「ここ、途中でばててくるな」

「わたしも歩き疲れたーっ。ムンクの『叫び』はまだ? 一番見たい絵なのに」

 洸は備え付けられているイスに座り込む。

「何度も訪れないと、その全貌を見ることが出来ないとも云われてるけんね。前来たときの記憶によれば、ムンクさんの絵画は同じフロアもう少し進めばあると思うんじょ」

 智穂の言った通り、まもなく洸お目当ての絵画が目に飛び込んできた。     

「ムンク、ムンクーッ」

 洸は急にはしゃぎ出し、その絵に近づく。

「この絵には不思議な魅力があるよね」

 椛も強い興味を示していた。

「ヒカリン、見て、キサブーの叫び」

 智穂は喜三郎のほっぺたを両サイドから押さえつけた。

「せっ、妹尾さん、やめてよう」

「アハハハ、きさぶろうくん、ムンクさんそっくりだーっ」

 洸は指差してケラケラ笑う。

「ワタシも、この絵は何度見ても飽きないんじょ」

「せっ、妹尾さん、そろそろ放してくれ」

「あっ、すまんキサブー」


四人はこのあと、館内1Fにあるレストランへ向かった。

「おおおおお、これがあの『最後の晩餐』か」

 智穂は感嘆の声を上げ、スマホのカメラに収めた。

かのレオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた、世界的有名絵画と同じ名前のものが館内レストランのメニューにもあるのだ。智穂は興味本位で注文してみた。

ライ麦パン、鯛、羊肉などがお皿に並べられていて、見た目は質素。しかしお値段は高めなので、四人で仲良く分け合って食べた。

ピカソの『ゲルニカ』など、残りの絵画も急ぎ足で鑑賞して館内を出て、このすぐ近くにある大鳴門橋の橋桁に設けられた遊歩道、渦の道を訪れた。

「すごーい、巻いてる巻いてる」

 洸は大はしゃぎで、ガラス床越しに広がる自然の美を眺める。

「今ちょうどいい時間帯じゃね」

 智穂はスマホのカメラを下に向け、楽しそうに渦潮の写真を収める。

「わっ、私、橋の上ってすごく苦手なの。特にこんな高いとこにあるやつは」

 椛は喜三郎の肩につかまり、カタカタ震えていた。

「美甘さん、大丈夫?」

 喜三郎は心配そうに問いかける。

「私、小学生の頃に学習発表会の劇で『つりばしわたれ』やった時、トッコちゃん役やらされたの。それで本番でみんなが見てる前でね、平均台からズテーンッて落っこちちゃって、腰を思いっ切り打ったの。あの時の痛さと恥ずかしさは今でも忘れられないよ」

 椛は照れくさそうに打ち明けた。

「あっ、そういやそんなことあったね。まだトラウマ引きずってたんか。モミ、かわいいじょ」

智穂はくすっと笑った。

「妹尾さん、笑ったらかわいそうだよ」

 喜三郎は眉をややへの字に曲げて注意する。彼もこの状況、少し怖かったらしい。

そんな時、後方から四人の耳元にカーンッ、カーンッ、カーンッとけたたましく鳴る金属音が飛び込んできた。

「あああああああっ、ニッ、ニセ物理、何やってるんですかーっ。橋が割れちゃうじゃないですかーっ。やめてーっ。海に落っこちちゃうよううううううう」

 椛は目を大きく見開き、顔を強張らせ、大声で叫ぶ。

「ぃよう、おまえさんら。ワシ、今、あのことわざを実践しよる。ことわざっちゅうんもやはりビジュアル体験するんが一番脳内にインプットされやすいからな」

 四人の目の前に現れたのは、武者先生だった。今日も桃太郎の格好をしておられた。鉄製ハンマーを使って楽しそうに床を叩きまくる。

「先生、やめてやめてーっ」

 椛は今にも泣き出しそうな表情で懇願した。

「ハッハッハッ。大鳴門橋がこの程度で壊れるわけないがな美甘よ。見よ! これが『石橋を叩いて渡る』のビジュアル版や!」

「あぁーん、ニセ物理のバカ!」

「……」

 尚も叩き続ける武者先生を眺め、喜三郎は呆れ果てる。

「ムッシャー、大鳴門橋は石橋じゃなくて鉄橋なんじょ」

智穂はきちんとツッコミを入れてあげた。

「はっ、早く戻りましょう」

 椛はせかす。

こうして四人は渦の道を引き返していった。

武者先生は近くにいた一般観光客の方々に注意され、渋々叩くのをやめたのであった。

集合時刻、美術館前に留められていた貸切バスは、淡路島に向けて出発する。


 着いた先は、モンキーセンターだった。ここには餌付けされた野生のニホンザルが、数百頭生息している。

「ケクレのサルを思い浮かべちゃうな」

 椛は楽しそうに、園内のサル達を観察する。

「ケクレの猿?」

 洸はぽかーんとした。

「化学者のケクレさんが、六匹のおサルさんが手を繋いで輪になっている夢を見て、ベンゼン環の構造を思いついたという逸話があるの」

「へえ。もみちゃんらしい発想だね」

「あっ、サルがこっち近づいてきた」

 喜三郎は二人に伝える。

「ほんとだーっ。おサルさーん、おいで、おいでーっ。お菓子あげるよーっ」

 洸はリュックを下ろしてチャックを開け、スナック菓子を取り出した。するとサル達が数匹、洸のもとへ駆け寄って来た。

「あああああーっ! ダッ、ダメだよおサルさん」

 洸は手に持っていたスナック菓子の袋、さらにリュックの中にあった菓子袋も全て強奪されてしまった。

「あーん、待って。おサルさん」

洸の頼みも空しく、そのサル達はあっという間に山の斜面へ去って行った。

「わたしのお菓子……」

 洸は目に涙を浮かばせながら、器用に袋を開けて中のお菓子を美味しそうに頬張るサル達を見つめる。

「ドンマイ、ヒカリン。諦めも肝心なんじょ」

 智穂は慰めてあげた。

 その時だった。

「ぃよう、おまえさんら。なんか災難なことがあったみたいやな。ここはワシが敵を討ってあげよう」

 四人の前に、突如武者先生が現れた。

「あっ! ニセ物理。やめてあげて。おサルさんかわいそう」

「武者先生、おサルさんはお菓子を盗んだりするけど、そんなことしちゃダメだよ」

 椛と洸は注意しながら彼のもとへと駆け寄る。

「ワシ、今度はあのことわざを実践しちゃるっ!」

武者先生は、木の上にいたサル達を水鉄砲で打ち落とそうとしていたのだ。

「ハッハッハッ。見よ! 『猿も木から落ちる』のビジュアル版や。これこそが本物のモンキーハンティングやな」

 全く悪びれる様子は無く、サル達に狙い撃ちする武者先生。と、その時――。

「あいたたたっ」

 サル達が突然、キーッ、キーッと威嚇の鳴き声を上げて武者先生に襲いかかった。

「こっ、こいつめ。サルのくせしてこのワシに……たっ、助けてー。プリーズヘルプミー」

武者先生は手足や顔を引っかかれたり、噛まれたり。

「自業自得じゃね、ムッシャー」

「武者先生、よかったですね。『仏の顔も三度まで』が実演出来て。いくらここのおサルさんが大人しいからと言っても、さすがに大激怒しますよ」

 智穂と喜三郎はその様子をほのぼのと眺める。

「おサルさん、頑張れ!」

「ニセ物理なんかやっつけちゃっていいからね」

 洸と椛は一生懸命サル達を応援する。

「ほんじゃムッシャー、まったね!」

「まっ、待ってーなおまえさんら、ワシを助けてくれたら今夜甲子園で行われる阪○VS広○の観戦チケットタダで譲ってやるさかい。いたたたたたっ」

 武者先生の頼みは完全スルーして、四人は別の場所へ移動した。他にも来客は大勢いたが、彼を心配する者は誰一人としていなかったという。


「わっ! 鹿もいるのか」

 突然目の前現れ、喜三郎は少しびっくりした。この施設では、サル以外の野生動物達にも出会えるのだ。

「私、鹿さんには嫌な思い出があるの。昔家族旅行で奈良へ行った時にね、おせんべい買ったらいきなり取り囲まれちゃって」

 椛は鹿をなるべく見ないよう俯いて歩いている。

「俺も美甘さんの気持ちよく分かるよ、集団でやって来られたらちょっと怖いよな」

 喜三郎は同情心を示した。

「こんなにかわいいのに」

 洸は鹿の頭をなでながら言う。

「私、本当は鹿さん大好きよ。ぬいぐるみやキーホルダー持ってるもん。でも、本物の鹿さんに近寄ろうとしたら、どうしても体が拒んじゃって……」

 椛はぼそぼそと打ち明けた。

「二次元美少女キャラは大好きやけど、三次元は無理っていう備前先生と同じような感覚なんじゃね」

 智穂はにっこり微笑んだ。

 ちょうどその時、

「皆さん、そろそろバスに戻って下さいね」

 四人は貝原先生から声をかけられた。

一組以外の生徒達は、ここで自由解散となっていた。


「全員揃ってるわね。オーケイ」

モンキーセンター入口前で、貝原先生は点呼確認をとる。

 一組のクラスメート達四十名、そのあとに続いて担任の貝原先生、池亀先生、備前先生が先ほどの貸切バスに乗り込んだ。

喜三郎達四人の座席位置は前から二列目、先生達のすぐ後ろ側だった。

「さて、理数コースのみんなにはこれから楽しい楽しい学習合宿、名付けて〝武蔵の合宿〟が始まるよん。今からはね、バスガイドさんも付けてるよん。みんな温かく迎えてねーん」

 備前先生がこう告げると、クラスメート達から拍手と称賛の声が上がった。

「東山桃陵女子高等学校理数コースの皆さん、はじめまして」

新たに乗って来たのは若々しいお姉さんバスガイドさん、ではなく七十歳くらいのおばさんだった。

「わたくし、学ちゃんのママ、備前貴久江と申すざます」

 そのお方がこう自己紹介すると、バス内は一瞬静まり返った。

「ざます……ほんとにいたんだ、そんな言葉使う人」「備前先生のお母さんかあ」

 そのあとクラスメート達はツッコミを入れる。

「ご覧の通り、ワタクシのママなのだよん」

 備前先生は照れ笑いした。

 こうして、貸切バスは合宿地へ向けて出発する。

「ところで、なんで武蔵の合宿って名前なんですか?」

 洸は問いかける。

「ワタクシが教師になる直前に、武蔵丸の悲劇っていうのがあったのさ。ワタクシもその被害者なんだよねん。それでその名にちなんでネーミングしたのさ」

 備前先生が嬉しそうに答えた。

「武蔵丸の悲劇って何ですか?」

 洸は再度質問する。

「今から十何年も前になるかなあ。大相撲中継延長して、武蔵丸・貴ノ浪戦を放送したために、某人気魔法少女系アニメ最終回のラスト部分が録画出来なかった有名な事件だよん。ワタクシ、ショックでしばらくは食事もろくにのどを通らなかったのさ」

「学ちゃんったら、あの時はかなり沈んでいたものね」

 貴久江さんも話に加わった。

「ママがフランス料理食べに行こう、なんて言い出したからだよん。リアルタイムで見てたらあんなことにはならなかったのに」

「ごめんね学ちゃん、ママ、どうしても学ちゃんの教員就任祝いがしたかったざますの」

「お祝いはプレ○テ2だけで十分満足だったもん。ママ、今はワタクシ、もうそのことは全く根に持ってないよん」

「それは良かったわ」

 備前先生の顔色を窺い、貴久江さんはホッとする。

「学君は僕より八つ年上の貴久江さんと、入れ替わりで入って来たんよ」

 池亀先生がそう教えると、クラスメートから「備前先生の新人教師時代のこと詳しく聞かせて下さい」という声が上がった。池亀先生は快く話を続ける。

「彼は教師として就任したその日、当時学年主任だった俺に理数コース新入生を対象に学習合宿を実施したいって提案してきたんよ。この子は教師として素晴らしい心構えを持ってるな、さすが貴久江さんの子だなって僕はすごく感心したんよ」

「当初はワタクシの鬱憤を晴らそう、理数コースの生徒達に嫌がらせしてやろうと思って始めたんだよねん。そしたら事の外、高評価されちゃってね」

 備前先生は苦笑する。

「悪意があったんだよね。しかし事実、それまで理数コースの東大合格者は年に一人出るかどうかという状況だったのが、この合宿を行った学年以降、毎年コンスタントに五名以上は送り出していますから、学君の功績は立派なものですよ」

 池亀先生は柔和な笑顔で語る。備前先生に尊敬の念を示しているようだった。クラスメート達から備前先生に向けてたくさん拍手が送られた。

「学ちゃん、いっぱい褒められてよかったわね」

「それほどのことでもないよん」

貴久江さんに褒められ、備前先生はにっこり笑顔で照れ隠しするように頭を掻いた。

「そういえば学君、第一回目の武蔵の合宿の際、理数コースをみんなが東大に合格出来るひ○た荘みたいな居場所にしたいんだって、とても生き生きとした表情で力説してたよね」

 池亀先生は顔を彼の方に向け、話しかける。

「あれはね、あの悲劇の日から一ヶ月くらいあとに始まった、ラ○ひなのTVアニメ見て思い付いたんだよん。あの頃は他にも六門天外モン○レナイトとかサ○ラ大戦とかやってて、最高の時代だったよん」

「それらがどんな作品なのか全く知らねえ」

「わたしもー」

 喜三郎と洸は即、突っ込んだ。

「きみ達がまだ生まれてない頃だからねーん。無理はないっさ」

「学ちゃんはそれらの作品のDVDやトレーディングカードを、一生懸命集めてたざますのよ。ホホホ」

(お母様、それ、自慢するようなことじゃないですから)

 椛は心の中で突っ込んだ。

「ワタシ、ラ○ひなだけは知ってるじょ。Jコミで読んだけん」

「さすが妹尾さん、あれは名作中の名作。同じ作者で魔法バトルばっかりのネ○まやUQ HOL○ER! なんかよりもずっと面白いよねん。昔の赤○さんはよかったよ。あいつは結婚してから作品がダメになった。じつはね、武蔵の合宿って名付けた理由は、もう一つあるんだよん。今から配るしおり、表紙捲って二枚目見てねん」

 備前先生は付け加える。

「では皆様、一部ずつお取り下さいませ」

バスガイドの貴久江さんは、学習合宿のしおりを配布した。『武蔵の合宿のしおり』と書かれた表紙を捲って一枚目は、目次となっている。

備前先生に指摘されたページを眺め、

「そういうことかあ」

 洸ほか、クラスメート達は全員納得出来た。

もう一枚捲ると、『君も先輩達に続け! 東桃女理数コース卒業生の進路状況』という見出しが目に飛び込んでくる。今春は卒業生三十八名のうち東大七名(学年全体では十八名)、京大四名(同十二名)、その他の国立大医学部に五名(同九名)の合格者を輩出していた。

さらに何枚か捲ると、部屋割り表が記載されたページにたどり着く。

「あのう、貝原先生。同部屋に、なっているんですが……」

 喜三郎はそのページを指差しながら、恐る恐る伝える。

「あっ、すっかり忘れてたわ」

 貝原先生はにこっと微笑みかけた。

「やったあ! キサブーと同部屋じゃ」

 智穂はガッツポーズをとった。

「ひどいですよ先生、今からでも変更してくれませんか?」

「でもねえ、他のお部屋、他の利用客でいっぱいになってるの。藁谷くんの日頃の態度見てると、女の子を襲うなんて全く考えられないし。むしろぎゃ……」

「池亀先生と備前先生のお部屋があるでしょ」

 喜三郎は貝原先生の話を遮るように意見する。

「悪いな藁谷くん、ワタクシと池亀先生の部屋は二人用なのさ」

「三人になると、ものすごく狭くなっちゃうよう」

 その二人の先生は、とても爽やかな笑顔でおっしゃった。

「先生のお部屋も二人用で、貴久江さんと同部屋なの」

 貝原先生は笑顔で申す。

「そんなぁー」

こうして喜三郎は、部屋割り表通りのお部屋を選ばざるを得なくなったのであった。

  

         ○ 


「着いたぁーっ!」「あれが鉄研で一番人気の駅かあ」「写真撮ろう!」

 バスから降りた途端、クラスメート達ははしゃぎ出す。彼女達の前方に見えたのは、JR宮本武蔵駅だった。純和風造りの駅舎で、ホームには宮本武蔵の陶板画。駅のすぐそばには少年時代の宮本武蔵像が彼の幼馴染、お通と又八らの像と共に飾られている。

クラスメート達は、この駅から少し歩いたところにある宿舎へと入った。各班割り当てられたお部屋に荷物を置きにいく。

 喜三郎達の班(六班)は314号室だった。

「わあーっ、見て。中にアイスとか、プリンとか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいある」

 洸は入るとすぐに、室内設置の冷蔵庫を開けにいった。

「これって、別料金取られるんじゃなかったっけ?」

 喜三郎は素の表情で突っ込む。

「ワタシ、家族旅行で旅館とかホテルに泊まった時、お金かかるけん食べちゃダメってママに言われたよ」

「私もそのままにしておいた方がいいと思います」

 四人が悩んでいたその時、

【皆さん、冷蔵庫に入っているお菓子類、ジュースの代金は、貴久江さんが立て替えてくれますので、ご自由にお食べ下さいね】

 部屋の壁、天井近くに設置されてあるスピーカーから貝原先生による放送がかかった。

「なぁんだ、それじゃ、食べ放題だね。備前先生のお母さん、太っ腹ーっ」

 洸は大喜びし、バンザーイのポーズを取る。

「これから食事だろ。控えた方がいいぞ」

 喜三郎はしおりの予定表を眺めながら、洸に注意しておいた。

「確かにそうだね」

洸がこう呟いたその直後、

【皆さん、そろそろお食事場所へ移動して下さいね】

 再び貝原先生から放送がかかった。

四人は他のクラスメート達と共に、宿舎内の食堂へと向かった。

「ディナーはバイキング形式だよーん。みんな好きなだけ食べてねーん」

 備前先生はマイクで伝えた。

 日本料理をはじめフランス料理、イタリア料理、インド料理、中華料理などより取り見取り。

 クラスメート達は、食べたいメニューをお皿にどんどん盛り付けていった。


夕食のあとは入浴。クラスメート達は大浴場へと移動する。

「備前先生、覗かないで下さいね♪」

 洸は向かう途中の廊下で出会った彼に向かってウィンクした。

「ハッハッハ、三次元女共の裸なんか覗くわけないだろ」

 備前先生は高笑いする。

「あー、なんかムカつくぅ」

 洸はぷくぅっとふくれた。

「キサブーも、もちろん女湯じゃよね」

 智穂は喜三郎の袖を引っ張ってくる。

「男湯に決まってるだろ。放せって」

「あのう、藁谷喜三郎様。大変申し上げにくいのですが、ここは混浴となっておりますので」

 女の従業員さんは微笑みながらおっしゃった。

「えーっ、俺、今日は風呂いいわ。一日くらい入らなくても」

 喜三郎は悲しげな表情になる。

「あー、キサブー不潔。女の子に嫌われちゃうぞ」

 智穂は喜三郎の頬をぐりぐり回してくる。

「そんなこと言ったってさ」

「どうしても嫌ならあとから入ればいいじゃん」

「じゃあそうする」

 喜三郎は迷わず言った。彼は女子全員が上がるまで、割り当てられた部屋で待機することにした。

(よぉし、個数の処理のとこマスターするぞ)

数学Ⅰの問題集とノート、筆記用具を取り出し、自主学習に勤しむ。

 

「ちほちゃん、けっこうお胸あるね。わたしより大きいよ。Cある?」

 大浴場脱衣場で、洸は羨望の眼差しで智穂の胸元をじっと見つめる。

「そっ、そんなにはないじょ」

 智穂は遠慮がちに答えた。

「謙遜しちゃって。いいなあ、ちほちゃん」

 洸は智穂に前から抱きつき、胸にタッチ。

「あんっ! もうヒカリンったら、くすぐったいからやめてー」

「スキンシップ、スキンシップーッ。豚まんみたいだーっ」

 洸は揉みまくる。

「おしりもいい形してるね。触らせてーっ」「欲しいーっ」「齧り付きたーい」

 他のクラスメート達も便乗してくる。

「もっ、もう」

前からも後ろからも揉まれる智穂。嫌がりつつも、とても気持ち良さそうな表情を浮かべていた。

「洸ちゃんもお胸十分大きいよ」

 椛は恥ずかしいのからなのか、タオルをしっかり全身に巻いていた。

 脱いだ子から続々と洗い場へ入っていく。

洸は洗い場に備えられてあった風呂イスにちょこんと腰掛け、シャンプーハットを被って、

「わたし、これがないと安心してシャンプー出来ないの」

 照れくさそうに打ち明けた。

「ヒカリン、幼稚園児みたいで萌える! ワタシがシャンプーしてあげるね」

 智穂は洸の後ろ側にひざまずいて座った。

「あっ、ありがとう、ちほちゃん」

「ほな、つけるね」

ポンプを押して泡を出し、洸の髪の毛をゴシゴシこする。

「ヒカリンの髪の毛って、すんごいサラサラじゃね。触り心地いいじょ」

「お母さんにもよく言われてるんだ」

 洸はとても嬉しがっている。智穂は洸のことを、自分の妹のように感じていた。シャワーをかけて、そっと洗い流してあげる。

「あっ、あのう、智穂ちゃん、私の髪の毛も、洗ってほしいな」

「オーケイ、モミ」

 椛は、洸のことを羨ましく思ったらしい。


 湯船の中。

「あー気持ちいい♪」「極楽や~」「もんげぇ快適じゃ~」「疲れが一気に取れるよ」

クラスメート達は足を伸ばしてゆったりくつろぐ。

「ガード固い子もおるようじゃね」

 智穂は周りを見渡しながら突っ込む。クラスメートのうち十人くらいはバスタオルを肩から膝の辺りにかけてしっかり巻いていた。

「例え喜三郎くんでも、男の子に見られるのは抵抗があるよ」「私は……同性に見られる方が嫌」

 その子達はいろいろ主張した。

「ねえヒカリン、ちっちゃい頃はキサブーといっしょにお風呂入ってたんじゃろ?」

「そっ、そりゃあまあ。小三くらいまで」

 智穂からの質問に、洸は頬をポッと赤らめながら答える。

「おう、小三か。そんな歳まで」

「べつに普通でしょ」

 洸の顔はだんだん赤くなる。

「皆さん、湯加減はいかかですか?」

その時、貝原先生も入ってきた。風呂イスにゆっくりと腰掛け、シャンプーを出そうとする。

「貝原先生、お胸ちっちゃいですね」

 洸は湯船から上がり貝原先生のそばに駆け寄る。くすくす笑いながら彼女の裸体をまじまじと見つめる。

「もう、失礼よ清瀬さん」

「あいたっ」

 洸はでこピンを食らわされてしまった。

「皆さんは、藁谷くんのことどう思ってるのかな?」

 貝原先生はみんなに質問してみると、

「いじめがいがあります」「頼りない」「男の娘」「真面目くんじゃ」「守ってあげたい」「かわいい♪」「弟にしたいです」「女装させたーい」「謙虚でとってもいい子」など続々と意見が上がった。

(やっぱり恋愛の対象としては見られてないみたいね)

 貝原先生はくすっと微笑む。

「喜三郎君、来ないかなあ。混浴だから全然問題ないのに。きっと今頃一人で、あたし達のこと想像しながらアレやってるよ」

「っていうか、まだ出なかったりして」

 国富さんと野々上さんはくすくす笑う。

「こらこら、そんなこと言っちゃかわいそうでしょ」

 貝原先生はその二人にニカッと微笑みかけ注意する。

「洸さん、同部屋なんでしょ、寝込み襲いに来るかもよ」

 国富さんにこう言われ、

「そんなことは絶対ありえないから」

 洸はにっこり笑って自信満々に主張する。

「ワタシ、一応覚悟は出来とるじょ。きれいに磨いとかんと」

 智穂はもじもじしながら呟く。

「藁谷君、きっと欲求たまってるよね」

「このあと喜三郎君入るんだよね。あたし達のエキス、たっぷりお湯に溶かしとかなきゃ」

「あんた達、不健全よっ!」

 洸は智穂、野々上さん、国富さんの三人にお湯をバシャァッとぶっかけた。

         *

それからしばらくのち、女湯脱衣場。

「今何キロあるかなあ?」

 洸はすっぽんぽんのまんま、体重計にぴょこんと飛び乗ってみた。

「……よかったあ、身体測定の時と全く同じだ」

 結果を見て、ホッと胸をなでおろし満面の笑みを浮かべる。

「ヒカリン、身体測定のは服の重さが数百グラムあるけん、実際は増えてるってことなんじょ」

 智穂は洸の耳元でささやいた。

「あっ、言われてみれば……」

 洸はがっくり肩を落とす。

「皆さん、このあと藁谷くんが入るんだから、あまり長居しないようにね」

 脱衣場ではしゃいだり、ジュースを飲みながらのんびり過ごしたりしていたクラスメート達に、貝原先生は優しく注意しておいた。


「ただいまキサブー、勉強してたんじゃね、賢いじょ」

「とってもいいお湯でしたよ」

「きさぶろうくん、檜風呂、すごく広かったよ」

 智穂達三人は満足そうな表情で314号室に戻って来た。

「あっ、おかえり。それじゃ、行くか」

 喜三郎は勉強道具を片付けて、入浴セットを手に持ち、辺りを警戒しながら脱衣場へ。

脱いだ服を籠に入れ、タオルで前をしっかり隠して洗い場へ入った。風呂イスに腰掛け、シャンプーを搾り出して頭を擦る。続いてタオルにボディーソープを付け、体を磨く。

その最中、ガラガラッと入口扉が引かれた。

「うわっ!」

 喜三郎はびくっと反応する。

「やあ元気かい? 藁谷くん」

「なぁんだ、備前先生か」

 備前先生も前をタオルで隠していた。彼は風呂イスにどかっと腰掛ける。

「藁谷くん、女の子にたくさん囲まれる今の環境どうだい? かなり辛いだろ?」

「はっ、はい。そりゃあもう」

 喜三郎はハァっとため息をついた。

「やはりそうか。エロゲでは最高のシチュエーションなんだけどねん、現実世界では……あっ、アニメの世界でもそうとは限らないな。まだ藁谷くんが生まれる前、ワタクシが高校生の頃から大学生の頃にかけて日曜の夕方六時、今のちび○る子ちゃんの枠で放送してたアニメなんだけど、主人公が不憫で仕方なかったよん。ラ○ひなもそうだったな」

 備前先生は体をゴシゴシ洗い流しながら、にこにこ顔で楽しそうに語る。

「へぇ」

 喜三郎はあまり関心なさそうに聞いていた。

「では藁谷くん、ワタクシはこれにて」

洗い流し終えた備前先生はおもむろに立ち上がると、そのまま入口の方へ向かった。

「備前先生、湯船には浸からないんですか?」

「いえっさ。ワタクシ、すぐにのぼせちゃうからねん。ワタクシは烏の行水未満なのさ」

 そう告げて、備前先生は洗い場をあとにした。

喜三郎はそのあと、10分くらい湯船に浸かってから上がった。

「あれ? 俺の服がない。どこいった?」

 脱衣場で、喜三郎は叫ぶ。

「……きっと、あいつらだ」

 そして犯人を推測する。

「ご名答。よく分かったね。えらい、えらい」

「藁谷君、備前先生といっしょに入ってたんでしょ。BL展開はあった?」

 二人の声がしたと共に、廊下から脱衣場に通じる扉がガラリと開かれた。

「やっぱり……」

喜三郎の推測通り、国富さんと野々上さんであった。

「届くかなあ?」

 野々上さんはにやにやしながら、喜三郎の着替えを高く掲げる。

「かっ、返せよ」

 喜三郎は顔をちょっぴり赤らめながら頼んでみた。

「返してほしかったら、下のタオル外しなさい」

 野々上さんは得意げに命令する。

「出来るわけないだろ、そんなこと」

「喜三郎君、代わりにあたしが今日穿いてきたパンツ穿いてくれたら返してあげるよ。かわいいケロちゃん柄だよ」

 国富さんは自分のパンツを手に持ち、笑いながら言う。

「そんな汚いの穿けるかって」

「あーっ! 喜三郎君さっきものすごーく失礼なこと言ったよね? あたしのこと嫌い?」

 国富さんが喜三郎に顔を近づけ問い詰めてくる。

「うん、大嫌いだ。あんな本プレゼントしやがって。すぐに捨ててやったよ」

 喜三郎はきっぱり言い張る。

「……ひどーい。一生懸命選んだのにぃ」

 国富さんは悲しげな表情になった。

「藁谷君、国富ちゃんに謝りなさい!」

 野々上さんは少し厳しい口調で言う。

「なっ、なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ」

 喜三郎は弱々しい口調で対抗する。

「さっきまであたし達の残り湯でゆったりくつろいでたくせにーっ。あたし、めっちゃ傷ついた」

「国富ちゃん、アタシがお仕置きしてあげるよ。はいこれ」

「サンキュー」

 野々上さんは国富さんに、喜三郎の着替えを投げ渡した。

「おっ、俺に、何する気だよ?」

 喜三郎は少し怯える。

「藁谷君、こっのぉーっ」

 野々上さんはにこっと笑いながら、喜三郎の顔をつねって来た。

「いたたたたたぁ~」

 喜三郎はタオルがずれ落ちないよう両手でタオルをつかむ。

「泣かしちゃえーっ」

「オーケイ。そのつもりよ」

 野々上さんはさらに強くつねってくる。

「いっ、いたたたたた。やっ、やめてーっ」

喜三郎はどんどん壁際に追いやられていく。

「あそこ思いっきり蹴っちゃえ」

「オーケイ」

 野々上さんは足を振り上げた。

「やっ、やめろ」

 喜三郎、絶体絶命のピンチ。

 その時――。

「こらーっ! あなた達、止めなさい」

「きさぶろうくんになんてことしてるのよ」

 三人の背後から、二人の声がした。

「やばっ、貝原先生だ。清瀬さんまで」

「洸さん、宮本武蔵になってる。怖い」

 野々上さんと国富さんは、急いでその場から逃げようとした。

「逃がすかぁーっ」

 しかし洸に阻止された。洸は右手に持っていた木刀で二人を転ばし、さらにもう片方の手に持っていた木刀で背中を一発ずつパシーッン、パシーッンと叩いた。

「いったぁ~い!」

「清瀬さん。武器は反則よ」

 国富さんと野々上さんは背中を押さえる。

「それ、どこで買ったの?」

「売店で」

 痛がる国富さんからの質問に、洸はさらっと答えた。

「初心な男の子をからかっちゃダメよ。早く講義室へ移動しなさい」

 貝原先生は優しい口調でそう注意し、二人の頭を英語のテキストの角っこでコツーッンと力強く叩いておいた。

「はーぃ」

「反省しておりまする。あたし、喜三郎くんを高校生クイズのメンバーにしたかっただけなのに」

 二人はすぐに立ち上がり、貝原先生の指示を素直に従った。貝原先生もここをあとにする。

「はい、きさぶろうくん。服よ」

「サンキュー、洸。なんか情けねえ、俺」

「あっ……きさぶろうくん」

 洸は斜め下を指差した。

「うわっ!」

 喜三郎はとっさに両手で前を覆う。喜三郎が服を受け取るために手を離したところ、あの部分を隠していたタオルがはらりと落ちてしまったのだ。

「……ちょっぴり、生えてたね……それじゃ」

 洸は頬をポッと火照らせくるりと振り返り、脱衣場をあとにして講義室へと走っていった。

「……みっ、見られた」 

 喜三郎はがっくり肩を落とす。


「あっ、きさぶろうくん、こっちこっち」

 喜三郎が講義室へ入ると、洸は呼びかけた。

「……」

 喜三郎は顔を下に向け、気まずそうに洸の隣の席へ向かった。

ここは和室で木目調の長机が縦五列、横四列計二十脚並べられており、一脚当たり二人ずつ座るように配置されている。床が畳になっているため、イスではなく座布団が敷かれていた。

「ヒカリン、キサブーと何かあったで?」

 智穂は興味深そうに尋ねてくる。

「久しぶりに見たのよ。きさぶろうくんの、アレ。なっ、なんていうか、そのね、えっと、テレビに映ったらモザイクかけられるくらいまではちゃんと成長しててよかったねっていうか」

 洸はくすくす笑いながらも、照れくさそうに話す。

「そっ、そのことはもう一切口にしないで」

 喜三郎は早口調で告げた。

「ごっ、ごめんね」

 洸はまだ笑いが止まらなかった。

「キサブー、ワタシも見たかったじょ」

「……」

 詰め寄ってくる智穂を、喜三郎は無視する。

「皆さん、こんばんは。講義始めるわよ」

タイミングよく、貝原先生がやって来た。午後九時から午後十時半までの九十分間、英語の演習が行われる。

「あのう、始めに言っておきます。あのあとお風呂場点検しに行ったんですけど、とってもかわいらしいウサギさん柄のパンツの落とし物がありました。ご丁寧にお名前も書いてありましたよ。お心当たりのある方は、あとで取りにきてね」

 貝原先生はそのパンツを手に掲げ、にこにこ顔で伝えた。

 その約二秒後、

「あああああああああああーっ、わたしが今日穿いてきたやつだぁーっ!」

 誰かが大声で叫んだ。

洸だった。

その行為によって、クラスのみんなにバレてしまった。そして光のような速さで貝原先生の下へ。

「清瀬さん、次から気をつけましょうね」

 クラスメート達からどっと大きな笑いが起きる。

「ああ、恥ずかしい。お母さんったら、わたしもう子どもじゃないのに余計なことしてくれちゃって」

 洸は席に戻るとすぐにカバンにしまった。

「これでキサブーとおあいこじゃね」

 智穂はくすくす笑う。

「何がおあいこなのよ、もう」

 洸は照れ笑いしながらテキストで智穂の頭を叩く。

「では、始めますね」

これにて貝原先生は講義を開始する。

 九十分間、ひたすら長文読解、リスニング、英文法の演習をしていく。

「……皆さん、夜遅いけど起きて頑張りましょうね」

 貝原先生は寝ている子の席に歩み寄り、テキストの角でコツンッと叩き起こしていった。

(女の子特有の、においが……)

 ラベンダーやオレンジ、オリーブ、ミントのシャンプーや石鹸の香りが、喜三郎の鼻腔をくすぐる。彼の集中力を阻害していた。


講義を終えてお部屋に戻る途中、クラスメート達の半数くらいは宿舎内ゲームコーナーに立ち寄った。

「ねえ、プリクラ撮ろうよ」

 智穂は喜三郎、洸、椛を誘い、専用機内に案内する。

洸と喜三郎は前側に並ばされた。

「俺が出すよ」

「いやいや、ワタシが誘ったけんワタシが出すじょ」

 智穂がお金を入れて、

「せっかくだし、ご当地限定の宮本武蔵さん柄にしましょう」

椛にフレームを選ばせ、みんなでポーズをとる。あとは機械音声に従って撮影を済ませた。

「よく撮れてるわね」

 取出口から出て来たプリクラをじっと眺める洸。他の三人は後ろから覗き込む。

「洸、俺の顔に落書きし過ぎだよ」

 喜三郎は唇を尖らせた。

「ごめんね、きさぶろうくん。つい書道の腕が唸っちゃって」

 洸は舌をぺろりと出し、てへりと笑う。

「モミは表情が硬すぎじゃね。もう少し笑顔やったらよりかわいいのに」

 智穂はくすりと笑いながらアドバイスする。

「あれれ? 笑ったつもりなんだけどな」

椛は照れ笑いする。

「わたしも生徒証の写真、そんな感じよ。だからもみちゃんも気にすることないって」

洸は椛の頭を軽くなでて、慰めてあげた。

「そうかなあ。あの、私、次はあれがやりたいです」

 元気を取り戻した椛は、プリクラ専用機すぐ隣に設置されていた筐体を指差した。

「もみちゃんも、ぬいぐるみが好きなの?」

「うん!」

 洸からの質問に、椛は嬉しそうに答える。椛が指差したのはクレーンゲームであった。

「わーらたーにくーん、いっしょにプリクラ撮ろう!」

「さあさあこちらへ」

「うわっ」

 喜三郎は他のクラスメート達に強制連行された。

「キサブー、いってらっしゃーい」

「喜三郎くん、どうかご無事で」

「あんまりいじめちゃダメよ、特に国富と野々上」

 三人はそんな彼を見送って、クレーンゲームのそばへ近づいた。

「あっ! あのヌートリアさんのぬいぐるみさんかわいい♪ お部屋に飾りたいなぁ」

 椛は透明ケースに手のひらを張り付けて叫ぶ。表情もほころんでいた。

「モミ、あれは隅の方にあるけん、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるじょ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」

「大丈夫!」

 智穂のアドバイスに対し、椛はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「もみちゃん、頑張ってね」

 洸はすぐ横で応援する。

「うん、絶対とるよ!」

椛は慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持ってゆくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。

「もう一回やります!」

 洸はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。椛は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

「全然取れない……難し過ぎる」

 けれども回を得るごとに、椛は徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。

「わたし、クレーンゲームけっこう得意な方だけど、あれはちょっと無理だな」

 洸は困った表情で呟いた。

「モミ、ワタシにまかせて。機械にパックンチョされたモミのお小遣い計五百円の敵、ワタシが討ったる!」

 智穂は椛に向かってウィンクする。

「あっ、ありがとう。智穂ちゃん」

 すると椛のお顔に、笑みがこぼれた。

「ちほちゃん、心優しい。もみちゃんもよく健闘してたよ」

その様子を、洸はほのぼのと眺めていた。


「……まさか、こんなにあっさりいけるとは思わなかったじょ」

 取出口に、ポトリと落ちたヌートリアのぬいぐるみ。

智穂は、一発でいとも簡単に椛お目当ての景品をゲットしてしまったのだ。

「智穂ちゃん、お見事でした!」

「やるねえ」

椛と洸は大きく拍手した。

「ワタシ、別に得意でもないのにたまたま取れただけじゃって。先にモミがちょっとだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるんじょ。はい、モミ」

 智穂は照れくさそうに語る。一番驚いていたのは彼女自身だった。

「ありがとう、智穂ちゃん。ヌーちゃん、こんにちは」

 椛はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

その時、

「おーい、きみ達。消灯時間が迫ってるよーん」

 と、三人は背後から何者かに声をかけられた。

「あっ、備前先生、ごめんなさい。すぐ部屋に戻ります」

 椛はびくっと反応し、慌ててぺこりと頭を下げた。

「勇者智穂は魔王『ビゼンヤキ』に出くわしてしまった。攻撃した。しかし空振りした」

「ちほちゃん、備前先生は暑さに弱そうだから、炎魔法を使うと効果的かも」

 洸は微笑む。

「おいおい、きみ達にとってワタクシはRPGのモンスター的存在なのかよーん? ま、それはそれでなんか嬉しいけどな」

 備前先生はそう呟きながら、智穂のそばにゆっくり歩み寄った。

「絶対ここに来るなあ、とは思ってたんよワタシ」

「それよりきみ達、いいのっかなん? 明日ワタクシの講義が連続で組まれてあるのに、予習もせずに暢気に遊んでてさ」

「備前先生、これは遊びではなくて実践的な数学と物理のお勉強なの。プリクラからは光の性質、クレーンゲームからは確率論と力学が学べるでしょう?」

 椛は強く主張した。

「確かに間違っちゃあいないがなん、その理屈。まあ、妹尾さんと美甘さんには全く問題ないだろうけど、清瀬さんはどうなんだろうかなーん? 普段の小テストの結果を見ると、今後授業にちゃんとついていけるのかワタクシ非常に心配なのだよん。宿題も自分で解かずに答え丸写ししてるようだし」

 備前先生は苦笑いを浮かべた。

「だっ、大丈夫ですよ。わたし、明日の講義はいつも以上に真剣に臨みますよ」

 洸はきりっとした表情で宣言する。

「そいつは楽しみだなあ……そうだ! いいこと思いついちまった。きみ達、ワタクシとあそこにある音ゲーで勝負してみるかい? もしも、きみ達が勝つようなことがあったならば、来月の中間テストできみ達が取得した点数に、さらに30点分サービスで加点してあげるよーん。ま、ワタクシが負けるなんてことは天地がひっくり返っても絶対ありえないけどな」

備前先生はUFOキャッチャーから少し離れた場所に設置されてある筐体をびっと指差す。画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく業務用音楽ゲームであった。

「オーケイじょ。ワタシがやったる!」

 智穂は即、備前先生の挑発に乗った。

「ふふふ、ワタクシはね、お子様相手だからって手加減なんて一切しない主義なんだよーん。カードゲーム大会では幼稚園児や小学生を何度も泣かせたことがあるよーん。ワタクシ自慢じゃあないが学生時代、学校にいる時間よりもゲーセンにいたり、家に引き篭ってテレビゲームしたりしている時間の方が遥かに長かったんだよーん。ゲーム歴は四十年近く。まだファ○コンはおろかゲーム○オッチすら出ていなかった、ス○ースイン○ーダー時代からのベテランゲーマーであるワタクシの実力をお見せしてあげるよん。ワタクシはきみ達が生きて来た時間の三倍近くはゲームに親しんでいるんだぞ! ドラ○エⅢの発売日、学校サボって買いに行って補導されたこともあるんだぞ! 今までに発売されたコンシューマーゲームも数え切れないほどありとあらゆるジャンルを遊んできたんだぞ! そんなワタクシに勝てるなんて、まさか本気で思ってないよねーん?」

備前先生はどうでもいい自慢話を長々と続ける。

「まあ見てなってビゼンヤキ。ワタシも音ゲーには自信あるけん」

「ふふーん。ではお手並み拝見しようではないかあ。ハッハッハ」

 智穂と備前先生はじっと睨み合う。二人の間には、目には見えない火花がバチバチ激しく飛び交っていた。

「ビゼンヤキからお先にどうぞ」

「とっても親切だなあ妹尾さんは。だが、そんなことしてくれたってワタクシは本気でやるからねん」

備前先生は百円硬貨を二枚、財布から取り出しコイン投入口に入れた。そして難易度は『むずかしい』を選択。選んだ曲は、今流行のアニソンだった。 

「ほいさっ、ほいさっ」

 開始直後から備前先生は、必死にバチをドンドコ連打する。

「どうだ! はぁはぁはぁ……」

 曲が流れ終わったあと、備前先生は全身汗びっしょりとなっていた。

彼の叩き出した点数は、1061400点。

「ワッ、ワタクシの、自己ベスト更新しちゃったよ。フ○ーザ初期状態の戦闘力の倍以上だな。ちょっと大人げなかったかなあ」

 息を切らしながらやや前屈みの姿勢で画面を見つめ、くくくっと微笑む。

「次はワタシじゃね。公平な勝負するけん、同じ曲同じ難易度にしてあげるね」

「ふふふ、ワタクシの偉大な記録、ぬっけるかなん」

「そりゃやってみんと分からんじょ」

 智穂もバチを両手に持ち、流れてくる演奏に合わせて叩き始めた。

「んぬ!? なっ、なかなか上手いではないかあ妹尾さん、だが、その程度でこのワタクシに勝てるなんて思うなよん。経験の差ってのが違うんだよーん」

 備前先生は目をパチリと見開いたあと、再び余裕の表情で嘲笑う。


それから約二分後のこと、

「よっしゃ! ワタシの勝ちーっ。気分爽快!」

 智穂はガッツポーズをして快哉を叫んだ。画面には1082900の文字がピカピカ光り輝いていたのだ。

「智穂ちゃん、おめでとう!」 

「ちほちゃんすごーい」

 智穂の後ろ側に立って応援していた椛と洸は、パチパチ大きく拍手した。

「すごいね妹尾さん、自称ベテランゲーマーの備前先生をボロ負けにさせてしまうなんて」

 解放され無事戻ってきた喜三郎も、智穂の実力に息を呑む。他のクラスメート達も智穂にたくさん拍手を送った。

「まっ、負けただと!? この、ワタクシが――」

 備前先生は口をあんぐり開けた。

「もっ、もう一度だけ勝負してくれないかなん? 今のはね、ワタクシの妹尾さんに対する優しさが無意識の内に心の中に芽生えて不覚にも手加減してしまっただけなんだよん」

 焦りの表情を見せながら、やや早口調で智穂に頼み込んでみる。

「嫌じゃわー。ワタシ達、早く部屋戻って就寝準備せんといかんのに」

 智穂はにっこり微笑みながら告げた。

「なっ、何だよもう! 勝ち逃げは卑怯だぞ。いいもん! ママに言いつけてやるもんねっ! ぬおおおおおおお!」

 すると備前先生は突然両手をド○えもんの手の形にして、筐体をバンバンバンバン激しく叩き始めた。その音が周囲にも響き渡る。

「学坊ちゃん、機械が故障致しますので、おやめ下さいませ」

 案の定、すぐに従業員さんがすっ飛んできた。

「だってだってだってぇ~。というかこれさあ、始めっから一部の機能がぶっ壊れてたんじゃないのかい? 従業員くん。どう考えても不自然なんだよ。このワタクシが女子高生ごときに負けたんだから」

 備前はいろいろケチつけて、尚も筐体をバシバシ叩き続ける。

「申し訳ございません学坊ちゃん……」

 従業員さんは困り果てる。

「備前先生、そういうのはワ○ワ○パニックでやった方がいいですよ」

「ビゼンヤキ、小学生みたいじゃね」

 椛と智穂はにこにこ微笑む。

「すみませんねえ。毎年のように学ちゃんがご迷惑掛けてしまって」

 その時、貴久江さんがひょっこり現れた。従業員さんに向かって深々と頭を下げ謝罪する。

「学ちゃん……」

 そして備前先生のそばへ駆け寄った。

「よちよち、年下の女の子に負けたからって泣いちゃダメざますよ」

そしてなんと、彼の頭をなでなでしたのだ。

「マッ、ママァァァァァーッッッッッッ!」

 備前先生は貴久江にがしっと抱きついた。四〇過ぎくらいの男がじつの母親に抱擁される姿。

 その異様な光景を目にしたクラスメート達の中にはくすくす笑う子、どん引きした子、「備前先生、かっわいいーっ」「ゲームに負けた時のうちの弟そっくりじゃ」などと叫びながらスマホのカメラに収める子……いろいろであった。

(こんな情けない姿見せちゃったら、送り迎えしてもらってることバレてもなんてことないんじゃないの?)

 と、洸は思った。

「あー、いい湯ですねえ」

 時刻を同じくして、池亀先生は大浴場でほかの利用客らといっしょにゆったりくつろいでいた。


 四人が部屋に戻ると、すでにお布団が敷かれていた。この宿舎のサービスとのこと。

「ワタシ、講義の前に売店で『日本の怪談朗読CD』買ったんじょ。今からみんなでいっしょに聴こう」

 智穂はそう言い、リュックの中からその商品と小型CDラジカセを取り出した。

「わっ、私、聴きたくないよううううううう」

椛は耳を塞ぎ、カタカタ震え出す。

「モミは相変わらず怖がりじゃね」

 智穂はくすっと笑う。

 朗読CDのパッケージには、一つ目小僧やろくろ首、お菊などなど有名な妖怪のイラストが多数描かれていた。

「ちほちゃん、それはやめてあげてね。きさぶろうくんが〝おねしょ〟しちゃうかもしれないから。小四の時の野外活動でね、レクリエーションで怪談やったんだけど、それが原因で夜中にトイレ行けなくなって……朝、きさぶろうくんのお布団の上見たら、ジュワーッて」

 洸はにやにやしながら語る。

「おっ、おーい洸。俺の恥ずかし過ぎる過去はバラさないでくれーっ」

 喜三郎は顔を唐辛子のように真っ赤にしながら枕を手に取り、洸に向けて投げた。見事顔面にヒット。

「きさぶろうくんナイスコントロールだ。ごめんね」

「俺、今はその手の話なんてちっとも怖くないし。洸が怖いんだろ」

「ほうなん」

 喜三郎の発言に、智穂はぴくりと反応した。

「いや、ちほちゃん。そんなことはないよ。きさぶろうくんが妄想してるだけ」

【一、播州皿屋敷】

 洸が言い訳しようとしている最中、CDラジカセから音声が流れた。智穂が再生ボタンを押したのだ。

「きゃっ、きゃあああああっ」

 洸は悲鳴を上げ、すばやく停止ボタンを押した。

「智穂ちゃん、ダメでしょ」

 椛は耳を塞いでいた。

「ヒカリンやっぱり怖いんじゃ。まだタイトルしか読み上げられてないのに」

 智穂はぷっと噴出した。

「そっ、それよりも、スケジュール表見ると、なんか学習合宿っていうより、林間学校みたいだね」

 洸はしおりを眺め、話を切り替えようとした。

「自然と触れ合うこともこの合宿の醍醐味みたいやけんね」

「明日は蒜山に移動かあ。ジャージー牛のお乳搾り、すごく楽しみだーっ」

「ねえキサブー、今お乳搾りって言葉に反応したじゃろ?」

 智穂は顔を近づけてくる。

「してないよ」

 喜三郎は断固否定した。

「みんな、そろそろ寝ましょう」

 椛はそう言い、毛布を捲りあげた。

「ワタシ、キサブーのお隣で寝たいじょ」

 智穂は頬を少し赤らめながら言った。

「俺は絶対嫌だ」

 喜三郎は即、拒否する。

「あーん、キサブー」

「ちほちゃん、きさぶろうくんに変なことしそうだからダメ。隣はわたしよ」

 洸は智穂に枕を投げつけた。

「やったなヒカリン。負けんじょ」

 智穂は余裕で受け止めた。

「わたしだって負けないよう」

「もう二人とも、枕投げ禁止! 私、もう寝るから。今日はすごく疲れちゃった」

椛は先ほど智穂にゲームコーナーでとってもらった、あのヌートリアのぬいぐるみをしっかり抱きしめて、お布団にもぐり込んだ。

一分と経たないうちにすやすや寝息が聞こえてきた。

「もみちゃん、の○太くん並みの速さだね。寝顔とってもかわいい」

 洸はくすりと微笑む。

「……キス、したいじょ」

 智穂は椛の唇に自分の唇をぐぐっと近づけた。

「うわっ」

 喜三郎は思わず眼を背けた。

「……ダッ、ダメよちほちゃん、こんなせこいやり方でしちゃ」

 洸は智穂の額を手で押して、さらにでこピンして阻止。

「あいたーっ」

「俺ももう寝るよ。二人とも、あまり夜更かしするなよ」

 そう告げて、喜三郎もお布団に包まった。

 数分のち、彼が寝静まった後、

「キサブーの寝顔も、かわいいじょ」

 智穂は喜三郎の頬っぺたをツンツンつつき、にんまり微笑む。

「ちほちゃん、キスなんかしたら、木刀でバチーンよ」

 洸は木刀を両手に持ち、智穂の背後に立つ。

「分かってるじょ、ヒカリン」

 智穂は素直に従った。

この二人はそのあとも喜三郎からの忠告を無視し、おウチから持ってきたマンガやラノベを読んで過ごしていた。

 やがてまもなく午前零時、日付が変わろうという頃。

【消灯時間だよーん。みんな夜更かししないようにしてねーん】

 スピーカーから、備前先生による放送がかかる。

「まだ寝るわけないじゃん、ビゼンヤキ。夜はこれから始まるんじょ」

智穂は、テレビの上に置かれていた番組表を手に取った。洸といっしょに眺める。

「ここもサ○テレビが映るんだね。よかった」

「武蔵の里って兵庫県との県境に近いようじゃね」

「わたし、深夜アニメ普段は録画して見てるの。お母さん怒るから。でも今日こそは生で見るよ!」

 洸はやや興奮気味になっている。

「ヒカリン、この宿舎、BSデジタルやCSも映るみたいじょ」

 智穂は嬉しそうに伝えた。

「じゃっ、じゃあ、普段見れないアニメも見れるんだ。やったあ!」

 洸はバンザイのポーズを取る。

次の瞬間、部屋の電気が自動的に切れた。

「きゃっ、びっくりしたーっ。わっ、わたし、電気つけたままじゃなきゃ寝れないのにーっ」

「ほうなんか」

 智穂はくすっと微笑む。

「ちほちゃん、笑ってないで早くテレビつけてーっ」

「了解」

 智穂はテレビの電源スイッチを入れた。部屋は一気に明るくなる。

ところが午前零時になった直後、

 テレビの電源も自動的に切れた。

「……ビゼンヤキのやつ、テレビまで落としやがったじょ」

 智穂は口をぽかーんと開ける。

「あーん、せっかく生で見られるチャンスだったのにーっ」

「ビゼンヤキ、まさに始まろうとしてたところを狙ってくるとは――」

 洸と智穂は大声で嘆く。

「おーい、うるさいぞ」

「起きてるんだったら、もう少し静かにしてね」

喜三郎と椛は目を覚まし、二人に注意する。

「はーぃ」

「すまんね、モミ、キサブー。起こしちゃって」

二人は申し訳なそうに謝る。二人ともそのあとは三十分ほど、懐中電灯をつけてラノベなどを読んでいた。

「なんかもうやることないし、いい加減寝よう」

 洸が布団に潜り込もうとした矢先、

「ほうじゃね。ねえヒカリン。折り入って頼みがあるんじょ」

智穂が頬をほんのり赤く染めながら、洸の瞳を見つめてきた。

「なあに? 何でも言ってね」

 洸はにっこり微笑みかける。

「いっしょのお布団で寝てもいい? ワタシ、抱き枕がないと寝れんのじょ。持って行こうと思ったけど大きすぎてカバンに入らんかったけんね」

 三秒ほどの沈黙ののち、

「……ちっ、ちほちゃんって、寂しがり屋さんなんだね。いっ、いいよ。べつに」

 洸は頬をポッと赤く染めつつ、了承してくれた。

「ありがとうヒカリン。大好き」

 智穂は礼を言い、洸のお布団に潜り込んだ。

「あのう、もう一つだけ……出来れば……」

 さらに二呼吸置いて、洸の耳元でささやいた。

「!?……なっ、何言ってるのよ、ちほちゃんは。無理に決まってるでしょ」

 予想外の要求に驚く洸。頬の赤みはますます増した。

「お願い! ワタシもなるけん。その方が、気持ちいいじゃろうし」

 智穂は艶やかな声色で念を押す。しかし。

「それは絶対ダメーッ!」

 洸は強く言い放ち、都合良くすぐ側に置かれてあったスリッパで智穂のおでこをパシーンッと思いっきり叩いた。

「ちほちゃん、寝込み襲わないでね!」

 そう強く言い、手巻き寿司を作るかのごとく智穂を転がしお布団から追い出した。

「ごめんねー、ヒカリン。冗談なんじょ。ひょっとして今、怒ってる?」

「いや、怒ってはないよ。ちほちゃんがいきなりあんなこと言い出すからつい手が出ちゃって、わたしの方こそ、ごめんね」

「ほうか。よかったじょ。ほなヒカリン、おやすみ」

智穂はとても残念そうな表情を浮かべる。彼女の計画はあっけなく失敗に終わった。それでも自分側の布団に潜り込むと、ほどなくしてすやすや眠りに付いた。

(もう! ちほちゃんったら……やってあげようかなって一瞬思っちゃったじゃない。でもね、そんなことしたら朝起きた時、素っ裸で抱き合ってるわたしとちほちゃんの姿が、もみちゃんはともかく、きさぶろうくんに見られたらどうするのよ)

 洸は悶々として、なかなか眠りつけなかったのであった。

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