最終話 兵庫編ボス登場! 決戦は武家屋敷
みんなは豊岡駅で下車したのち、タクシー利用で玄武洞公園を訪れた。
「ここ来たの、ワタシ四年振りくらいやけど相変わらずええ眺めやね」
「あたし紅葉の時にまた来たーい」
「自然の神秘を感じるわね」
「リアル玄武洞もなかなかの迫力や♪」
「今回の件がなくても、強いモンスターがいそうな雰囲気が漂ってるよな」
「玄さんに会えるのは嬉しいけど、敵には遭いたくないよ」
いくつかある洞窟を楽しそうに眺めながら、公園内を歩いていると、
「いっぱい来たな。みんな強そうだ」
前方から近寄ってくるこの地ならではの敵モンスター達の姿が。
「ボスの巣食う近場の敵に相応しいですね」
「お小遣い、めっちゃ増えそうや」
千聡と彩葉は楽しそうに微笑む。
「あの鬼みたいなのすごく怖いよう」
星乃は彩葉にしがみ付いた。
「星乃、よく見るとそんなに怖くはないよ。私は戦いたくはないから。隆太くん達で、なんとかしてね」
虹子はちゃっかり隆太の背後に逃げる。
「あの鬼みたいなの、ボスっぽい風貌だな」
「黒くて丸っこい鬼みたいなんは但馬に伝わる妖怪『家鳴(やなり)』で、体力92あるけど見た目ほど強くはないで。右から順に家鳴、但馬牛兵、松葉ガニ三郎、玄武岩吉、但馬河童、コウノトリ夫や」
「家鳴さん、大昔の妖怪絵巻風なおどろおどろしいデザインをされてますね。あのコウノトリさんは、やさぐれたお顔していますね。わたしは頑固そうなお顔の玄武岩吉さんと戦うわ。ちょっと試したいこともあるし」
千聡はさっそく立ち向かっていく。
「あたしは家鳴が怖いから戦わなーい」
星乃は虹子の背後に隠れた。
「河童が一番弱そうや。隆太お兄さん、最強っぽい家鳴頼むわ」
「分かった」
隆太と彩葉も戦闘開始。
「やはり仰ぐと風化されて変色するのね」
千聡はうちわで楽しそうに玄武岩吉を仰ぐ。黒かったのが赤っぽくなった。
「きゃっ、ごめんなさい。怒っちゃったみたいね」
そのあと突進して来たが辛うじてかわしてメガホンで攻撃するとあっさり消滅した。
「角攻撃も余裕でよけられたし、思ったより弱かったよ」
彩葉は但馬牛兵に手裏剣を三枚投げつけて消滅させた。
「彩葉様、後ろ危ないで」
摩耶から警告。
「きゃんっ。もう、このエロ河童ちゃん。尻子玉抜こうとしたんか?」
彩葉はショーツをずるりと脱ぎ下ろされたが、河童をあっさり掴んで地面に叩きつける。これにて河童も消滅した。
「うわっ、地面揺らして来やがった。うぉっと」
隆太は家鳴の足踏みで生じた現象で転倒し、尻餅をついてしまうもすぐに立ち上がって攻撃の手をやめず、見事勝利。
「きゃぁぁぁっ、あの、助けて下さい」
千聡は背丈三メートル以上はあるだろう松葉ガニ三郎に片方の鋏で持ち上げられてしまう。
「このカニちゃん、やけに嬉しそうやね」
彩葉はバットとカッター、
「エロガニだな」
隆太はビジネスバッグで立ち向かっていく。
「隆太お兄ちゃん、家鳴さん倒してくれてありがとう」
星乃もいよいよ参戦。
「きゃぁっ、コウノトリが襲って来たぁぁぁ。隆太くん助けてぇーっ!」
その間に虹子の方へ羽ばたいて襲いかかろうとするコウノトリ夫。
「彩葉ちゃん、星乃ちゃん、松葉ガニ三郎頼んだ」
「了解や」
「任せて」
「こら、待て」
間一髪のところで追いついた隆太は、ビジネスバッグを思いっ切りすばやく振って羽にダメージを与える。
会心の一撃が決まったか、あっさり消滅。こうのとり伝説たまご饅頭を残していった。
「ありがとう隆太くん」
虹子は嬉し涙をぽろりと流す。
「松葉ガニ三郎も退治したよ。服切り刻まれたけど楽勝やった」
「泡攻撃も食らっちゃったけど、そんなにダメージ受けなかったよ」
彩葉と星乃は嬉しそうに伝えてくる。
「胸、めちゃくちゃ揉まれちゃいました」
千聡はしょんぼりした気分だ。
ともあれようやく全滅。
「城崎温泉で売ってるリアルなやつよりも美味いな」
隆太は家鳴が残していった、城崎銘菓だんじり太鼓を食して体力を全快させた。
「隆太様達、お見事やったで」
見守っていた摩耶はパチパチ握手する。
「千円札五枚も増えとうし、また戦いたいわ~。もっと来んかなぁ」
彩葉は周囲をきょろきょろ見渡す。
「妖怪は怖ぁい。早く玄武洞から出よう」
星乃は苦虫を噛み潰したような顔で、びくびくしながら来た道を急ぎ足で引き返していく。
「きゃあっ、びしょびしょになっちゃった」
するとどこからともなく現れた体長二メートルくらいの新たな敵モンスターに顔を攻撃されてしまった。
「これ、あたしが倒したーい」
星乃はうっとりした表情でそいつを見つめる。
妖怪ではなく、オオサンショウウオがモンスター化したものだったのだ。
「コウノトリ、玄武岩、オオサンショウウオは豊岡市の三大シンボルですもんね。わたしオオサンショウウオさん好きですよ」
千聡はちゃっかりデジカメに収めた。
「リアルの以上に気味悪いよ」
虹子は少し顔をしかめる。
「但馬オオサンショウウオの体力は77。尻尾振り回し攻撃は強烈やで」
「気をつけて倒さないとな」
隆太がバットで攻撃しようとすると、
「隆太様、こいつに打撃攻撃すると混乱状態にさせる粘液出してくるからあかんよーっ!」
摩耶は大声で警告。
「そうなのか。危ねっ。そんなトラップがあるとはさすがボス近場の雑魚だな」
隆太は慌てて但馬オオサンショウウオから距離を置いた。
「飛び道具の方が良さそうだね」
星乃は但馬オオサンショウウオに手裏剣を投げつける。
直撃はしたがまだ倒せず。
「あとはワタシがやったるわ~」
彩葉が十本ほどで束ねられたGペンを投げつけて、見事消滅。
この対戦をもって玄武洞をあとにしたみんなは、いよいよ城崎温泉へ。
駅前の食堂でお昼ご飯を食べたあと、すぐ近くにあるゲーム内のでは体力全快&毒などの状態異常治癒効果もあるという、さとの湯の足湯でリフレッシュ。
その後、温泉街に向かい、人気の少ない所を散策していく。ほどなくご当地敵モンスターに遭遇した。
「やはり麦わら細工がモンスターになってましたか」
千聡は姿を見て和んでしまう。
宝石箱型、ボンボン入れ型などの物体が浮遊したり跳ねたりしながら近づいて来た。
「麦わら細工衛門。体力は39から65。城崎温泉最弱の雑魚敵やで」
「確かに弱そうだけど、素早過ぎる。なかなか当たらんぞ」
隆太がビジネスバッグ、
「小さいから当たりにくぅい」
星乃がヨーヨーで叩き、
「いたたたっ、箱型のやつ、二つに分かれて顔挟みやがったで」
彩葉がバットで叩いてあっさり退治。
「ひゃぁんっ! きゃあああああっ!」
その直後に虹子が何かに全身を絡み付かれてしまった。
「キノサキノヤナギだ。こいつは身動き封じてくるから厄介やで。体力は89。弱点は他の植物型の敵同様炎や」
「見た目通りね。マッチで。きゃっ、きゃぁっ!」
千聡も全身に絡み付かれてしまう。
高さ四メートルくらいある、柳の木のモンスターだった。
「あーん、私のパンツに枝と葉っぱ入れないでぇ~」
「ぃやぁん、この柳さん、ぬるっとした樹液まで出して来たわ。いたくすぐった気持ちいいです」
数十本ある枝や、葉を自由自在に動かすことが出来ていた。
「こうなったら炎使えないな。俺に任せて」
隆太は巻き付き攻撃に注意しつつ、キノサキノヤナギの幹をビジネスバッグでぶっ叩く。
「一撃じゃ無理か。うぉわっ!」
攻撃し返され、葉っぱでバチンッと頬を引っ叩かれた。スパッと切れて血が少し出てくる。
「隆太くぅん、早く回復して」
「これくらいノーダメージと同じだよ」
隆太は怯まずビジネスバッグでもう一撃。
まだ倒せず。
「くらえーっ!」
星乃はヨーヨー攻撃を食らわせた。
「十八禁同人誌みたいなことしやがったエロ柳、これでどうやっ!」
彩葉のバット攻撃でもまだ倒せず。
「しぶといな」
隆太がビジネスバッグでもう一発ぶっ叩いてようやく退治出来た。
「みんな、ありがとう」
「ありがとう、ございます」
解放された虹子と千聡はかなり疲れ切っていた。
「なかなか倒せんかったんは、虹子様と千聡様の体力を吸い取って自身の体力回復させとったからやで」
摩耶は得意げに解説する。
「千聡お姉ちゃん、虹子お姉ちゃん、これで回復させてね」
星乃は子午せんを一枚ずつ与えて全快させた。
「ここの敵、本当に手強いな」
あまりダメージのない隆太は有馬サイダーで全快させることが出来た。
「きゃあああああああっ! 巨大なイモリがぁぁぁぁぁ~。助けてぇぇぇ~」
虹子の悲鳴。体長一メートルを超えるだろうイモリ型モンスターにお尻にしがみ付かれていた。
「任せて虹子ちゃん、このイモリ動きのろそうだな」
隆太はビジネスバッグを構えて自信満々で立ち向かっていく。
「ぐはぁっ!」
尻尾の振り回し攻撃を食らい、数メートル跳ね飛ばされてしまった。隆太は地面に背中を強く叩き付けられる。
「隆太くん、大丈夫ぅぅぅ?」
しがみ付かれたままの虹子は顔を青ざめさせカタカタ震えながらも心配してあげた。
「まあ、なんとか。いててて。背骨折れたかも」
隆太は背中を押さえ付けながらゆっくりと立ち上がる。
「隆太様、背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねんけど、そんなことはあるまいから安心してや。こいつは城崎にてイモリ、体力は78。切っても即再生しちゃう尻尾の振り回し攻撃は但馬オオサンショウウオの二倍くらい強烈で、毒攻撃もしてくるで。弱点は石や」
「国語の教科書にも出てた、志賀直哉さんのあの作品に出て来たやつね」
千聡は側に落ちていた小石を拾い上げると、城崎にてイモリの背中目掛けて投げつけた。
「あらら、作品通りあっさり倒せちゃったわ。小鞠ほどの大きさもなかったと思うけど」
一発で消滅。千聡は拍子抜けてして思わず笑ってしまう。
「ありがとう千聡ちゃん。でも、イモリさんかわいそう」
虹子は憐れみも抱いてしまう。
「石当てたら本当に楽に倒せるね」
「雑魚過ぎや。もっと出て来ぉへんかな?」
近くに現れたもう二体、星乃と彩葉も小石一発で消滅させた。
「……ゲーム製作者の考えた設定なんだろうけど、なんか納得いかんな。うをわぁっ、おっ、おい、やめろっ!」
その様子を黒豆餅を食しながら苦い表情で眺めていた隆太は、いきなり背後から襲われる。
「隆太くぅん!」
虹子は深刻そうな面持ちで叫んだ。
「おう、隆太お兄さん緊縛プレーされとう。これは萌えるっ!」
彩葉は嬉しそうにスマホのカメラに収めた。
「いっ、彩葉ちゃん、撮るなよ」
隆太を襲ったのは、そば型モンスターだった。
巨大な麺皿から伸びて来たそば麺で全身絡み付かれたのだ。
「出石そば次郎、体力は82。絡み付き攻撃が得意やねん」
「隆太お兄ちゃん、今助けるよ」
星乃は遠くから手裏剣で麺皿部分を攻撃。
見事命中。
「これは接近し過ぎたらやばいね。キノサキノヤナギで学んだよ」
彩葉も手裏剣で麺皿部分を攻撃した。
「隆太さん、お任せ下さい」
千聡はマッチ火を隆太に当たらないように投げつける。
これにて消滅。出石そばの生麺を残していった。
「めっちゃ体力吸い取られてしまった」
隆太も解放される。彼は人形焼と黒大豆おかきを食して全快させた。
直後に、
「きゃぁんっ、雉に襲われちゃいましたぁ」
「隆太くん、彩葉、星乃、助けてぇーっ!」
千聡と虹子の悲鳴。ケェェェン、ケェェェンと鳴き声を上げつつ羽を激しくバタつかせる雉型モンスターに追いかけられていた。
「但馬雉、体力は79。但馬の敵では弱い方やで」
摩耶はそいつに完全スルーされていた。
「でかいな」
隆太はその敵の姿に驚く。体長二メートルくらいはあったのだ。けれども怯まずビジネスバッグを構えて立ち向かっていく。
「お肉美味しそう」
星乃も手裏剣を構えて楽しそうに立ち向かっていった。
「ワタシも戦うよ。あっ、ちっ、ちっ。上から汁が垂れて来たよ」
髪の毛からお顔にかけてぶっかけられた彩葉はとっさに木の上を見る。
そこにいたのは、松葉ガニや白菜、椎茸、春菊などが入った土鍋型のモンスターだった。
体長は一メートルほど。枝の上に留まっていた。
「カニすきくん、体力は80。鍋を高速回転させて熱々な出汁や具の散布攻撃してくるから接近戦は危険やで」
「木の上からぶっかけ攻撃してくるなんて卑怯過ぎやっ!」
彩葉はすばやく手裏剣を投げつけた。
命中して、カニすきくんは木の上から落っこちる。
「さっきの仕返しや」
彩葉は今度は黒インクを投げつけ、休まずマッチ火を投げつけて消滅させた。
ぶっかけられた出汁の汚れも同時に消滅する。
「彩葉お姉ちゃん、パワーアップしたね」
「一人で圧勝してたな」
但馬雉を協力して倒した星乃と隆太は感心する。
「但馬の敵もけっこう楽に倒せるようになったよ。これはボス戦自信沸いて来たわ~」
彩葉が余裕そうな笑顔で呟いた直後。
「おまえら、おいらの存在に気付けないなんて灯台下暗しだな。おいら、おまえらが玄武洞で家鳴達と戦ってた時からすぐ近くで見てたんだぜ」
こんな声と共に、木の裏側から白い布のような物体が現れた。
長さは十メートルくらいはあった。
正体は一反木綿だった。
「捕獲成功♪ おいらの仲間を退治した仕返しだ」
「みんなぁぁぁ、たーすーけーてー」
「離して! 痛いねん」
「あの、やめて下さい。離して下さい」
虹子と摩耶と千聡は、あっという間に強く巻き付けられてしまった。
「おい、一反木綿、よくも虹子ちゃんと摩耶ちゃんと桃尾さんを」
「虹子お姉ちゃんと摩耶お姉ちゃんと千聡お姉ちゃんを返せーっ!」
「ワタシ達と戦って欲しいよ」
隆太達は急いで駆け寄って行くも、
「返して欲しかったら、ここの武家屋敷まで来いよ。ボスの神戸ポートタワー納言といっしょに楽しみに待ってるぞよ」
一反木綿はそう伝え、地図が描かれた紙を落として虹子達を巻きつけたまま空高く舞い上がってしまった。
「離して下さい。怖いです。わたし、高い所苦手なんです」
「みんなーっ、絶対助けに来てねーっ!」
「あなた、鹿児島編の敵モンスターじゃない。兵庫編に現れるなんて反則やで。ルールはきちんと守りや~」
千聡と虹子と摩耶は懸命に叫ぶ。
「本来主人公一人で攻略すべき兵庫編を、こんな大人数で攻めてくるおまえらの方がよっぽど反則行為であろう」
一反木綿はこう主張して、さらに高く舞い上がりスピードを上げた。
「生野の口銀谷(くちがなや)地区かよ。ここからけっこう遠いぞ」
「生野駅からは近い場所やね。ワタシますます闘志が湧いて来たわ~」
「お姫様の救出劇みたいになるね。急ごう!」
隆太、彩葉、星乃はJR城崎温泉駅へ向かって走っていく。
途中、家鳴三体に行く手を阻むように遭遇してしまった。
「こんなやつらに時間食ってるわけにはいかない。ぅおっと」
「きゃんっ、揺らして来やがったでこいつら」
「ひゃんっ、地震だぁ」
足踏み攻撃による地震で、三人ともバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「三体いる分強く揺れてるな。立ち上がれん」
隆太は座ったままでマッチ火を投げつけ一体を消滅させる。
「座ったままでも飛び道具攻撃なら余裕で出来るわ。星乃も水鉄砲で一蹴しちゃえ」
彩葉は手裏剣とマッチ火を投げつけ消滅させた。
「うっ、うん」
星乃は怯えつつも狙いを定めて残る一体に発射。
三発で倒すことが出来た。
その直後、
「うをあっ!」
「ひゃっ、地面が盛り上がっとう、きゃんっ」
「きゃあああっ!」
三人は下から突き上げられる形で弾き飛ばされ、けっこうダメージを受けてしまう。
なんと地面から家鳴がもう一体現れたのだ。
「こんな登場の仕方までするとはな」
隆太のマッチ火、
「家鳴ちゃん、道路破壊したらあかんで」
彩葉の手裏剣、
「あたし達急いでるのにっ!」
星乃のヨーヨー攻撃三連発であっさり消滅させた。
壊されたアスファルトも元に戻る。
それからすぐに、麦わら細工型モンスターが七種類襲い掛かって来た。
「おう、簡単に当たったぞ」
「一発で消えるとは思わんかったわ」
「すごく弱く感じるね。あたし達またレベルが上がったんだね」
隆太のビジネスバッグ、彩葉のカッター、星乃の泡立て器攻撃で、空振りすることなく全種一撃で倒すことが出来た。
息つく間もなく、
「今度は旧城崎町花、アヤメのモンスターか」
「動いとうから間違いなくモンスター花やろうね」
「六甲山にいたツリフネソウのモンスターよりずっと手強そうだね」
高さ五〇センチくらい。多数集まって絨毯のようになっていた、紫の花を咲かすアヤメ型モンスターが隆太達の足元に絡みついてくる。
「くっそ、粘着力高過ぎだ。異様に疲れて来たし、体力吸い取られてるみたいだな」
隆太はビジネスバッグで叩いて引き離そうとする。
「弱点は火やろうけど、それ使ったらワタシ達までダメージ食らいそうや。こうなったら」
彩葉は黒インクをアヤメ型モンスターにぶっかける。
「おう、効いとうみたいや」
するとしおらせることが出来た。
「これもきっと効くね」
星乃が生クリームをぶっかけると、ますます弱ってたちまち全滅した。
「彩葉ちゃんも星乃ちゃんも見事だな。気分悪っ。毒に侵されたみたいだ。やばいなぁ。俺、毒消しの薬草持ってないぞ」
隆太は顔を少々青ざめさせ、息苦しそうに呟いた。
「ワタシも持ってへんよ」
彩葉は深刻そうな面持ちで伝える。
「回復役の虹子ちゃんと、摩耶ちゃんがさらわれたのはかなりの痛手だな」
隆太はさらに状態が悪化したようで、その場に座り込んでしまった。
「大丈夫だよ隆太お兄ちゃん、あたし、さとの湯の足湯のお湯汲んどいたから。毒持ってる敵もいると思って」
星乃は水筒に詰められたそれをリュックから取り出し、隆太の眼前にかざした。
「星乃ちゃん、準備良いな」
隆太はありがたく受け取って中の液体を足にぶっかけると、瞬時に毒状態から完治。同時に体力も全快した。
この三人が再び走り出してからすぐに、また行く手を阻まれてしまう。
体長二メートル以上はある、ツキノワグマ型モンスター三頭が現れたのだ。
「この地域に出る熊だと、但馬グマなんだろうな。丹波のより体格もいいし。うわっ、あぶねっ。ぐあっ、いってぇぇぇ!」
鋭い爪を繰り出された。隆太はかわし切れず、頬がスバッと切れてしまう。
「接近すると危ないよね」
「但馬グマ、ワタシ達急いどうねん」
星乃と彩葉は手裏剣で攻撃を加える。
一撃では倒せなかった。
「一頭は何とか倒せたけど、強過ぎだな」
隆太はマッチ火とビジネスバッグで頬を切り付けた一体に対抗し勝利を収めるも、足や腕にもけっこうダメージを食らってしまった。すぐに鹿肉ハムなどを食して体力を全快させる。
「ほんまに丹波グマよりも強いわ~」
彩葉は残った二頭に黒インクを投げつけ、目つぶし攻撃を食らわす。
クゥゥゥオ!
クァァァッ!
「彩葉お姉ちゃん、けっこう効いてるみたいだよ」
「おう、上手くいったか!」
すばやく星乃と彩葉は手裏剣、
「彩葉ちゃん、ナイスだ。熊怯んでるぞ」
隆太はマッチ火攻撃を、休まず何発か食らわし全滅させた。
「玄さんがんこサブレと、かんなべとち餅落してくれるなんてちょうどよかったわ~」
「太っ腹な熊ちゃんだったね」
「移動しながら体力全快させとくか」
これ以降は人通りの多い所を通ったためか敵に出遭わず、JR城崎温泉駅へ辿り着くことが出来た。
「生野に乗り換えなしで行ける特急、たった今行ったばかりか。熊にさえ遭ってなけりゃ間に合っただろうになぁ。次の列車だと生野に着くのが一時間以上も遅れてしまう。タクシー使った方が速そうだ」
隆太はスマホで現在時刻と、路線情報も併せて確認した。
すでに出発予定時刻を三分ほど過ぎていた。
しかし、ほどなくその列車がやって来たのだ。
「予定より遅れたみたいだな。ちょうどよかった」
「運が味方したね」
「これはボス戦も幸先良さそうや」
隆太達が特急はまかぜに乗り込み、しばらく経った頃、
「いい加減離してや。めっちゃ痛いねん」
「締め付け弱めて、っていうか、離して下さい」
「私、おしっこしたくなっちゃった」
千聡と摩耶と虹子はすでに、生野の武家屋敷内の和室隅でかずらで全身を拘束されていた。
「縛られた女子(おなご)を眺めながら飲む丹波の黒豆茶はじつに美味やわ~」
「そうですね、神戸ポートタワー納言」
鼓型で高さ二メートル近くの神戸ポートタワー納言と、一反木綿は彼女達のすぐ側で茶を啜っていた。
「きゃっ! パンツ捲って来たよ」
「いやらしいで」
「なんともエッチなかずらさんですね。外れないわっ!」
縛られた三人は必死で振り解こうとするも、なすすべなし。
「この子は徳島編に出る祖谷のかずら衛門やからね。キノサキノヤナギよりも五倍は強いわよ。オホホ、ええ肉がとれそうや♪」
神戸ポートタワー納言はにやりと微笑む。リアルのものとは違い、赤いパイプで覆われた壁面に顔らしきものが付いていて、表情を自在に作ることが出来るようだ。
「ぼたん鍋といっしょに煮込むとより美味しくなりそうですね」
一反木綿も微笑む。
「私達、食べられちゃうの? 私、脂肪と贅肉だらけだからすごく不味いよ」
「わたしも同じく大変不味いです。ムダ毛も多いですよ。汗臭いですよ。食べないで下さい」
虹子と千聡の顔が青ざめる。
「虹子様、千聡様。冗談で言っとんやと思うで」
摩耶は笑っていたが、やはり恐怖心を感じていた。
「さてと、そろそろ調理を始めましょっか」
「神戸ポートタワー納言、出刃包丁持って来ましたぜ。まずは一番美味そうな太ももから裂いていきましょうや」
一反木綿は自身に巻き付けて運んで来た。
「いやぁぁぁ~、やめてぇぇぇーっ!」
虹子は恐怖心で目から涙からこぼれ出た。
「本当に、やる気なのですか?」
千聡の表情も引き攣る。
そんな時、
「みんなーっ、助けに来たよ」
「おっ待たせーっ! ボスバトル、めっちゃ張り切るで。おう、神戸ポートタワー納言、リアル神戸ポートタワーにそっくりや。高さは五〇分の一くらいしかないけど」
「みんな無事か?」
隆太達、到着。
「隆太くん、星音、彩葉。来てくれてよかったぁぁぁぁぁ~」
「隆太さん、星音さん、彩葉さん、わたし達が犠牲になるまでに間に合うと信じてましたよ」
虹子と千聡は嬉し涙をぽろりと流す。
「隆太様、星音様、彩葉様。健闘を祈っとうで」
摩耶はホッとした笑顔で伝えた。
「オホホ、よく来たわね」
「おまえらに勝てるかな?」
「神戸ポートタワー納言って、やけにかわいらしい声出してるけど女の子設定なのかよ? とにかくみんなを早く解放してやれ」
隆太は険しい表情で訴える。
「ウチらに勝てたら解放したるわ。ウチが出る幕もないと思うねんけどね。こっち来ぃやウチのしもべ」
神戸ポートタワー納言がそう言うや、後ろの襖が開かれ、
「おれっちに勝つのは絶対無理だろうな」
別の敵モンスターが登場する。
「おう、あなたは昨日の男の娘! 今日は服装もかわいいわ~♪」
彩葉は満面の笑みを浮かべた。
「根暗っぽい姉ちゃん、昨日はよくもやってくれたな。今日のおれっちは本気モードだぜ。仕返しだぁーっ!」
花柄チュニックに水玉ミニスカートを穿いた男の娘姿の芝右衛門狸はそう言うや、彩葉に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。
「こっ、こら。おっぱい揉まんといてや。力抜けちゃうから」
予想以上のすばやい動きだったため、彩葉はちょっぴり動揺してしまった。
「それそれそれーっ」
「あぁっん、もうやめて欲しいわ~」
優しく揉まれるごとに、彩葉のお顔はだんだん赤みを増していく。
「おいっ、やめろっ!」
隆太は芝右衛門狸の後ろ首襟を掴んで引き離そうとした。
「動き遅過ぎ♪」
しかし余裕でかわされた。
「きゃんっ!」
弾みで隆太の右手が彩葉の胸に服越しだがしっかり触れてしまう。
「ごっ、ごめん彩葉ちゃん」
隆太は反射的に右手を引っ込めた。
「いや、べつにええよ」
彩葉は照れ笑いする。
「みんな頑張れーっ!」
「うち、期待しとうで」
「隆太さん達なら絶対勝てるとわたしも信じてますよ」
虹子と摩耶と千聡はきつく縛られて苦しそうにしつつも、温かいエールを送ってくれた。
「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、くらえっ! フラーッシュッ!」
星音はポケットからデジカメを取り出し、芝右衛門狸の写真を撮った。
「ぎゃっ、目がくらんだ。卑怯だぞおまえ」
怯む芝右衛門狸。
「卑怯じゃないもん」
星音は続いて水鉄砲を取出し、芝右衛門狸の顔面目掛けて連射。
「うひゃぁぁぁっ!」
けっこう効いたようだ。
「芝右衛門狸、動き鈍ったな」
隆太はすかさずビジネスバッグで芝右衛門狸の腹をぶっ叩く。
「いってぇぇぇ~。こうなったら……」
芝右衛門狸は本来の姿に戻るや、口から糸を吐き出した。
「ん? うわっ!」
隆太は体中を巻きつけられてしまった。
「どうよ、奥義、芝右衛門狸の糸車♪」
芝右衛門狸は得意げに笑う。
「身動きとれねえ。うわっ」
隆太、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。
「隆太お兄さん、ワタシがほどいたるわ~」
「あたしも手伝うぅ」
彩葉と星音は隆太の側へ駆け寄っていくが、
「おまえら油断し過ぎ。それぇっ!」
「きゃんっ、引っかかっちゃった!」
「しもた。油断したわ~」
芝右衛門狸に隆太と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。
「ホホホ、いい気味ね」
「これで攻撃し放題だな」
神戸ポートタワー納言と一反木綿はにやりと笑う。
「おれっち、彩葉っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい。おれっちに猥褻なことした仕返ししてやるぅっ!」
芝右衛門狸は男の娘姿に戻り、にやにや笑いながら彩葉の方へ近づいていく。
「くっそ、糸さえほどければ」
「ワタシ達、大ピンチになっちゃったよ」
「ほどけないよぉーっ」
隆太、彩葉、星音。自分で糸をほどこうとするもほどけず。
「隆太くぅん、星音、彩葉ぁ。助けてあげられなくてごめんねー」
「うち、何も出来へんのが甚だ悔しいわ~」
「わたしも同じく」
虹子と摩耶と千聡は心配そうに見守る。
「姉ちゃんのお尻の穴無理やり広げて自然薯プスッて突っ込んでやろうか。ちょうど持ってることだし。それから警策で十発くらい叩こうかな?」
芝右衛門狸はにやにやしながら彩葉の側でしゃがみ込む。
「あーん、屈辱やぁ」
彩葉は頬を火照らせ照れ笑いする。
「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃないか。ひょっとして姉ちゃん、マゾ?」
「いやぁ、嬉しくはないって」
「ほんまかよ? 彩葉って子、おれっちは心優しいからお尻に突っ込む前に痛くないようにガマの油を塗ってあげるからね。そうしないと入らないだろうし。ついでに姉ちゃんのアンダーヘアーも観察してあげる。氷ノ山の原生林かな? それとも須磨海水浴場の砂浜か? 楽しみ♪ さてと、まず手始めに姉ちゃんのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃないか」
芝右衛門狸はそのことにたった今気付いたようだ。
「芝右衛門狸ちゃんったら、ドジッ娘やね」
彩葉はくすっと笑った。
「こうなったら、スカートの周りだけ糸外してやるぅっ!」
芝右衛門狸はむきになってスカートポケットから鎌を取り出した。
「きさまの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」
「おーい、俺の尻見たって何も得しないぞ」
隆太は呆れた表情で主張した。
「ワタシも隆太お兄さんの生尻ばり見たい! 芝右衛門狸ちゃん、ワタシにも見せてね」
「いいぜ。まずおれっちが拝見してからね」
「よっしゃぁ!」
「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」
隆太はいらっとした表情を浮かべていた。
「あたしは隆太お兄ちゃんのお尻、昨日見たばっかりだよ。いっしょにお風呂入ったもん」
星音はにこにこ顔で伝える。
「星音ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」
隆太は穴があったら入りたい気分だった。
「羨ましい! どんな感じだった?」
芝右衛門狸は興奮気味に質問する。
「パパのお尻よりは小さかった」
星音はにこにこ顔のまま答えた。
「そっか。まだ成長途中だもんな」
「ワタシが最後に隆太お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」
彩葉はにやついた表情で呟く。
「おまえら、いい加減にしてくれ」
隆太、ますます居た堪れない気分に陥る。
「姉ちゃんも見たことあるのかよ。ますます許せなくなったぜ。こちらの星音っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげるよ」
芝右衛門狸はそう伝えてパチッとウィンクした。
「ええーっ、それは嫌だなぁ」
星音は苦笑い。
「彩葉ってやつ、大人しくしてろっ! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鎌はめっちゃ切れ味良いからね」
芝右衛門狸は彩葉のスカートに接している糸の結び目部分をスパッ、スパッ、スパッと三箇所切る。
「これでスカートずらせる」
芝右衛門狸がにやついた表情でそう呟くや、
「スカートずらせるだけやないよ、芝右衛門狸ちゃん」
彩葉はガバッと立ち上がった。
「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」
唖然とする芝右衛門狸。
「そうみたいや。芝右衛門狸ちゃん、やっぱドジッ娘ね」
彩葉はにっこり微笑む。
「彩葉お姉ちゃん、自由になれたね」
「芝右衛門狸、自滅したな」
隆太と星音は安堵の表情を浮かべた。
「こうなったら、実力で」
芝右衛門狸はまた本来の姿に戻り、彩葉に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして彩葉のお腹にパンチを食らわそうとしたが、
「ワタシ、昨晩よりはレベル上がっとうからそう上手くはいかへんよ」
彩葉は余裕で芝右衛門狸の体にガバッと抱きついた。
「あれ? なんでそんなに動きいいの?」
「さっきのは演技や。よっと」
「わーん、おーろーしーてー」
そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま星音のもとへ。
「星音、じっとしててね」
「うん」
もう片方の手で地面に落ちた鎌を拾い、星音の体に接している糸の結び目を何箇所か切る。
これで星音の体は自由になった。
彩葉は同じ要領で隆太の体に絡み付いている糸も、
「この格好のままの隆太お兄さんもなんか萌えるから、そのままに」
「こらこら彩葉ちゃん。早く切れって」
「彩葉、隆太くんで遊んじゃダメだよ」
「彩葉お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」
「冗談、冗談。ごめんね隆太お兄さん」
一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。
「彩葉ちゃん、ありがとな」
「どういたしまして」
「さてと、こいつをなんとかしないとな」
隆太はビジネスバッグを持って、芝右衛門狸の側へにじり寄る。
「やめて下さい。おれっち、反省します」
うるうるした瞳で言われるが、
「許さない」
隆太は容赦なくぽっこりふくれた腹をビジネスバッグでぶっ叩き、消滅させた。
「やったね隆太くん」
虹子は嬉しそうに微笑んだ。
「やるわね」
神戸ポートタワー納言はちょっぴり感心しているようだ。
芝右衛門狸が消えた後には、柄の違う水玉ショーツが二枚残されていた。
「虹子お姉ちゃん、これ、昨日盗まれたやつでしょ?」
「うん、それだよ。戻って来て良かった♪」
「よかったね虹子お姉さん。なんか、よだれでべっとりしとうよ」
彩葉は手で掴もうとしたが、思わず引っ込めた。
「じゃあ、もういらなーい。捨てといて」
虹子は嬉しそうな笑顔から悲しげな表情へと変わった。
「変態狸だな」
隆太は呆れ笑いする。
「あいつはゲームの中でも人間の女によくエロいイタズラしてるぞよ。妖怪のくせに妖怪の女には全く興味ないそうだ。さて、おまえら、次はおいらと勝負だっ!」
一反木綿は隆太達に立ち向かって来た。
「一反木綿なんて所詮布やろ?」
「うわっ、しまったっ!」
彩葉はカッターで一反木綿をズバッと切り付けた。一反木綿の体に切れ目が入る。
「べとべとびちょびちょにしたら弱りそうだね」
星音は生クリームと水鉄砲を命中させた。
「ぬぉぉぉっ」
一反木綿、ぐっちょり濡れて弱る。
「俺が戦うまでもなく勝てそうだな」
そんな無様な姿を見て隆太はにこっと笑った。
「こいつ、思ったより弱いやん」
「彩葉お姉ちゃん、いっしょにとどめ刺そう」
彩葉はバット、星音は泡立て器を一反木綿に向けた。
「こうなったら」
一反木綿は目をきらっと輝かせる。
するとなんと、
「えっ! 嘘?」
「ありゃ? 足が……」
深刻な事態へ。
星音と彩葉はあっという間に石化されてしまったのだ。
「あっ、星音っ! 彩葉ぁ~!」
「星音さん、彩葉さん!」
虹子と千聡、予想外の光景に思わず叫んだ。
「魔法は、使えないはずじゃ」
唖然とする隆太に、
「これは妖力だからね」
神戸ポートタワー納言は得意げに言う。
「彩葉と星音が、石になっちゃったぁぁぁ~」
虹子は嘆きの声を漏らし、悲し涙をこぼした。
「心配せんでも大丈夫や虹子様。石化を解く粉を使えば、つまり一反木綿を倒せば、手に入って元に戻せるで」
「本当?」
「はい。一反木綿、兵庫編の敵では使って来ぉへん妖力使うなんてますます反則や」
「反則なのはおまえらの方もだろう」
一反木綿はフフフッと笑って得意げに反論する。
「なんだ。急に体に異様な疲労感が」
隆太はハァハァ息を切らす。
「おいらの妖力できみの体力吸い取っちゃった♪」
一反木綿は完全復活してしまった。
「そんな技まで使えるのかよ」
隆太はこうのとり伝説たまご饅頭を食して、体力を八割方回復させた。
「おいらじゃ男には石化攻撃は効かんっていう謎設定は納得いかんがのう」
一反木綿は少しやさぐれた表情で不満を呟く。
「ホホホ、ウチとこいつ、自分一人で倒すしかないわよ」
神戸ポートタワー納言は勝ち誇ったようにフフフッと微笑む。
「本気で行くぞっ!」
隆太は怒りに満ちた表情を浮かべ、ビジネスバッグを神戸ポートタワー納言の側面目掛けてすばやく思いっ切り振りかざす。
「きゃんっ、いっ、痛ぁい」
見事直撃し、神戸ポートタワー納言は甘い声を漏らした。
「隆太様、ええ振りやねー。乗り気なようで嬉しいわ~」
「みんなを救うために、本気になってくれてるね」
「隆太さん、主人公らしい活躍振りですね」
摩耶と虹子と千聡は賞賛する。
「大丈夫か?」
隆太はにっこり笑い、心配してあげた。
「敵に情けをかけるなんて、日本人らしくないわね。これでもくらいなさい坊や」
神戸ポートタワー納言は全体をピカッと光らせる。
「うわっ! とてつもない眩しさだ。ルミナリエのゲートのモンスターの比じゃないぞ」
隆太は目がくらんでしまった。
「ここからは相撲勝負よ。はっけよぉい、のこった!」
神戸ポートタワー納言はその隙に隆太に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。
「しまった。うっ、動けねえ。重いっ。なんてパワーだ」
「どんどん重くなってくるわよ♪」
「ぐあぁっ!」
隆太は必死に振り解こうとするが、どうにもならず。
「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」
一反木綿はにこにこ顔で呟いた。
「隆太くーん、頑張ってー」
「隆太様、早くやっつけちゃって下さい。長引くとまずいで」
虹子と摩耶からそう言われるも、
「そうは、言ってもな……」
隆太は何も活路を見い出せなかった。
「それっ、縦四方固よ♪」
神戸ポートタワー納言は柔道の技を用いてさらに強く圧し掛かってくる。
「いってててぇーっ!」
苦しがる隆太。
「そろそろ参ったって言った方がええんやないかしら? 自分の体、一反木綿みたいにぺっちゃんこになっちゃうわよ♪」
神戸ポートタワー納言は嘲笑う。
「まだ降参はしない。振り解いてやるっ!」
「隆太様ぁ、もう降参して下さい。体力が0になってまうで」
「隆太さん、もう無理はしないで。これはゲームなんだから」
「そういうわけにはいかない。俺は、主人公、だし、何か、人の役に立つって、人生経験も、必要だから」
隆太は非常に苦しそうな表情で伝える。神戸ポートタワー納言を自分の体からなんとか引き離そうと懸命に力を込めて続けてみるも、神戸ポートタワー納言はびくともせず。
「ウチはまだまだ本気で圧し掛かってないのよ。体をもっともっと大きく重くすることが出来るからね」
神戸ポートタワー納言はにっこり笑っていた。余裕の表情だ。
「関係ない。俺は、全力を、尽くす、だけだ」
「ホホホ、起き上がれるものなら起き上がってみぃ」
「ぐぁっ、ダメだ。こいつ強過ぎる。くっそ。もう少し、レベルを、上げて、いれば……」
隆太の意識は徐々に薄れゆく。
「隆太くぅん、しっかりしてーっ」
「申し訳ないです隆太さん、わたし達は無力でした」
「隆太様、今のレベルじゃ勝ち目は百パーないで。降参して、もっとレベルを上げて再チャレンジしよや」
虹子、千聡、摩耶の三人は涙をぽろりと流しながら伝えた。
「いや、それは……」
隆太は朦朧とした意識の中で懸命に呟く。
「ウチらの勝ちってことでオーケイ?」
神戸ポートタワー納言は満面の笑みで勝利宣言。
「主人公もまだまだレベルが足りんな」
一反木綿も嘲笑う。
その直後だった。
驚くべきことが起きた。
「あれ? ワタシ、どうなってたんや?」
「あたし、動けるようになってる」
彩葉と星音が石化から元の状態へ回復したのだ。
「彩葉、星音。よかったぁ!」
「二人とも、戻ってくれてよかったです」
「おう、奇跡や。あっ、あれ?」
さらに虹子、千聡、摩耶も絡み付いたかずらが解かれ自由の身になった。
「なっ、何ゆえ?」
「そんな、バカな。なんでなん?」
一反木綿と神戸ポートタワー納言も思わぬ事態にあっと驚く。
「神戸ポートタワー納言、軽くなったな」
「きゃんっ! しまった。つい力抜いちゃったわ」
隆太は神戸ポートタワー納言を突き飛ばし、すっくと立ち上がった。
「隆太様も完全復活やね」
「隆太くん、よかったぁぁぁっ!」
虹子は歓喜の叫びを上げ嬉し涙を流した。
「どういうわけか、体力も全快したみたいだ」
隆太は元気溌剌とした声で伝えた。
「なんでなん? マジあり得へん」
神戸ポートタワー納言が呆気に取られた表情で呟いた。
その直後、
「これこれ一反木綿、神戸ポートタワー納言、何しとんどすか?」
女性の穏やかそうな声がこだました。
「この声は、舞妓さん様?」
「あら、舞妓さん。なっ、なんでここにおるねん?」
一反木綿と神戸ポートタワー納言はびくりと反応した。
「ゲームの外に飛び出して、こんな所で油売ってたらあかんどすえ」
声の主はみんなの目の前についに姿を現す。
「舞妓のお姉ちゃんだぁ!」
「ワタシ生舞妓久し振りに見たわ~。めっちゃ美人やけど、一反木綿ちゃんと神戸ポートタワー納言ちゃんのそのびびり方からすると怒ったらめっちゃ怖いんやろね」
「本物の舞妓さん?」
「このお方も、敵モンスターなのでしょうか?」
三姉妹と千聡は不思議そうにじっと見つめる。
着物姿、イメージ通り顔や首に白粉が塗られていて、濡れ羽色の髪を花簪で留めた、おふくの髪型。背丈は一五〇センチくらいと小柄で穏やかそうな雰囲気を醸し出していた。
「敵モンスターという設定になっとるえ。あんたら、あての女子力で石化を解除して、かずら衛門も瞬殺しておいたえ。あと隆太と申される軟弱そうな男の体力も全回復させておいたえ」
舞妓さんはおっとりのんびりした京ことばで得意げに伝える。
「そんな能力が使えるとは、相当強い敵モンスターなのでしょうね」
千聡は感服したようだ。
「モンスター化した舞妓さんは京都編の量産型の雑魚敵で、体力は1800以上あるで」
「雑魚で1800越えって! 兵庫編の次に進むべきステージが、隣の京都じゃないってことは確かだな」
隆太もちょっぴり恐縮してしまう。
「あれ? 痺れて動けへんわ。リアル神戸ポートタワーのごとく」
「おいらもだ」
「あてが女子力全開で痺れをかけたからえ。あんたら、今のうちに倒しとき」
舞妓さんはほんわかした表情で勧めて来た。
「それじゃ、遠慮なく。神戸ポートタワー納言、覚悟しろっ!」
「きゃぁぁぁんっ! 痛ぁ~い。もっと優しくしてぇ~」
「それは不可だ」
「ひゃぁんっ、そこはダメェ~」
隆太は神戸ポートタワー納言をビジネスバッグで何度も攻撃しまくる。悶えた表情で色気ある悲鳴を上げるも容赦せず。
「一反木綿、ワタシを石化したお返しや」
「一反木綿のおじちゃん、覚悟してね」
彩葉は黒インク、星音は生クリームと水鉄砲を用いて攻撃する。
「うぎゃぁぁぁっ!」
インクと生クリーム塗れでふやけて一部破けてしまった一反木綿に、
「ボスの神戸ポートタワー納言さんは、主人公の隆太さんが一人で倒した方が良さそうですね。わたしが一反木綿さんにとどめを刺すわ」
千聡はマッチ火を投げつけた。
「ぐげぇぇぇ。あっ、ちっ、ちぃっ」
一反木綿、苦しそうに跳ね回る。
「なんか、かわいそうになって来た」
心優しい虹子は同情してあげた。
「もう、やめてくれ。おいら、ゲームの中に戻るから」
「ウチも。降参や、降参。ウチをこれ以上痛めつけるのはやめてー、お願ぁい。もう二度と悪いことせぇへんから」
一反木綿と神戸ポートタワー納言は怯えた様子で懇願してくる。
「ワタシ、もう満足したからええよ」
「あたしも許してあげるよ」
「わたしも、許しますよ」
「皆様心優し過ぎやわ~」
「俺は許したくないけど、これで俺達の勝ちってことでいいな?」
隆太が確認を取ると、
「うむ、ウチらの負けや」
「おいら達の負けでいいよ」
神戸ポートタワー納言と一反木綿はあっさり負けを認めた。
「隆太様、最後は主人公らしく締めましたね」
摩耶は満面の笑みを浮かべる。
「隆太くん、ありがとう。すごく格好良かったよ」
「隆太さん、無力なわたし達を救って下さり、誠にありがとうございました」
虹子と千聡は、隆太の手をぎゅっと握り締めた。
「いや、べつに当たり前のことをしただけだから。礼なら彩葉ちゃんと星音ちゃんと舞妓さんの方に言って」
隆太はかなり照れてしまう。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、隆太の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。
「隆太お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定やね」
「これでリアルな兵庫編クリアだね」
彩葉と星音は満面の笑みを浮かべる。
「あんたら、一反木綿と神戸ポートタワー納言が多大なご迷惑をおかけして本当にすんまへん。二度とリアル世界に飛び出て悪させんよう、しっかり懲らしめときますので。一反木綿、神戸ポートタワー納言、みんなに謝りなはれ」
「いっ、て、て、てぇ。ごめん」
「ごめんなさーい」
舞妓さんはみんなに向かって深々と頭を下げて謝罪。一反木綿と神戸ポートタワー納言も無理やり下げさせられていた。
「いえいえ。うち全然気にしてへんので」
摩耶は苦笑いを浮かべる。一反木綿と神戸ポートタワー納言のことを少しかわいそうに思ったようだ。
「隆太といわはるお方、あてら、ゲーム内に帰るから、今から出すテレビにゲーム機を繋いで例のゲームを起動させてくれへんやろか?」
舞妓さんはそう言って畳にぶぶ漬けをばら撒くと、四八V型液晶テレビが現れた。
「おう、魔法やっ!」
「舞妓のお姉ちゃん、すごーい」
彩葉と星音はパチパチ拍手する。
「彩葉といわはる子、これは魔法ではなく女子力なんどすえ」
舞妓さんはホホホッと笑った。
「あの、俺の部屋のテレビじゃないと、飛び込めないと思いますけど」
「そこはあての女子力で何とかするえ。神戸ポートタワー納言をゲーム内に戻せば、残る雑魚敵達も皆二、三日中には現実世界から完全消滅して、ゲーム内に戻るようになっとるえ」
「そうなんですか。じゃあ繋げますね」
隆太は準備が整うと摩耶が飛び出て来た続きからのデータを選択。摩耶のいない茶店内部の画面が映る。
「ほら一反木綿、神戸ポートタワー納言、帰るえ」
「嫌やぁぁぁぁぁ~」
「痛いよ舞妓さん様、頬引っ張るなって」
神戸ポートタワー納言と一反木綿は舞妓さんに無理やり引き摺られていく。
「あんたら、もっともっとレベルを上げて、ゲーム上でいつかあてに挑んで来なはれ。京都編で待っとるえ」
舞妓さんは微笑み顔でこう言い残し、神戸ポートタワー納言と一反木綿を掴んだまま画面に入り込んでいく。
「リアル兵庫県巡りもなかなか楽しかったわ。リアル神戸ポートタワーとも対面出来てめっちゃ嬉しかったで。ウチ、ゲームの中に帰りたくないんやぁぁぁ~」
神戸ポートタワー納言は名残惜しそうに、悲しげな表情で捨て台詞を吐いた。
テレビもその約一秒後に消滅した。畳に付いた黒インクなどの汚れもきれいに消える。
「あの舞妓さん、ばりかわいかったわ~。敵モンスターはまだおるってことやね。帰りも倒しながら進んで行こう!」
「賛成! あたしもまだまだ戦いたぁーいっ!」
「わたしも同じく」
「俺も、もう少し戦い楽しみたい」
「みんなぁ~、タクシーここに呼んでなるべく外出歩かないようにして帰ろう」
「ご安心してや虹子様。皆様の今の力なら兵庫編の雑魚敵はどれも楽勝やろうから。あのう、じつは、敵モンスター、うちがわざと飛び出させてん。皆様にリアルRPGを体験してもらおうと思って。兵庫編の敵なら、ごく普通のリアル世界の高校生以下の子ぉでも何とか出来るやろうと見込んでてん。それにうち、リアル兵庫県も旅したかったし」
摩耶はえへっと笑って唐突に打ち明けた。
「えっ! 本当なの? 摩耶ちゃん」
「そうだったのですかっ!」
「摩耶お姉ちゃんが仕掛けたんだね」
「摩耶ちゃんもなかなかのエンターテイナーやね」
「おいおい、みんなのせいじゃなかったわけか」
他のみんなは当然のように面食らったようだ。
「一昨日の夜に伝えた時は、じつはまだ敵モンスター隆太様が出遭ったマカロンこまちしか飛び出してなかってん。隆太様がぐっすり眠っておられた真夜中に、うちがその他の敵モンスターにもお願いしてこっそり飛び出させてん」
摩耶はさらにこんな秘密も打ち明け、てへっと笑う。
「電源切ってたのに、出れたのか?」
隆太は驚き顔。
「テレビの電源切られてても、ゲーム機が繋がれてあのゲームが中に入ったままやったからね」
「そうか」
「それもまた不思議な仕組みですね」
「摩耶お姉ちゃんは、敵モンスターとお友達なの?」
「一部はそうやで」
「摩耶ちゃん、また新しい敵、どんどん飛び出させてや。今度はのちの敵からの援助なくワタシ達だけの力でボス倒したいわ~」
「彩葉、私はもう戦いには絶対参加しないよ」
「虹子お姉さんは今回もほとんど戦ってへんかったやん」
「痛い思いしたくなかったんだもん。結果的に何度もしちゃったけど。私、おトイレ行ってくる」
先ほどから尿意を感じていた虹子は、玄関横のトイレに駆け込んだ。
「……えっ! 和式の、ぼっとん!?」
※
結局みんなは帰り、生野の鉱物、ハヤシライス。姫路の長壁姫、御座候、おでん、えきそば、書写千年杉型モンスターなど行く時と違うコースを通って新しいご当地敵モンスターとも出遭い、楽しく戦闘をしながらそれぞれのおウチを目指して進んでいった。
ピンチに陥った時は、一人では解決出来ない。みんなの協力が必要である。協調性の大切さを改めて学ぶことが出来たな。今後の面接でもアピール出来そうだ。
隆太は今回の冒険の旅(特にボス戦)を通じて、こんな感想と達成感を得ていた。
☆
みんなが帰宅したのは午後八時半頃。
「リアル兵庫の土産、ようさん買えてよかったわ~。ほな隆太様、おやすみー。また出してや」
「おやすみ摩耶ちゃん」
隆太は玄関を抜けると、母に見つからないよう注意して自室に摩耶を連れて行き、あのゲームを起動させて摩耶をゲーム内に戻してあげた。
同じ頃、二星宅では夕食の団欒中。
「兵庫県内で多発してる怪奇現象、みんなは遭遇しなかった? 夕方の県内ニュースで特集やってたわよ。今日の夕方からはだいぶ報告が減ってるみたいだけど」
母のこんな質問に、
「そんなのがあったの?」
「ワタシ全然知らへんよ」
「あたしもーっ」
三姉妹は一応知らないふりをしておいた。
「そっか。母さんも遭遇してないけど、空飛ぶ鯛を見たとか、六甲山牧場の羊や牛が壁をすり抜けたとか、羽根飾りをつけたタカラジェンヌが本当に空を飛んでいる姿を見たとか、凶暴な鹿を撃ったら姿が消滅したとか、神戸ポートタワーが二つ向かい合ってたとかって目撃情報もあったみたいよ」
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