無職無能俺、神戸で就活帰りにハーレム勇者に就職決定！？

第三話 夜は宿で一休み。せやけど油断は禁物やで

みんなはＪＲ篠山口駅前から、風光明媚な山あいにある篭桜旅館まで送迎タクシーで送ってもらった。

「ご予約の桃尾御一行様、お部屋はこちらになっております」

女将さんに六人部屋となっている、３０７号室へ案内される。

　十五畳ほどの純和室だった。

「俺は別の部屋にして欲しかったんだけど」

「まあいいやん隆太お兄さん、ワタシ達家族みたいなものやし」

「隆太お兄ちゃんもいっしょがいいっ！」

「隆太さんなら、寝込み襲って来ないだろうからわたしも全然気にならないですよ」

「私も隆太くんもいる方が安心出来るよ」

「さすが隆太様、主人公だけあって皆様から信頼されとうね」

「どうだろう？」

　隆太は苦笑い。

「わあーっ、見て。中に黒豆プリンとか、栗まんじゅうとか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいあるぅ」

　星乃は冷蔵庫を開けてみた。　

「旅館といえばこれやね。宝箱を開けた気分や」

「リアル世界のやから、敵モンスターから受けたダメージに対する体力回復効果はないで」

「これって別料金取られるから、やめた方がいいんじゃないか？」

　隆太はこう意見するも、

「まあええやん。お金ようさんあるし」

　彩葉は抹茶ゼリーを手に取った。

「まもなく夕食の時間だから、わたしは今は食べない方がいいと思うわ」

「俺もそう思う」

「私もー」

「それじゃあ、やめとこうっと」

「ワタシもやめるよ」

「うちも夕飯を優先するわ」

このあとみんなは夕食場所となっている宴会場へ。

「ご予約の桃尾御一行様ですね。ごゆっくりどうぞ」

従業員さんに座席へ案内される。

宴会場は二〇畳ほどの純和室となっており、長机一脚に座布団が六つ敷かれていた。

メインメニューは雉肉、鹿肉、猪肉。丹波の黒豆＆栗料理、イワナとヤマメの塩焼き。

他に副菜、デザートもたくさん。

「柚のゼリーから食べようっと」

　星乃がそれをスプーンで掬って、お口に運ぼうとしたら、

「もーらった」

彩葉が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ！　彩葉お姉ちゃん、何するのぉっ！」

　星乃は大声を張り上げて、彩葉をキッと睨み付ける。

「えへへ」

　彩葉はとても美味しそうに頬張りながら、あっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

　星乃は彩葉の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったーい」

　彩葉は、星乃の髪の毛を引っ張った。

「彩葉お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

　今度は星乃、彩葉に馬乗りになった。

「星乃だってお菓子大好きなくせに。星乃こそ太るで」

　彩葉は対抗しようと、両手で押し返す。

「あたしは太らない体質だもんねーっ！」

　星乃は自信満々に言う。

「仲間同士の戦闘になっとうね」

「やはり彩葉さん優勢ですね」

「二人ともまだまだ子どもだなぁ」

　摩耶と千聡と隆太は楽しそうに成り行きを眺めていた。

「星乃、彩葉、仲間同士で戦闘するのはやめようね」

　虹子はにっこり笑顔で見守る。彩葉と星乃は普段家庭での夕食時でもおかずを取り合うことはよくあるので、慣れているのだ。

　それから一分ほどが経過しても、

「彩葉お姉ちゃん、返してぇーっ！」

「それは不可能や」

　二人はまだ、ケンカを止めようとはしなかった。

「彩葉、星乃。いい加減やめなさい」

虹子は優しく注意して、二人の後ろ首襟を掴んで持ち上げた。

「ごめんなさーい」

「すまんねえ虹子お姉さん。もうやめるよ」

恐怖心を感じたのか、二人とも反省の態度を示す。

「虹子ちゃん、さすがお姉さんだな」

　隆太は感心する。

「まさか、軽々と持ち上がるとは思わなかったよ」

「虹子様、レベルが上がっとう証拠やで。せやから明日は自信を持って敵と戦ってや」

「体格は朝から全然変わってないのに、こんなに力付いちゃうなんて……」

　虹子は自分の能力にちょっぴりショックを受けてしまったようだ。

「さっきはごめんね、星乃」

「ううん、あたし、もう気にしてないよ」

　彩葉と星乃はすぐに仲直り。その後は仲良く夕食タイムを過ごしたのであった。

みんなは部屋に戻る途中、館内のアミューズメント施設へ立ち寄った。

「皆様もゲーム上の設定と同じく、こういったアーケードゲームで遊べば経験値アップするように今はなっとうから、どんどん遊んでや」

　摩耶からこう勧められ、隆太達はお目当てのゲーム機へ向かっていく。

「敵の動きがゆっくりに見えたぞ」

　隆太はガンシューティングゲームで、パーフェクトに近いスコアを出すことが出来た。

「自分でも信じられないくらい上手くいった」

「まさかこんなに簡単に取れるなんて。自身の能力にびっくりです」

　クレーンゲームで遊んだ虹子は白イルカ、千聡はナマケモノのぬいぐるみを楽々ゲット。

「音ゲーもすごく軽快に動けるようになったよ。自己ベスト、大幅に更新しちゃった♪」

「ワタシも無意識のうちに体が反応しちゃったよ。気分爽快やっ！」

星乃と彩葉は楽しそうに画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく音ゲー、難易度は『むずかしい』。選んだ曲は今流行のアニソンでパーフェクトに近いスコアを叩き出すことが出来た。

「集中力や俊敏性がアップしたからやで。隆太様、ゲーム上で女の子を仲間に加えてから旅館に泊まった場合は、女湯覗きゲームも楽しめるで」

　摩耶は耳元で囁いて教えてくる。

「そのイベントは不要だな」

　隆太は苦笑いする。けど内心は試してみたいなと思ってしまった。

「隆太お兄さん、パンチングマシンで勝負しよう！」

「いいよ。俺が勝つだろうけど」

「隆太お兄さん、もしワタシに負けたらヌードデッサンのモデルになってもらうで」

「いや、それは勘弁してくれ」

「もう、隆太お兄さんほんまは自信ないんやん」

　彩葉と隆太がその筐体へ向かっていこうとしたら、

「これやろうぜっ！」

「うぉう、これ、ここにもあったんか」

　どこかの大学の体育系サークルと思われる、男ばかりのむさくるしい連中に先に使われてしまった。

「ちょっと様子見てみるか」

「そうやね。ワタシの苦手なタイプやけど、数値気になるから」

「うちも拝見するで」

「あたしもー。あのお兄ちゃん達、みんなすごく強そうだね」

　隆太、彩葉、摩耶、星乃はお菓子を取るクレーンゲームで遊びながらこっそり観察。

「本当に不思議なくらい体がよく動くわね」

「私、自由自在に動けてめちゃくちゃ楽しいよ。空だって飛べそうな気がする」

千聡と虹子はその頃、いっしょにダンスゲームで遊んでいた。

十分ほどして大学生だろう連中が去ったあと、隆太は三回分、百円硬貨を三枚コイン投入口に入れ、筐体両脇に設置されたグローブを両手にはめる。

　ゲーム開始ボタンを押すと、パンチングパッドが起き上がった。

「これ目掛けて殴ればいいんだな」

　隆太は右手を用いて、バシンッと思いっきり殴ってみた。

　すぐに画面上にスコアが表示される。

「八七点って、さっきの強そうな連中のやつらでも七五が最高だったのに。マジで？　機械の故障じゃないのか？」

「ワタシも七八出たよ」

「あたしも七〇出たぁ」

「隆太様も彩葉様も星乃様も、レベルと共に攻撃力もかなりアップしとうからやで。試しにあそこの自販機で売っとうスチール缶、上から叩いてみぃ」

　摩耶から勧められると、隆太、彩葉、星乃はさっそく最寄りの自販機のスチール缶飲料を購入してくる。

飲み干して空き缶にし、休憩イスの上に底面を下にして置いた後、

「えっ、嘘だろ？」

「おう、ワタシリアルにパワーアップしてるやん」

「簡単に潰せちゃった♪　あたし達今、めちゃくちゃ強くなってるんだね」

　三人とも手のひらで上面を程々に力を入れて叩くだけで、ぺちゃんこにすることが出来てしまった。

「これは、明日の決戦もめっちゃ楽しみや」　

「あたしもー」

「こんなに力付いて、俺自身としてもなんか恐ろしいな」

そのあと隆太、彩葉、星乃はもぐら叩きゲームも楽しんで、三人とも独力でパーフェクトを出すことが出来た。

　　　　　　☆

みんなが３０７号室へ戻った頃には、すでにお布団が敷かれてあった。この旅館のサービスとなっているのだ。

　問題がすらすら解ける。学問仙人のお守り、本当に効果あるみたいだな。

　隆太が漆塗りのテーブルを使って公務員試験用数的推理の演習問題に取り組んでいた頃、

「んー、リアル世界の露天風呂もちょっと熱いけど最高や♪」

「めっちゃ気持ちええわ～。旅の疲れが一気に吹き飛びそうや」

「この露天風呂、桜の時期、紅葉の時期、大雪の時が特にお勧めみたいですよ」

「私その時にまたここ訪れたいなぁ。星乃、ここで背泳ぎするのはダメだよ」

「はーい」

女の子達はみんなすっぽんぽんで岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろいでいた。

「隆太お兄さんもこっち来なよーっ。家族風呂で混浴やのに」

彩葉から誘いの声が聞こえてくるも、

　いっしょに入りたいって気持ちは、俺は全く持ってないぞ。

　隆太は無視して勉強を進める。

「彩葉、隆太くんが嫌がることしちゃダメだよ。あっ！　おサルさんだ。あそこにいっぱいいる」

　虹子は背後に聳える雑木林の斜面で姿を発見した。

「この旅館の露天風呂、おサルさんが入ってくることでも有名みたいですよ」

　千聡はほんわかした表情で伝える。

「あっ、本当にやって来たよ」

　虹子が呟いた通り、何匹かが露天風呂の岩場に移動して来た。

「この子ら、タダで入っとうね」

　彩葉はにこにこ顔で突っ込む。

「きゃっ、このおサルさん、襲って来たわ。やっ、やめて下さい」

　千聡はいきなりうち一匹に抱き付かれ、胸を揉まれてしまう。頬を火照らせていた。

「エロ猿やね」

「千聡お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」

「おサルさん、千聡ちゃん嫌がってるからそんなことしちゃダメだよ」

「こいつら、ゲーム上でも兵庫の丹波地域に現れる丹波ザルって名の敵モンスターやで。体力は６１や。素早さもあるで」

　摩耶はにっこり笑顔で伝えた。

　キャッ、キャッ、ウッキャキャ。

　丹波ザルは彩葉、星乃、虹子にも襲い掛かる。

「ワタシ達今、武器持ってないし、すっぽんぽんやから攻撃力も防御力もかなり劣っちゃうよ。きゃんっ！　あんっ、んっ。めっちゃ吸い付きよ過ぎや」

「おサルさん、あたし達に懐いてるみたいだよ。あっ、いたたたっ。いたーい。腕引っ掻かれちゃったぁ」

「大丈夫？　星乃。怖い、怖い。離れて、離れて」

「あの、いい加減離れて下さい」

「引っ掻きと噛みつき攻撃はかなり強力やから、皆様気を付けて」

　例により、案内役の摩耶には襲って来なかった。

「エロザル、お仕置きしちゃうよ」

　彩葉は胸に吸い付いて来た丹波ザルの頭に殴りかかる。

　キャキャッ！

　しかしかわされ岩場へ飛び移られた。

「いたっ、足引っ掻かれたわ～」

「彩葉、大丈夫？」

「虹子お姉さん、ワタシは大丈夫よ。虹子お姉さんこそ、おっぱいと背中と足、三匹もとまられとうけど大丈夫？」

「うん、攻撃はされてない。動いたら攻撃されそうで動けなーい」

　虹子の表情は少し青ざめていた。

「とりゃぁっ！」

　星乃も自分を襲い掛かった丹波ザルの顔に蹴りを食らわす。

　ギャッ、ギャッ！

　見事命中。

「みんな、敵が出たみたいだけど大丈夫かーっ？」

　隆太は室内から、外は覗かないようにして大声で問いかけた。

「隆太お兄さんも助けに来てやっ！」

「いや、悪いけどそれは無理だ。みんな裸だろうし」

「隆太様、非常事態やねんで」

「そうはいってもなぁ」

「隆太お兄さん頼むからこっち来ていっしょに戦って。ついでに武器も持って来てや」

「隆太さん、お願いします。また数が増えてわたし達だけじゃ勝てそうにありません。いたたたぁっ、やめて下さい」

「隆太くぅん、早く来てーっ！」

「隆太お兄ちゃん、このおサルさん、ものすごく強いよ」

「……わっ、分かった。ちょっと待ってて」

　これは深刻な事態だなっと感じた隆太はみんなの武器を持ち、勇気を振り絞って露天風呂の方へ移動するとすぐに自分の分以外の武器をみんなのいる方へ投げる。視線は洗い場に向けたまま。

　ギャッ、ウキャッ、キャキャッ！

　丹波ザル達が、邪魔するなよと言わんばかりに一斉に隆太の方に襲い掛かって来た。

「やっぱ宝塚までの敵より一段と手強いな。いってぇ。腕噛みやがった」

　隆太はビジネスバッグを用いてみんなの姿は見ないように丹波ザル達と戦う。

「開放されて良かったけど、隆太くんが心配」

「隆太お兄さんならきっと大丈夫やろ。ワタシすっぽんぽんじゃさすがに隆太お兄さんの目の前に出れんよ」

「隆太さん、ご迷惑かけて申し訳ないです。あらっ、丹波ザルさんから受けた傷が一瞬で癒えたわ」

「入浴は体力回復効果があるねんで」

　星乃以外の女の子達は湯船に肩までしっかり浸かって裸体を隠した。

「隆太お兄ちゃん、あたしも協力するよ」

　星乃はすっぽんぽんのまま、隆太を襲う丹波ザルをヨーヨーと水鉄砲の二玩具流で攻撃する。

「ありがとう星乃ちゃん、こいつめ、くたばれっ！」

つるぺた幼児体型の星乃の姿が隆太の視野に時折しっかり入ってくるが、隆太は当然のごとく欲情せずに丹波ザル戦に集中。

「他にもういないね」

「ようやく全滅したか」

　星乃は一回だけ、隆太も何度もダメージを食わらされながらも勝利を収める。

「隆太お兄ちゃん、湯船に浸かったら一気に回復するよ」

「俺はこれで回復させるからっ」

全身傷だらけになってしまった隆太は、丹波ザルが落していった銀寄栗羊羹を拾い上げるとすばやく室内へ戻っていった。

「わたし、ここにまで敵モンスターが出るとは思わなかったわ」

「屋外では油断出来んってことやね。でもそれもまた楽しいよ」

「また襲われるかもしれないから、早く中に戻ろう」

　虹子が湯船から上がろうとしたら、

「ここの露天風呂、広いねー」

　茂みから星乃と同い年くらいに見えるほんのり茶髪なカールヘアの女の子が現れた。

「かわいい♪」

　虹子はうっとり眺める。

「隣のお部屋から伝って来たのかしら？」

　千聡は推測する。

「お姉ちゃん、いいおっぱいしてるね」

　女の子はいきなり虹子の胸を両手で揉んで来た。

「もう、ダメだよ」

　虹子はぴくっと反応。

「こらこら、女の子だからってむやみに他人のおっぱい揉むもんやないよ」

　彩葉は背後から抱きかかえて引き離す。

「あーん、もっと揉みたいのにぃ」

すると女の子の首下から膝の辺りにかけて巻かれていたタオルがハラリと湯船に落ちた。

「えっ！　男の子？」

　あれがばっちり見え、虹子は目を大きく見開く。

「わたし、女の子かと思ってました」

「お○んちんがしっかりついてるね」

「きみ、男の娘やったんかぁ！」

　千聡も星乃も彩葉も驚くとともに笑ってしまう。

「おれっち、よく女に間違えられるからな。今でも女湯に余裕で入れるぜ」

　少年は得意げな表情で自慢する。

「おれっちって一人称もＧｏｏｄ！　ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれへん？」

　彩葉は少年に近寄ってお願いしてみた。

「嫌だね、このブス」

　少年はそう言って、薄ら笑う。

「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁ、この男の娘」

「いっててて、ごめんなさーい」

　彩葉はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。

「きれいなお尻してるくせに」

「くすぐったい。撫でるなって」

そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。

「自分、歳なんぼなん？」

　摩耶がにこやかな表情で問いかけると、

「十歳♪」

　少年は屈託ない笑顔で答えた。

「そっか。八歳くらいかと思ったけど」

　摩耶はにっこり微笑む。

「あたしより一つ上だね。あたしももうすぐ十歳だけど」

「ほんま、ばりかわいいわ～」

「やっ、やめてぇ」

　彩葉は少年のほっぺたに顔をぐりぐり引っ付ける。

「ワタシ、これくらいの年頃の男の子見ると本能的に遊びたくなっちゃうんよ」

「あーん、くすぐったいよぅ」

　続いて体中をこちょこちょくすぐり続ける。

「今度はキスしちゃおうかな？」

「やめろぉぉぉ～っ！」

「彩葉、やめてあげて。この子、すごく嫌がってるよ」

「彩葉さん、この子の保護者からもあとで叱られるかもしれませんよ」

「彩葉お姉ちゃん、モンスターペアレントだったらまずいよ」

　虹子と千聡と星乃に注意されると、

「分かったよ。ごめんねボク」

　彩葉はしぶしぶこの男の子を自分の体から離してあげた。

「この姉ちゃん怖い。こっちの姉ちゃんはすごくいい人だね。お礼にこれあげる」

　男の子は嬉しそうに虹子の手のひらに何かを置いた。

「何かな？」

　カサッとした感触。

「きゃっ、きゃあああああっ！」

　虹子は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。

　全長十センチを超えるアシダカグモだったのだ。

「岩場のとこにいたよ」

　男の子は無邪気な笑顔で伝える。

「やっぱり男の子やね」

　彩葉はくすっと微笑む。

「あたし久し振りに生で見たよ、アシダカグモさん。かわいいね」

「虹子さん、この子はゴキブリを駆逐してくれる縁起のいいクモさんよ」

「これがリアルアシダカグモかぁ」

　星乃と千聡と摩耶は楽しそうに岩場をゆっくり動くそいつを観察する。

「おれっちも大好きなんだ♪　ペットにしてるよ」

「あのう、ボク。そろそろ自分のお部屋に戻った方がいいんじゃないかな？　パパとママが心配するよ」

　虹子は苦笑いしてこう諭す。

「おれっち、淡路島の洲本からここに一人で来たんだ」

　男の子は自慢げに言い張った。

「そうなんだ。えらいね」

　虹子は感心させられてしまう。

「淡路っ子なんかぁ。関西から高速バスで徳島行く時素通りされちゃう島やね。ワタシ、マチ★アソビの時に何回か徳島行ったことあるけど、淡路島なんて途中で寄ろうとは全然思わんかったわ」

　彩葉はにっこり微笑んだ。

「猥褻姉ちゃん、淡路島バカにしてるでしょ？　淡路島はレジャー施設がいっぱいある楽しい島だよ。専用のる○ぶやまっ○るも出てるんだよ」

　男の子はむすっとなった。

「いやぁ、バカにはしてへんよ。昔からしょっちゅう家族で遊びに行っとうし」

「わたしも年に二、三回は行ってるわ。それにしても、小学生でも一人で泊まれるの？」

　千聡は少し驚く。

「なんてったっておれっち」

男の子は満面の笑みを浮かべてそう言うや、彼の身に驚くべき変化が。

ポンッと煙を上げ、なんと狸の姿に変身したのだ。

「えっ、狸？」

「まさか、狸さんでしたとは――またびっくりです」

　虹子と千聡はきょとんとした表情。

「狸だぁ！　変身も出来るなんてすごぉいっ！」

　星乃は大喜びしていた。

「こいつ、兵庫編ボスの直前に戦うことになっとう芝右衛門狸（しばえもんだぬき）やっ！　日本三名狸の一種やで。皆様、気を付けて。体力は１９５。兵庫編の狸型の敵じゃ最強やで。今の皆様の力じゃかなり苦戦すると思うで」

「敵なんかぁ。ますますいじめがいがあるわ～」

　彩葉はにやけた表情で嬉しそうにバットを手に取り芝右衛門狸目掛けて振りかざした。

「遅過ぎ。こっちだよぅ」

余裕でかわされる。

「あっ！　それ、私のパンツ」

「へへへっ。捕まれられるものなら捕まえてみろ」

　芝右衛門狸は虹子の替えと今日穿いていた水玉ショーツ二枚を重ねて頭に被ると、山の方へ逃げてしまった。

「手裏剣もよけられたよ。まだレベル不足やったか」

　彩葉は悔しそうに嘆く。

「でも面白い敵だったね。明日また戦えそうだからすごく楽しみ♪」

　星乃はわくわく気分で呟いた。

「また敵が出たみたいだけど、みんな無事かぁーっ？」

　隆太は室内から大声で問いかけた。

「大丈夫よ。被害は虹子お姉さんのパンツ全部盗まれただけやから」

「いや、虹子ちゃんにとっては大きな被害だろ」

「私のお気に入りだったのにぃ」

　虹子は悲しげな声だった。

「虹子さん、わたし余分に持って来てるので貸してあげますよ」

「いいの？」

「はい」

「ありがとう千聡ちゃん」

　こんなやり取りをしている声を聞き、

「なんとかなるようだな」

　隆太は安心して数的推理の演習問題を再開する。

「きゃっ、きゃぁぁぁっ！」

　ほどなく虹子の甲高い悲鳴が聞こえて来た。

「虹子ちゃん、どうした？　また敵が出たのかーっ？」　

　隆太は部屋の窓は閉めたまま、少し心配そうに大声で問いかけた。

「蛾が、私の鼻にとまったのぉ。とって、とってぇ～」

「虹子お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎや」

「虹子さん、落ち着いて」

「虹子お姉ちゃん、あたしが取ってあげる。あっ、飛んで行っちゃった」

「よかったぁー。きゃぁっ、今度は眉の上にとまったぁ！」

「隆太様、虹子様は敵モンスターじゃないリアルな蛾ぁに襲われてん」

　摩耶から伝えられ、

「そうみたいだな」

　隆太はホッと一安心して勉強を再開する。

それから五分ほどして、

「隆太お兄ちゃんお待たせーっ！」

「ええ湯やったよ」

「隆太様、お風呂どうぞ」

「隆太さん、先ほどはありがとうございました」

「隆太くん、敵モンスターやリアルな虫が襲ってくるかもしれないからじゅうぶん気を付けてね」

女の子達はみんな風呂から上がって来た。

「一応武器持っていっとくよ。じゃあ、入ってくるね」

　みんなレモンやいちごのいい香りがしてたなぁ。

　そんなことを思いながら隆太はパジャマとビジネスバッグを持って、露天風呂へ。

「超難問もすらすら解けるわ。学問仙人のおかげね」

「私も今すごく頭が冴えてるよ」

　千聡は数学の自習、虹子は英語の予習をし始める。

「二人とも、勉強道具持って来てたんか。隆太お兄さんも持って来とうし、みんな真面目過ぎやで。あのゲームもアイテムに夏休みの宿題があったし、あれは現実のことが思い出されて萎えたよ」

　彩葉は４Ｂ鉛筆を用いて、スケッチブックに芝右衛門狸の男の娘の姿の時のイラストを描きながらほとほと感心する。

「ねえ、みんなでテレビゲームしようよ」

　星乃は備え付けのテレビゲーム機を四八Ｖ型液晶テレビに繋げる。

「うち、あのゲーム、隆太様宅から一応本体ごと持って来とったねん。回復アイテムの買い足しせんといかんなるかもって思って。宿でテレビゲームで遊べるなんて思わんかったからちょうどよかったわ。明日の決戦はより多くのダメージ受けそうやから、回復アイテム買い足してくるで」

　摩耶はあのゲームをセットし、隆太が洋菓子店で旅日記を付けたデータを選択してゲーム画面に飛び込もうとしたが、

「いたたたぁっ」

　液晶にゴツンッと頭をぶつけてしまった。

「摩耶お姉ちゃん大丈夫？」

「無理やったか」

　星乃と彩葉はにっこり微笑む。

「隆太様達のお部屋のテレビじゃないと無理みたいや。新たな回復アイテムは今後も敵を倒して手に入れるしかないみたいや。皆様、申し訳ない」

　摩耶はてへっと笑った。

「敵倒して手に入れた方が楽しいよ。隆太お兄さんは今どうしてるかな？」

　彩葉は露天風呂に通じる窓を開け、少し奥へ。

「覗くなよ、彩葉ちゃん」

　隆太は手ぬぐいであの部分を隠した状態で洗い場の風呂イスに腰掛け、髪の毛を擦っている最中だった。

「今日パンツ見られた仕返しや」

「あれはゴーフるんや六甲颪くんや学問仙人がやったせいで、俺は全く見る気なかったからな」

　隆太は彩葉に対し背を向けて弁明する。

「ほんまかな？　ほな隆太お兄さん、ごゆっくり」

　彩葉はそう言って部屋に戻り窓も閉めてあげた。

「摩耶お姉ちゃん、いっしょに飛ばなきゃダメだよ」

「ごめんね、星乃様」

　星乃と摩耶は備えのアクションゲーム二人プレーモードで遊び始める。

「このゲーム面白そうやね。星乃、ワタシに代わって」

「いいよ。あたし、もう一回お風呂入ってくるから」

「星乃、敵にはじゅうぶん気を付けてね」

「分かってる虹子お姉ちゃん、水鉄砲も持っていくから」

　星乃は外へ出ると、

「やっほー隆太お兄ちゃん」

すぐにすっぽんぽんになって湯船の方へ。

「星乃ちゃん、二度風呂しに来たのか」

その時、隆太は湯船に浸かってゆったりくつろいでいた。

「くらえーっ！」

「うぼぉあ、星乃ちゃん、ダメだよそんないたずらしちゃ。俺は敵じゃないからね」

　水鉄砲を顔面に直撃されるも、隆太は上機嫌だ。

「ごめんなさーい」

星乃は湯船にポチャンと飛び込み、隆太のすぐ目の前に近寄るや、

「ねえ隆太お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う？」

　無邪気な表情でこんな質問をしてくる。

「五年生の終わり頃じゃ、ないかな？」

　隆太は困惑顔で答えてあげた。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。彩果お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たらパパと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」

　星乃は自分の胸を両手で揉みながら言う。

女の子は一般的に十歳くらいを境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるのが普通だけど、星乃ちゃんはまだまだそうならなそうだな。

「星乃ちゃん、俺、もう上がるね」

　ちょっぴり気まずく思った隆太は、湯船から上がる。

「じゃああたしも上がるぅ」

　星乃もすぐに湯船から出た。

　その直後。

「あっ、危ないよ星乃ちゃん」

隆太はビジネスバッグをすばやく手に掴み、星乃の背後に迫っていたある敵モンスターを攻撃した。

「あっ、蝙蝠だ。くらえーっ！」

　星乃はすかさず水鉄砲〈今は中はお湯〉でさらに攻撃を加え、消滅させた。

「うわっ、また来たぞ」

　ほどなく他にも何匹か襲撃してくる。

「そいつは丹波蝙蝠や。体力は５８。丹波篠山に出る敵じゃ弱い方やけど、吸血攻撃に気をつけてやっ！　体力吸い取られてまうで」

　摩耶はガラガラと引き戸を引いて警告する。

「また新たな敵襲来と聞いて飛んで来たよっ！」

　彩葉も嬉しそうにバットと手裏剣を持って露天風呂にやって来る。

「おいおい、俺と星乃ちゃんだけで倒せそうだから。いってぇ～っ！」

　手ぬぐいであの部分を隠しただけの隆太は、気が散ったからか噛み付き攻撃を食らわされてしまった。

「隆太お兄さんもろにダメージ受けとうやん。ワタシにも戦わせてよ。バットだけにバットで攻撃しようっと。とりゃっ！」

　彩葉は丹波蝙蝠を会心の一撃で消滅させた。

「離れろっ！」

　隆太は腕をぶんぶん振って噛み付いて来た丹波蝙蝠を引き離すと、ビジネスバッグですばやく攻撃。

　また倒せず、今度は腕に吸い付かれる。

「やばいな。俺から吸った分回復されてしまう。くそっ、離れてくれない」

　腕をぶんぶん振っても、もう片方の手で引き離さそうとしても丹波蝙蝠は全く動じず。

「そうだ！」

　ふといい案が浮かんだ隆太は、腕をこの丹波蝙蝠ごと湯船に突っ込んだ。

「やっぱ水、お湯が弱点か」

これにてあっさり消滅。

「そうみたいやね」

　彩葉は湯船のお湯を洗面器に掬って、残りの丹波蝙蝠にぶっかける。

　一匹にはかわされたが、

「蝙蝠さん、くらえーっ！」

　星乃が水鉄砲を直撃させ、全滅。

「皆様、なかなか素晴らしい戦いやったで」

「丹波蝙蝠、雑魚過ぎやったわ～」

　摩耶と彩葉はすみやかに室内へ戻っていく。

「吸われた跡もきれいに消えてよかった」

　隆太はもう一度湯船に浸かり、体力を全快させた。

「それじゃ、先に戻っとくね」

　星乃はお気に入りの暗闇で光るフォトプリントパジャマを着て、一足先にお部屋へ戻っていく。

「これほんまにゲーム内のなん？　リアルのと全くいっしょやん」

「しっかりゲーム内のやで。リアル世界から画面越しにプレーする限りは一切見ることの出来へん超レアアイテムやで」

　このあと彩葉と摩耶はマンガやラノベを交換して読み、

「ジョーカーを除いたトランプ五二枚の中から一枚のカードを抜き出し、表を見ないで箱にしまった。残りのカードをよく切ってから二枚抜き出したところ、二枚ともダイヤであった。この時箱の中のカードがダイヤである確率はいくらか分かるかな？」

「……五〇分の一一か？」

「私もすぐに頭の中で計算式が思い浮かんでその答が出せたよ。合ってる？」

「二人とも正解よ」

「合ってたか」

「私もびっくり。確率苦手なのに。学問仙人のお守りの力は偉大過ぎだよ」

「トランプを見て、そこに話が行くとはさすが千聡様」

「学問仙人のテスト問題に出てましたよ」

「千聡お姉ちゃん、あたしには分からなかったよ。ババ抜きしよう」

「ババ抜きって俺、小学校の時にやって以来だな」

他のみんなはトランプゲームで遊んで三〇分ほど過ごした頃。

「星乃さん、急に大人しくなったね」

「星乃ちゃん、なんか元気なくないか？」

「遊び疲れちゃった？　それとももうおねむかな？」

　千聡と隆太と虹子は、星乃の異変にすぐに気付いた。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。お熱があるみたい」

　星乃はゆっくりとした口調で答えた。

「星乃、本当にお熱があるよ。大丈夫？」

　虹子は星乃のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

　星乃はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、星乃、風邪引いちゃったかぁ。でもそんなに高熱じゃないっぽいからきっと一晩で治るよ」

　彩葉も星乃のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「星乃、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

　虹子が勇気付けるようにそう言うや、

「星乃様、これ舐めてみて。薬用ドロップ、ゆず味で風邪に良く効くで。風邪引いた時のために念のためにゲーム内から持って来てん」

　摩耶はマイトートバッグから黄色いドロップを取り出した。

「ありがとう摩耶お姉ちゃん、いただきまーす」

　星乃は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

　するとなんと、星乃の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ！」

　星乃はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい！　さすがゲーム内のお薬だね」

　虹子はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとう摩耶お姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった♪」

「どういたしまして」

　星乃に満面の笑みでお礼を言われ、摩耶はちょっぴり照れた。

「でも眠くなって来たからあたしもう寝るよ。おトイレ行ってくるね」

「俺ももう寝るか。十時半過ぎてるし」

「私もー」

「みんなもう寝るん？」

「彩葉さん、明日が本番なので、今日はゆっくり休んだ方がいいですよ。わたしももう寝るわ」

「彩葉様も、早めに寝た方が明日全力を尽くせると思うで」

「確かにそうやね。ワタシもじつはめっちゃ眠いねん」

　それから十分少々してみんな布団に入った後、

「それじゃ、消しますね」

千聡が長い紐を引いて電気を消して就寝準備完了。

女の子達は疲れ切っていたのかすぐにすやすや眠りにつく。

……寝顔、見てみたいけど、見ちゃ、いけないよなぁ。それにしても今日は、みんなの下着姿が見れてラッ……いや、いかん。そのことは忘れないと。

　虹子と彩葉に挟まれる位置になった隆太は、布団に入ってからさらに三〇分以上してからようやく眠り付けたのだった。

　　　　　　　※

１．採用試験で違う職種用の席に着き、試験用紙が配られてから間違っていたことに初めて気付く。

２． 会社説明会＆採用試験会場のある建物内（大阪ビジネスパークにあるIMP & TWIN21）に早めに着いたけど、会場の場所を探すのに迷い結局開始時刻ギリギリに到着する。しかもその説明会にて、採用担当者からの質問で「学生と社会人との違いは何か？　一番後ろの席に座っている人に答えてもらいましょう」と指名され、答えると聞き返されてしまった。

３．社員用のカードがないと開かない扉を無理やり開けようとした。

４．一番に採用試験会場に辿り着き、採用担当者に会釈したにも拘らず悪い第一印象を持たれてしまう。

５．集団面接にて、同じグループで整列し自分が先頭になり最初に入室することになった時、面接試験会場とは違う部屋の扉をノックした。

６．公務員試験の集団討論にて、場をしらけさせる発言をしてしまう。

７．面接は一時間を予定しております。と試験案内に書かれていたが、開始から五分ほどで帰らされた。

８．大学からの紹介で特別に受けさせてもらえた会社も、面接試験は予定よりもかなり早く終わった。　

９．親のコネで受けさせてもらえ、交通費まで支給してもらえた会社もあったが、面接を受けたその日のうちに、頼りなさそうな感じだったからという主旨で親宛てにお断りの電話連絡を入れられる。数日後、郵送にて書面での不採用通知が届く。

１０．大阪へ向かう高速バスと間違えて路線バスに乗ってしまった。

１１．高速バスで大阪に向かって移動中、就活用の革靴ではなく普段使っているスニーカーを履いて来てしまったことに気付く。仕方ないのでその靴のまま企業説明会と採用試験に参加。その会社は面接に呼ばれることなく不採用となった。

１２．梅田駅の地下で迷い、地上に出られてからもハービスＯＳＡＫＡバス乗り場の場所を探すのに迷い、折り畳み傘が強風で壊れてずぶ濡れになった挙句、帰りの高速バスに乗り遅れる。

１３．就活中、昼食を取るために立ち寄ったマクドナルドにて、「召し上がりで」と伝えたはずなのに上手く伝わらず、持ち帰り用の包装で渡されてしまった。

隆太が長年の就活でやらかして来た失態のごくごく一部だ。

そんな人間的な魅力が微塵も感じられない俺だけど、かわいい女の子達から尊敬されて、勇者として活躍して、リーダーシップを発揮出来ている。

隆太は今日一日の体験を通じて、そんな達成感を満喫出来た。

　　　　　　　　　　　☆

翌早朝、六時半頃。室内設置の目覚まし時計が響く。

「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、虹子ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、虹子ちゃん、起きてくれない？」

　隆太は、わき腹付近に抱き着いてぐっすり眠っていた虹子のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。

「……んにゃっ、おはよう、隆太くん」

　すると虹子はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く俺の体から離れてね」

「ごめんね隆太くん、枕代わりにしちゃって」

　虹子はすぐに両手を離して隆太の体から離れてあげた。

「おはよー、隆太お兄さん、虹子お姉さん」

「隆太お兄ちゃん虹子お姉ちゃんおはよー」

「おはようございまーす」

「皆様おはようさん、体力は全快しましたか？」

　他のみんなもそれからすぐに目を覚ましてくれた。

「俺はちょっと寝不足気味だけど、大丈夫だよ。じゃあ俺、外で着替えてくるね」

　普段着を手に持って露天風呂の方へ向かおうとする隆太に、

「隆太お兄さん、外出たら敵に襲われるかもしれんから、ここで着替えたら？」

　彩葉はにやけ顔で問いかけた。

「そうはいかないよ」

「おう、隆太様やっぱ紳士や」

「隆太くん、カーテンの中で着替えてくれたら私気にならないよ」

「わたしも全く気にならないですよ」

「そうすると、彩葉ちゃんにカーテン捲られる可能性大だから、トイレで着替えてくるよ」

　隆太は爽やかな笑顔で言い張り、トイレの方へ向かっていった。

「もう、隆太お兄さん失礼よ」

　彩葉はぷくぅっとふくれる。

「本日向かう玄武洞、城崎温泉は兵庫編では最強クラスの雑魚敵揃いやで。せやけど皆様レベルは旅開始時より五段階は上がっとうから、きっとなんとかなると思うで。でも用心してこの辺りの敵とも戦闘し、もう一段か二段レベルを上げてから向かいましょう」

　みんな普段着に着替えたあとは朝食を取るため、昨日と同じ宴会場へ。

　栗ごはん、味噌汁。イワナの塩焼き、ナスの漬物が用意されていた。

「お粗末な朝食になって大変申し訳ございません。鹿肉ハムサラダ、スッポン肉入りのお吸い物などもご用意する予定だったのですが、材料が今朝、盗難被害に遭ってしまって」

　女将さんがぺこぺこ謝りながら伝えてくる。

「いえいえ、じゅうぶん豪華過ぎますよ。気になさらないで下さい」

　隆太は慰めの言葉をかけてあげる。

「女将のおばちゃん、かわいそうだね」

「きっとこの辺りの敵モンスターのしわざや。野生動物型が多いから」　

「懲らしめんといかんね。ワタシも許せんわ～」

「この旅館以外にも被害かなり出てるだろうな」

「これ以上被害が拡大しないように、わたし達がなんとかしてあげないとですね」

「私も、怖いけど、頑張るよ」

　みんな闘志を胸に旅館から外へ出たあと、近くの雑木林の遊歩道を散策していくと、新たに見る敵モンスター数体に遭遇した。

「栗のモンスターかぁ。さすが栗の産地丹波篠山だね。かわいい♪　ぬいぐるみに欲しいな」

　虹子はうっとりした表情を浮かべる。

　一粒三〇センチくらいの大きさで、浮遊しながらみんなの方へ接近して来た。

「虹子様、油断は禁物やで。丹波栗っちはこの辺りに出る敵じゃ経験値と小遣い稼ぎに使える体力３２の最弱雑魚やけど、突進の威力は強烈やから」

「虹子お姉さん、早く叩かなきゃ攻撃されてまうで」

「虹子お姉ちゃん、すごくかわいいけど敵なんだよ」

「確かにこれはマカロンこまち以上に攻撃しづらい愛らしさがありますね」

「こいつらは火で攻撃したらやばいことになりそうだな。危ねっ、噛まれかけた」

　隆太、彩葉、星乃、千聡が全部で十二体もいた丹波栗っちを容赦なく退治していく。

　全滅させたと思ったら、

「いったたたぁ。イガ付きもいたのね」

　千聡はその型にうなじやほっぺたを棘で攻撃された。

「丹波イガ栗っちは体力４８。これも丹波じゃ雑魚やで」

「いっててて。俺にも攻撃して来やがった」

　腕に攻撃された隆太がビジネスバッグで一発叩くとイガが消えた。

「普通の丹波栗っちになったみたいだな」

　もう一発叩いて消滅させる。

「丹波イガ栗っちは１６以上のダメージ与えられて一撃で倒せんかったら普通の丹波栗っちになるで」

「別のが私のところに来たぁ～。きゃあっ、スカートに潜り込んで来たぁ。いったぁぁぁい。そんなとこ刺さないでぇぇぇ」

　涙目になる虹子。

「丹波イガ栗っちもエッチやね。お仕置きしたるで」

　別の一体が虹子のスカートから出て来たところを彩葉がＧペンで攻撃して普通の丹波栗っちに戻したのち、さらにもう一発Ｇペンを投げつけて消滅させた。

「もう一体出たよ。イガ栗さんくらえーっ！」

星乃は手裏剣一撃で消滅させることが出来た。

これにて全滅。丹波栗最中を残していく。

みんなで付近をさらに歩き回っていると、

「きゃっ、いたぃっ！　何かに腕噛まれたぁ」

　虹子は突如悲鳴を上げた。

「大丈夫か？　虹子ちゃん、あっ、血がいっぱい出てる」

　隆太が最初に反応する。

「急に気分が悪くなって来たよ。めまいがするぅ」

　虹子の顔色が少し青ざめていた。

　みんなの目の前に現れたのは、まむしのような生き物。

　体長は一メートルちょっとくらい。

「丹波まむしや。虹子様、毒に侵されてもうたで。すぐに手当てしますね」

　摩耶は急いで薬草を取り出し、傷口にあてがう。

「ありがとう、摩耶ちゃん。これで毒消えるかな？」

「はい、毒は完全に消えました」

「確かにそうみたいだね。すごく気分良くなったよ」

　虹子の顔色は一気に元の状態へ戻っていく。

「後ろから狙うとは卑怯なまむしだな」

　隆太はすばやくそいつに向かってビジネスバッグを振りかざす。

　直撃はしたが、まだ倒せず。

「うわっ、飛び掛って来た」

　今度は隆太の首筋を目掛けて飛び跳ねた。

「隆太お兄ちゃん、あたしに任せて」

　星乃がヨーヨーで攻撃を加えていく。

　時同じく、

「こっちはイノシシや。神戸のよりもかなり手強いわ～」

「この敵、防御力高いですね。なかなか消えてくれません。きゃっ、いったーい。足噛まれた」

「虹子お姉さんか摩耶ちゃん、早く千聡お姉さん回復してあげて。膝からめっちゃ血が出てる」

　彩葉と千聡は丹波イノシシと格闘中。

「千聡ちゃん、ひどい怪我。これ食べさせてあげるね」

「ありがとう虹子さん。わたしの体力が五〇くらいとして、二〇くらいダメージ食らっちゃったわ」

　虹子は痛みで蹲っていた千聡に歌劇まんじゅうを与えて全快させた。

「あたしも毒牙足に食らっちゃった。頭がくらくらするぅ」

「星乃様、すぐに手当てするで」

　摩耶は星乃の傷口に毒消しの薬草をあてがってあげる。

「ありがとう摩耶お姉ちゃん。すごく良く効くね」

星乃は瞬時に回復。

「星乃ちゃん、丹波まむし、なんとか倒したぞ。俺は幸い噛まれずに済んだ」

「こっちも丹波イノシシ手裏剣で倒したで。猪肉ハム手に入れちゃった♪」

　みんな一息ついたのもつかの間。

「鹿も来たわっ！」

　新たな敵が千聡に猛スピードで接近してくる。

「丹波鹿は丹波イノシシよりは弱いで。でも角に注意して」

「了解」

　千聡はメガホンを構えて丹波鹿に立ち向かっていくも、

「きゃっ！」

　角で突き飛ばされてしまった。

「いったぁぁぁい。背骨折れちゃったかも」

　仰向けで苦しそうに痛がる千聡の口に、

「千聡ちゃん、これ食べて」

　虹子はすかさず歌劇まんじゅうを与え、全快させた。

「千聡お姉さん、ワタシが敵討つよ。打撃は危なそうやから」

　危険を察した彩葉は、丹波鹿に向かって手裏剣を投げつけた。

　見事命中。

　フィゥゥゥン！

　丹波鹿は大きな鳴き声を上げる。けっこうダメージを与えられたようだ。

「鹿さんとどめだっ！」

　星乃も手裏剣を投げつける。

これにて消滅。鹿肉ハムを手に入れた。

「いやぁぁぁ～、助けてーっ！」

　虹子はある敵から追いかけられ逃げ惑う。

「でかいな、半端なく」

　隆太はその姿に圧倒された。虹子の背丈くらいあるムカデ型モンスターだったのだ。

「あわわわ」

　千聡もそのなりを見てカタカタ震えて足がすくんでしまう。

「タンバノムカデ、体力は６５や。毒に気を付けてや」

「接近戦は危険やね。虹子お姉さん、任しときっ！」

　彩葉は手裏剣を投げつけた。

直撃し、ダメージを与えることは出来たようだが、

「ひゃっ！」

　彩葉はタンバノムカデの口から吐き出された液体をぶっ掛けられた。

「気分悪いわ～」

　彩葉の顔色が見る見るうちに蒼白していく。毒に侵されてしまったようだ。

「彩葉様、これをお使い下さい」

　摩耶はすぐさま毒消しの薬草で治療。

「これはほんま重宝するわ～」

彩葉は瞬時に回復した。

「ムカデさん、くらえーっ！」

　星乃は水鉄砲と生クリームを食らわせる。

　これにて消滅。毒消しの薬草を残していった。

「きゃっ、きゃあっ！　化け物オオクワガタさんだぁ～」

　虹子は新たな敵を見つけてしまい、悲鳴を上げて反射的に隆太の背後に隠れた。

「でか過ぎ。宝塚で見たやつの五倍以上はあるぞ」

　隆太は苦笑いを浮かべる。

「お相撲取ったらリアルな熊にも勝てそうだね」

　星乃は嬉しそうに呟く。

「ほんまめっちゃでかいね。きれいに黒光りしとう。なんぼで売れるんかな？」

「これを目の前にしたら、最強クワガタといわれるリアルなパラワンオオヒラタさんも戦意喪失しちゃうわね。味方についてくれたら大きな戦力になってくれそう」

　彩葉と千聡はデジカメで撮影し始めた。

　全長二メートルはあったのだ。大あごの長さも七〇センチ以上はあるように思えた。

「レア敵の丹波オオクワガタ、体力は７１。噛み付きと大あご挟みに注意してや」

「やばっ！」

　丹波オオクワガタは二本の鋭い大あごを大きく広げ、隆太に襲い掛かって来た。

「クワガタさん、これ召し上がれ」

　星乃はすばやく生クリームを顔にたっぷりぶっかける。

　すると丹波オオクワガタはぴたりと立ち止まったのち、それを夢中で貪り出したのだ。

「これで食べ切るまで攻撃して来なさそうだ。星乃ちゃん、よくやった」

　隆太はマッチ火を投げつけた。丹波オオクワガタはボワァァァッと燃えながらも引き続き生クリームを夢中で貪る。

「倒すんは勿体ない気がするけど敵やからしゃあないね」

　彩葉はＧペン、

「大きなオオクワガタさん、ごめんね」

　星乃は水鉄砲を食らわして消滅させた。

「丹波オオクワガタさんが消えたのは残念だけど、リアルなオオクワガタさん見つけられてよかった♪」

　すぐ近くのくぬぎの木に止まっているのが目に留まり、千聡は和んだ。

「うわっ、今度はクマかよ？」

　また新たな敵襲来で、隆太は引き攣った表情で呟く。少し絶望的な気分にも陥った。

「…………うっ、嘘でしょ。クマさんまで、出るなんて」

　虹子も口をあんぐり開けた。

「虹子お姉さん、丹波篠山は熊めっちゃ出る地域やで。これはめっちゃ倒しがいがあるよ」

「見るからに強そうだね」

　彩葉と星乃は嬉しそうに武器を構え、戦闘モードに。

「これは、明らかにやばいだろう」

「まだけっこう遠くにいるので、わたしも戦わずに逃げた方がいいと思います。無駄な体力の消費も減らせますし」

「丹波グマ。体力は７３。丹波じゃ最強やけど、氷ノ山とかに出る兵庫編最強雑魚、体力９８ある但馬グマに比べれば弱いで」

「そうはいってもなぁ、うわっ、あっちからも丹波グマが来たぞ。挟み撃ちだ」

　隆太は焦る。

「はわわわわわ。どうしよう？」

　虹子の顔は青ざめる。

「虹子ちゃん、落ち着いて。逃げることも出来なそうだし、戦うしかないみたいだな」

クウウウウウウウァ。

クォォォォォ。

　二頭の丹波グマが立ち上がった状態で、低いうなり声を上げながらみんなのいる方にどんどん近づいてくる。

「俺に任せて」

　隆太はそう言うも、

こっ、こっ、こえええええ。俺よりもでかいぞこいつ。二メートル超えてるだろ。リアルツキノワグマはこんなにでかくないよな？

　心の中で恐怖でいっぱい。

それでも隆太は果敢に立ち向かっていった。

攻撃する前に、

　クゥゥゥアッ！

「いってぇぇぇ」

　鋭い爪で腕を引っかかれてしまった。

　けれども隆太はそれほど深い傷を負わされず。

「隆太様、防御力かなり上がっとうみたいやね」

「そのようだな。旅始めたばっかのレベルならさっきので死んでたと思う」

　隆太は休まずビジネスバッグで渾身の力を込めて何度か殴打し、見事倒すことが出来た。

「どうやっ！」

　クゥゥゥァッ。

　彩葉は黒インクを投げつけ、もう一頭の丹波グマの目をくらませた。

「それっ！」

　星乃はそいつの顔をヨーヨーで攻撃。

　クーォォォ。

　丹波グマ、けっこうダメージを食らったようだ。

「わたしも協力するわ。次で倒せるかな？」

　千聡はメガホンで背中に攻撃を加えた。

「またもう一頭来たか」

　隆太は木の上から新たに現れた丹波グマとも格闘し、ダメージをほとんど食らわず勝利。

「隆太お兄さん、こっちも頼むわ。勝てると思ったけどめっちゃダメージ食らってもうたよ」

　彩葉は引っ掻かれたようで、腕から血を大量に流していた。

「あたしも突き飛ばされたよ」

「強烈なタックル食らっちゃいましたぁ。尋常でなく痛いですぅ」

　星乃と千聡もうつ伏せでうずくまる。

「彩葉も星乃も千聡ちゃんも無茶はダメだよ」

　虹子はこの三人に急いでローズケーキを与えた。

「よぉし。消滅」

　時同じく隆太、彩葉達を襲った丹波グマに見事勝利。

「隆太くん、ありがとう」

「大変素晴らしかったです」

「隆太お兄ちゃん、強ぉい」

「隆太お兄さん、見直したよ」

「隆太様、さすが主人公や」

　他のみんなから拍手が送られた。

「これくらい余裕だって。うわっ、いって。誰だ？　俺の足蹴ったの」

　隆太は照れ笑いして油断していると、敵に背後から攻撃された。

「狸や。六甲山で見たのよりがっちりしとうね」

　全部で三匹いた。彩葉はすぐさま手裏剣を投げつけて一体を倒す。

「丹波たぬき、体力は６２や。六甲山のと同じく腹太鼓で仲間呼ぶで」

「呼ばれる前に倒さないとな」

　隆太もビジネスバッグですぐに一体を攻撃したが、

「あっ、外しちゃった」

もう一体には星乃の手裏剣攻撃の空振りにより腹太鼓を叩かれてしまった。

「やはり六甲山のと同様、火が弱点ね」

そいつは千聡のマッチ火攻撃により一蹴されたのだが、

キャッキャッ、ウッキャ、ウッキィィィー、ギャァァァッ。

丹波ザル集結。全部で十数頭いたが、

「二発で消えたか。攻撃も簡単にかわせたし、昨晩よりずいぶん楽に倒せたな。レベルが上がってるってことか」

「あたしもヨーヨー三発だけで倒せたぁー」

「ワタシはバット二発や。子午せん盗まれたのは不覚とったけど」

「わたしは噛み付き攻撃一回食らっちゃいましたが、メガホン三発で倒せました」

　隆太、星乃、彩葉、千聡。四人の力を合わせて二分足らずで全滅させた。

　黒豆餅と黒大豆おかきを残していく。

「みんな凄過ぎるよ。私は怖くて何も攻撃出来なかったのに。私は回復役として懸命に尽くすよ」

「皆様、予想以上に健闘してたで。この強さならもう城崎に行っても大丈夫そうや」

丹波ザル戦以降は敵モンスターに遭遇することなく旅館まで戻れたみんなは、ＪＲ篠山口駅までタクシーで送ってもらい、特急こうのとりに乗り継ぐ。