非王道に愛の手を

王道美形弟×脇役平凡兄



『愛されて当然、かまってくれなきゃ間違った正義を振りかざす。まるで、餓鬼が何も知らずに年を重ねた、笑えねぇ存在だな。お前のその思考回路には、うんざりなんだよ。』


俺は逢(アイ)がそう否定されるのを、何度も見てきた。

そして、その言葉は、決まって逢の想い人や友人から紡がれた。

その度、また逢の思考が歪むんだ。


「俺が、アイツをきちんと面倒見ますから、きちんと謝罪もしますお金も払います……お願いですから、もう迷惑かけないように気を付けますから。だから、どうか、もうこれ以上はっ……!!」


「な、んでアンタが謝るんだよ……こっちは、槙田逢のせいでどれだけ迷惑したと思ってンだ!!」


「ごめんなさいっごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!」


一番近くで、母さんや父さんに愛されて甘やかされて育てられてきた逢。

純真無垢な中身に容姿を、本人以上に周りが愛した。

彼が人間の欲や汚い感情に触れることを、極端に嫌ったのは俺たちの両親だった。叔父もそうだ。

彼らが逢の成長を拒んだ結果、逢の頭の中が歪み始めた。

俺には止められなかった。

俺も同罪だ。

だから、俺だけでも、逢を受け入れようと思ったんだ。

癇癪から殴られても喚かれても、俺は逢を抱き締めてみせる。

いっぱい他人を巻き込んだ。

いっぱい他人を傷つけた。

その度、逢の代わりに誠心誠意を持って謝り助けてきた。

逢に好意を寄せたことで歪んだ人間にも、精一杯の努力をして元に戻してきた。

例え、その説得がうまくいく間に、何度殴られても罵られても脅されても、諦めずに……元に戻してきたんだ。

逢は無責任な餓鬼だ。

それは紛れもない事実で、今回の騒動でも諸悪の根元だ。

でも、みんなは間違ってる。

言っても分からないんじゃないんだ。わかりたくないんだ、逢は。

だって、自分が間違ってるって分かったら……世界で一番大好きな両親に捨てられると思ってるんだから。

間違ってる、間違ってるさ!!

そんなことを言ったところで、逢の犯してきたことは許されない。

許されないのは分かってる、分かってるんだけど……忌々しくも思うんだ。


「逢……ごめんな」


「な、で……兄ちゃんが、謝るんだよっ!こいつらが悪いんだ!!俺の方が可愛いのに綺麗なのに優しいのに正しいのにっ万里が悪いんだ!!万里(バンリ)が鶴八(ツルヤ)を騙して、俺から鶴八を奪ったんだ!!!じゃなきゃ、俺を鶴八が殴るはずないんだぁあああ!!!」


「逢!!」


痛々しく腫れ上がった頬を押さえながら、泣きわめく逢を抱き込んだ。

腕の中で暴れる逢を宥めるように、辛抱強く抱き締めて、落ち着かせる。

俺が悪いんだ、俺がもっと両親に言葉を重ねればっ……。

助けてって言えば……っ!?


「付き合ってらんねぇな……」


そう吐き捨てた一谷鶴八に、頭の中の忌々しい記憶が引っ掛かれて、何かが切れた。

未だに泣きすがる逢をぎゅっと抱き締めながら、目の前で逢を蔑む全員を睨み付けた。


「あ、んたらに、語れる正義があんのかよ!!?誠意があんのかよ!!『呆れた、失望した』って突き放すばかりで、本当に逢を好きでいてくれた人間がいたとでも思ってんのか!好きだといいながら、逢が一番怖がってるものを理解しようともしな、いで…………間違ってるんじゃない、歪んだんだよっ両親の期待に応えたいがために、一生懸命『何も知らない子供』でいようとしたんだ。なぁ……市ヶ谷万里」


「……」


「あんた、嫌うだけ嫌っといて……やり返すだけやり返しといて、気付かないのか?」


「っ」


「こいつが歪みに歪んだのは……みんながそうしてきたからだ、あんたらみたいにまともなやつらが……逢を見捨ててきたんだよ。なんで偽物の笑顔を見破れると思う?なんで中身を見ようとすると思う?なんで決めつけると思う?なんで周りの声を聞かないと思う?……逢は間違ってない、そう言った誰かをあんたら分かっていたくせにっ」


逢が、ごめんねと謝られたいのは、抱き締められたいのは、俺じゃないんだよ。

分からないのか、そこまで調べあげていながら。

どうして……助けてくれないんだ。

許してくれなんて、都合がいいことは思わない。

だけど……たった一度でいいから、助けて欲しいんだよっ。

その一度で、逢は救われるんだから。


「兄ちゃん、兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃんっ!!!!」


俺の言葉を拒むように、逢が半狂乱に叫んだ。

涙が一粒溢れながら、俺は逢に微笑んだ。

ここは、叔父さんの学園だから退学にはならない。

全寮制の学園で、俺たち双子は急な編入だったから同室になった。

さあ、2人の部屋へ帰ろう。


「兄ちゃん……俺、間違ってないよな?正しいよな?」

「聞く相手が違う、っていつも言ってるだろ?」


俺の言葉に顔を歪めて、逢は爪を立てて俺の頬を引っ掻いた。

痛みに耐えながら、俺は微笑んだ。


「大丈夫……側にいるよ、逢を本当に思ってくれる人が、できるまで。」


「兄ちゃっ……廻(メグル)兄ちゃん」


「帰ろう……大丈夫、ここには俺と逢しかいないんだから。だから……母さんたちには学校でのこと秘密にしとこうな。」


「……っ!!」


「大丈夫……逢の代わりに、俺が嘘をつくから。」


俺の言葉に、逢は泣きながら頷いた。

呆然とする他人の中でいた副会長に、言葉を投げた。


「『なんで無理して笑ってンだ!そんな顔、俺は見たくない!』」


「っ!」


「逢は……ソレを、誰に言われたと思う?」


「え……?」


一番正体を見破られたかったのは、あんたらを見破った本人だったんだよ。


「もう……誰も俺を見てくれない?」


「そんなことないよ。」


そんな言葉を交わしながら風紀委員執務室を後にした俺たちを、全員が茫然と見送っていた。


『あ げ な い よ』


逢がそんな彼らに歪んだ笑顔を見せながら、声を出さずに伝えた言葉で戦慄していたことには、気がつかなかった。


(本当に恐れたのは……片割れの無限の優しさ)


きっと、俺は……一生気付けない。



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