機械仕掛けのインソムニア
分かりきっていた結末に、縋りつけるほど醜い恋心は持っていなかった。
だから、俺はお前からの別れ話に頷くしかなかった。
「初めから…あいつが、好きだった。」
「…知ってて、それでも好きだったよ、俺は」
最初で最後の本音の晒し合いが、別れ話だったから、なんだか可笑しくなって笑っていた。お前と俺は対等だ、どちらかが劣等感も罪悪感も優越感も感じなくていい。初めから嘘で始めた恋だったんだから。
ホモ嫌いの幼馴染を好きでいたお前の、隠れ蓑になりたかった俺。 恋人がいれば、そういう対象で見ていないってアピールできるから、っていう付け焼き刃な失策。その恋人役が、平凡な俺じゃ無理があったのかもな。でも、一応、俺も幼馴染だし。
「ごめんな…ユウ。俺、お前からツカサを奪うつもりなんか、これっぽっちもなくて…でも、好きでっ」
「そういう言い訳いらないし。つか、他人の別れ話に首突っ込まないでくれる?泥棒猫って罵られて被害者ぶりたいの?ツカサも趣味悪いよね、冷めたわ完全に。」
「え?」
「俺、そんな可愛げある性格してねぇよ?」
なんて、しみったれたポエム垂れ流してられるかよ。
二股掛けられてて、自分が当て馬だって分かってたのに、冷めない奴いるか?
現実くらい分かるよ、俺は。
「お前ら、お似合いっていうんだよ。幸せになれよ、そして二度と俺の名前を呼ばないでくれ。」
「ユウ…」
「恋に恋してる奴らに巻き込むな、ハゲ」
口悪いから、俺。
でも、まぁ、幼馴染2人に裏切られたのはちょっとキツイな。
わりと信用してたぶん、キツイ。
誰にも期待しないだろうな、この先。
あぁ…なんだ、俺、かなり傷付いてたんだな。
いまさら、気づいたよ。
なんだよ、くそったれ…
大好きだったんだよ、2人とも。
(バカ野郎)
背中を向けて歩き出してから、涙がバカみたいに溢れてきた。
好きだったんだよ、本当に。
2人とも大好きだったんだよ。
でも、ツカサが自分を選んでくれた時は、嘘だと分かってても、嬉しくて嬉しくて、その夜は眠れないくらい舞い上がっていたんだ。
嘘だと分かってても、ツカサと俺の仲を喜んで受け入れてくれたカナメの笑顔が、嬉しくて。
幸せになれるかも、って夢見るくらいには。
(死にてぇ)
期待してたんだよ。
このまま、もしかしたら、ずっと2人の隣でいられるかもしれないって。
※※※
「ユウ先輩って、なんだか透明感があって綺麗だよね…」
「一年の頃、ツカサ生徒会長と付き合ってたらしいよ。」
「え!でも、今は、カナメ様とお付き合いされてるでしょう?」
「…捨てられたんだって」
「えぇ…辛かっただろうね、ユウ先輩」
「だから、綺麗なのかもね…」
「儚いよね…」
「気持ちわりぃ憶測並べてんじゃねーよ!!平凡な男捕まえて、綺麗だとか嘘こくなよ!黙って飯食ってろ。」
「はい」
「すいませんでした。」
食堂でやっとランチを受け取ったのに、近くで名も知らぬ一年坊主2人が気色悪い噂話をしていた。
叱りつけて食堂の二階へカレーランチを持って運ぶ。
なんだかんだあって3年に上がり、風紀委員長を任された俺は、このむさ苦しい男子校で毎日風紀を取り締まっていた。
カレー食ってる平凡な男に、スマホ向けて写真撮るな、バカ野郎共。
腹が立つがピースしてやった。
「今日もエロいですね、平凡風紀委員長」
「今日もキモいな美形書記」
生徒会書記のハナヤギが、嫌味ったらしく笑いながら、正面に座りやがった。いつも一番高いAランチ食ってるから、昼を一緒に食べる気にもならない。
「勝手に座んな。」
「ユウ先輩は罪作りだなぁ?」
「無視かよ、金持ち後輩。」
カレーを手早く口の中にかきこんで、お茶で流し込む。
そんな雑な俺の食事を、ハナヤギは楽しそうに眺めて、優雅に手と口を動かしていた。
品は指先に宿る、と俺に教えたのは誰だったか。
「ユウ先輩、次の恋を見つけないんですか?」
「お前って、平気で地雷踏んでくるよな。」
「好きでしょう?僕のこういうとこ」
「嫌いじゃねーな」
そう苦笑すれば、苦笑が返ってきた。
席を立ちながら、少し寂しげに視線を寄越したハナヤギの頭をひと撫でする。
「まだ、もう一回、誰かの一番になりてぇって思わないだけだよ。」
「ユウ先輩結婚して」
「嫌だよ、ハゲ」
やっぱり、俺は、口も利かなくなった幼馴染たちが、未だに恋しいのかもしれない。
了
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