第9話 交戦と失敗


  「な、何で、なんなんだよこれ!」


 俺は魔物の数に言葉を失いながらもバーバラさんにこの現状になった理由を尋ねた。


「魔物のスタンピードは基本的に圧倒的な力を持った魔物が魔物たちの領地を占領した時に起こるモノさね。でもこの魔物の量は数年、いや何十年に1度レベルの災害だわさ。」


 そうバーバラさんが冷静に分析している。それに堪えきれなくなった俺は悪い予感を話し始めた。


「そ、それじゃあこの周りの村や町は魔物に…」


 俺の必死な言葉を聞いたバーバラさんは、俺の心配を和らげるように言葉をかけてくれた。


「安心しな、この周りじゃ凄腕の冒険者はいないが、このスタンピードの元凶くらいならワタシが倒してくるだわさ。でも問題はプレミア平原にいる魔物たちさね。まぁ、少し遅くなるが、ワタシがさっき募集をかけた冒険者たちならコイツらを倒してくれると思うだわさ。」


 そしてバーバラさんは何やら目を閉じて瞑想の様なものをしている。何やってるんだろ?


「じゃあワタシはさっさと元凶を倒してくるだわさ。だからお前は村の人たちに早くこのことを報告してくるんだよ!」


 いきなりパッと目を開けるとそう言って、高い階級の風魔法と思われるものを無詠唱で使用してさっさと魔物たちの逃げてきたと思われる方向に飛んでいってしまった。

 うわぁー、俺も空飛んでみたいなー。いかんいかん、アホなこと考えてる場合じゃなかった。

 ここで俺はある大切なことに気付く。それと同時に一気に冷や汗が吹き出してきた。


「イーサ姉ちゃん達が何で居ないんだ?村に逃げて来てるなら俺と鉢合わせしてるはずだ!それにバーバラさんもイーサ姉ちゃん達のことは何も言ってなかったし、もうどうなってんだよ!」


 正直もう大体予想は出来てるんだけど考えたくないなぁ。


「うわぁぁぁ!た、助けてぇ!!」


「やらせないわ!みんなは私が守ってみせる!」


「グオァァァァ!」


「スコラ!大丈夫?」


「あ、ありがとうございます……」


 突如、プレミア平原から少し外れた森の中から魔物に恐怖する声が聞こえてきた。

 続いて聞こえてきたのは今も必死に戦っているであろう女の子の声だ。そしてその声の主は俺が今1番謝りたい人のものだった。


「くそっ、予想通りかよ こりゃー、イーサ姉ちゃんに謝るのは大分先になっちゃうな」


 俺のした予想はイーサ姉ちゃんたちが魔法の自主練をしている最中に3000匹の魔物の大群より先に逃げてきた低レベルの魔物がこちらに向かって来ているのが分かり、こちらから迎え撃とうと敵の方向へ向ったというものだった。だけど引っかかることがある。

 そもそも、なんで戦おうと思ったんだ?逃げればよかったのに。


 俺はそんなことを考えながらもイーサ姉ちゃんたちがいる森の中に辿り着いた。

 そこにはアリアさんを除く孤児院のメンバーが複数の魔物との戦闘の後が残っていた。

 その戦闘でどうやらイーサ姉ちゃんだけがまだ魔力が残っており、他のメンバーは魔力切れで今にも倒れそうになっているという状況らしい。


「イーサ姉ちゃん!」


 いきなり現れた俺に驚いたイーサ姉ちゃんは、驚きと後悔が混ざったような顔で俺に逃げろと言ってきた。


「なんで来ちゃったの!?あぁ、そんなことよりルクスだけでも次の魔物が来るまでに早く村に逃げて!」


 こんなとこまで来たんだ、みんなが魔力切れで動けないなら、俺だって戦ってやる!


 「何言ってんだイーサ姉ちゃん、俺も戦うよ。どっちにしろバーバラさんか冒険者ギルドの人たちが来るまでが正念場なんだ!」


 そう俺が言うとイーサ姉ちゃんは考える顔を一瞬つくり、その後こう言った。


「分かったわ、一緒に頑張りましょ!ただしルクスは魔法が使えないから、とりあえずステータスチェックで敵の情報を少しでも探れるか確かめてみて!」


 イーサ姉ちゃんがなんでステータスチェックのこと知ってるんだ?俺のそんな疑問が顔に出たのか、申し訳なさそうに知っている理由を話してくれた。


「ごめんなさい。実はルクスとバーバラさんが話してる内容が聞こえちゃって……」


 まぁ、みんな呆然としてただけだから聞いててもおかしくないよね。


「イーサ姉ちゃんなら別に大丈夫だよ。それよりもこの前は……!」


 俺が謝ろうとした瞬間、森の奥から何かが走ってくる音が聞こえてきた。


「くっ!もう来たの!?ルクス、さっき言ったこと試してみて!」


 くそっ、なんてタイミングの悪いときに来やがるんだ!とりあえず戦闘になりそうな魔物の数と情報を表示するよう駄目元で念じてみた。


イーサ達が倒した敵の数 9匹

自分たちを知覚している敵の数 12匹

戦闘中に知覚されると思われる数 39匹


 敵の傾向と弱点

エレメントウルフ×49(体毛の色で使う魔法の属性が判別できる)レベル15


ゴージャスウルフ×1(極彩色の体毛を持ち、四属性の魔法が使用できる。)レベル35


・ゴージャスウルフがエレメントウルフたちを統括し、連携の指示を出しているのでそこを叩くことが出来れば勝機がある。

・範囲の狭い攻撃は回避されるが、広範囲の避けられない魔法には弱い。

・なお、ウルフ系は知能が高いので不意打ちなどに注意。


 ま、まじか、念じただけでこんなに情報でるとかもはやステータスチェックの枠を超えてるよ!?まぁ、この際どうでもいいか。


「イーサ姉ちゃん!敵はゴージャスウルフがリーダーでウルフが50体の群れだ!攻撃が避けられないように広範囲の魔法を使うと良いらしい!」


 イーサ姉ちゃんは俺の不自然に的確過ぎる指示に一瞬動揺しながらも了承した。


「分かったわ!とりあえずこちらに向かって来ているのを倒してから群れのリーダーを狙いに行けばいいのね!」


 丁度ルクスたちの会話が終わった瞬間に、4匹のエレメントウルフが前方に姿を現した。


「それじゃあいくよ!『ウインドストーム』」


「おぉ、これがイーサ姉ちゃんの使える第4階級魔法か、凄いな!」


「流石に第4階級からは無詠唱は無理だけど威力は保証できるよ!」


 イーサ姉ちゃんによって撃たれた風属性の竜巻によって前方の4匹は何もすることが出来ずに倒れた。


「やったね!イーサ姉ちゃん!」

 

 「まだ安心しちゃだめよ!とりあえずこれからゴージャスウルフを叩きに行きましょ。ルクス、相手の場所は分かったりしない?」


 俺に出来ることは少ないんだ!頼むぞステータスチェック!!ルクスは駄目元でゴージャスウルフの居場所を念じてみた。


(ここから更に森の奥の開けた場所です。そこに自分たちの縄張りを作ろうとしている可能性が高いです。ですがその場所にはエレメントウルフも密集しています。注意してください。)


 も、もうこの能力のことなんて呼べばいいのか分からん。


(ナビと申します。)


 ステータスチェックじゃないの!?ま、まぁとりあえずいいか……


 ステータスチェックだと思っていたものが勝手に話をし始めたにも関わらず、俺は緊張の余りに驚く余裕がなくなっていた。


「ここからもっと森の奥に開けた場所でゴージャスウルフが指揮を執って縄張りを作ろうとしてるらしいんだ。だけど普通のウルフたちも多くなるから気を付けてだって」


「分かったわ。でも……」


 イーサ姉ちゃんは後ろにいる魔力切れでダウンしているみんなを心配そうに見ている。それにみんなも気付いたようで、それぞれが違う反応を見せた。


「お、俺たちを置いてかないよな?」


 ビチルダ、デフ、カーリの三人組が怯えた顔でそう言う。それに対してサラ、スコラ、スパナとバールが反論した。


「何言ってんの?アンタたちが調子に乗って魔物を狩りに行こうとか言ったからこんなことになったんじゃない!それに魔力切れの私たちがついて行ったらイーサとルクスが私たちを守りながら戦うことになるのよ!?」


「確かにそれはそうですね、最悪これだけ人数が居れば自衛ぐらいは何とかなりますよ。なので僕達のことは気にしなくていいですよ」


「「なので俺たちのことは気にせずに行って!おい同じこと言うな!」」


 やっぱりこの無鉄砲な状況も三人組が原因だったのか、まぁこんなことだろうと思ったけどさ。

 みんなは自分たちが残った方がいいと言ってるけど、けど俺は……


「俺は一緒に行くべきだと思う!みんなを置いて先に進むなんて俺には…」

「ルクスの言う通りよ!!どうせ魔物に襲われるなら私たちと一緒に行動した方がいいに決まってるわ!」


 俺の中の葛藤を吹き飛ばすように、イーサ姉ちゃんは論点はちょっとズレているが、それでも力強く俺の言いたいことをみんなに伝えてくれた。

 やっぱり俺はいつもイーサ姉ちゃんに助けられてばっかりだ。


「今はケンカしてる場合じゃない!とにかく一緒に行こうよ。大丈夫!絶対私がみんなを守ってみせるから!」


「は、はい」


 イーサ姉ちゃんの言葉と勢いに押され、その場に残ることをを提案していたみんなが納得してしまった。












 ルクスはナビが提示した最も重要な、そして最も当たり前な部分を見逃していた。


・また、ウルフ系の群れの他にもスタンピードによってマップ範囲外から乱入して来る魔物の存在も十分に考えられ、敵が数で攻撃してきた場合、味方を守りながらの勝率は10%を下回ります。


 正直この戦況を見た場合、ナビの助言など無くても当たり前に誰もが考えられることだろう。しかしルクスたちは様々な状況と精神状態によって、こんな当たり前のことも考えられなくなっていた。



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