第36話 三貴子(後半)
ルナさんが悲鳴を上げて倒れた。残りのHPは1。どう考えても、即死耐性とかいう残念な効果を持ったアイテムを身につけていたとしか思えない数字だった。
「――っ! [闇魔法・影護り]。 ゴーレム!」
爆破ナイフで大きく惹いてしまった注意によって、スサノオがルリではなくルナさんに水魔法を放った。その攻撃は私が出した影を身代わりにすることで凌ぐ。そして、まだ辿り着けていなかったダークゴーレムに指示し、スサノオからルナさんを狙う射線を塞ぐように位置を調整した。
「[誘引・挑発]、[誘引・宿敵]」
ルリは少しでもスサノオの注意を惹くため技を連発する。[誘引・宿敵]は対象が単体のみと限定的ではあるけれど、かなり強く注意を惹ける。もちろん、これだけでは、改良型の爆破ナイフの注意を上書きするには到底足りないが、少しでもルナさんから注意を逸らし、辿り着くのを遅らせなければいけないとなれば、どんなに些細でもやるしかない。
そして、ツクヨミの足止めをするため、私はツクヨミに斬りかかった。
(ダメージ酔いか……)
未だに起き上がれないルナさんを視界の端に捉え、そう判断する。
<アルテシア・オンライン>では、ダメージに対して痛みがない。けれど、それは一切の感覚がないということを意味するわけではなかった。もしなんの感覚もなければ、気づかないうちにHPが減っていたなんて事故が頻繁に起こってしまう。それを懸念してだろうといわれているけれど、HPの損失に対しては血か何かが抜かれるような感覚が対応していた。
それが今回のルナさんのように、HPを減らす経験が少ない状態でHPを大きく失う、というようなことになると、この感覚にひどく違和感を覚えて、立ちくらみのような、眩暈に似た症状が出てしまうことがあるのだった。
(まあ、HPはルリの「治癒魔法スキル」で少しずつ回復しているし、精霊もついてる。だから、私はツクヨミの注意をなんとしてでも惹かないと……!)
私は、斬られても斬られてもHPが目に見える速さで回復していくツクヨミに対して、若干の焦りのようなものを感じていた。
(おそらく、このHPの異常な回復こそが神器の効果。そして、ルナさんのHPを飛ばしたのも)
私は、ツクヨミの勾玉にはHPの自然回復効果の大幅な上昇の効果があると考えていた。二度も切れた右腕は、まるで何事もなかったかのように自然回復だけで生えてきてしまった。落ちた方は光の粒子として消えてなくなっている。
そして、ルナさんのHP全損の原因はアマテラスが持っていた鏡。予想している効果は反射。受けたダメージの一部を、攻撃した相手に返すというものだ。これでいけば、爆破ナイフで与えたダメージの一割でも返れば、ルナさんのHPは十二分に消し飛ばせる。
また、こちらについては、スキルであるということは考えにくい。というのも、ルナさんの投擲にアマテラスが気づいていたならば、わざわざダメージを受けるということはしないはずだ。ダメージを防ぐ手段を持っていただけに、余計にそう思う。
もちろん、鏡も勾玉も他に効果があることは考えられるが、見ている限りではこれ以上はわからない。とはいえ、これだけでも厄介には違いなく、私一人ではツクヨミの足止めが精々なのだった。
(血液が増えないだけ、まだましなのか……?)
私はついこの間に戦った、
私は一瞬だけルナさんの姿を確認する。と、ルナさんは自力でポーションを飲んでいた。どうにも、まだふらつくらしくゴーレムの陰に隠れるようにして座り込んでいたが、これなら一番危険な状態は脱したと思っていいだろう。もう少ししたら、今度こそ、三貴子討伐戦から、ルナさん防衛戦に移行できるはずだ。
(……まあ、厳しい状況が続くのは変わらないんだけどね)
でも、これがいつもだと思えば、自然と笑みが零れてくるから不思議だ。
ルリの方はお互いにHPを半分以下に減らし、戦況はヒートアップしている。スサノオの方は行動変化があっただろうし、ルリの方も[騎士の気構えスキル]によってステータスがどんどん上昇していく。最後の一手までわからないのが、向こうの戦闘だった。
(早めに救援に行きたいところだね)
これでルリがやられてしまってはまずい。確実に勝たないといけない。となると、今のこの形からなんらかの変化を加える必要がある。
私はツクヨミへの接近を試みるが、正面から出て来た数条の鎖に行く手を阻まれ、失敗。一旦、距離を取る。いくら攻撃してもすぐさま回復されてしまうので、一向にHPが減らない。本当にやっていてやるせない。
(でも、それでも問題はないんだよね)
今の私の役割は足止め。ルナさんの態勢が整うまでの時間稼ぎに過ぎない。できるだけ、注意を惹けるように立ち回れればそれでよかった。
私は再度接近し、今度はきちんと一撃を加える。そこに影のナイフが私をめがけて飛んで来るので、それを回避する。すでに、何度も繰り返された遣り取りだった。
そして、回避から攻撃に転じようとした――その時、私の足元から黒い何かが噴き出した。噴出はほんの一瞬のこと。けれど、吹き上がった何かは、私を囲むようにはらはらと舞い続ける。それらよく見ると、無数の花弁のようだった。
そんな私を取り囲む真っ黒な花弁たちにむけて、ツクヨミが影のナイフを放つ――
ドドドーン。
一枚が爆発する、と次々に爆発が連鎖し、一枚一枚は大した火力ではないのだが、それらが寄り集まって、大規模な爆発へと姿を変えた。
「ぐあっ!」
私は地に転がる。今の攻撃は先のアマテラスの攻撃程の威力はなく、ダメージは一割程度。もちろん、ツクヨミの攻撃が弱いのではなく、ルナさん装備の恩恵がすさまじいだけだ。以前までの私なら、瀕死に近いところまで追い詰められていたはずなのだから。
そうして、私の攻撃が止んだ隙にツクヨミがルナさんへの攻撃に踏み切った。数本の影でできたナイフがルナさんを襲う。が、その程度では、ルナさんの元まで攻撃が届くことはない。当然の如く精霊たちが土壁を出したり、風の刃によって切り刻んだりしてナイフは行く手を遮られる。けれど、今も時々、スサノオからの水魔法が飛んできたりしているので、ダークゴーレムの損耗と精霊の負担が増すことは間違いなかった。
そして、何より、私が一番懸念していたことが起きてしまった。
(……こっちを向かない!)
私の攻撃力では回復量を上回る与ダメージを出せないことにツクヨミが気づいてしまったらしい。私の攻撃をまったく意にも介さずルナさんだけを狙うようになってしまったのだ。
(もうこうなったら予定通り、スサノオの方に行ってルリの加勢を……)
私は一瞬そう考えて、はたと気づく。
(……なんだ。私がやればいいのか)
ツクヨミが私に不用意に背中を向けているのを見ながら、アイテム欄を開く。そして、
ドカーン!
ツクヨミのHPを一瞬で飛ばす。私の場合だとDEX任せのデタラメな投擲だけど、爆破ナイフはきちんと当たる。
(……にしても、私の努力を嘲笑うかのような威力だよね。クセになりそう)
光の粒子となったツクヨミを眺めながら思う。私への注意がまったくなくなるという状況も珍しいし、投擲を一回見た上で、爆破ナイフにここまで不注意というのも珍しい。次があるかというと正直、わからない。
「――おっと!」
スサノオの水魔法が私を襲い、それを間一髪回避する。
(爆破ナイフの麻薬のような甘美な余韻に浸ってる場合じゃなかった)
なんとか禁断症状を押し殺し、こちらからスサノオの方に寄っていく。その間も、ルリは攻撃の手を休めることはないのだけど、さすがに二回も爆破ナイフを見ると、警戒度がルリには向かなくなってしまうらしい。
とはいえ、ここまでくれば、私たちの勝利は揺らがない。もともと、ルリひとりで拮抗していたところに、加勢するのだから。
私は爆破ナイフで惹きつけた注意を存分に活かし、スサノオの攻撃を引き受ける。神器の剣を振るうスサノオだけれど、すでにルリとの手合わせで目が慣れていたので、剣の速度は苦にならない。ひたすらスサノオの剣を躱し続ける。
そして、その一方でルリは高いSTRを存分に発揮し、全力で剣を叩きつけ続け、その合間に、ルナさんの空気銃が襲う。もう、こうなってしまえば、あとは時間の問題。たちまちにHPを削られ、スサノオは光の粒子へと姿を変えた。
ピコン。
――フィールドボス「三貴子」の討伐に成功。<チタニアの街>に行くことが可能になります。
軽い電子音の後に、いつものウィンドウが開く。
(なんか今日はイマイチいいところがなかったような……?)
そんなことを思うも、勝てたし、まあいいか、とネガティブな思考は破棄する。三人しかいないので、ひとりでも仕事ができていなかったら、負けてしまうのだ。だから、ボスに勝利できたということは、みんながきちんと役割を果たしていたといえる。そう私たちは考えていた。
「ルリ、アカネ、おつかれさま」
「あ、ルナさん、おつかれさまですー。アカネちゃんも、おつかれー」
「はい。ルナさん、お疲れ様です。ルリもおつかれ」
ルナさんがダークゴーレムの陰から出て来た。途中、大変なことになっていたけれど、今はもうよくなっているらしい。ふらついた様子はなかった。
まあ、実のところをいえば、私たちの身体はアバターであり、本当に貧血や低血圧になっているわけではない。あくまでも、意識や精神の側の問題なので、一度落ち着いてしまえば、なんともないのだった。
「ルナさん、途中は災難でしたね。もう大丈夫ですか」
「あ、そうです。ルナさん。大丈夫でしたか」
「ああ、うん、ありがとう。今はもう大丈夫だよ。……まあ、でも、戦闘は二人任せだったから。こればかりは仕方ないね」
ルナさんは、口では仕方ないとはいうものの、心底イヤだったという顔をする。実際、しばらく起き上がることができずに地面に横たわっていたことを思えば、随分と強烈な体験をしたのだろうことが窺えた。
「えと、まあ、そうですね。……けど、ルナさん。私やルリでさえ、1残しはやったことがないですから、一番強烈なのを体験したと思いますよ?」
「あ! たしかに!」
「……あんまりうれしくないんだけど?」
……まあ、そうでしょうね。だからこそ、即死耐性は不遇と呼ばれるのだから。HP満タンから1だけ残す。この時の精神にかかる負担はとても重い。それだったら全損して復活した方がまだ優しいのだった。
「ふふ。そうですか? それはそうと、早いところホームに戻りましょうか。それとも、うさぎたちと遊んでいきますか?」
私は適当に話を切り上げて、街に戻ることを提案する。次の<チタニアの街>へは<トリニダッドの街>の港から出る定期便に乗っていくことになるので、どうしたって一度、街に戻る必要があった。
「うん、いいんじゃない。少し遊んでいこうか。ルリもいい?」
「はい! わたしの『誘引スキル』でいっぱい集めちゃいますよー!」
うお。マジか。どこまで本気なんだろう。
でも、友好を示す相手に対しては、スキルのほとんどが用をなさない。もちろん、一部には有効な技もあるので、おそらくルリはそれを使うつもりなのだろう。……というか、もう、トラブルの予感しかしない。
(でも、まあ、平和なのは間違いないし。これぐらいなら、ご愛敬だよね)
私は、うさぎを「誘引スキル」で集めてさっそくとばかりに埋もれて見えなくなったルリの姿を眺めながら、そんなことを思ったのだった。
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