第35話 三貴子(前半)
今日は、休養日となった昨日とは打って変わって、微かな緊張感が漂っていた。なぜなら、今からフィールドボスに挑もうとしているからだ。
今いるここは<トリニダッドの街>の東エリアに流れる川の中州にある地下洞窟。洞窟の入り口となる地上部分は注連縄がされており、さらに無許可では入れないように木製の柵がしてある。もちろん、ただの柵ではなくボスエリアを囲む例の柵だ。なので、これを除けて地下に入るには川の手前にある神社の神主にお願いして護符を譲ってもらう必要があった。
そうして、入った地下は見事な箱庭。洞窟全体が暖かな光に満ちており、一面に草が生い茂っている。木々がまばらに生え、ところどころに池があり、小川まで流れている。
そして、そこらじゅうでうさぎが跳ねていた。
表示のステータスは街の人と同じ友好を示したので、うさぎたちは特にモンスターというわけではないらしい。また、他に生き物らしき姿もなく、モンスターが紛れ込んでいるということもない。本当にうさぎしかいない。
いったい、この空間って……。
うさぎが自由に駆け回る平和な景色を眺めつつ、奥へと進んでいくと例のボスエリアに出た――
「はわわー。モフモフですー」
「……なるほど。そういうことでしたか」
ここ第七フィールドのフィールドボスたちはうさぎまみれだった。
この光景を見てわたしたちは察した。三貴子の二番目、ツクヨミは月を司る男神。月と言えばうさぎ。わらべうたでも「うさぎ うさぎ 何見て跳ねる 十五夜お月様 見て跳ねる」と歌われるほど関係性が深い。つまり、ツクヨミに由来する三貴子たちの趣味ということになるのだった。
「なんとも自由だね……」
わたしは呟く。
アマテラスは太陽を、ツクヨミは夜を、スサノオは海をそれぞれ司るので、洞窟内でも箱庭を維持することは問題なくできるのだろう。なにせ、街の治安維持は守護神たちが行っているというのだから。
「守護神という存在のすごさを改めて思い知りましたね」
「もふもふー」
うん。すごい。本当に。でも、まさか、うさぎで思い知ることになろうとは。……というか、ルリ。いつのまにうさぎを抱えてるの。
わたしたちは、ルリが抱えるうさぎを一緒に愛でながら作戦会議を行う。ここから確認できる姿から得られる情報はうさぎまみれというだけではない。どうやら三貴子はそれぞれに対応する神器を有しているらしいのだった。
もふもふ集団の中心にいる男性は首から大きな勾玉を提げている。もふもふから離れたところにいながらにして、それでもなおたかられている男性は肩に剣を抱えていた。そして、もふもふ集団の近くでうさぎを愛でている女性の傍にあるのは大きな円盤。おそらく鏡だろう。
「ルリの天叢雲剣でさえ破格の性能なのに、それが三つすべて揃ってるってことですか。なんて、無茶苦茶な……」
そうは言いつつも、勝つ気満々なルリとアカネ。もちろん、わたしだって負けてあげようなんてサービス心は持ち合わせていない。わたしたちが望むのは完全勝利のみ。
「じゃあ、行きますよ」
いつも通りなアカネの号令で攻略が始まる。
***
//アカネ
私たちは第七フィールドのボスエリアに足を踏み入れた。と、途端に、エリアを埋め尽くすように存在していたうさぎが一斉に四方八方に散っていって、ふたりの男性とひとりの女性の姿が露になる。
彼らの名は三貴子。第七フィールドのフィールドボスにして<トリニダッドの街>の守護神だ。
剣を持つ大柄な男性はスサノオ。三姉弟の末っ子で海を司る男神だ。首から大きな勾玉を提げている細身の男性が二番目のツクヨミ。月を司る夜の神だ。そして、大きな円鏡を抱える女性が姉のアマテラス。太陽を司る女神だ。
(前衛にスサノオ、後衛にツクヨミとアマテラス、か。まあ、予想通りといえば予想通りなんだけど……)
私はボスが連携をとってくるだろうと考えていた。なので、こういう形になるだろうと予想してはいた。けれど、実際にそうされるとやはり厄介だと思わざるをえない。
(対パーティ戦か……)
そういえば、対人戦ってやったことないな、なんて思いつつも、その思考はすぐさま隅に追いやる。戦闘開始の合図。最後のうさぎがエリアを完全に出る――と同時、私たちは一斉に動き出す。
双方の前衛が飛び出し、スサノオの剣とルリの盾が激しく衝突する。私はその横を全力で駆け抜け、後衛への突撃を敢行する。ルナさんは、風の精霊に指示して後衛を襲撃し、アマテラスが光の結界とでも呼ぶべき特技でそれを防ぐ。それを受けて、ツクヨミがルナさんに狙いを定め、[闇魔法・影刃]のような特技を放とうとする。けれど、その時にはすでに、私は自慢の足で距離を詰めていて――
「[短剣・追刃]」
ツクヨミの右腕を切り落とすことに成功する。私は威力が跳ね上がった[短剣・追刃]の手応えに満足しつつ、さらなる追撃をしようとするが、
「――っ!」
イヤな予感に大きく飛び退り距離を取る。と、そこに巨大な魔力を有した光線が走った。
(……マジですか。味方が目の前にいるのにそんなもの使います?)
味方のツクヨミの数十センチ前に向けて放たれた強力な特技に、冷や汗をかいたような錯覚を覚える。今の私の身体はアバターなので、本当に錯覚なのだけど。
そうして、一瞬、無意識に足を止めてしまったのがよくなかった。相手に反撃の隙を与えてしまった。
足元の影から数条の鎖が出現し、私を捕らえようと動く。普段は私がやるのに、今回は私がやられる番。いつかはあるだろうとは思ってはいたけど、本当に来るとは。でも、そんな簡単に捕まる私ではない。
私は高いAGIとDEX、それと「回避スキル」を存分に発揮して、襲い来る影の鎖をすべて紙一重で躱していく。そして、
「[短剣・追刃]」
私は一瞬の間隙を縫って、部位破壊でツクヨミの「右腕」を切り落とすことに成功する。
(……うん? さっきも右腕だったような?)
私は今の光景に既視感を覚え、再度ツクヨミを見る。と、確かにまったくの無傷の左腕がそこにはあった。
「アカネ!」
……はっ! また、敵の前で足が止まってしまった。
(まずい……!)
近くに感じる強力な魔力の気配。さっきからツクヨミに集中していて、もう一方の存在(アマテラス)を忘れていた。
カッ!
眩い光が閃く。と同時、私は身体が宙を舞うのを感じた。そして、地に打ち付けられ、数回転がったところでようやく止まる。
(……HPは……残り七割!? マジですか……。すごく、すごいです……)
あの準備万端で放たれた特技をもろに食らって三割しか削れない。ルナさんお手製装備がこのフィールドに似つかわしくないほどに強化されたことを、思わぬ形ではあったけど確認することになり、頼もしく感じるとともに、チートが過ぎるとも思う。
(でも、まあ、ルナさんを守るための手段は選んでいられないか)
私はルナさんの居場所であり続けたいと願ったのだ。だから、使えるものはなんだって使う。私はアイテム欄を開き、ひとつのアイテムを見つける。
私はそのアイテムを取り出す前に一度、ルリの方を確認する。と、なんとルリはスサノオと互角にやりあっていた。ルナさん装備と神器・天叢雲剣による大幅なステータス上昇効果があって初めて成り立つ均衡ではあったけれど、大したものだと思う。まあ、本音を言えば、上がったステータスで押しつぶしてしまえれば……なんて思っていたのだけど、そこはやはりフィールドボス。そこまで甘くはなかったらしい。
私はアイテムを手にして、アマテラスとツクヨミに向き直る。今はルナさんと精霊が、それぞれ空気銃と魔法で私から注意を離していてくれていた。だから、安心してやれた。
「顕現せよ、ダークゴーレム!」
私は奉書紙由来の改良された爆破ナイフを核としてダークゴーレムを作成する。
一般にゴーレムの性能は核に使われる魔石の大きさに大きく左右されるといわれる。魔石の大きさとは、すなわち、魔力容量のことだ。つまり、魔力容量が大きければ大きいだけゴーレムの性能は向上するということ。もちろん、それは、核が爆破ナイフになったって同じこと。ルナさんが作る爆破ナイフがとんでもないことになったということは、それだけ私のダークゴーレムもやばくなったということだった。
(……さすが。全員の注意がこっちに集まったね)
私は、地下室でこれを初めて作った昨日を思い出して、苦笑いする。自分で作っておきながらなんだけど、あれは怖かった。本当に怖かった。
(そりゃ、こんな魔力の塊が在ったら、気になってしかたがないよね……。でも、それは悪手)
ドカーン!
ルナさんの爆破ナイフがアマテラスの斜め後方から投擲され、爆発した。
(すごい……! やっぱり、改良型の性能はハンパじゃないね。ルナさんが投げった、ってわかってても膝が笑っちゃいそう)
アマテラスのHPは残るべくもなく全損し、光の粒子へと姿を変える。そして、私もただ黙って爆発を見ていたわけではない。ダークゴーレムと共にルナさんの方へと向かっていた。今から三貴子討伐戦から、ルナさん防衛戦となるのだ。ルリもスサノオの牽制をしながら、こちらへと向かってきていた。
いつも通り。そう思った矢先のことだった。
「ひゃあ!」
ルナさんが悲鳴を上げる。私が慌てて振り返ると、ルナさんはHPを失って地面に倒れていた。
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