第34話 休養日


「わあ、すごい……。本当に貴族の晩餐会って感じ……」


地下での作業を終え、遅めの時間ではあったが夕餉の時間だというので食堂に行くと、思わずそんなことを口にしてしまうくらいの光景が出迎えてくれた。優に二十人は座れるだろうテーブルには清潔感のある白いクロスが敷かれ、シリーズのものだろう、統一感のある食器類が並んでいた。


討伐の際は暗かったというのと、机が戦闘の邪魔にならないように隅に立てかけられていたというのもあり、豪華な部屋というくらいの印象だったのだけど、こうやってしっかりと整えられると、本当に豪邸なんだなというのがひしひしと伝わってくる。……なんか、場違いなところにいるような気がしてきた。ホームなのに。


ちなみに、料理を作ったのは、


「わたしが作ったんですよー!」


いつも通りにルリだった。実際に良く見てみれば、メインはルリの好物、オムライスだった。


この食堂で食事をするのはわたしたち三人のみ。わたしたちからすれば、だだっ広い食堂の片隅で三人ぽっちで食べるよりは一緒に賑やかに食事して欲しいと思うところなのだけど、そこは固辞されてしまった。今はハンナと家政組の二人が隅で控えていて、庭師組の二人は別所で仕事中。大変だ。


「そういえば、ルナさん。さっきまでどうしてたんですか? 一度、見に行った時にはいませんでしたよね?」

「ああ……」


わたしはアカネに訊かれて、返答に詰まる。地下で実験してた。わずかにそれだけなのだが、内容が内容なだけに「それだけ」では終わらなかった。


「……ルナさん? ……あっ! まさか、もう!?」


わたしはとっさに目を逸らす。


……まずい。というか、聡い。なんか、最近、行動を読まれ過ぎている気がする。


「ルナさん。先程の報酬の奉書紙で、呪符を作ったんですよね? そして、地下で爆破ナイフを作り、その性能を確かめたところ問題があった。そうですよね?」


……はい。全くおっしゃる通りです。


黙っておくわけにはいかないものなので、きちんと説明する。


まず、最初に言うと、性能の向上には成功している。魔力容量が大幅に増えたことによって、与ダメージの伸びも目覚ましいものがあった。なので、特に問題はないといえばそうだった。


それで、どうして言い難いのかといえば、その与ダメージの伸び方に問題があった。


「……威力は従来型の五倍近くあります」


これの意味するところは、ヒキやルシフェル、マルスなどの強敵を一撃で確実に沈めることができるようになった、ということだった。


呪符に込められる魔力量が五倍になったということは、呪符が有するエネルギーが純粋に五倍になったということ。エネルギーの変換効率が一ではない、つまりエネルギーのすべてがダメージになるわけではないとはいえ、有するエネルギーがそのまま与ダメージに直結するのが呪符爆弾なので、魔力容量が五倍になれば与ダメージも五倍になるのは当然のことだった。


「……チート過ぎます」

「はわわ……。すごく、すごいです……」


……まさかのルリにまで呆れられる始末。でも、二人にだって、影響が出るんだよ?


「……装備ですか。そういえば、そうでしたね。ということは、性能も……」

「うん。同じくらいの上昇が見込めるね」


アカネは疲れたように、ぐったりとうなだれる。ルリは装備が強くなるということで、純粋にうれしそう。


今まで通りの傾向でいけば、アカネはより速く、より精確に。ルリはより堅く、より強靭に。そんなところだろうか。もっとも、こればかりは二人に改めて聞く必要があるとは思うけどね。


そんな会話も挟みつつも、まったりと夕食を堪能しつつ、和やかに時間が流れていった。



一昨日、昨日と、怒涛の二日間を過ごしたので今日はホームでのんびりすることに決めた。二人の装備を新しくし、爆破ナイフ(改)を量産する。呪符(改)のもととなる奉書紙は今のところ報酬分のものしかないが、コウゾが復活し、再び量産体制が整えばまとまった量を売ってくれるようになるらしい。なので、その時にはドーンと大人買い(?)する予定だ。……業務用だからもともと多い? う、うるさいよ!


そんな呪符(改)を用いた装備に慣れるために、二人は地下で遊んで……もとい、鍛錬していた。装備を一新してステータスが大幅に向上したために神器である天叢雲剣の恩恵も受けやすくなり、また、核の性能に依存するゴーレムも大幅強化されるとあり、今までよりも随分と攻略が楽になることと思われる。


とはいえ、これから先のフィールドのモンスターやフィールドボスは厄介さを増していくのだろうから、引き続き戦力強化が課題になるのだろう。そして、なぜそんな当たり前のことを考えていたのかといえば、早速とこの街のフィールドボスに頭を抱えていたからだ。


この街の守護神は「三貴子」と呼ばれ、太陽と月と海を司る三柱の神の総称だ。それぞれの神の名は「アマテラス」、「ツクヨミ」、「スサノオ」。日本の神話に登場する三姉弟の名だ。その三柱の神たちと戦い、力を示すことになる。……そう。三柱同時に。


「……はああ」


わたしは盛大に溜息を吐き、自室の窓のそばに置かれた小さな机に突っ伏した。


戦力の強化はできた。対複数戦闘はいつものこと。ボス戦でだって、ボスとその従者という形では二度経験していた。


とはいえ、やはり、ボスを三体相手取るというのは、作り直し可能な人形とか、召喚される使い魔とかとはまた違う緊張感があった。


……今回は本当にボスが三体いる。なかなかのプレッシャーだよね。


そんな厳しい状況に反して、顔が笑っているのを自覚していた。実際、さほど悲観はしていなかった。わたしはともかく、二人はかなり頼りになる。一発限りの爆破ナイフに縋らずとも、二人ならきっと上手くやってのけるだろう。すでに、そのくらいの実力はあると考えていた。


コンコン。


ドアがノックされた。わたしは入るように言うと、ハンナが台車を押して入ってきた。


「ご主人様、お茶の準備が整いました」


窓際に用意した小さなテーブルに、手際よく緑茶と和菓子が並べられた。今日のお茶請けは練り切り。緑茶はもちろん、この街で主流の三種の茶葉を使ったブレンドティー。練り切りはピンクと白と水色が目に鮮やかで、三に拘るこの街らしいデザインだった。


「これ、この街の守護神の色だよね」

「はい。そうですね」


わたしは菓子楊枝で切り分けながら気づいたことを声に出した。この赤白青の三色は、守護神に由来する色として街の人たちに好まれている組み合わせだ。太陽の赤に月の白、海の青。ピンクは赤の代わりで水色は青の代わり。純粋に赤色が用いられることもあれば、見た目に優しい淡いピンクが使われることもある。


そんな他愛もないことをハンナとおしゃべりしながら、わたしは三色に色付けされた甘味と調和のとれた渋みに癒されていた。


……こうして二人以外と過ごす時間って初めてかも。


ふとそんなことを思った。


<イグナシオの街>の曲がり角でルリと事故って、その直後にアカネと会って、その後はずっと一緒に旅をしてきたんだよね。どこへ行くにも一緒で、別行動した時と言えば、飛竜がらみの時くらいかなあ……。それ以外は……水浴びとか?


最初はひとりでって思ってたけど、なんだかんだこれで良かったのかなって。ひとりだったらこんなところになんて来れなかったはずだし、なにより二人と一緒にいて楽しいって思えるんだから、こんな幸せなことはないよね。


そんな少しばかり昔のことに思いを馳せていると、クロゼットから元気な話し声が聞こえてきて、意識が現実に引き戻される。そして……あ、ハンナとおしゃべりしてたんだっけ。ごめん、ハンナ。


話し相手ハンナを途中から放置していたという事実に気まずさを覚えつつも、賑やかな声を聞いていると、クロゼットの隠し扉が開け放たれ、ルリとアカネが入ってきた。その後ろには、二人に付き添ってきたのだろうニーナの姿もあった。


「ルナさん、ここにいたんですねー。あ! それ!」

「失礼します。うん? ……ああ、お茶してたんですね」


二人はギルマス室に入ってきても、先程から聞こえていた時と何ら変わらないテンションのまま。そして、関心の先はわたしの手元のお茶……いや、どちらかというと空のお皿の方だろうか? すでに、わたしからは注意がそれているようだった。


「お帰りなさいませ、ルリお嬢様、アカネお嬢様。今、お茶をお持ちいたしますね」

「うん。……いや、場所を変えようか」


二人の分のお茶を持ってくるというハンナに対してわたしは居間に用意するように提案する。ここには三人分の飲食スペースが取れる机は用意していない。食堂では昨夜の夕食のように寂しい思いをするし、屋内テラスも同様。でも、居間なら家具もあるし、広々とし過ぎてうんぬん、というのは少しは緩和される……はず。


なんとなく歯切れの悪さを覚えつつも、わたしは手元の湯飲みを空にして立ち上がる。その間にハンナは居間のテーブルセッティングに向かい、代わりにニーナがここに残されていた。ルリとアカネは甘いものに期待を膨らませている。


……なんか、二人を見てると安心する。


願わくは二人とずっと一緒に……いや、そんなこと願ってはいけないよね。だって、帰るべき場所があるのだから。


「ルナさん! 先程は何を食べていたんですか?」

「ルナさんが食べたお菓子はなんだったですかー?」


二人だけでは予想が絞り込めなかったのだろう。情報を求めてわたしに駆け寄ってきた。


「さあ、なんだったんだろうね?」


ハンナに訊いてごらん、といたずらにはぐらかす。もちろん、二人からはブーイング。でも、それはそれで反応がおもしろい。


「じゃあ、下に行こっか」


えー、なんで隠すんですかー。早くしないとお菓子が逃げちゃうよ? 逃げませんから!


そんな馬鹿騒ぎをしながら、でも、穏やかに一日が過ぎていったのだった。

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