第30話 潮騒の館
ピコン。
軽い電子音がわたしの耳に届く。そして、ウィンドウが開いた。
――クエストボス「ヴァンパイア(カウント)」の討伐に成功。シークレットクエスト「潮騒の館の吸血鬼」の条件を達成しました(1/2)。
……二分の一か。ということは、まだ何か、わたしたちにやらせたいらしい。
ああ、やっと終わったー、って思った矢先のこと。どうにもクエストというのは、なかなかにめんどうなもののようだ。まあ、おそらくこの先にあるものなのだろうから、あともうちょっとだけ付き合ってやることにしよう。
「ルナさん。ここから奥に行けるみたいです」
アカネが早速と次の道を示してくれる。HPを大きく減らしていたルリはポーションで回復中だ。本当に頼りになる二人だった。
少しの休憩をとったのち、奥へと進む。そこは十メートル四方くらいの部屋。たくさんの本や魔具などが無造作に置かれていた。わたしは一冊の本に目が留まる。それは召喚術に関するもの。中を見ると魔法陣の描き方が書かれており、さきほどバーンハードがやった召喚はこれのことと思われた。
しかしながら、スキルをもっていれば魔法陣を描く必要はなく、どうにも腑に落ちないわけだが、読み進めていって合点がいった。魔法陣を描けば「誰でも召喚ができるようになる」のだそうだ。つまり、スキルがない人でも、スキルを取らずして召喚ができるということ。ウィル・オー・ザ・ウィスプを召喚するために魔法陣を描いたということは、バーンハードは召喚の特技を持っていなかったのだろう。
しかしながら、システム上どうしてこれが許されるのか。そんな疑問が浮かぶけれど、それはすでに、魔具が存在する時点で許されているようなものだった。
ゴーレムを作成するのにスキルを使うこともできれば魔石で作ることもできる。魔法攻撃も、魔法スキルと魔剣という二つの手段がある。召喚も同様にスキルと道具という複数の手段が用意されていた、というだけのことだった。
他にも吸血鬼について詳しく書かれているものだったり、モンスター辞典に植物図鑑、歴史書等々、研究のために読まれていたと思われる本たちが並んでいた。
そういった書物から視線を遠くに向ければ、さらに奥に続く扉が目に入る。その隣には鍵と思しきものも見える。
わたしたちは一旦、道具類から離れ、扉を開けることにした。
「ひっ!」
扉を開けると中から悲鳴が上がる。その部屋の中には多くの子供たちがいた。ここまで倒してきたヴァンパイアたちは皆大人だった。子供だけを閉じ込めていたのは、食糧事情だろうか。あるいは人質として効果的だからか。事情はよくわからないが、とにかく大人はいなかった。
そんなことを考えていると、ひとりの男の子が口を開いた。
「いつものあの男はどうした」
少し声が震えていたが、精一杯、虚勢を張っているのがわかった。そして、おそらくだけど、わたしたちがヴァンパイアだと思っていることも。
「討伐したよ」
わたしは別の考え事をしていたので、簡潔に答えた。
わたしは今、マップを見ていた。地下階のマップはまだすべてが埋まっていない。下りてきた階段。ボスエリア。研究室に牢。これだけでは、まだ、足りない。まだどこかに部屋がある。
「……討伐? お前たちは、ヴァンパイアじゃないのか?」
どうやら、事情が呑み込めないらしい。……まあ、そりゃそうだよね。わたしたちって、街の人から見るとハンターには見えないらしいので。ハンターって名乗ると、無茶しないでね、とか、かわいらしいね、とか言われる。まあ、後のはたぶん、二人のことだと思うけど。
「違うね。わたしたちは<アルテシア>だから」
こういうと、子供たちは納得したらしい。なるほどという呟きすら聞こえた。そこでわたしは子供たちに訊いてみることにする。
「ここ以外の部屋に閉じ込められてる子がいたりしない?」
足りないマップ。もちろん、地下階が上と同じ広さだという保証はどこにもないのだけど、それでもわたしは空白が気になっていた。それに、ここにいる子供ですべてとは限らないし、別のところに大人が閉じ込められていることもありえるかもしれない。
けれど、答えは芳しくない。ここ以外は知らないというのだった。わたしは再度、マップをにらむ。
本心で言えば、まだ、探索していたいのだけど、子供たちをほったらかしにしておくわけにもいかない。しばし、逡巡して、探索を打ち切ることに決めた。わたしたちは、子供たちを連れて地上へ出る。
――人質の救出に成功。シークレットクエスト「潮騒の館の吸血鬼」の条件を達成しました(2/2)。
――シークレットクエスト「潮騒の館の吸血鬼」の全条件を達成。報酬「潮騒の館」を受け取れます。(「潮騒の館」は一度報酬から受け取ると所有者の変更ができなくなります)
ピコン。という軽い電子音と共に開いた、突然のウィンドウ。内容は条件の達成とクエストの成功を伝えるもの。そして、
「まさか、報酬がこの豪邸だったとは……」
わたしは後ろを振り返り、赤レンガ造りの豪邸を見上げた。
「はわわー。すごいですー」
ルリはのんきそうに騒いでいるが、
「これは……。管理が大変そうですね……」
アカネは苦笑い。わたしも同じことを考えていた。
というのも、正面に広がるのは荒れ放題になった広大な庭。建物内部も十分に手入れが行き届いていたとはいえない状況で、掃除や家具の入れ替えなど、生活を始めるまでにやるべきことはいっぱいある。また、生活を始めてからも三人で維持していくのはとてもではないが無理がある。人数に合わせた適当な大きさというものがあるのだ。
「まあ、それについては後から考えようか。とりあえず、先に、この子たちをハンター協会に届けないとね」
わたしは今やるべきことを考え、思考を切り替えた。
ウィンドウを消すためには所有者を決めなくてはいけない。軽い相談の結果、わたしが受け取ることになり、わたしは受け取りのボタンを押した。
そして、玄関前から門までの道を見て、
「……はあ」
溜息を吐いた。現実は無情だった。
土地を得た。それはそれは喜ばしいことではあったのだけど、目の前の荒れ放題になった庭を見ると、やはり途方に暮れる。
……どうしたものか。
これをまともに相手していたら、どれだけの時間と労力がかかるのだろう。広い土地というのも、こういう時は考えものだ。もっとも、持つ者ゆえの贅沢な悩みと言えばそうなのだが。
「……うん?」
そんなことを考えていると、不意に、何かが語りかけてくるような、そんな感覚を覚える。そして、
「え? あ、ちょっと!?」
よくフィールドで経験していたいつもの慣れた感覚に襲われた。とはいえ、街で味わうのは初めてなので、不意打ちを食らったといえばそう言えなくもない。……まあ、それ以前に、近くにそういうことをするものがいなかったというのが一番大きいのだけど。
そうこうしている内に、目の前の光景に変化が現れ始める。雑草という名の草が光の粒子に変わり、地面に吸い込まれていく。光の粒子を吸い込んだ地面は見るからに硬そうだった地面から、ふかふかとした柔らかな土壌に生まれ変わる。
そんなすごい現象の対価として、ごそっと最大値の半分のMPを持っていったのは、大精霊クシナダ。豊穣を司る彼女は加護を通じて、この庭の惨状をどうにかしてくれようと手伝ってくれたのだった。
わたしはとりあえずたくさん感謝を伝える。伝わったかはわからないけど、ありったけの感謝の気持ちを込めた。
「はわわー。雑草さんがみんな、あっという間にいなくなっちゃったです!」
「……やっぱり、チートですか」
ルリとアカネがいつものように答え、
「うわ、まじか……」
「すごい……」
それに、今回は子供たちの感嘆の溜息が交じった。
こうして無事に庭の手入れという難関を乗り越えられる目途が立ち、わたしは意気揚々と報告に向かうのだった。
報告はとてもあっさりと終わった。全体の八割を占める赤のカウンターに向かい、受付の職員に話しかければ、クエスト完了のサインと報酬のお金を受け取って、さようなら。大変なのは子供たちの方。これからいろいろと事情聴取がされるそうだ。……やっぱりログ解析とかしてるんじゃないのかな。
それはともかく、わたしたちはギルドハウスとなる土地と建物を手に入れたので、それでギルドを設立することにした。
緑のカウンターの職員さんに説明を聞きながら、目の前に開いたウィンドウを操作する。ウィンドウは開示して、ルリとアカネにも間違いがないことを確認してもらいながら欄を埋めていった。
「ギルド名か……」
わたしは最後に残った一枠を前に少し思案する。そして、ルリとアカネを見て、
「これでいい?」
思いついたものを試しに入れてみた。
二人がこれでいいと言ってくれたので、ギルド名はこれで確定。これの他はすべて埋まっていたので、そのまま申請する。
「……はい。受理しました。預託金は今後のクエストの報酬から天引きするということもできますが、どうしますか?」
「いえ、今のうちに払っちゃいます」
そう言って、もらったばかりの高額報酬を差し出した。
職員は唖然としていたが、わたしたちからすれば、別になんということはない。むしろ、報酬で土地をもらっていることを鑑みれば、このお金は今回のクエストの天引きと言える程度の額だった。
「……はい。確かに承りました」
再起動に少々時間を要した職員だったが、手続きは問題なく終え、無事にギルドを設立することができた。
そうして、ハンター協会を出て行こうとすると、もの凄い形相で、若い男性が駆け込んできた。そのまま手近なカウンターに身を乗り出して叫んだ。
「会長はいますか!」
男性は背中に弓を掛けており、腰には大きめのダガーを下げていた。着ているものはこの街の一般的な三色コーデでその上から皮鎧をつけていた。割とよくあるハンター装備だ。
けれど、そんな彼はボロボロでくたくたで、何よりかなり切羽詰まった感じだ。……何があったのだろうか。
わたしはなんとなく気になったので、そのまま離れて見ていることにした。
「いるぞ。どうした」
奥から年のいった男性が現れる。
「ヤツが! ガルプムースが現れました!」
青年がそう叫ぶように言うと、建物内の空気が一瞬で険しいものに変わった。
「な!? それは本当か!?」
会長が幾つか質問をして青年から話を聞いていくと、どうやら、西エリアの奥にボス級のモンスターが現れたとのこと。その活動域は広いようで、最奥に行く前で目撃したということなので、第四フィールドの飛竜のようなものだろう。
「……間違いなく、そいつは、ガルプムースだな。まずいことになった」
会長が深刻そうに呟いた。そうして、しばらく唸っていた会長だったが、不意に視線を上げ、そのせいでわたしは会長と目が合ってしまう。
「……ふふ。適任がいるじゃないか」
会長が笑みを浮かべるが、対してわたしは頬がひきつる。
「彼女たちに依頼しようじゃないか」
……ギルド結成からわずか十分足らずで、初の指名依頼を経験することとなった。
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