第31話 ガルプムース


わたしたちは第七フィールド西エリアにいた。昨日、受託した指名依頼をこなすためだ。


結成から十分足らずという驚異的な速さでギルドへの指名依頼があり、この驚天動地な展開に「頭痛が痛い」みたいな思いをしたわけだけれど、そんな指名依頼はギルドクエストの扱いになる。依頼者はギルドを指名し、ギルドが受託するのだから当然だ。


それゆえ、今回の依頼を成功させれば預託金が増え、ギルドの評価が少しだけ上がる。特に増やそうと考えていたわけではないのであまり関心がないけれど、基本的にいいことなので、特に悪い気はしない。ちなみに、今回の依頼者は<トリニダッドの街>のハンター協会ということになった。


そういえば、昨日で思い出したけれど、人質になっていた子供たち。この子たちは一度、ハンター協会で預かり、協会所有の宿などで健康状態を確認しながら身体を休めている。その後は、体調や精神状態などをみて、親族がいれば引き渡し、いなければ孤児院や就職支援等、適切に支援するそうだ。子供は街の宝。この辺りのことは手厚かった。


そんなことがあった昨日だったが、今日はシカ狩りに精を出していた。


今回のクエストの名は「健啖な大鹿」。内容は、ガルプムースという大きなシカの討伐。その依頼が出されるまでの経緯について説明すると――


第七フィールド西エリアのコウゾ栽培地にブルーセロウが大量に発生した。そのため、奉書紙の原料であるコウゾが食い荒らされ、製造が滞っている。街のハンターが総出で討伐を行っていたが状況は改善されず被害は留まるところを知らない。そんな折、ひとつの報告が入った。巨大なシカを見たというのだ。奥の方まで行った数人のハンターたちの証言からガルプムースだと判断。すぐに伝令を走らせ会長に伝えに行ったところ、そこにわたしたちがいたため、白羽の矢が立ってしまった。


ということだった。ちなみに、ブルーセロウはあまり大きくないカモシカで、奉書紙は広く街の公文書に用いられる高級紙でこの街の名産だ。また、コウゾはリアルなら収穫時期が決まっているが、この街では一年を通して収穫するらしい。年中いつでも青い葉を茂らせているとか。


そんなコウゾの栽培地では、ひとつの根元から細い茎が何本も出ており、その一本一本にたくさんの葉を茂らせている……はずだったのだが、無残にも食い荒らされ、ただの荒野と成り果てていた。多くのもので、幹ごと根元まで食われているのだ。……シカの食害が、街の産業に壊滅的なダメージを与えていた。


わたしは大きく気合を入れる。


わたしがそれだけ躍起になるのにはもちろん、理由がある。報酬として奉書紙をもらえることになったのだ。クエスト受領の際に試しにねだってみたところ、オーケーがでた。一応、高級紙の扱いなので、提示された金額の半分を紙に代えるということになったが、聞いた限りではむしろ報酬が上がっている計算だった。一般のルートで購入しようとしたら、その金額では到底足らないはずの量が明記されたのだ。……身内価格なら計算が合うのだろうか。


わたしがなぜ奉書紙をねだったのか。それは、呪符の改良に使えそうな気がしたからだ。


今使っている紙は一般に使われる普通の紙で、他にティッシュペーパーやクッキングペーパー等でも色札を作ることは可能だった。しかしながら、これらでは込められる魔力は小さくなってしまい、呪符の性能が著しく低下した。また、紙以外では作ることはできず、魔力を大きく溜められる優れた紙を探すことが良い色札を作る秘訣であり、呪符の性能を高める鍵だった。だから、今回のことは大きなチャンスになるかもしれなかった。


登山をしていると、わたしたちの前に青いカモシカがふらっと現れる。食われてもなお伸びようとする茎を食そうと出て来たようだ。別に食事の邪魔をしようとか、恨みがあるとかではないけれど、わたしたちはブルーセロウを光の粒子に変えた。


実は、街の産業を守るため、<トリニダッドの街>はブルーセロウに少ないながら賞金を懸けていた。つまり、ハンターは、ブルーセロウを狩れば狩っただけお金がもらえたのだ。だから、これを見逃す手はなかった。


そうして、視界に入った青いカモシカを次々とお金に……もとい、光の粒子に変え、西エリアの崖をひたすら上へと進んでいった。




「はわー。大きすぎますー」

「これは……もはや事故ですね」


クエストボス「ガルプムース」の姿を認めた二人の反応だった。


今いるのは、オープンフィールドのそこそこ開けた空間の前で、周囲を囲う高さ一メートルほどの柵はない。まだボスエリアに至る途中のフィールドだからだ。エリアの切り替えがないため、ここからでも巨大なヘラジカのステータスは確認できた。


クエストの内容からするに、今までのフィールドボスよりは弱い設定になっていると思われる。が、ギルドクエストという新たなジャンルであることを鑑みると、油断はできない。また、オープンフィールドゆえに、勝手が変わってくるおそれもある。


とはいえ、わたしたちが一番に警戒しているのが、相手の巨大さだ。


ガルプムースの体高、つまり肩までの高さで五メートル程。首や大きな角まで含めれば、まるで二階屋を眺めているかのよう。前衛で戦うルリとアカネでは、ガルプムースの膝にも届かない。


「……じゃあ、撤退しようか?」


わたしは提案する。このパーティの主戦力はルリとアカネの二人だ。彼女たちが戦えないのであれば、わたしが取れる選択肢は撤退以外にない。けれど、二人はそれを即座に否定した。


「いえ、ただ驚いただけです。行けます!」

「わたしも! 行けますよー!」


……まあ、これはすでに分かったうえで来ているからね。目撃情報からそれなりに対策を考えてはいた。あとはどのくらい有効かということだけ。最悪、吹き飛ばすしかないけれど、場所がオープンフィールドで背後が崖なので、多少は使い方に気をつける必要がある。……そういえば落下ダメージってどういう判定になるんだろう。気になるけど、試す気にはならないかな。これで仕留め損ねたら目も当てられないからね。


対策を確認し終えると、


「それじゃあ、行きますよ」


アカネの号令によって攻略が始まった。



***

//アカネ


そいつは大きなシカだった。細い足に短い尻尾。角はヘラジカゆえに、平べったいものではあったけど、見事に枝分かれした立派な角は、よく知るシカのものだった。


けれど、私の知るシカとただひとつ大きく違うものがあった。それは、スケールだ。


私の知るシカは、私がいくら小さいとはいえ、見上げるということはなかった。海を渡れば、ヘラジカのように人間の背丈を超えるものもいたらしいが、それでも、家屋より大きくなるということはありえないはずだ。


けれど、今目の前にいるシカは建物と見紛うほどの大きさがあった。大きく広がった角を含めれば二階建ての家ほどの高さがある。


それゆえに、シカの細脚でさえ大黒柱の如く太く立派で、華奢だなんてとても思えない。また、胴の位置も高く、どうやったってそのままでは刃を届かせることはできない。なので、とりあえず脚を攻撃して、なんらかの手段で転ばせるなどする必要があった。


私は、ガルプムースがこちらに気づく前に一気に距離を詰め、左前脚に一撃を叩きこむ。


「[短剣・追刃]」


モォオオッ!


大きな体から、身を震わすような重低音が発せられる。突然の襲撃に、ガルプムースの機嫌は急降下。殺気が周囲にまき散らされる。けれど、私はそのまま、毒や麻痺など、次々と状態異常を付与していく。そうして、数回の攻撃を加えたところで、足元からの攻撃を嫌ってか、ガルプムースは大きく移動し、私の攻撃圏から離脱した。


私は追撃のために再び走り出すが、それより先に、すこし遅れてやって来たルリの[剣・飛閃]がガルプムースを襲う。けれど、そこからさらにフィールドを移動し、距離を取られてしまう。


どうにかしてあの脚を折らせないといけないわけだけど……どうしたものか。


とりあえず、私はダークゴーレムを用意する。今回はガルプムースに合わせていくらか大きめ。闇を集めて核となる爆破ナイフを埋め込んでいるだけなので、大きさは私の裁量で自由に決められる。けれど、あまり大きくし過ぎると性能が著しく低下するので、そこは注意する。


魔石はいわば、電池なのだ。電池一個でミニカーを走らせることはできても、四トントラックを走らせることはできない。そんなイメージ。


そんなダークゴーレムは、今回は牽制に使うつもりだった。フィールドを自由に動き回るモンスターなので、ある程度、動きを制限しないと、追いかけるだけで疲れてしまう。


そして、ダークゴーレムをけしかけようとして、異変が起こった。ガルプムースが頭を下げたのだ。これから起こることを予見して、私は全力で走りだす。


それとほぼ同時にガルプムースの脚が大地を蹴り、


ドーンッ!


ダークゴーレムの黒い巨体が宙を舞った。ガルプムースがものすごい勢いで突進し、その自慢の枝角で私のゴーレムを跳ねたのだ。


大質量のシカに跳ねられた漆黒の人形は、そのまま、私たちが登ってきた坂を転げ落ち、崖下へと落下。消滅した。


(大きいというのは、ここまで理不尽な凶器になるのか……)


ゴーレムが何も用を果たさないまま破壊されるなんて、初めてのこと。少し、甘く見過ぎていたようだ。


一方のガルプムースは今の交通事故で調子を取り戻したようで、今度は向こうから距離を詰めてくる。向こうの攻撃は単純。巨躯を活かしての踏み潰しと蹴り飛ばし。


ガルプムースからすれば、私たちなど、人間の大人に対する小さな仔犬わんこでしかない。けれど、そんな小さな私たちからすれば、ガルプムースの蹴りは巨木が勢いよくぶつかってくるようなもの。もろに食らえば致命傷になりかねない。私は必死になって回避する。


そうして懸命に避け続けていると、急にガルプムースがバランスを崩した。見ると、左の後ろ脚が溝に落ちている。ルナさんの「精霊術スキル」による援護だ。そこで、一気に攻勢に転じる。


「[短剣・痺牙]」


状態異常は……入った。そのまま、再度、毒と眠りの状態異常を与え、そして、


「[短剣・紅紅葉]」


私は最近、習得したばかりの技を繰り出す。これは、状態異常の相手に対しての与ダメージを増加する効果があり、また、流血の状態異常を付与する効果もある。


流血は毒と同じ継続ダメージを与えるものだが、流血の方がダメージは大きい。見た目には傷がなかなか塞がらないといった感じで、また、痛みもあるらしく、ガルプムースは明らかに塞がらない傷を気にしているようすだった。


そして、手数の短剣に相応しい技を繰り出す。


「[短剣・舞刃]」


ルリの乱閃と似た多段攻撃。一気に攻撃を叩き込めるので、ラッシュをかけられていいと思う。今までは追刃が最大火力だったので、ようやく私にも必殺技が来たかなって気分。


けれど、やはり問題もある。それはその場に長く留まりすぎて、回避動作が遅れること。相手の攻撃を受けることが前提にあるルリと違い、ヒット・アンド・アウェイが基本になる私では、使い所が難しくもあった。


「[盾・鉄壁]」


今回も回避が間に合わず、ルリに助けてもらう形になってしまった。


「[盾・盾打]」


数少ない「盾スキル」の攻撃技。ダメージは無属性の追加ダメージがないことを差し引いても大したことがないのだが、それ以上に不意をつけること、ノックバックがあることから、チャンスを作れるという点で大きな意義がある技だった。


私はルリに短くお礼を言って駆け出した。まだ、引きずり倒すことは出来ていなかったが、それでもルナさんの「精霊術スキル」による援護もあり、すでにガルプムースのHPは半分近くまで削れていた。


引きずり倒さなくてもなんとかなるかな、なんて思っていたのだけど、そうはいかないらしいことに気付かされる。


それは、ルリの[剣・飛閃]でHPが半分以下になった時だった。ガルプムースは急に攻撃を止め、私たちから距離を取るようになったのだ。


なにかの技の前動作かと思い、様子を見るが、そうではなかった。ガルプムースはHPを半分以上に回復すると攻撃を再開し、再度下回ると攻撃を中断した。


(……これは厄介だな)


私は溜め息を吐く。五十パーセントでの行動パターンの変化がまさか回復だなんて。


(でも、まあ、生き物としては正常な判断なんだよね……。ゲームのボスとして見てるから、異常というか、普通でない行動に思うだけで……)


そうはいっても、相手する側からすれば、めんどうという言葉しか浮かんでこない。


私はもう何度目かになり、そこそこの耐性がつき始めている麻痺をやっとのことで付与すると、すぐさま[短剣・舞刃]で高ダメージを加え、離脱する。


すると、残りHPは半分を下回り回復行動をとり始めた。これで三度目。それを黙って見ていてはいつまで経っても終わらなくなってしまう。すぐさま私は駆け出した。


「[短剣・追刃]」


背を向けて遠ざかっていたガルプムースが立ち止まる、その瞬間を狙いすました一撃は、違えることなく左脚を襲い、


モォウオオ!


ガルプムースの悲痛な叫びが、地を震わせた。


ガルプムースはさらにフィールドを移動するが、私は追撃の手を緩めない。徐々にガルプムースの残りHPは減っていく。


しかしながら、私は逃げるボスに気を取られ過ぎて、重大なミスを犯した。


「アカネちゃん! ダメ!」


ルリの声で周囲を確認し、はたと気づく。今のガルプムースの進行方向。そこには、ルナさんがいた。



***



うーん。アカネが冷静でないね。こういうのも珍しい。それだけ相手が強かった、ってことなのかな。


それにしても、逃げるボスね。しかも、制限のないオープンフィールド。それはギルドクエストになるわけだ。とても個人では受けられない。


もし受ければ、今のアカネのように、がむしゃらに追いかけ回す羽目になる。パーティであっても、下山道の方に行かれると、途端に手が足りなくなる。もちろん、それはわたしたちとて例外ではない。


そして今、その危機に直面していた。狭い登山道から広い崖下へと飛び出そうとしているガルプムース。もし、ここで食い止めることが出来なければ、わたしたちの依頼失敗は濃厚になる。となれば――。


わたしはそっと爆破ナイフを構える。


ガルプムースはかなりの速さで駆けて来ていた。けれど、わたしはそれを正面から迎え撃つ――。


ドカーンッ!


わたしから見て右、つまりガルプムースの左前脚を破壊し、そして――あれ? もしかして、やらかした?


巨体は疾駆していた時の勢いを失うことなく、莫大な運動エネルギーを伴ったまま倒れ込むように、わたしめがけて落下してきたのだった。

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