第29話 バーンハード


//アカネ


潮騒の館の地下で見つけた大きな鉄の扉。その向こうは、予想通りボスエリアだった。とても広い大きな石造りの部屋で、壁の前を高さ一メートルほどの、今回は木ではなく、鉄の柵で囲われていた。


潜ってきた扉は勝手に閉まり、扉の前も鉄の柵で隙間なく塞がれた。完全に退路を断たれた形だ。もともと撤退の予定はなかったとはいえ、なかなかにプレッシャーを感じる。


そんなエリアの中央にいるのは、黒のスーツをきちっと着こなす老紳士。髪は灰色交じりの白で、瞳は赤い。


「ようこそ。お待ちしておりました」


そう言って、老紳士は優雅に一礼してみせた。


「私は『バーンハード・マグナンティ』。死者の王から『伯爵』の位を賜ったヴァンパイアです」


彼はにこやかに、そして獰猛に笑みを浮かべる。


彼の近くに表示されるステータスには「ヴァンパイア(カウント)」とある。カウントは、彼の言うように伯爵を意味する。他にアールという語もあるが、これはイギリスの男性伯爵のみに使われ、女性伯爵の場合はカウンテスとなり、カウントの方が一般的というのがこれからも分かることと思う。まあ、伯爵という日本語訳でさえ意味を正確に表せていないというくらいなので、気にしたら負けなような気もする。


「私の眷属たちをすべて倒しここまで来れたその実力は非常に見事でした。ですが、それもこれでおしまいです。私が勝ちますから」


彼は一度、言葉を切った。


「しかし、まあ、貴女方のその実力をこのまま無に帰してしまうのはとても惜しい。そう思いまして、貴女方が望むのであれば、ヴァンパイアにして差し上げますよ。もちろん、私の眷属としてね」


彼はさも当然というように言葉を紡いだ。


「……ふふ。おもしろくない提案だね」


……ああ。ルナさんが笑ってる。どうやら、宣戦布告として受け取ったらしい。人間、笑顔の方が怖いときくけれど、今まさにそんな感じ。笑顔で笑えない内容の会話をしてる。大人って怖い。


「そうですか。お気に召しませんでしたか。では、そちらのお二方はいかがですか」


老紳士は笑顔を崩すことなく訊いた。答えはもちろん決まっていた。


「お断りします」

「ヴァンパイアになんてなりませんよー」

「そうでしたか。残念ですね。本当に」


全然、残念そうではない表情と声音で、バーンハードは答えた。……もうちょっと、感情を表に出しませんか? 笑顔で残念って言われても、ね。大人って、いったい……。


「では、おしゃべりはこのくらいにして、始めましょうか」


彼が言い終えると同時、気配が膨れ上がった。これはとても単純でわかりやすかった。




ヴァンパイア(カウント)、バーンハード・マグナンティは徒手空拳、武器を何も手にすることなく突っ込んできた。それをルリが盾で迎え撃ち、バーンハードの拳とルリの盾が激しく衝突する。


そこでいつも通り私が短剣で斬り込もうとすると、同じタイミングでルリの剣がバーンハードを襲った。どうやら、つい先ほど取得した「騎士の気構えスキル」が上手く機能しているらしい。今までならばこういうことはできなかったので、スキルというものの影響力がどれだけ大きいのかを再確認させられる。


バーンハードはこの反撃を受けて、一度、大きく距離を取った。攻撃を受けた腕と脇腹は服が破れ、血が滲んでいた。けれど、体に傷があるようには見えない。どうやら、傷そのものは回復しているようだ。HPも徐々に回復している。長期戦はしたくない相手だ。


そんなことを思うも、その相手も長期戦に持ち込む気はないようで、流れた血から二本の細剣、レイピアを作り出す。


……二刀流か。私も取得目指そうかな。でもなあ。私は「体術スキル」あるから、それが生きなくなるんだよね。


けれど、そんな思考も即座に破棄。目の前に迫ってくる、赤い二本の剣に注目する。レイピアは当然のごとくルリの盾に向かい、私とルナさんの方には向かない。ルリの「誘引スキル」はとても強いと思う。


私は「隠密スキル」によって、注意を引かないように気配と音を消して不意を突くように死角から攻撃を仕掛ける。そうやって、ルリと私にのみ注意が向くように誘導する。


けれど、戦闘は困難を極めた。一番のネックは、攻撃を加えるたびに血が増えていくことだ。この場合の血とは、相手の武器という意味になる。つまり、相手はダメージを受けるたびに使える武器が、攻撃の手数が増えていくということだった。


今ではレイピアの他に、先に戦ったジェイニの時に見た鎖による牽制や、私の影刃のような投げナイフによる攻撃、果てはゴーレムのようなものを作りだす始末。正直、このままでは押し切られる。ここでカードを切ることにする。


「顕現せよ、ダークゴーレム」


私はダークゴーレムを作成する。ここまででバーンハードの残りHPは四分の三程度。HPの自然回復がなければもっと削れてるはずなのだが、仕方がない。もう既に、敵の攻撃の手数に押されて、単位時間当たりの与ダメージDPSが伸び悩み始めていた。


けれど、今使っている武器が無の属性武器でなかったらと思うと、ぞっとする。これがただの魔石付きの武器だったら、今頃、与ダメージが回復量を下回ったままで、HPが全く減らないという絶望を味わっていたはずだ。こちらのダメージソースが桁違いの無属性追加ダメージにあるために、どうにかなっているだけだったのだから。


「ほう。こんな強力なゴーレムは久方振り――」


ドカーン!


ルナさんの爆破ナイフが炸裂し、ヴァンパイア(カウント)を吹き飛ばす。残りHPは二割と少し。瞬間で五割を吹き飛ばした。どうやら、魔法耐性はMND頼りのタイプだったらしい。ボスでこれだけ削れるのは久方振りに見た。


「ふ、ふ、ふ。こんなに手ひどくやられるのも久方振りだ。死者の王との戦闘以来だな」


……とても、笑顔です。なのに、とても恐怖を感じます。笑顔ってこんなに迫力があるものなんですね。初めて身を以て知りました。


私たちはルナさんを守るように陣形を組んだ。いつも通りの行動だったのだけど、相手は想定外の行動をとった。バーンハードは血を繰って床に図形を描き、魔力を集め始めたのだ。


私たちは妨害をしようと魔法を放つが遅かった。バーンハードは霧となってこれを躱す。と、代わりに床の図形から現れたのは「ウィル・オー・ザ・ウィスプ」。見た目には、直径二メートルほどの青白い炎の塊だった。


……召喚術。初期にも存在するスキルなのだが、契約前の、代価が必要な召喚で喚び出されるモンスターは完全にランダムで、そこから契約に至る確率も低い。これで契約が成立すればMPを消費するだけでいつでもどこでも喚ぶことができるのだけど、それまでが大変なので不人気だった。何より、代価が魔石なので、スキル選択でもらえる数個だけでは契約にいたれないことの方が多い、というのが一番のネックだった。


まあ、そんな召喚術の事情はさておいて、ウィル・オー・ザ・ウィスプは霊体ゆえに物理は完全無効。メインの攻撃に与ダメージの判定がないために、追加ダメージも入らず、攻撃は魔法頼みになってしまう。属性剣はシステム上、魔剣ではなく、普通の剣の扱いになるのだった。


それゆえに、これを真面目に相手しようとしたらかなりの時間がかかってしまう。そしたら、バーンハードのHPが回復してしまうし、何よりそれだけの間、ルナさんを危険にさらすことになってしまう。


ということで、真面目に相手することを、私は早々に放棄した。


「ルナさん、お願いします」

「おっけー。まかせて」


ルナさんの聖水弾。瓶に入った聖水をまともにかけようとすればそれは難しい。向こうからすれば毒劇物をかけられそうになっているのだから、必死に抵抗する。けれど、銃弾であれば余裕で当たる。銃弾を避けることは、至難の業なのだ。……銃弾は物理じゃないのか、ですか? えっと、それを言いだしたら、聖水だって物体なわけですから……それと同じ扱い、ということじゃないですかね。きっと。


弾倉を撃ち切れば、聖水の瓶、丸ごと一本をかけたことになる聖水弾は、たちまちのうちにウィル・オー・ザ・ウィスプのHPを削り取り、幽鬼の炎を消滅させる。


けれど、それだけの時間、私たちは何もしていなかったわけではない。ルリはウィル・オー・ザ・ウィスプの魔法攻撃を一身に受け続け、ダークゴーレムは流れ弾からルナさんを守るために待機させていた。そして、私は、霧状態になった物理無効なバーンハードに闇魔法を叩きこみ続けた。


霧状態ではバーンハードは攻撃できないらしく、一切反撃がこなかったが、一方で、私の魔法攻撃では与ダメージが回復量に追いつかず、バーンハードのHPは増える一方。それを少しでも増やさないために魔法を撃ち続けた。


そして、ルナさんがウィル・オー・ザ・ウィスプを倒せば今度は聖水弾が霧に向く。さすがにこれは与ダメージが上回り、バーンハードは人型に戻った。


現在、HPを三割強まで回復したバーンハードは、床の血だまりから二本のレイピアとコウモリ数匹を作った。コウモリたちは自立して動くらしく各々好き勝手に動き回っていた。


バーンハードと赤いコウモリたちが突っ込んでくる。


バシュ!


ルナさんがコウモリの内一匹を撃つが、効いた様子がない。


「――っ! [闇魔法・影刃]」


私は急遽、赤いコウモリたちに狙いを変えて撃ち落とす。その間に、ルリとバーンハードの衝突が起こる。けれど、そちらには構っていられないので、ダークゴーレムだけを向かわせて、私はコウモリの相手をする。


ルナさんは空気銃から「無属性魔法スキル」に切り替えてコウモリを撃ち落としていた。いつもの「精霊術スキル」でないのは、ここが街の中だから。基本的に精霊は街の外のフィールドにしかいない。街の中で精霊に会うということは極めて珍しく、ましてや、今いるのは個人の屋敷の中。精霊などいるはずもなかった。


というわけで、慣れない様子で[無属性魔法・衝破]を放つルナさんを、供給され続ける赤いコウモリが幾度も襲う。一方のルリたちは膠着状態。けれど、このままでいけば、先に消耗した方の負けだ。打開する一手は――。


「ルナさん! スキル封じです!」


返事はなかったけれど、気配で伝わったことを確信する。そして、プラスで二匹加わったところで供給がストップした。


「随分と器用なことをするじゃないか。小娘。やはり先にお前からだ」


血の武器がルリの脇を抜けて、ルナさんを襲った。ジェイニとの戦闘からこういった展開は想定していた。けれど、実際にやられるとやはり対処に困る。私たちは打ち合わせ通りに行動する。


「[盾・庇護]」


ルリが技を発動すると同時、ルリのHPが一気に半分ほど消失した。これは味方の被ダメージを肩代わりするというもの。HPが高いが故にできる応急の一手。さすがに状態異常や衝撃による吹き飛ばしなどは防げないが、それでもルナさんを守るという絶対条件がある以上はやらざるを得ない手だった。


「[闇魔法・影護]」


これは影で人型を作り、耐久限界までは注意をひいて攻撃を代わりに受けてくれるというもの。欠点は耐久が極めて低いことと、消費MPの割に存在していられる時間が短いこと。なので、戦闘開始からずっと置いておくようなことはできず、敵の攻撃モーションを見てから設置するような運用が求められた。


影を血の槍が貫き、影は消える。その間にルナさんはダークゴーレムの陰に隠れた。これで直接に攻撃を当てることは難しくなる。これでルナさんから注意が逸れてくれるといいのだけど。


「く。忌々しい。だが、さすがに今のは堪えたようだな。仕方がない。こちらが先か」


どうにかこちらの目論見通り、注意をルリに向けさせることに成功した。こうなれば、あとはこちらのペース。


確かに、一見すると、こちらにとって好ましくない条件が揃っているようにも見える。盾役のルリのHPは半分を切っているし、戦力であるダークゴーレムはルナさんの盾となっていて攻撃に加われない。ルナさんは言わずもがな。


けれど、悪いばかりでもない。ルリのHPは、ポーションで回復する暇がないというのもあるけれど、「治癒魔法スキル」を使って、意図的に最大値の四割ほどに抑えていた。もちろん、ルナさんの被ダメージに備えるために回復しているわけだけど、新しいスキルの効果を活かすためというのが目的だった。


そして、何よりも大事なのはルナさんが攻撃にさらされないこと。これが満たされなければ戦闘することすらできないのだから。……やっぱり、厳しいなあ。


バーンハードの攻撃は激しく、苛烈を極めた。けれど、攻撃を受けるたびに威力を増すルリの攻撃にバーンハードは焦りを見せ始める。弱点であるルナさんを狙おうと姿を探すけれど、ルナさんはダークゴーレムの陰に隠れている。


ルリを倒してしまえばあとは崩壊まっしぐら。でも、そのルリが脅威となっていた。そのルリの目の前にいて、無視して他を狙うのは合理的でない。なので、結局、ルリを攻撃せざるを得なかった。


けれど、ルリのHPは残り一割。バーンハードのHPも残り一割。このままいけば、HPが全損するのはどちらかといえば、ルリの方。というわけで、私とルナさんは勝負に出た。


ルナさんがダークゴーレムの陰から飛び出し、


バシュッ!


空気銃を撃った。聖水弾はバーンハードに着弾しHPを削る。が、バーンハードも間髪おかずに血の槍をルナさんに向けて放つ。けれど、それは影護の影が引き受ける。そして、


「[剣・乱閃]」


ルリの目の前で余所見をしたバーンハードは数多の斬撃を受けて、光の粒子に姿を変えることになった。

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