第28話 吸血鬼


屋敷の中は広かった。窓はすべて雨戸が閉じられているので中は暗かったが、ところどころに明かりが灯されていて、生活しているものがいることを伝えてくれる。この世界の吸血鬼がどんなものかは知らないが、日光を苦手としていることは、この暗闇から窺えた。


「あ、止まってください。[探索・罠外し]」


アカネが制止をかけてから、床にしゃがみこんだ。


アカネがやっているのはこの屋敷に仕掛けられた罠の解除。「探索スキル」は別名「トレジャーハント」と呼ばれていて、ドロップ率の上昇や奇襲に気づきやすくなるなど、ダンジョン向きな性格の技を習得できる。


そして、このお屋敷ダンジョンで出遭えるモンスターは、


「……街の人?」

「……いや、そうじゃないよ。ルリ、見て。ヴァンパイアってなってるよ」

「え、でも……」


モンスター名「ヴァンパイア」。けれど、見た目には街の人と大きく変わらない。三色でコーディネートされた洋服を着て、手に三徳包丁を持っている。肉、魚、野菜など、何にでも使える便利な家庭用刃物は、四徳目として侵入者撃退に用いられていた。


そんなヴァンパイアの武器事情はさておいて、わたしの「鑑定スキル」は、ヴァンパイア一人ひとりに固有の名前があることを教えてくれる。「名前付きネームド」と呼ばれる特殊なモンスターがいることもあるけれど、これだけたくさんいたら何も特殊性がない。むしろ、名前なしの方が特殊に思えるくらい。


そうなると、ヴァンパイアという種そのものが特殊だということも考えられる。が、それよりも可能性のある仮説が浮上する――本当に街の人である可能性。


吸血鬼の伝説において、一定量の血を吸われると、吸われた者が吸血鬼になってしまうというものがある。新に吸血鬼になったものは「眷属」と呼ばれ、それがどう振舞うかはよくわからない。


けれど、そういった伝説が本当ならば、連れ去られた街の人たちが「眷属」となって、ここでクエストボスを守る存在としていると考えるのは、割と現実味のある仮説だった。


まあ、それが真実かどうかは置いておいて、ヴァンパイアが敵として、三徳包丁を突きつけてくる以上は、すべて光の粒子に変える以外に選択肢が存在しなかった。


最初こそ、ルリはヴァンパイアの姿に戸惑っていたけれど、人間の身体能力をこえた動きで三徳包丁で斬りかかられてからは、気持ちが切り替わったようで、躊躇うことなく無の属性剣で斬り捨てていた。


そして、わたしも聖水を付与した弾を装填して、空気銃で支援する。どうやら、ヴァンパイアはアンデット系になるらしく、聖水が効いた。逆に十字架は効果がなかった。


これについては一応の仮説が立てられて、吸血鬼は死んだ人間が強い怨念により蘇り生まれるとされる。十字架は、これを見た吸血鬼が己の罪を悔いて苦しむため効果があるとされるので、神道に近い信仰を持つこの街の人がもととなった吸血鬼では、十字架に効果がなくても不思議ではなかった。キリスト教徒が多いヨーロッパ生まれの吸血鬼なら効いたんだろうけどね。


そんなわけで、討伐に参加できるという、パーティでの攻略っぽいことができるようになったよろこびを噛みしめながら、空気銃を時々撃っていた。……なんで時々かって? 基本的に過剰戦力なので、なかなか出番がないんだよね……。


そうやって、出遭うヴァンパイアたちを片っ端から光の粒子に変えつつ、一階のすべての部屋を一部屋ずつ順番に見て回る。


部屋はどれも広く、また、数も多かった。これを管理するとなると、使用人もそれなりの数が必要そうだ。現屋敷の主人は眷属(仮)によって管理しているようなのでいいのだろうが、正規に人間を雇って管理するのはかなりの金が要る。よほどの金持ちでないと維持するのも難しいだろう。


一階の制圧がおそらく完了したので、わたしたちは二階に上がる。わたしが戦力として数えられるようになったので、挟み撃ちに遭っても、窮地への陥り方が格段に変わってきた。以前なら大ピンチだったものが、今ならピンチになったくらい。……あまり変わらない? まあ、戦えるって言っても、わたしは後衛だから……ね?


そうして、背後からの襲撃に備えながら、かつ、罠を外しながら、二階を探索していく。二階に上がるとヴァンパイアの実力が少し上がった。具体的には着ているものが私服からこの街の軍の制服に変わり、持っているものが家庭用刃物の三徳包丁から軍の正規装備の三十三・三センチダガーに変わったということくらい。それでも、フィールドのレアモンスター程度なので、順調な攻略を止めることはできなかった。


ちなみに、なぜ包丁やらダガーやらという刃渡りの短いものを使うかと言えば、広いとはいえ屋内なので、長物は振り回し難いためだった。なので、アカネのような短剣を使うヴァンパイアが多く、片手剣でもルリのように比較的、短めのものを使うものが多かった。例外的に長物を使う場合には、物が少ない広い部屋の中にいることが多く、その取扱いの難しさが垣間見えた。


そうして、二階をうろうろしていると、一つの部屋で、奇妙なヴァンパイアを発見した。今まで出遭ったヴァンパイアたちは、こちらを見つけると迷わず襲ってきたのだが、そのヴァンパイアはこちらが部屋に入ってくるのを待っているようだった。


手にしている武器は、かなり大きな両手剣。まあ、普通に考えれば、取り扱いが難しい廊下での戦闘は避けようとするだろうけど、侵入者を排除するのであれば、そのまま見逃すというのはありえない。ということは、


「この部屋に何かあるってことですね」


攻略上、この部屋には必ず立ち入らなければならない、ということなのだろう。


「そういうことだね。二人とも準備はいい?」

「「はい!」」


二人から元気のよい返事が返ってきたので、わたしたちは部屋に足を踏み入れた。



二階の大きな部屋で構えていたのは、鉄製の軽鎧に身を包んだ女性、「ジェイニ」。金のショートに赤い瞳の彼女が手にしているのは身の丈と同じくらいの大きな両手剣。彼女が両手剣などという取り回しの難しい武器を手にしながら、防具が軽鎧でいられるのは、ヴァンパイアのもつ高い治癒能力ゆえだろう。それに、ヴァンパイアの高い身体能力を活かすのであれば、動きを制限する重い甲冑は邪魔にしかならない。妥当な判断だと言えた。


そんなことを考えるのも彼女が間違いなく強敵だと判断できるからだ。モンスター名「ヴァンパイア(ナイト)」。騎士と名を持つ彼女は他の奴らと格が違うはずだった。


ジェイニが動いた。今までの奴らとは一線を画す素早い動きで一気に距離を詰め、叩き切ろうと大剣を振り下ろす。が、それはルリの盾に阻まれ、ジェイニはこの一撃を受け止められたことに、驚きの表情を浮かべた。


けれど、その一瞬の隙を見逃がすアカネではない。振り下ろした形で動きを止めたジェイニに斬りかかり、片腕を飛ばした。彼女は慌てて霧に姿を変え、回避を行う。が、二人の魔法攻撃やわたしの聖水弾の銃撃を食らった後、慌てたように再び人型へと戻った。HPの損傷はすでに半分近い。その表情は苦しげだ。


けれど、そのやりとりの間に、切り落とされた腕は回復したらしく、彼女は両手で剣を握っていた。残された腕の方はすでに光の粒子になって消えている。が、流れ出た赤い血はそのまま床に残っていた。


「ブラッディ・チェイン」


ジェイニは特技を発動する。対象はなぜか床に残っていた彼女の血液。けれど、彼女が特技を使ったことで疑問は解決した。あの血は彼女の特技によって、あえて「残された」のだ。彼女の武器となるために。


こうしてジェイニが作り出した数条の血の鎖は、アカネを襲った。けれど、そう易々と捕まるアカネではない。こうして、ジェイニの注意がアカネに向いたところで、今度はルリが斬りかかる。けれど、それは想定内だったのか、ジェイニは余裕のある立ち回りでルリの攻撃を捌いていく。


そうしている間にも、少しずつジェイニのHPは回復していた。斬り落とされた腕をものの数秒足らずで修復するようなデタラメな再生能力はこういう風に反映されるらしい。


無属性魔法の追撃が入るにもかかわらず、それを苦にしたようすもなく捌いていく彼女はやはり別格の存在だった。とはいえ、カードを切らないと勝てないような相手でもなかった。カードとはもちろん、爆破ナイフとダークゴーレムと天叢雲剣のことだ。わたしはそれらを一つも切ることなく終えられると踏んだ。


バシュッ!


わたしは弾倉を麻痺弾に変え、ジェイニの腕を撃ち抜いた。状態異常に耐性があるのか麻痺の入り方が弱かったが、それでも二秒ほどは動きを封じることができた。そして、この戦闘においてその二秒は生死を分けた。ルリとアカネがここぞとばかりに一気に攻撃を叩きこみ、勝負は決した。



ジェイニとの戦闘の後、部屋を隈なく調べると、クローゼットの奥に隠し扉があった。その扉を開けると、下へと延びる階段があり、それを下りていくと地下階へ出た。そこが地下だと分かったのはオートマッピング機能のお蔭。まともに記憶するだけでは、正直、把握できない。


そして、その地下で見たのは大きな鉄の扉。そこから連想できるのは、いよいよボス戦か、ということくらい。でも、戦う前に姿を見れないというのは初めてのこと。ゆえに少し戸惑うけれど、向こうにいるのが吸血鬼ということは知っているわけだし、その眷属(仮)たちは散々倒してきたので、ノーヒントというわけでもない。いつもと勝手が違うだけなのだった。


それに加え、いつも以上にやる気がある者も約一名いるので、特に問題はない模様。……何があったのかって? ドロップが、良かったんです。


ジェイニ戦の後、休憩がてらドロップの整理をしていたところ、ルリが突然、声を上げた。聞くと、ドロップにスキルがあるという。名前は「騎士の気構えスキル」。パッシブスキルで、ステータス補正と同じ、技を持たないスキルのひとつだった。けれど、その効果は初期から取得可能になっていたスキルとは一線を画した。


一つ目は他のスキルと同様にステータスの強化。今回は主にVITにかかるところが大きかった。


二つ目は動作の補助。盾と剣というバラバラだった二つのスキルを統合的に扱えるような知識とアシストになるらしく、もともと聖騎士スタイルでやってきたルリにとっては、うれしいスキルだ。


そして、三つ目。これがあるから一線を画すと言える。それは、「全状態異常耐性」と「反骨」だ。


前者の全状態異常耐性は、すべての状態異常になりにくくなり、かつ、解けるのも早くなるという効果。状態異常に対する耐性は、ステータスで言えば主にVITが関与するのだが、このスキルはそのVITを大きく補正したうえで、それとは別に装備などと同じ枠でさらに耐性をつけるというもの。おそらく、ジェイニの耐性も、これによるものだったと思われる。しかしながら、無効ではないので、過信は禁物。完全な耐性を得るには、まだ見ぬアイテムが必要だ。


後者の反骨は、HPが少なくなるにつれて与ダメージが大きくなるというもの。HPが半分を切らないと効果が得られないらしいので、これが活躍する場面は余程のピンチ以外にないだろう。けれど、それゆえに、起死回生の切り札にはなりそうだ。


この二つの効果は、初期には存在しないオプションなので、やはり後から解放されるスキルには夢がある。わたしはうれしそうなルリを見て、改めてそう思った。


「じゃあ、行きますよ」


アカネの号令で、大きな扉の向こうへと進んだ。

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