第七章 トリニダッドの街
第27話 隠れた依頼
わたしは三色だんご片手に、通りを行く人々を眺めていた。道行く人たちの服は、大体が三色でコーディネートされていて、建物は三階建てのものが多い。先程通ってきた街の中央に位置する噴水も、今までであれば大型のものが一本あっただけだったのに、この街では中型のものが三本立っているというありさま。
そんな「三」に強いこだわりを見せるこの街は<トリニダッドの街>。この街の守護神は「三貴子」といい、太陽と月と海を司る三柱の神が協力して街を守っている。それゆえ、街の人々にとって「三」は神を表す数字として、特別な意味を持つ存在となっていた。
とはいえど、わたしたちからすれば、三つ組みや三点セットが多くて助かるな、って思うくらいのもの。同じものを三つ買うのと、三つ組みで一つ買うのと、さして変わらないとはいえ、なんとなく後者の方が気分がいい。分け合えるって、幸せ感あると思うんだよね。
そんな<トリニダッドの街>には昨日入った。昨日は宿で休んで、主に心の疲れをしっかりとって、今朝から街の観光を楽しんでいた。
今、わたしがいるのは、東通りに面したお茶屋さんの屋外飲食スペース。和を感じさせる赤い布を掛けた縁台に、大きな朱の野点傘が立ててあった。そこで、三種類の茶葉をブレンドしたというこだわりの緑茶を飲みながら、わたしはルリとアカネと三人でのんびりとおしゃべりをして、久しぶりにまったりとした時間を過ごしていた。
「なんか、不思議な光景ですね」
アカネが白玉三個入りの抹茶パフェをほおばりながら言った。パフェは具材の数はともかく、クリームの層と抹茶アイスの層とシリアルの層で三層になっている……と力説された。……そこまで三を強調しないといけないのだろうか。
まあ、パフェはいいとして、アカネの言う不思議な光景というのは、ここ周辺が古き良き日本の情緒に溢れていることだ。特に街の東側、東門の前はその色が濃い。聞けば、守護神を祀る神社が東門の近くにあり、それに合わせるように形成されていったという。
一方の南側、港近くはまた変わって、さまざまなものが交じりあう異国情緒溢れる港町といった空間になっている。海を渡ってきた見た目にも鮮やかなものたちが屋台に並べられているさまは、その場にいるだけでもとても楽しい気持ちにさせてくれた。
「この街でホーム持てたら、いいかなって」
わたしはこの街が気に入ったようだった。ギルドのホームに良さそうな建物を探してみたいという衝動が芽生えていた。
「あ、それいいですー。わたしも、お家はこの街がいいと思ってましたー」
ルリの賛同が得られた。ちなみにルリは、いちごとみかんとマスカットのフルーツ大福。もちろん、三個セットが売り文句。
「はい。私も賛成です。いい土地があるか探してみましょう」
アカネも賛成。ということで、この後から何日かかけて、ギルドホームの候補地巡りをしようと決めた。売られている土地はオークション機能でわかるので、その周辺を散策しながら物件を吟味することになる。
まあ、実際のところ、土地を買えるだけのお金がまだなかったので、気分はウィンドウショッピングだった。買いたい物件を見つければ購入に向けての行動が伴ってくるとは思うんだけど、そこまでするかっていうと微妙なところ。なので、観光を違う切り口で楽しもうという、スパイスみたいな認識だった。
そんな物件調査。海が見えるところがいいよね。ということでわたしたちは街の南側へ足を向けた。
この街は北と西、東は城壁があるのだが、南は海岸線にぶつかり途切れている。いいのか、って思うけどそのおかげで景勝が守られているのだから、気にしないことにする。
そんな街の南側は大きく東、中央、西に分けられる。
中央は大型の商船や次の街との間を行き来する定期便などが接岸する船着き場があり、商業施設やマーケットなど、多くの人が集まる華やかで賑やかな場所だ。
東は海を渡ってきた荷物が運び込まれる倉庫街。中央と比べると静かではあるが、それでもそれは一般客が減ったというだけで、そこは激しい商人たちの戦場。秘めた闘志が燃え盛る区画だった。
そして西は街の人たちが利用する小型船の船着き場がある場所だった。この街は海に面しているので、当然、漁船があり漁業が存在する。その船は西側に集められていて、ここから漁に出るのだ。
そんな街の西側は実は全体的に少し高くなっている。というのも、街の外、西エリアは山岳エリア。その影響からか、街の西側は小高い丘になっていて、大通りも緩やかに傾斜している。
けれど、それゆえ、その丘の南側の斜面に建ち並ぶ住宅たちは、そのどれもが豪邸だった。やはり、海を見渡せるという立地は何にも代えがたい価値を生むらしい。
そんなことを思いながら、わたしは南の方に目を向ける。遥か遠くに見える水平線。小さく映るたくさんの漁船。港に泊まる大きなフェリー。高級住宅街のある小高い丘の眺望の良さは、静かな路地からでもよくわかった。
そして、その景色を眺めつつ、散策を続けていくと、豪邸が建ち並ぶ高級住宅街にありながら、一際目を引く大きな赤レンガ造りの邸宅を見つけた。
けれど、なんとなく違和感を感じて足を止める。
今まで見てきた家々は大抵、地上三階建てだ。けれど、この家は地上二階建て。三に拘るこの街の風潮から言って、まず奇妙だ。
次に庭の手入れがされているように見えない。というか、明らかにほったらかしだ。草木は伸び放題で、花壇に花がない。これだけの家なのに主がいないというのは考えにくいことなので、景色のよい家に住む家主の行動として考えると腑に落ちない。
そして、最後の三つ目。この建物の立つ土地の周囲は立ち入りができないように、見えない壁が張り巡らされていた。好奇心から潜入を試みたところ判明した。
そこで、少しばかり聞き込みすることにした。ここが透明な壁で覆われているということは、なんらかのクエストがある可能性を示している。何もなくて徒労に終わったとしても、何もなかったという結果が得られるので、無駄にはならない。
けれど、どうやら今回は当たりだった様子。ご近所さんや見回りの兵士さんに訊いてみたところ、人攫いが起こっていたり、夜間静かな時に子供の泣き声や悲鳴などが聞こえることがあるという。
そこで、ハンター協会で尋ねてみたところ、それはあった。
――シークレットクエスト「潮騒の館の吸血鬼」
わたしたちはこれを受託した。
*
わたしたちは、潮騒の館と呼ばれる赤レンガの豪邸の前に二日続けて訪れていた。昨日は見えない壁に阻まれて入ることはできなかったが、クエストを受諾した今日はすんなりと侵入することができた。
今回、わたしたちが受けたシークレットクエストだが、これを受けることができた理由はいくつか存在した。
ひとつは、わたしたちが自力でその存在を突き止めたということ。ハンター協会が存在しない第四フィールド以前の四つの街や村などでは、一定の条件を満たすことで発生するクエストの存在が確認されていた。それが、第五フィールド以降でも存在するという認識でいいのだろうと思う。
もうひとつが、すでに一度、シークレットクエストを受けていたということ。
今回のモンスターが吸血鬼とはっきり書かれているのには、一度、街の兵士たちが調査に入っているからだ。その時の調査では調査隊が壊滅し、その後、討伐隊が組織され討伐に乗り出したが失敗。それ以降は懸賞金を懸けるのみの状態が続いていた。
それゆえ、他の街のこととはいえ、実績のある<アルテシア>がいるのであれば、利用しない手はない。そういうことで、ばっちり討伐依頼が開示されたというわけだった。
他にも細々と理由はあるのだろうが、それはこちらにはあまり関係のない話。クエストボスを討伐して、懸賞金をもらい、土地購入の資金の足しにする。やることは単純だ。
そうして、荒れ放題の庭を抜け、屋敷のドアまで辿り着く。
「あれ? これって……」
ふと、わたしは気づく。見た目にはわからないけれど、「鑑定スキル」が異常を訴えてきた。
「どうしました……って、あ、ルナさ――」
「――[無属性魔法・衝波]」
アカネが制止するのも聞かずに、わたしは建物に魔法を叩きこんだ。
「ちょっとルナさん、何やって……」
けれど、建物には傷ひとつつかない。これはボスエリアの周囲を囲むあの柵と同じもの。なので、壊れることを知らない脅威の建物ということだった。
「……なるほど。そういうことですか。ということは、本当にダンジョンですね。困ったからと言って窓から逃げることもできない、と」
心臓に悪い、とアカネがぼやくのを聞き流しつつわたしは考える。窓から入るとか逃げるとか、完全に気分は泥棒だが、目の前のこれはどうやら、屋敷ではなく迷宮らしい。魔物が跋扈する地下深くまで潜る神殿とか、天高く聳える螺旋の塔とかと全くの同類。真っ向から挑む以外に手がないことが判明した。
「さて、爆破ナイフの使用制限がないことが判明したところで、アカネ、号令!」
「え!? あれはそういうことだったんですか!? ああ、もう……。じゃあ、行きますよ!」
「「おー!」」
いつもより投げ遣り感のあるアカネの号令で、ダンジョン攻略が始まった。
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