第26話 マルス
昨日は珍しくわたしが一番多くモンスターを倒すという稀な一日なったため、今日の天気は雹か槍かと心配していたが、雲ひとつない快晴となった。いや、青天の霹靂という言葉もあるし、急な天候の変化にも注意が必要か。
そんな今日の予定は第六フィールド南エリアの踏破と、フィールドボス撃破だ。<へリックの街>に長く滞在しないという目標があるので、次の街にまっしぐらだった。
ここに出てくるモンスターはすべてアンデット系。なので、ルリの光魔法が光るかと思いきや、そうでもなかった。アカネが言うには「神聖魔法スキル」が別に存在することが確認されているので、それと区別されている可能性があるらしい。
とはいえ、このフィールドでも二人の快進撃を止められるモンスターはおらず、無の属性武器が大暴れすることとなった。
「これは……想像以上ですね」
「うう……。迫力ありすぎです……」
ボスエリアの前で、軍神マルスの姿を認めた二人の反応だった。ボスエリアは荒廃した古戦場に佇む白亜の神殿の内部にある巨大な空間。いつも通りに周囲を高さ一メートルほどの柵が囲んでいて、わたしたちはそのわずかな柵の切れ間から中を覗き見る。
エリアの中央にいるのは、二本の長い槍を両の手に持つ赤い髪の男性と白銀の毛並みのオオカミ、その背に止まる翡翠色のキツツキの計三体。ここと数歩先でエリアが異なるために、ここからでは彼らのステータスは確認できなかった。
「……じゃあ、撤退しようか?」
わたしは久しぶりにこの提案をする。不安があるのなら、この提案もやむを得ない。死ぬわけにはいかないのだから。万全の準備で臨むべきだろう。
「いえ、ただ驚いただけです。行けます!」
「わたしも行けますよー!」
……そう。「行く」が「逝く」でないことを祈っているよ。
危ないと思えば退く、くらいの気概でいてくれる方がいいんだけどな。死んでもアイテムを少し失くすだけとはいえ、やっぱり二人に死んで欲しくないし。
けれど、そんなわたしの心情などお構いなしに、実際に目で見て確認したことを基に作戦に修正を入れていく。そして、
「それじゃあ、行きますよ」
アカネの号令によって攻略が始まった。
***
//アカネ
そいつは赤い髪をしていた。私の暗い茜色と異なり、燃えるような目の覚める眩い赤だ。
名前はマルス。二本の槍を両の手に携えて戦場を駆る、勇猛な男性を象徴する軍神の名だ。また、火星を表すともいわれる。……髪が赤いのはそのせいだろうか。
そんなマルスの横にはオオカミとキツツキの姿がある。オオカミは第一、第二フィールドで遭ったオオカミたちより一回り大きい。けれど、おそらく実力は一回りでは効かないほど上がっているだろう。キツツキは第五フィールドのハニーガイドと同じ感じ。実力は桁違いだと思うけどね。
――ハアッ!
マルスが目も留まらぬ速さで突っ込んでくる。リカイニオンのようなすばしっこさというよりも、バーサクボアのような鬼気迫る恐怖の体現というのに近い。
「――うっ!」
まずは、ルリが動きマルスの一本目の槍を盾で防ぐ。助走のついた一撃はかなり重かったらしく、ルリから苦しそうな声が漏れた。
「――はう! はわあああ!」
続けざまに叩きつけられる二本目の槍に態勢を崩し、さらなる追撃で吹き飛ばされた。
「[短剣・追刃]」
ルリに追手がかかる前に、マルスに一撃を加える。これで、マルスは距離が空いたルリにではなく、手近にいる私に文字通り矛先を向けた。
そこに、
ピョー!
ワフッ!
キツツキの風魔法とオオカミの突進による援護が入る。
「――くっ、うあっ!」
そして、マルスの槍による薙ぎ払いでエリアの端まで飛ばされた。総攻撃を食らい残りHPは四割。なかなか手痛い。
「アカネちゃん!」
ルリが「治癒魔法スキル」を使う。大概、私たちはポーションを使うことが多いので、治癒魔法はあまり出番がないのだけど、こういう乱戦のときは応急的に使えるのでありがたい。
けれど、実際のところ、目的は私のHP回復ではなかった。
「[盾・鉄壁]」
ルリ自身に注意を集めるためだ。「治癒魔法スキル」のような仲間の傷を癒す技は注意を集めやすい。敵からすれば、がんばって弱らせた相手がそれで元気になってしまうのはやるせないだろう。だから、それ以上技を使われないようにそっちを先に潰したいと思うのが道理というもの。
それが分かっているので、ルリは自分に注意を向けさせる手段として、私を回復させることにしたわけだ。
私はポーションで足りない分を補いつつ、爆破ナイフを取り出す。
「顕現せよ、ダークゴーレム!」
掛け声とともに闇が私のもとに集い始め、大きな人型を取った。
これで三対三。数の上ではイーブン。だけど、今回はこれだけでは終わらなかった。
バシュッ。
誰の耳にも届かない微かな破裂音がどこかで鳴った。
ピョッ!?
私たちが異常に気付いたのはキツツキの悲鳴から。空爆という戦術上「最凶悪」の手段を取っていたキツツキが身動きを取れないままに落下する。そして、
「精霊さん、お願いね」
風の精霊の作る空気の刃によってズタズタに切り裂かれ、光の粒子となって消えた。キツツキの耐久はあまり高くなかったようだ。
これで三対二。……ルナさんは入れるべきなのかな?
不意打ちでキツツキを倒したことによってマルスとオオカミの注意が一瞬、ルナさんに向きかけたけれど、それを私とルリとゴーレムで必死になって押しとどめ、どうにか三対二の形に落ち着かせた。
さて。この後の展開としては、オオカミを先に始末し、その後に爆破ナイフでマルスのHPを一気に削る形になるだろう。精霊魔法と違い、爆破ナイフは一度でも使ってしまえば、警戒度はもう覆らない。使いどころを間違えると、集中砲火を食らって、ルナさんが街に戻されてしまいかねなかった。
現状、オオカミをダークゴーレムに預け、マルスを私とルリの二人がかりでどうにか食い止めている状態。ルリが槍を受け続け、私が一撃離脱を繰り返しながらマルスにダメージを入れている。
槍のリーチが長く、短剣でまともに相手をするのはとても骨が折れた。こちらの攻撃が届かないのに向こうからは攻撃できる。そのうえ、こちらの間合いでも、向こうは十分に対処ができた。とてもではないけれど、一対一で敵う相手ではなかった。
しかしながら、ダークゴーレムの方は、一対一でも余裕だったようだ。こちらがじりじりとなんとか一割を削る間に、オオカミを仕留めてくれた。
……ふう。これでようやく準備が整った。三+α対一。……ルナさんを「一」とカウントするにはジョーカー過ぎるので、ね?
――人の子にしてはよくやる。もっと我と踊ろうぞ。
……踊るだなんて。軍神様はまだまだ余裕がおありのようで。こちらはすでにいっぱいいっぱいですよ。
けれど、もともと真っ向勝負の予定はなかった。だってねえ? 軍神相手に戦場を知らない女の子二人で挑むなんて無謀すぎるよね?
「[闇魔法・影縛り]」
私はありったけの魔力を以て、現在の最大本数の影の鎖を作り出す。けれど、もちろん、こんなものに捕まる軍神様ではない。余裕をもってバックステップで距離を取る。
この瞬間、ルナさんの爆破ナイフが着弾する――
――我が気づいてないとでも思うたか。
はずだったのだが、マルスが槍を回してナイフを弾いた。
ドカーン!
とはいえ、投げたのは爆発物。あれでは防いだことにはならない。軍神マルスも、まさかただのダガーが爆発するなんて夢にも思わなかったことだろう。爆発によって大きく吹き飛ばされ、地を転がった。
マルスのHPは残り五割弱。もう一回、爆発を当てないといけないだろう。ゴーレムの損耗も大きい。長期戦はなんとしてでも避けたいところだ。……まあ、ゴーレムは壊れたら作り直せばいいだけなのだけど。
マルスが起き上がる前に、ルナさんが二本目を投げる。が、これは飛んでいる途中で、マルスの火魔法で誘爆された。二度目はないってことだろうか。
この間に私たちはルナさんのもとに集まる。もちろん、護衛のためだ。これからはマルス攻略戦からルナさん防衛戦の時間になる。……難易度が上がった? 仕方がないんですよ! これだけは!
――くくく。そんな隠し玉があったとはな。さすがに今のは堪えたぞ。だが、二度も同じ手が通用するわけもなかろう。そろそろ我も本気で行かせてもらおうか!
「[盾・巨壁]……はううっ!」
槍を繰る速さが目に見えて上がっている。そのため、ルリにかかる負担が増しているようだ。
「精霊さん!」
ルナさんの掛け声で土の精霊が大きな土壁を作る。と、そこに炎を纏った槍の一撃が叩きつけられた。壁はそれによって崩れるが、その崩壊に合わせて土柱が突き出してくる。落ちてくる土砂は風の精霊の起こす風によってすべてマルスの側に落ちた。
精霊たちの攻撃に巻き込まれないために、マルスが一旦、距離を取った。ルナさんの側には、土砂および火の粉の影響はまったくない。……精霊さんの保護は手厚かった。
この一瞬を狙って、私とゴーレムがマルスの妨害を試みるが、
――うるさい。
槍を一振りし、ダークゴーレムが破壊された。……これは予想外。一撃当たりのダメージ値も跳ね上がっているようだ。
マルスは崩れるゴーレムには目も向けず、再びルナさんに槍を突き立てようと、地を蹴った。
一方のルナさんもただ守られているだけではない。隙あらば空気銃で状態異常を付与しようと試みていた。だが、マルスも先の爆破ナイフが余程堪えたらしく、ルナさんの銃弾は回避するか火魔法で焼くかという徹底した対応をする。
本音は当たって行動不能に陥って欲しい。とはいえ、過剰な回避行動はそれなりに攻撃チャンスになるので、決して悪い結果ではなかった。この高い警戒度をどうにか利用できないだろうか。
私は再度、ダークゴーレムを作成し、攻撃に参加する。
正直に言って、ルナさんの爆破ナイフは期待できない。銃弾でさえ回避されるのだから、爆破ナイフなど当たる由もない。私もダークゴーレムの核用に爆破ナイフは持っているけれど、あの警戒ぶりでは普通に投げても当たらないだろう。何より、この距離で爆破させたら、ルリもルナさんも巻き添えだ。ルリはともかく、ルナさんのHP全損は普通にありうる。
となると、何らかの理由で回避行動を取らせて、距離が空いたところで、投げる以外の方法でナイフを爆発させることになるのだけど……。何か手はないだろうか。
魔法で運ぶ? ……いや、無理だ。魔法なんか使ったら誘爆する。
私が自爆覚悟で? ……いや、ほんとに自爆したらまずい。
なら、ゴーレムに持たせて。……警戒されてるから、近づく前に誘爆させられるだろう。
なんとか、目立たないように隠せないだろうか。例えば内部とか……うん? ……ああ、なんだ、あるじゃないか。敵のあんなに近くに爆破ナイフが。
「[闇魔法・影縛り]」
大量の影の鎖をルナさんたちとマルスの間に出現させる。マルスは距離を開けられまいと、炎を槍に纏わせて、鎖を次々と切断していくが、
「精霊さん」
土の精霊さんがたくさんの土柱をマルスに向けて出現させたことにより、退避を余儀なくされる。そこに、
「行け!」
私のダークゴーレムが突撃する。
――何度もうるさいぞ。この人形如き……なぬっ!
マルスの一撃がゴーレムに届く瞬間、私はゴーレムを消失させる。そこに残るのはただの闇と――
「[闇魔法・影刃]」
核だった爆破ナイフ。私はナイフの周りにある闇を利用して即座に起爆する。
――小癪な!
マルスは私の狙いに気づいたようだが、もう遅い。
ドカーン!
マルスは二度目の爆発に呑まれた。
ピコン。
――フィールドボス「マルス」の討伐に成功。<トリニダッドの街>に行くことが可能になります。
マルスが光の粒子となって消えていくのを眺めていると、軽い電子音と共にウィンドウが開いた。私はそれを確認すると、脱力してその場にへたり込む。
「アカネ、おつかれさま」
「アカネちゃん、おつかれー」
そうして、なんとなく動けないまま座っていると、二人が隣にきてくれた。
「ルナさん、お疲れ様です。ルリもおつかれ」
私は二人に労いの言葉を返す。
「アカネちゃん! あれかっこよかったよー!」
……うん。あれ、ね。止めの「あれ」だよね。大丈夫。伝わってるよ。
「さすがの機転だったね。良く思いついたね」
「ありがとうございます。……以前のゴーレム作成の時に、ルナさんに、ナイフを核にすることを教わりましたから。それがすごく印象に残ってて。それがなかったら思いつくことはなかったと思います」
ナイフを核にする。核を爆弾にする。この関係性をイメージすることができたのはルナさんのお蔭だ。それを伝えると、
「そっか。アカネ、すごいね」
そう言って、ルナさんは微笑んだ。私たちはひとしきり勝利の余韻に浸りながらお互いのがんばりを褒め称え合うと、のんびりと次の街へ移動を始めた。
その道中にて、ルナさんがとんでもない爆弾を投下した。
「最近、苦戦してばかりな気がするね。爆破ナイフの威力も半端だし。どうにか改良できないかな」
……マジですか? ルナさん。それの瞬間火力マジ、パないんですけど? ルシフェルの初見殺しよりも凶悪なのに、それ本気で言ってるんですか?
私は戦々恐々としながらも、それをおくびにも出さず笑顔で対応する。……本当にパーティで良かった。心の底からそう思った。
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