第21話 水の祠
ピコン。
軽い電子音と共に、見慣れたウィンドウが開く。
――クエストボス「ヤマタノオロチ」の討伐に成功。シークレットクエスト「水の祠の大蛇」の条件を達成しました。
――シークレットクエスト「水の祠の大蛇」の全条件を達成。報酬「天叢雲剣」を受け取れます。(「天叢雲剣」は一度報酬から受け取ると所有者の変更ができなくなります)
……うん。討伐に成功した。よかった。クエストも、無事に、クリアした。シークレットとかついてるけど、これは予想してた。……けど、報酬は……いいのか、これは。
「あめのむらくものつるぎ」
ヤマタノオロチを相手にしたのだから、予想しておくべきだったのかもしれない。……いや、予想はしていたけどさ。
「ねえねえ、アカネちゃん! なんかよくわかんないけど、すごそうだよね!」
「……うん、そうだね。というか、神器だからね。すごそうじゃなくて、すごいよ」
……正直、のんきなルリがうらやましい。アカネの説明を聞いて「へえー、やっぱりすごそうだねー」とか言ってるくらいの方が幸せっぽい感じがする。このタイミングで神器を手に入れるとか、早すぎる気がする。ゆえに、頭が痛い。
「……はあ。……ねえ、アカネ。これ、たぶん、剣だよね」
わたしは、覚悟を決めて、アカネに尋ねた。
「……そうですね。普通に考えれば剣でいいはずです」
返答が曖昧になるのは仕方がない。スライムが爆発するような世界なのだ。剣と言っておいて、銃だったとしても、そういうものとしてあきらめるしかない。
わたしたちはルリに天叢雲剣を預けることにした。剣である確率が最も高いので、唯一剣をまともに扱えるルリを所有者にしようと考えるのは自然な判断だった。
「わあ、これすごいですー」
ルリが天叢雲剣を手に取って振り回す。幸いにも天叢雲剣は剣だった。長さはルリに丁度良いらしく、また、システム上では魔剣となることから魔法とも相性がいいようだ。……神器なんだけどね。
そんな天叢雲剣は神器の名に恥じぬトンデモ性能だった。効果は全ステータスの大幅な上昇。その効果の特性ゆえに、剣そのものには固有のステータスは存在せず、剣を除いた現在ステータスに破格の乗算を行った値を基にしてダメージを算出するというトンデモ武器。
今の低いステータスではその恩恵を実感しにくいものの、後になればなるほどその壊れ性能振りが発揮されることだろう。良くも悪くも、手に入れるタイミングが早過ぎる武器だった。
「さて、報告にいかないとね」
わたしは用事が済んだので、帰ろうと言うと、
「あれ? 奥に行かないですか?」
……奥? そんなものあるの?
ルリの言葉に、入り口とは反対の方を見る。と、確かに壁に人が一人通れるだけの大きさの穴が空いていた。
「あまり深いようなら、その時は引き返そう」
わたしは二人に尋ねると、それでいいと返ってきた。それを確認して奥へと進むが、
「……思ってたのと、大分違うね」
あったのは十メートル四方の小さな部屋。……いや、部屋でいえば小さくはないわけだけれど、ボスエリアから来たから狭く感じたのだろう。
わたしたちは部屋の中心まで行くと、
――ようこそ
突然、声がした。その声は、澄んでいて、凛として、頭の中に直接響いてくるような、そんな声だった。わたしはハッとして、後ろを振り返るとひとりの女性がいた。
――私はクシナダ。実りと豊穣を司る者です
……なるほど。出遭う順番が違うけど、この人を助けるというのが、物語の展開だったね。そして、八岐大蛇は水神、奇稲田姫は稲田であり、洪水から田んぼを守るというのが物語の本質ともいわれることがあるらしい。……まあ、いくらでも意味付けは可能なのだろうけど。
――此度の救出、心より感謝いたします
そう言って、クシナダは頭を下げた。わたしはそれをただ眺めていたが、隣から視線を感じ、何か言わなければならないことを思い出した。
「わたしたちは祠を解放して欲しいと街の人にお願いされて、ここへ来ました。あなたがここにいるということは知りませんでしたから、感謝されましてもいまひとつ実感がないのですが、あなたとヤマタノオロチの関係を教えていただいてもよろしいですか」
わたしは率直に話した。救出と言われても、知らないものは知らないし、祠が何なのかもわからない。ならば、訊いてしまえばいい。
そして、語られたのは古い話。
ここ<ホクラニの街>は水に苦しめられていた。北はサバンナ、東は湿地。乾燥と湿潤の境にある街だった。生活水は西の山からくる湧水があったが、それ以上の水は完全に運任せ。年を通して大雨になることもあれば、まったく降らないこともある。
それゆえ、人々は祈った。祠を作り、水神を祀り、豊かな実りを齎してもらえるように願った。それ以来、長いことほぼ安定した雨量に恵まれたが、ある年、大干ばつに襲われた。人々は焦った。そして、雨を降らせるように一心に祈り、数日して雨は降った。
けれど、その強い祈りは水神の力になった。大きな力を宿した水神は、世界に実体を持つようになった。それがヤマタノオロチだった。その後、何人もの人が祠の管理にあたったが、その中で、長いこと祭司として携わってきたのがクシナダの一族だった。
その中でもクシナダは魔法に大きな適性があり、幼い時からずっと祠に関わってきた。そして、クシナダが成人を目前にした時、悲劇が起きた。ヤマタノオロチがクシナダをさらったのだ。そして、ヤマタノオロチはモンスターとなり、祠はボスエリアとなった。
その後はわたしの知っている通り。長い間、ハンター協会の手で管理、封印され、人々の目に触れないように隠された。
けれど、もし、その話が本当ならば、今目の前にいる彼女は何者なのだろうか。人ではありえない。こんなところで何年も生き続けることはできない。幽霊という可能性もなくはないだろう。それは実際にブラックナイトで経験していた。
けれど、わたしは他の可能性を考えていた。彼女から知っている気配を感じていたのだ。
「あなたは精霊ですよね」
――ええ、そうです。随分と仲間たちに好かれているようですね
……好かれている? そうなのだろうか。……ああ、でも、よくフィールドでたかられているので、そうなのかもしれない。精霊さんにお願いするといろいろなことをしてくれるのだけど、余計なこともするのでMPがとても減りやすい。……あれ? MP効率がいいというのがメリットだったはずだけど? まあ、いいや。
「そうなんですかね?」
――ええ、多くの精霊たちの祝福が見えていますから
……祝福。そんなものもあるのか。やっぱりファンタジーなんだな。
「祝福って、どんなものなんですか?」
アカネが訊いた。確かに気になる。
――そうですね。精霊に好かれやすくなるというのが大きいかもしれません。他の精霊に認められたということになるわけですから、それだけでも興味の対象になりますし、それだけたくさんの祝福を受けていれば、信頼に足る方だというのが一目で判断できますから
まあ、そうだよね。この信頼を裏切ることのないようにしないと……って思うんだけど、どうしたらいいのか。特に何かをしたような覚えはないし……。うーん。そのままのわたしでいればいいってことにしよう。考えても分かる気がしない。
――あとは、そうですね。これは私が精霊になる前に聞いたことなのですが、精霊に好かれた人間の方たちは精霊の気配が身近に感じられるようになるそうですよ
「ああ、なるほど。そういうことだったんだ」
わたしはこの情報に納得する。初めて「精霊術スキル」を使った第一フィールド北エリアの洞窟では精霊さんの居場所はあまりはっきりとはわからなかった。なんとなくこの辺にいるんだろうなというくらいだった。さらに、もっと言えば、最初にお願いする時はとりあえずで言ってみて、どこにいるかなんて全く分からなかった。それがなんとなくでも分かるようになったのはその間に闇の精霊さんが祝福をくれたからだったのだろう。ありがたいことだ。
――私からもお礼を差し上げなければなりませんね。私からは加護を授けましょう
クシナダはヤマタノオロチの影響で神格の一部を得ていた。それゆえ、大精霊とでもいうべきような、少しばかり格の違う存在になっていたらしい。
クシナダがわたしに触れると、身体の中を何かが満たしていくような感覚があり、そして、
「……大分、身近になりましたね」
クシナダが近く感じた。
――驚くのは、まだ、これからですよ、きっと。
そうして、わたしたちはクシナダと別れた。加護は身を切るような行為らしく、封印が解かれたばかりの弱った状態ではなかなか苦しく、わたしひとりの分でも命の危険があったらしい。だから、三人分はとても無理だと言われてしまった。
そんな加護だったが、
「うわ、これは……」
もう、景色が違った。豊穣を司るというだけのことはあった。植物が友達なのだ。
「うん? あ、やっほ、精霊さん。また、よろしくね」
まともに精霊さんが見えるようになっていた。うん、顔が見える関係というのは安心感があるよね。
「はわー。ルナさん、モテモテですー」
けど、精霊さんたちに囲まれて大変な目に遭ったのは、わたしのせいではないと思う。
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