第22話 雁の乱獲


わたしは行きの倍近くの時間を掛けて<ホクラニの街>に帰ってきた。


「私たちが頼んだこととはいえ、本当に討伐して帰ってくるなんて驚きです」


とかいう、よくわからない賛辞を頂戴し、とってもとってもおいしい報酬をもらって宿で(身体は疲れないので)精神を休める。やっぱり、プライベートスペースでの休憩は、とても大事だと、身に染みて感じる。


だけど、


「さて、ルナさん。少し『おはなし』しましょう?」


わたしの心が休まる時間は、もうしばらく、先になりそうだった。……ルリ? うらやましいとか、そんなんじゃないからね? 絶対、意味わかってないよね、それ?


アカネの「おはなし」は、もちろん「爆発ナイフ」のことだ。魔力を圧縮して爆弾代わりにする「爆破ナイフ」とは性能が明確に異なる。


爆破ナイフは無属性魔法攻撃の判定になり、敵の魔力耐性を無視した、ステータスで言えばMNDをゼロとするという性能を誇った。


けれど、爆発ナイフは違う。これはあの凶悪な三種類の爆弾系スライムたちから、特殊な狩り方をしてドロップさせた爆発粘液から作ったもので、攻撃は剣で斬りつけたのと同じ物理の判定が出る。そのうえ、物理耐性を無効にする鬼畜仕様。爆発粘液の爆発だけでルリのHPが六割削れたことに疑問を覚えて調べたところ発覚した。


この性能は爆発ナイフにも引き継がれていて、物理耐性無効の物理攻撃型爆弾として誕生した。けれど、ヤマタノオロチの物理被ダメージの軽減の仕方は物理耐性、ステータスでいうところのVITだけではないらしく、思うほどの結果が得られなかった。


逆に、魔法被ダメージの軽減はMNDに大きく依存していたため、魔力爆弾である爆破ナイフで沈めるまでに至った。使い分けがめんどうではあるけれど、選べるというのは大きなアドバンテージなので、そこは素直に幸運に感謝していた。


「なんですか、その、理不尽なアイテムは……」


求められるがままに、わたしが説明すると、アカネが両の手を床に着いてうなだれた。予め説明しなかったわたしも悪いとは思うけど、アカネのその反応も、ね。仲間の装備なんだから、もう少し喜ぼう? ね?


物理も魔法も抜ける高威力の攻撃手段が手に入った。相性にもよるが、一撃必殺になりえるだけの攻撃手段だ。とはいえ、並のモンスターでは二回死ねるほどのオーバーキルになるし、ボス相手では倒しきれずに攻撃の優先順位を乱してしまうことになる。どうにも中途半端な威力だった。


……まあ、改良の余地があるということは、楽しみがそこにあるってことだからね。気長にやっていけばいいよね。


そうして、わたしとルリ、それからやや疲れた感じのアカネは外へと食べに出かけた。クエスト報酬の天叢雲剣を手に入れたルリのお祝いという考え方で、ルリには納得してもらった。どうにも、「料理スキル」のスキルレベル上げがままならないのが気になっているらしい。……そんなに気にしなくても、って思うけどね。わたしの場合だと……うん、やっぱり止めておこう。


わたしたちが行ったのは、街の中心からやや南西方向に入ったところの料亭。街の中心部に店を構えられているだけあって、実力派の高級店だ。当然ながら予算は高くつくが、ボス戦を繰り返してきているにもかかわらず、出費はポーションのボトル十数ダース分と衣食住のみという慎ましやかなものだったので、あまり痛くはない。


目の前に様々な料理が並べられていく。


「わあ! きれいー! ……ルナさん! わたし、いつか、ルナさんのために、これ、作ってみせます!」

「う、うん。楽しみにしてるね……」

「はい! 楽しみにしていてください!」


……ルリのテンションが跳ね上がっていた。というか、若干暴走気味だ。……まあ、いっか。本人はいたって楽しそうだし。アカネは……少し遠い目をしているような?


……うん、まあ、とりあえず食べよう。お店で一番のメニューをお願いしたから、さっきから楽しみだったんだよね。サーフィッシュを始めとしたお魚系モンスターのお寿司やスイムバードのお肉、シードラゴン(タツノオトシゴではなく、ほんとにドラゴン)のムニエルなどなど、そうそうたるレアモンスターのオンパレードに大満足なひとときだった。



わたしは今、第五フィールド東エリアにいた。前回は湿地を歩いていたけれど、今回は少しそれを外れて、田園地帯を歩いていた。田舎情緒あふれるいい景色……とはいかず、地平線まで続く広大な水田は壮大さを感じさせた。


そんな田園地帯でもそれなりにモンスターは出る。イネを食い荒らすイナゴのようなモンスターに、それを食らうカエルのようなモンスター、さらにそれを襲うサギのようなモンスターと、尊い生態系がそこにはあった。


そんな中、ルリはというと、


「[料理・解体]」


ひたすら、ガンのようなモンスターを食材へと変えていた。


このルリによって乱獲されているモンスターの名は「グレーターグース」。さしずめ、大きなガチョウといったところ。本来なら、ドロップとして、上等な羽毛が手に入るはずなのだが、今はルリの「料理スキル」のおかげで食肉しか手に入っていない。


なぜ、こんなことになっているのかといえば、昨夜の食事のせい。あれで、何かに火が付いたらしく、一心不乱にグレーターグースを狩り続けていた。


ルリの使っている[料理・解体]はドロップを食材に限定するという効果がある。そのため、他の素材は手に入らないが、ドロップ数は増える傾向があり、レアドロップが食材であれば、試行回数が増えるため、効率が上がることが期待される。けれど、今回は特にそういうものはないので、関係なかった。また、使い方はモンスターを十分に弱らせたところで発動するだけ。もっとも、ルリはHPが満タンの状態でバラバラにしてしまっていたが。


それを指摘すると、ルリ曰く、


「生きのいい状態で捌いた方が絶対美味しいに決まってます!」


とのこと。それで、全ステータス大幅上昇とかいうチート効果を有する天叢雲剣を手にしているのだから、どれだけ本気なのかが窺えるというもの。……ルリのお蔭で絶滅危惧種に指定されるんじゃないだろうか。


そんなことを思いつつも、畦に生えている薬草を引っこ抜く。雑草も併せて抜いてしまうが、農家さん的には悪くないはずだと言い聞かせて草取りをし続ける。……畦の補強には抜かない方がいいんだろうな、という思考には蓋をする。


ガンの群れを悉く[闇魔法・影縛り]で地面に縫い付けているアカネを横目に見つつ、遠くを見遣る。そこには、フィールドボスがいるだろう、石造りの遺跡のようなものがあった。オートマッピングされたマップを見ながら検証を重ねると、どうにもそこが果てになりそうだという結論に達した。


道のりは第一、第二フィールドと同程度。田園地帯に整備された道路網を使えばかなりスムーズに遺跡の近くまでは行くことができる。ガンの行動範囲が広いために、自然とアカネのゴーレムに乗っての移動が多くなり、その結果として発見したことだった。


その絶滅を危惧されたグレーターグースの乱獲も、そろそろ終わりを迎え、帰り支度を始める。もともとは技の使い勝手を確かめるための試し狩りだったため、そんなに数狩る予定はなかったのだが、思いの外、美味しい食肉が手に入ることが分かったため、急遽、乱獲にギアアップすることになったのだった。それで、エリアの踏破をすることになったのだから、意味が分からない。


けれど、そう簡単には物事は終わらないらしい。機を見計らったように現れたのはグレーターカイト。意味は大きなトビ。どうやら、アカネの影縛りで動けなくなっているガンを狙って来たらしい。


というのも、このトビも北エリアのライオンやコンドルなどと同様、積極的に狩りを行うモンスターではない。そのため、横取りを常としていて、かつ、それができるだけの脅威を持ったモンスターだ。


「ルナさん、終わりましたよー」


……とはいえ、それでもこのフィールドのレアモンスター程度では脅威にはなり得なかった。グレーターカイトは、多くのグレーターグースと何ら変わらず瞬殺され、帰り時間を遅らせることもできずに、素材へと姿を変えた。……雉も鳴かずば撃たれまい、ってね。

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