第20話 ヤマタノオロチ


北エリアから帰ってきた次の日、わたしは西エリアにいた。西エリアはかなり狭く、徒歩で二時間も歩けば端に辿り着いてしまう。エリアの端は切り立った崖。見えない壁もあるので、登ることもできない。だから、普通ならそれで終わり――そう、普通ならば。


今は、ハンター協会から特殊なクエストを受注していた。クエストボードにも張られない、秘密の依頼。


そんな依頼の内容は、西エリアにある洞穴に棲みついた大蛇の討伐。どうにも、北エリアにいたレアモンスターとは比にならないほど凶悪らしい。……なるほど。だから、あんなにあっけなかったのか。


ちなみにだけど、大蛇は首が八本あるらしい。……ヤマタノオロチかな。お酒用意してないけど……まあ、どうにかなるよね?


「ここです」


そう言って、ハンター協会の職員に連れてこられた場所は、なんてことないただの壁。ついでに言っておくと、職員さんは最初の登録の時の二人。新人さんの実地研修を兼ねているらしい。


教育係さんが魔力を集めて何か操作すると、洞窟の姿が露になった。


「おお……」


女性陣からは感嘆の溜息が漏れる。……男性は作業していた一人しかいなかったが。


「ふふ。驚いてもらえたようですね。内緒にしておいた甲斐があるというものです」


……真面目な人だと思っていたが、なかなかに茶目っ気があるらしい。こういうイタズラは好感が持てる。


「さて、僕たちはここまでです。ここの奥にいるモンスターはとても強いですから、くれぐれもお気をつけください」

「はい。案内、ありがとうございました。お二人も、帰りの道中、お気をつけくださいね」

「お気遣いありがとうございます。では、よい報告をお待ちしております」


わたしたちはあいさつを交わして別れる。次会う時は、協会で報告するときだ。できることなら笑顔で会いたい。


「さあ、絶対、生きて帰るよ!」

「「はい!」」


わたしたちは洞窟へと足を踏み入れた。



***

//アカネ


第五フィールドの西エリアの端にあった洞穴は、ボスエリアだった。洞窟と呼べるほどの深さはなく、五十メートルほど歩けば、大きな空間に出た。どうやって崩れずに保っているのだろうかと疑問に思うが、魔法が存在するゲームの世界。あまり真面目に考えても仕方がないかもしれない。


シャアアア!


広いエリアの中央にいたのは八首八尾の大蛇。見上げた感じがちょっとした一軒家みたいなので、体長十メートルくらいはありそうだ。


そんな大きなヘビの名はヤマタノオロチ。こうなると、いよいよお酒が必要かもしれない。いざとなったらルリに料理酒でも出してもらおう。お酒に目がないらしいし。でも薄いかな? あ、お神酒でないと飲まないとかの可能性もあるのだろうか? ヤマタノオロチって水神なんだよね。……やはり、出番がないことを祈ろう。


大蛇が魔力を纏う。最近は魔法の感覚も掴めてきた。なので、今の大蛇がなんらかの魔法を使う気なのはわかっていた。……さて、どうするか。


「二人とも、こっち!」


私はそれだけで、ルリが何をする気なのかわかった。私たちは一塊になり、ルリの陰に隠れるように身を寄せる。そこに、大蛇の水魔法が放たれた。


「[盾・巨壁]」


言葉と共にルリの前に大きな障壁が現れ、大きな水の奔流は受け止められた。


「――いきます!」


攻撃が止んだ瞬間、私は飛び出した。


「[短剣・痺牙]」


私は技を放つ。このボスは状態異常が効くらしく、大蛇は動きを止めた。その間に、ルリとルナさんは移動し、それそれ配置に着く。……出だしは順調。


「[剣・乱閃]」

「[短剣・毒牙]」


大蛇の注意は一気にルリに向く。あとは私がうまく遊撃しながら、ルナさんの方に攻撃がいかないように二人で立ち回るだけ。ルナさんの攻撃はダメージが大きすぎるために、ただの一撃で警戒を最大まで引き上げてしまう。それを再び書き換えるのは至難の業。なので、できることなら止めの一撃、せめてもの私たちで止めを刺せるくらいのところで使いたい。ルナさんをかばいながら戦うのでは分が悪すぎる。


「[闇魔法・影縛り]」

「[剣・一閃]」


私とルリは連携を取りながら、戦闘を進めていく。


ルリとはリアルでも何かと、一緒に物事に取り組むということはしてきていた。それゆえ、この世界にきてから直ぐの時でも、戦闘での連携はすんなりとこなせていた。けれど、ここ最近で急激にその精度が上がってきた。どのタイミングでどんな技を使うのか、どう動いてどんなことをして欲しいと思っているのか。それがわかるようになってきていた。


ルナさんとはこの世界で初めて出逢った。だから、まだ、すべてが上手くいくということはないけれど、それでも、大分、行動が考えが読めるようになっていた。


(……どうしてだろう)


そう考えて――当たり前だと結論した。だって、ずっと一緒にいるのだ。リアルの時よりも、はるかに関係が近くなっていた。幼馴染みだって言っていたけど、それだって、二十四時間、いつも一緒にいたわけではない。それなのに、今は一緒にいて、片時だって離れることがない。


(……ヤマタノオロチでもあるまいに)


パーティは一蓮托生っていうけれど、なんかもう、一心同体っていうか、なんていうか。


「――アカネちゃん!」

「……!? うぐっ……!」


私は大蛇の攻撃を躱しきれずにダメージを負う。直撃はしなかったので、致命傷にはならなかったけれど、それでも、掠っただけとは思えないほどの手痛い傷だった。


私とルリ対ヤマタノオロチ。字面だけだと二対一に思えるかもしれない。けれど、実際に戦闘をしてみると、戦況は二対八の様相を呈する。私たち二人に対して、八つの首がそれぞれに攻撃をしてくるのだ。攻撃も首を使った噛み付きや、水魔法によるものなど多彩だ。挙句に向こうの方がリーチが長いとくる。とてもではないが、楽観できる要素は見つけられそうにない。


それでも、戦闘を楽しいと感じている自分がいることに気づいていた。


(……やっぱり、皆で倒すっていう考えがもてるようになったからかな)


そんなことを思う。少し前は、あの人の役に立てるようになりたいと思って、必死になっていた。ただ、がむしゃらに、自分が強くならなきゃって思っていた。でも、今は違う。皆で強くなろうって決めたから。


だから、この戦いで少しでも高みへと近づけるように、あの大蛇を屠って糧にする。そのために、まずは――。


「アカネちゃん!」

「うん! いくよ! 顕現せよ、ダークゴーレム!」


私はダークゴーレムを作成する。大蛇は、突然現れたダークゴーレムを警戒して、その動きを止める。その隙をついて、ルリがひとつの首に[剣・乱閃]を叩きこみ、それを斬り落とすことに成功した。その首は私たちが狙いを定めていた一本だった。


(……これで、三対七。形勢不利は変わらずだけれど、無茶な差ではなくなっただろう。もとより、負けてやるつもりはなかったけど)


私とルリとダークゴーレムと、的が三つに増えたことにより、大蛇の攻撃は連携が弱くなり、あまり脅威ではなくなってきていた。一方の私たちは、魔法耐性を貫通する無属性魔法の追加ダメージにより、順調に大蛇のHPを削っていく。


そして、さっくりと二本目を落としたところで、私たちはルナさんに合図をした。早めに、カードを切ってしまおうと考えたのだ。このペースでいけば、あまり苦労せずに残りも削ってしまえるはずだ。むしろ、首が少ない分、楽にやりあえるだろう。


ドカーン!


爆発が起こるが……何か違和感があった。いつもよりも規模が大きいけど、なんというか、ただ爆発だけしたというか。身に迫るような切迫感がないような……? そこまで考えて――わかった。魔力が感じられないのだ。ということは、爆発粘液由来の爆発なのか。……あの、ここで使いますか? ルナさん?


結果は、イマイチ。首は見事に二本飛んだけど、思ったほどの結果は得られなかった。魔力の爆発なら、追加ダメージの入り方から言って、もうあと二本は飛ぶと予想していたんだけど。


でも、大蛇はそんなことはお構いなしにルナさんの方を向く。ルナさんはもう一本ナイフを手にしてはいるが、表情は気まずそう。ここで、焦りとか、恐怖とか、絶望の表情とかをしないのはらしいな、とは思うけど。……あとで、きちんと「おはなし」しましょうね。ルナさん。


「ダークゴーレム、足止めして」


闇を集めて作ったダークゴーレムはまったく鈍重そうな様子は見せず、その巨体に見合わない素早い動きで大蛇の前に立ち塞がる。さすがの大蛇も、ダークゴーレムを全く無視するというわけにはいかないようで、多少の注意を向けた。


「[闇魔法・影縛り]」


全く見向きもしなかった頭には私が闇魔法でその頭を絡めとって、注意を引く。


「[剣・一閃]」


ルリは大蛇が背を向けたのをいいことに、尾に攻撃を加えた。さすがに、これだけすれば、ルナさんだけに集まっていた注意が、多少、私たちの方にも向くようになった。でも、隙があればルナさんの方を向こうとするので、優先順位を変えるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。


けれど、そんなことをする気はさらさらなかったし、そもそもとして、する必要もない。ただの一瞬、ルナさんから注意を逸らせれば、それでよかった。


「いくよ! ルリ!」

「うん!」


私とルリは一瞬だけ、視線を交わし、


「[闇魔法・黒霧]」

「[光魔法・閃光]」


私とルリはそれぞれに魔法を使う。私とルナさんの周りに黒い霧が発生し、直後、フィールド全体が眩い光に包まれた。


キシャアアア!


大蛇の悲鳴が響く。そして、


ドカーン!


いつもの爆発が起こった。大蛇――ヤマタノオロチのHPは、今度こそ狙った通りの削れ方をし、残っていたHPをすべて消し飛ばした。

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