第18話 北の果て


わたしは第五フィールドの北エリアにいた。もちろん、探索するためだ。けれど、せっかくハンター協会で登録したので、ついでに討伐のクエストも請け負っておいた。


<アルテシア界>では、普通のモンスターをただ殺してもお金はもらえない。素材を売却することで、初めてお金になる。この世界のハンターというのはそういう職業だ。だから、討伐にお金が発生するということは、余程のモンスターでなければありえないことだった。


今回請け負ったのは、カッジバルチャーというコンドルのようなモンスターの討伐と、スポンジャーロールというライオンのようなモンスターの討伐。どちらもレアモンスターで遭遇率は高くないのだが、期限や未達成の違約金がないので、安心して請け負うことができた。つまりは、偶然遭ったときに仕留めておけば、余分にお金が手に入るということになる。


こんなうまい話があっていいのか、と思うだろうが、ちゃんと理由がある。確かにハンターから見れば、ただただお金がもらえるだけのように思える。けれど、視点を街の領主にするとどうだろうか。また、違って見えるのではないだろうか。


領主がモンスター討伐を行う場合、自らが所有する軍を動かして事に当たることになる。捜索に時間とお金を使い、装備を損耗し、対応に当たった兵士たちに手当を支給する。出費ばかりがかさんでおもしろくないだろう。


けれど、これをハンターが行ったらどうだろうか。ハンターが勝手に討伐するのであれば、兵を損耗することもないうえに、軍を派遣して得られる結果と何も変わらない。モンスターが一匹いなくなるだけだ。支払うはずだった損耗具合を鑑みれば、これに褒美を出したとしても、十分にプラスの結果となる。


こういう領主の判断の下、レアモンスターには街から賞金がかけられることになり、積極的にハンターをけしかけていた。……まあ、わたしたちからすればおいしいだけだからいいけどね。


そんな探索だったのだけど、


「このエリア、広すぎませんか?」


果てがなかった。


このエリアは湿地だった東エリアと違い、サバンナのようなエリアで、木がまばらに見えるだけだった。サバンナという言葉通り、遭遇するモンスターもキリンやシマウマ、バッファローなど、サバンナを彷彿とさせるものばかり。それゆえ、地平線が見えるくらいに見通しがよく、だからこそ、進めることに嫌気がさす。


さらに、今回の移動にはアカネに移動に特化したゴーレムを作ってもらい、その背に乗って移動していた。こうすることで、移動の律速だったわたしの足りない移動速度を補うことができた。なので、以前よりも格段に移動速度が上がっている。にもかかわらず、半日過ぎても果てが見えない。


オートマッピングされたマップを見るが、異常はない。街からまっすぐ北上している。異常と言えば、広大過ぎるこのフィールドそのものだろう。


「……やっと着きましたね」


果てまで着けたのはそろそろ野営する場所を考えないと、などと思い始めた頃。ちょっとした自動車並の速度で、移動に専念してのこの時間なので、普通に歩いてきたら、一泊どころか三泊、四泊してもまだ着かなかっただろう。……ほんと広いな、このサファリパーク。


そして、第五フィールドの北の果ては巨大な地溝だった。底は果てしなく深く、対岸は霞んで見えない。


普通に考えたら向こうに渡ることはできないので、これでエリアは終わりのはずだが、念には念を入れよ、ということで、わたしは爆破ナイフを大きく山なりに投擲する。ナイフは大きな放物線を描き、五十メートルほど先で爆発した。どうやら、そこで見えない壁に阻まれたらしい。これで間違いなく、ここが北の果てだ。


となれば、もう長居は無用だ。見えない壁は崖のなかにあるので、落下することができる。つまり、死に戻りが可能なのだ。でも、そんなことはするつもりはないので、さっさと崖から離れることを決める。


「今日はここまでですね」


果てに辿り着いたあと、しばらく街を目指して移動し、陽が落ちたところで、野営を始めた。陽が落ちる前に準備すればと思うかもしれないが、灯りはルリの[光魔法・光球]があるし、わたしとアカネは[隠密・暗視]があるので、そもそも灯りがなくても十分に動けた。


日中はかなり高温になるサバンナの気候のお蔭で、すさまじい速さで減っていた渇水度は、日が沈むと落ち着きをみせた。けれど、このあと徐々に気温が下がっていくことを考えれば、空腹度のメーターに変化があることが予想された。……こんな過酷な環境で、数日も過ごさなければいけなかったのか。アカネのゴーレム様様だね。


今回はルリの調理はなし。アイテム欄に作り置きしておいてもらった、惣菜パンを食べる。作ってもらってから結構な時間が経っていたが、劣化しないので、できたてそのままに食べられる。ほんとにアイテム欄は便利だ。


そうして、ルリとアカネはそれぞれハムレタスサンドとメンチカツバーガーを食べ終えると、さっそく休み始めた。わたしはルリお手製コロッケパンを食べて夜警を始める。もちろん、風の精霊さんと協力しての万全体勢だ。とはいえ、精霊さんはきまぐれなので、本当に見張っているかはわからないけど。


わたしは夜だけど良く視える目でぼんやりと広く全体を眺める。あまり視野を狭くするのはよくないと考えていたので、どこか一点を見つめないようにしていた。


それがよかったのかはわからないが、視界の端に何か動くものを捉えた。わたしはそこに注意を向ける。けれど、それがなんなのかは分からなかった。夜目は利いても遠見はできない。


そこに、風の精霊さんが来て、音を風に乗せて伝えてくれた。……あの、精霊さん、少しコストが多くありませんか? そんなことを思うも、拾った音から分かったのは、小鳥が何羽かいて、翅を持った虫がたくさんいて、大型のモンスターが何かを壊しているということだった。


おそらくだが、大型のモンスターが襲っているのは、虫系モンスターの巣だろう。そして、それに便乗して鳥系モンスターがそのおこぼれをいただいている。


そこまで予想できれば、モンスターの特定は難しくない。ハニーバジャーとハニーガイドたちだ。


リアルでのミツアナグマ(ラーテル)とミツオシエたちの共生のようなもので、蜂の巣を襲って仲良く食事をする光景は有名だ。けれど、やつらはどちらも<アルテシア界>のモンスター。襲う対象がハチなどの虫系の巣だけだなんて甘っちょろい性格はしていない。ハニーバジャーだけでなく、ハニーガイドでさえも平気で人間を襲う。……一体、ハニーとはなんだったのか。


そして、風の精霊さんが首を撫でた。……どうやら、こちらに気づいたらしい。わたしはルリとアカネをゆする。


「……う、ううん。……えっと、ルナさん。もう、交代ですか?」


アカネはやはり寝起きがいい。リアルでも良かったのだろうか。こういう時は助かる。


「ううん、違うよ。まだ早いんだけど、モンスターがね」


わたしは視線を問題の方角へ投げた。それだけで、アカネの雰囲気が切り替わる。


「えっと、ハニーバジャーが一体とハニーガイドが……六体、ですか」


「索敵スキル」持ちのアカネは遠見が使えるらしい。見つめただけで情報を詳細に伝えてくれる。


「ほら、ルリ、敵襲だよ。モンスターが来るよ」


わたしはルリをつつくもなかなか起きない。仕方がないので、ルリをアカネに任せて、戦闘の準備をする。


「……さて、何を置いていってくれるのかな」


わたしは投擲用ダガー片手に、すでに素材のことを考えていた。



***

//アカネ


私はルリを起こすと、前に出て行って短剣を構える。


今回の襲撃者は、体長二メートルほどのアナグマ。全身は闇に紛れることのできる黒い毛で覆われており、前足には大きな鋭い爪が見える。ハンター協会で見せてもらった資料によれば、毛は剣の刃が通らないほど硬く、お尻から毒ガスを噴射するらしい。……なんとも性質の悪いことで。


そして、もう一方。黒いアナグマの周囲を飛ぶのは六羽の黒い小鳥。もちろん、こいつらもモンスターだ。見た目には危なそうには思えない。鋭い爪もなければ、牙もない。けれど、そういう場合は魔法が得意なことが多い。こいつらもそのタイプだ。


「[光魔法・光球]」


ルリは自らの視界を確保するため明かりを灯した。ルリは、私やルナさんと違い暗視ができない。なので、十分な光量を確保する必要があった。


そして、その明かりの近くにいるのはルリだけ。盾役であるルリに注意が向きやすいように、私とルナさんはルリから少しばかり離れたところにいた。


正直に言って、スキルのお蔭で月明かりだけでも十分な視界が確保されている私にとって、光魔法の明かりは邪魔になった。暗視を使っていると、明るすぎて何も見えなくなる。暗いトンネルから出て来た時のようなイメージ。


それでも、私がそう思うということは、夜行性の敵でも同じこと。なので、その状況を有効に使うことを考える。


グルルルル。


ハニーバジャーがルリの出した光源を警戒している。けれど、すでにルリの誘引効果に掴まっているらしく、周囲にいる私とルナさんを気にする素振りが全くなかった。


「[短剣・痺牙]」


私は無警戒に背中を晒す、手近なハニーガイドに斬りかかる。と、その一撃で光の粒子に変わった。どうやら、こっちの取り巻きたちは、あまり耐久がないようだ。


奇襲が決まって余裕のあるこちらと違い、襲撃された向こうは混乱に陥る。それはそうだろう。完全に意識外の攻撃で、二回目、三回目の奇襲があるかどうかもわからない。心理的にとても大きなストレスを受けたはずだ。


これこそ、盗賊スタイルを目指す私の理想形。これからは、夜間の戦闘に切り替えるべきだろうか。……いや、それはさすがにやめておこう。


「[剣・飛閃]」


ルリの遠距離攻撃がハニーガイドを襲い、一匹が光の粒子に変わる。それと同時に、再び「誘引スキル」によって、注意が私からルリに引き寄せられる。そして、再び背後から、ハニーガイドを、今度は[短剣・隠刃]で斬り捨てる。これで、注意はルリから動くことはない。


それを証明するかのように、ハニーバジャーとハニーガイドがルリを攻撃し始めた。


ハニーバジャーの最初の攻撃は、鋭い爪を振り下ろすというもの。けれど、それはルリの盾に阻まれた。そこに、連携を取っているかのように三体のハニーガイドの風魔法が炸裂する。さすがに、これは防げず、ルリのHPが削られる。


けれど、あまり大きなダメージではなかった。三体の魔法攻撃をまともにくらって一割にも満たない程度。とはいえ、塵も積もれば山となる。早めに残りの三体を始末することを決め、二回目には間に合わなかったが、三回目を放つ前には取り巻きのハニーガイドたちはいなくなった。


「[短剣・痺牙]」


私は本命のハニーバジャーの大きな体に斬りかかるが、


「な! 硬い!」


刃が弾かれてしまった。与ダメージは完全にゼロ。物理に耐性があるのだろうか。それならば、


「[闇魔法・影球]」


闇魔法で攻撃するが、


「そんな……」


魔法攻撃も通用しない。……どうすればいいのだろうか。ダメージが通らない理由はなんだろう?


私は少し考えて、やはり、事前情報通り「毛」だろうと予想した。毛のないところを叩いてみて、それでもダメならまた考える。トライ・アンド・エラー。試行錯誤するしかない。


やること決めたら即行動。私は、大きく回り込むように移動して、ルリの斜め後ろの方向に移動する。そして、[闇魔法・影刃]を発動して、刃を手元に用意する。ハニーバジャーが口を大きく開けた瞬間、


「……いけっ」


私は影の刃を射出する。それは、目の前のルリにだけ注意していたためか、ハニーバジャーの反応が一瞬遅れたために、きちんと口腔内に着弾し、


「よし! 削れた!」


HPを削ることに成功した。そうなれば、ルリにも魔法を使ってもらった方がいいだろうか。そう考えるが、あの一撃以降、ハニーバジャーは警戒して口を開けようとはしない。違う方法を考える必要がありそうだ。


毛のない部分は爪や肉球とかだろうか? あとは、目とか鼻とか? 耳を撃ち抜くというのはどうなのだろう。けれど、それも何か違うような気もするし、急所なのはそうだろうけど、弱点というにはむごい気もする。となれば、


「……内側、だよね」


おなか側への攻撃くらいか。アルマジロみたいに、背中は硬いけど、腹はやわらかい、みたいな。たぶん、そんな感じだよね、こいつも。……違ったら、目潰ししよう。


「顕現せよ、ダークゴーレム!」


私は爆破ナイフを核にダークゴーレムを作成する。技で作ってもいいのだけど、それだと魔力量が少なすぎていざという時には頼りない。これからやることを考えると、出力の大きいこいつの方が、都合がよかった。


「仰向けに押さえつけて」


私はゴーレムに指示を出す。ハニーバジャーは、明らかな強者の気配を感じて、激しく警戒している。けれど、そんなことは知ったことではないとばかりに、ゴーレムは私の命令を遂行するため、近づいていく。


そして、逃げるという選択をすることのできなかったハニーバジャーは、抵抗空しくゴーレムに取り押さえられ、


「[短剣・追刃]……あ、通ったね」


サクサクと一方的に削っていく。もちろん、ハニーバジャーも黙っていたわけではない。例の毒ガス攻撃もしてきたが、所詮は毒の状態異常を付与するだけ。毒消しを作成できるルナさんがいるので、気になるものではなかった。


そして、光の粒子に変わる。……ふう。やっぱり、一筋縄でいかないものも増えて来たね。けど、落ち着いて対処すれば、どうにかなる。そういう典型例かもしれない。


そうして、毒の状態異常を外そうと、アイテム欄を開く――


「……あ、あれ? 毒が消えない?」


ルリの戸惑った声が聞こえる。


……え? いや、そんな、まさか……ね?

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