第13話 飛竜再戦
飛竜との戦闘の翌日、わたしは<ハーヴィーの街>にいた。二人の様子を見て、休養にしようと決めた。ルリはすっかり立ち直ったように見えたが、アカネがいまひとつ。なにか心ここにあらずといったように、思い悩んでいるようだった。そのためか、ルリもいまいち元気がない。街の散策が、気分転換になればいいのだけど。
そんなことを思いつつも、街の通りを歩いていく。
街の概観は行ったことのある他の三つとあまり変わらない。周囲を大きな城壁に囲まれており、東西南北の四つの門とそれらを繋ぐ十字に延びる大通り、その交差点であるロータリーとその中にある噴水広場。大通りの店も相変わらず代わり映えがしないのだが、それでも屋台なんかを見ると、趣が少しずつ変わっているのが分かった。
<イグナシオの街>はこれといった特産品はなく、強いて言えば南の平野で狩れるウサギ肉やその先の海産物がそうだと思う。わたしが食べたブリトーもウサギ肉をメインにした具材を包んだものだった。
そんな最初の街に対して次の<ローウェルの街>は、やたらエンカウントが多かったオオカミが特産品で、オオカミの毛皮を使った小物や衣類がたくさんあった。オオカミ肉を使った屋台も、今思い返してみれば確かに多かった。
四番目の<ニネットの街>は「岩○○」というモンスター素材が豊富で、それが特産らしい。岩トカゲに岩ヘビ、岩ヤギなど。それゆえ、革製品が豊富で、目で見て楽しいラインナップとなっていた。けれど、悲しいかな。鞄とかポーチとかはアイテム欄に投げ込めるので需要がないんだよね。
そして、三番目のここ<ハーヴィーの街>は鉄製品が豊富だった。正規ルートである北エリアはアイアンゴーレムやアイアンアントといった鉄モンスターとのエンカウントがあるので、鉄が豊富なのだ。食べ物では、西エリアで出る岩トカゲが名物で、頭から尾の先まで五メートルを超し、大きいものでは十メートルにもなることから、一匹狩れば相当な量の肉が手に入るのだとか。……ただ、革製品は<ニネットの街>のバリエーションに劣るので、それを知っていると少し寂しく感じる。
そんな街並みを眺めながら、屋台で買い食いし、武器を眺め、防具ではない服を手に取り、アクセサリーを鑑定する。そんな風にショッピングをしていると、二人にもいくらか笑顔が戻り始めていた。
それを見て、少しはいい方に向かうかな、なんて考えていたのだけど、やはりそうは簡単には解決しないようだ。
「あ、あの、少し気になるところがあったので見てきます。二人は先行っててください」
「うん? わたしたちも……って、行っちゃった」
アカネはそれだけ言いおくと、自慢のAGIで街を駆け抜けていった。
「……さて、追いかけるよ、ルリ」
「はい!」
わたしたちもまたアカネを追って、街の中を走り出した。
***
//アカネ
私が向かったのは第四フィールド西エリア。飛竜と再戦する気はなかったが、それでもここは、私が行ける中では最も強いモンスターが出るエリアだ。強くなるには、相応の相手が必要だと考えたら、自然とここを選んでいた。
私は次々と、遭った先から、モンスターを斬り捨てていく。……けど、満たされない。当たり前だ。ただ、八つ当たりしているだけなのだから。
(……こんなことしてても追いつけないんだけどな)
私は溜め息を吐く。この世界では、経験値はスキルに関連する動作をすることで得られる。強いモンスターから多くの経験値が入るなどということはない。なので、スキルレベルを上げたいのなら、弱いモンスターを相手にしている方が余程いいだろう。
(……私は何がしたいのだろう)
自分に問いかける。が、わからない。答えが、得られない。そして、そのことも気に食わなくて、さらにモンスターに八つ当たりする。素材ばかりが溜まっていく。
ある程度、討伐を続けると近くにモンスターがいなくなった。そして、私は無意識にアイテム欄を開いて――閉じた。今は、素材を贈れる相手がいない。
いつもの癖で開いてしまった。そう心の中で言い訳する。と、自分の深いところまであの人が入り込んでいることに気づかされる。……いや、そんなことは随分前から知っている。そうでもなければ、今、こんなに悩んでなどいない。
あの人の役に立ちたい。安心して戦闘を任せてもらえるように、強くなりたい。そう願っていたのに。……今の私では、役に立てない。きっと、あの人はそんなことないって言ってくれる。けど、それでも、私が納得できない。ちゃんと、強くなりたい。
そうして、ふと、誰かの叫ぶ声が聞こえた。考え事をしていたせいか、注意が疎かになっていたらしい。自分のした危険な行為に少し肝を冷やすが、自身を叱責するより先に「隠密スキル」を使って、岩陰に隠れる。
すると、声の主を含むと思しき数人のプレイヤーの声が聞こえてきた。
「――くそっ! なんたって、飛竜がこんなとこまでくんだよ!」
……は? 飛竜? ここはまだ、山の裾野だ。ありえない。けれど、これから起こる惨事を見て、否が応でも認めざるを得なくなる。
目の前で雷が落ちたかのような轟音に、地面が悲鳴を上げているかのような激しい破壊音。揺れる大地。
飛竜がブレスを放ったのだ。たくさんのプレイヤーを追い立て、それをただの一撃ですべて消し去った。……理不尽だ。あそこにいた人たちは、決して弱くなどなかった。グリフォンにだって負けない強さを持っていたはずだ。にもかかわらず、成す術なく光の粒子に変わった。
そうして、私の瞼の裏に昨日の光景がフラッシュバックする。男性プレイヤーたちが悲鳴をあげながら次々と爪の餌食になっていく光景。自分の大切な人に向けてブレスが放たれ絶望する光景。そんな光景が交互に映し出され、激しく胸が締め付けられる。あまりにも辛くて意識を手放しそうになるし、気持ちが悪くて吐きそうになる。が、ルナさんは死んだわけではないという事実が私をすんでのところで踏み止まらせた。浅く激しくなった呼吸を整え、どうにか気持ちを落ち着ける。
そうして、一応の冷静さを取り戻し、岩陰からそっと周囲を窺う。と、奇妙なことに気づいた。飛竜が山頂に戻らないのだ。周辺を適当に歩き回るだけで、この場を去ろうとしない。少し考えて、思い浮かんだ想像を頭を振って払った。
(まさか、私に気づいて……!)
あるわけないと思うも、ほかに現状を説明できる材料が見当たらない。
(昨日、ルナさんが倒したから? それは……どうだろう。でも、なくはないかもしれない。あるいは、単に、察知系の特技を持っているのかもだけど)
そんなことを思うも、このままでは、埒が明かない。少なくとも、死に戻りはしてはいけない。ルリを泣かせることになるし、何よりルナさんにあわせる顔がない。
しばし、目を瞑り、そして、覚悟を決める。私が出した結論は、戦闘をすること。隙を見て逃げるのもありだし、あわよくば倒してもいい。まあ、そこまでは望まない。何より優先されるのは死なないことなのだから。
私は意を決して岩陰から飛び出す。すると、飛竜は待ってましたとばかりにこちらに襲い掛かってくる。私は大きく回避を取ると、飛竜の鋭い爪が山肌を抉った。砕けた石片が辺りに飛び散り、いくつかが私の頬を掠める。
私の目標は死なないこと。なので、与ダメージよりも、回避を優先する。そして、使う技は、
「[短剣・毒牙]」
毒の状態異常を付与する技だ。
短剣は手数とこの状態異常がアイデンティティだ。一撃の重みはあまりないが、それを補えるだけの強みがある。状態異常の付与は必中ではないが、それは手数で補える。だから、あとは私の腕次第。生かすも殺すも私の技量だ。
「[短剣・痺牙]」
続けて麻痺を狙うが……入らない。……だったら、もう一度。次でダメなら、その次。入るまで何度だって挑戦すればいい。短剣は手数だ。
「[短剣・痺牙]」
私は何度目かの挑戦で、ようやく、麻痺が入ったのを確認し、
「よし、入った」
私は逃げようとする――
「――目を離すな!」
え? 私はその声に慌てて、飛竜に目を戻す。と、確かに麻痺が入ったはずの飛竜が起き上がるところだった。
「な、何で?」
そう呟いて、思い至る。麻痺の状態異常に耐性があるのではないだろうか。あるいは、特技で外せたり……いや、毒が普通に入ったのを思えば、耐性の可能性が高い。……もっと、早くに思い至るべきだった。
私は短剣を構え直す。その間に、飛竜は完全に態勢を立て直した。そして、私は飛竜の背後に回り込むように走った。
「[短剣・隠刃]」
私は注意を引きにくい技で攻撃する。なぜなら、
「[剣・一閃]」
ルリがいるから。先程の声はルナさんだ。私が勝手にいなくなったのに、追いかけてくるなんて。でも、うれしい……というか、助かった。あのままでは、噴水で再会することになっていた。
ひとりでは、生きて帰れるかわからなかったけど、ルリがいれば、もう、迷うことはない。ただ、倒せばいい。私とルリにはそれができる。
「[短剣・睡牙]」
睡眠の状態異常を付与する……と、成功する。そこに、
「[剣・乱閃]」
剣スキルによる多段攻撃。これを使うと隙が大きくなるので、使い難さがあるらしいが、それを補うのも私の仕事。
順調に飛竜を追い詰めていっていると、突然、飛竜が奇妙な行動をとり始めた。どうやら飛竜がブレスを放つつもりのようだ。
「ルリ!」
「アカネちゃん!」
私とルリは、すぐさま声を掛け合う。そして、
「[体術・掌破]」
「[格闘・掌底]」
飛竜の顎を下から突き上げる。大きく口を開き、一旦閉じた。その一瞬に、大きな力を無理に加えられた飛竜は、空に向けて力の奔流を解き放つこととなった。
そうして、一度ブレスを放ってしまえば、あとは大きな隙になる。技を次々と叩きつけ、飛竜は光の粒子に変わった。私とルリの二人だけで飛竜の討伐に成功したのだった。
「おつかれさま」
ルナさんの笑顔が深く胸に染み渡った。
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