第14話 ヒキ(前半)
わたしは第四フィールドの北エリアの山頂にいた。時間を言えば、深夜だ。何故そんな時間にフィールドにいるかといえば、このエリアの踏破には二日を要するため、フィールドで一夜を越す必要があったからだった。
このエリアの概観は、まず、第三フィールド同様、登山を行い、一旦、山頂を目指す。その後、山頂にある入り口から洞窟に入り、延々下っていくと、神殿のような場所に出るので、そこでフィールドボスと戦い勝利を収めれば次の街へ行ける……はず。まだ誰もボスの討伐には成功していないので、その先は予想でしかないが。
「ふわぁあ」
しかし、眠い。疲れを知らない身体とはいえ、何もせず、ただただ星空を眺めているというのは退屈だ。三人のパーティなので、一人と二人に分かれることにしたのだが、ルリをひとりにするのには、わたしもアカネも反対だったので、アカネと相談し、わたしが一人になることにした。幼馴染み同士、ゆっくり話せる時間があってもいいだろう。
わたしは適当に周りを眺める。が、どうにも他のパーティが見当たらない。こういう日もあるだろう、くらいにしか思わなかったが、スレッドを開いて納得した。攻略状況について書かれたものを見ると、飛竜から鱗が採れるので、それで防具を作ろうとがんばっているらしい。
そういえば、と思ってアイテム欄を開くと、確かに「飛竜の鱗」というアイテムがあった。誰か討伐経験があったのか、あるいはどこからか情報を集めてきたのか。なんにせよ、こちらに競合する相手がいないというのは結構なことだ。
そわそわ。
わたしの耳元で囁くようなそよ風が起こった。
「そうなんだ。ありがとう」
わたしは見えない誰かにお礼を言って立ち上がる。風は、それに答えるように、再び、わたしの頬を撫でていった。
わたしは、頼りになる風の精霊さんに微笑んで、そして、安全を脅かす暗がりの向こうにいる敵を睨む。
ふと、気になって、メニューから時間を確認する。
「丁度いいね」
交代の時間だ。なら、思い切りやってしまおう。わたしは、アイテム欄から爆破ナイフを取り出す。これは威力控えめ。でも、オーバーキルは必至だ。これ以上抑えると、今度は爆発しなくなってしまうので、これが最小火力。だから、相手が弱すぎるということで納得いただこう。
そして、暗がりの向こうから姿を現したのはアイアンアント。こちらの射程に入ったところで、
ドカーン!
爆発させる。
「ふわ! な、なんですか!」
アカネが飛び起きた。
「あ、おはよう、アカネ。交代の時間だよ」
わたしはいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「え? あ、あはは……。もうちょっと、やりよう、ありませんでしたか?」
アカネは諦めたように言うが、
「この方が手っ取り早いでしょ?」
わたしがそう答えると、アカネはこれ見よがしに、盛大に溜息を吐いた。
こうしている間も、すやすやと寝息を立てているルリをアカネに起こしてもらって、わたしは寝ることにする。街で買った毛布に包まり、眠りにつく。
攻略、上手くいくといいんだけどな。わたしは寝落ちる間際に、そんなことを思った。
*
第四フィールド北エリアの攻略二日目。洞窟を延々下っていくだけの簡単なお仕事……じゃなかった、攻略です。
……そう愚痴りたくなるくらい、階段が長い。そう、階段。誰かは知らないけれど、階段を作ったらしい。作業場のドアがカードキーだったことを思えば、これも自然なことと思えるのだろうか。
それはともかく、ひたすら階段を下っていくと、時々、大きな部屋に出る。そこには、モンスターがいて、ストレス発散に付き合ってくれる。やっぱり、階段だけだとストレス溜まるからね。こういうのがいてくれると助かるね。強いて言うと、爆破ナイフ(最小火力)で四散しないのがいいよね。ルリもアカネも物足りないって顔してるから。
けれど、その願いも空しく、手応えのあるモンスターには出遭えないまま、階段は終わりを告げた。……まあ、いっか。階段が終わってくれる方が大事だものね。
「はわわー。……やっと終わったー」
「……はあ。この階段、二度目は経験したくないね」
「まったくです。少し休憩しましょう」
少しじゃなくてもいいよ、って思ったけど、長居すると何が起こるか分かったものではないので、口にはしないことにした。
一息つけば、今度は偵察。柵の隙間から、中を窺うと、
「はわー。ほんとに柱を背負ってるですね。よく潰れないです」
「えーと、ゴーレムは……いないですね。これも情報通りです」
今回は、勝てるかどうかが分からない、厳しい戦闘になる。なので、入念に準備を行っているようだ。
「ふう。……じゃあ、行きますよ」
アカネの号令で攻略が始まった。
***
//アカネ
そいつは、一言で言って、カメだった。私が腕を回しても全然足りないくらい太い脚をしていて、よく潰れないなって思うほどには重そうな大きな柱を甲羅の上に載せている。
そして、そんなカメの名は「ヒキ」。竜生九子のひとつで、重きを背負うことを好むのだそう。だから、背中に柱を背負っているらしい……のだけど、被虐趣味なのかなあ。
そんな風に、中心にいるそいつに注意が向いてしまうけれど、それではいけない。ここでは、ボスは一体だけれど、戦うべき敵は一体ではないのだから。
ギャアアア!
ヒキが吠える。と、気配が膨れ上がり、地面の下から三体のゴーレムが現れた。名前は「アースゴーレム」。土でできたゴーレムで、私にとっては初見の相手だ。レベルがないので実力は計れない。けど、下りてくる途中のフロアで出遭ったモンスターたちと同程度らしい。だったら――。
「――散開!」
私は叫んだ。その声で、私たちは一斉に走り出す。と、先ほどまでいたところに土柱が四本ほど突き出していた。これはヒキの土魔法。ヒキの戦い方は、高い防御性能に任せて長期戦に持ち込み、土魔法とアースゴーレムによって、私たちのHPを奪うことにある。
そこで、私とルリで、三体のゴーレムをひきつけて、動き回らない本命のヒキはルナさんに任せることにした。パーティの最大火力はルナさんだし、アースゴーレムに狙われたらまずいのもルナさんだ。それなら、動かない的に集中してもらう方がいいだろう。
「[短剣・追刃]」
私はアースゴーレムに斬りかかる。一太刀でHPの半分以上が削れた。……けど、一撃で屠れないのか。少し敵を見誤ったようだ。フロアの途中の奴らより強い。
けど、出だしは上々。三体のゴーレムの注意は私に向いた。ここから、私とルリで、ゴーレムの注意を引き付ける。そして、その間にルナさんには、一仕事してもらう予定だ。
「……まずは一体」
私は一体のアースゴーレムを光の粒子に変える。そして、
「やぁあ!」
ルリも一体を倒す。そして、もう一体は……!
グア!
ヒキの気配が大きくなった。それと同時に、ゴーレムの動きが変わった。
「ボスが強化術使った。気をつけて!」
ルナさんの指示が飛んだ。……なるほど、そういうことか。でも、
「……まだ甘い」
私とルリで連携を取って、早々に沈める。
グ、アアア!
ヒキが大きな、先程よりも遥かに大きな魔力を纏った。そして、アースゴーレムが一体だけ現れた。
「[錬金術・封印]」
ルナさんがヒキに技を使う。そして、
「成功したよ! ゴーレムはそれが最後……っ!」
「ルナさん!」
ヒキの土魔法がルナさんに向く。
ルナさんがヒキにしたのは、特技を使えなくすることだった。普段の生産では色札に様々なものを封じて呪符にするという効果を発揮していたけれど、戦闘ではモンスターの特技の使用を封じるという少し違う効果を発揮した。
けれど、技を使ったルナさんに技の成功が分かったということは、使われたヒキの方でもそれが分かるということ。……正直、気づかないとは考えにくい。なので、ヒキの注意が向けられても、それはなんら不思議なことではなかった。
今すぐにでも、ルナさんの救出に向かいたいのだけど、それができずにいた。今回、作成されたアースゴーレムは格が違った。あの、飛竜すら超えていそうだ。最初に三体を同時に作成していたにも拘らず、今回は一体しか作成していないうえに、さらに魔力量まで多い。これで、強くないはずがなかった。
ゴーレムの腕が振るわれる。
「[盾・鉄壁]……ふわぁあ!」
「ルリ!」
ルリが耐え切れず、飛ばされた。ダメージは……二割か。これは想像以上だ。どちらかというと、地面に叩きつけられた時のダメージの方が大きいのだろうけど、「盾スキル」を使ったルリでこれなら、私は全損を覚悟する必要があるだろう。
「[短剣・追刃]」
でも、退くわけにはいかない。全力で刃を叩きつける。……硬い。刃が通った気がしない。一旦引いて、HPを見るが、誤差かと思うありさま。
「……飛竜が可愛く思えてきた」
不覚にもそう思ってしまった。そんな時に状況が大きく動く。
ドカーン!
爆破ナイフの音がする。閉鎖空間ゆえの反響が耳に痛いし、衝撃がこもるので気圧変動がダメージ入りそうなほどきつい。
そんな爆発のあった中心を見ると、ヒキのHPが三割近く削れていた。これならいける。そう思ったけど、そんなに甘くはなかった。むしろ、ここからが問題だった。ボスとゴーレムの注意がすべてルナさんに向くようになってしまった。ヒキの土魔法はルナさんばかりを狙うし、二回目の爆発を警戒してか常にアースゴーレムがルナさんとヒキとの間にいるので、射線が完全に塞がれてしまっている。
ならば、ゴーレムを先に潰せばいいように思うけれど、運動が苦手なルナさんにしてみれば回避だけで手一杯。わたしたちでは、ゴーレムを潰すことはできないので、本命を攻撃するわけだけれど、注意が向かない。
なんか悔しいけれど、でも精一杯、ヒキに攻撃を加えていく。ルリは、ルナさんの方に行って、懸命に注意を引こうと試行錯誤している。そして、攻撃を重ねていくと、ついに、HPの半分を削ることができた。
このまま、削っていこう。そんなことを思った矢先、
グギャアア!
ヒキは突然、大きく鳴いた。ヒキの纏う気配が、また一段と大きくなった。私は一旦、距離を取って、周囲を警戒する。
(何があるのだろうか……?)
そんなことを考えて、気づいた。HP残量が五十パーセントを切ったということに。それが意味することは――行動パターンが変化するかもしれないということだ。……いや、するのだろう。だからこその、この変化なのだろうから。
そんなことを思った直後、ヒキの上にあった柱がひび割れ始めた。破片が次々と地面に降ってくる。大小さまざまな石片が地面の土を巻き上げ、砂煙が立ち込めた。しばらくして、崩壊が終わり、静けさを取り戻すと、砂煙の向こうから、動くヒキが現れた。
私はその光景を前に、ただただ呆然と立ち尽くした。
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