第12話 飛竜


第四フィールド西エリア。わたしたちはそこにいた。フィールドボスに今すぐ挑戦、というのはさすがに腰が引けたので、西の山頂にいる飛竜で先に腕試しをしようと決めた。


飛竜がいる山頂は山道と同じオープンフィールドなので人数制限はない。それゆえ、奪い合いになるおそれもあったが、


「人喰い鳩が来たぞ!」


道中のモンスターからして強力なものが多いエリアなので、山頂にまで辿り着けるプレイヤーはあまりいなかった。


「ああ……。皆、いなくなっちゃったね。行くよ、ルリ! アカネ!」

「「はい!」」


そして――サクッと片付いた。


「「…………」」

「あれ? あれれ?」


わたしとアカネは何も言えず、ただ見つめ合う。一方のルリは、状況の整理ができていないようで、首を傾げている。ただ、手応えが軽すぎることには違和感を覚えてくれたようだ。


わたしは、想像以上の結果に頭痛を覚えながらも、山頂を目指した。道中、グリフォンやロティートイーグルなどの悪い噂の絶えない凶悪な鳥系モンスターたちがいたが、悉く瞬殺していく。その頃にはもう無我の境地に至り、無の属性武器に慣れることができた。


そうして辿り着いた山頂だったが、なかなかに凄惨な場所だった。フィールドボスエリアよりもまだ広い空間で、周囲は変わらず高さ一メートルほどの柵で囲まれていた。少し違うのは山道に続く入り口が大きく開いていることだ。そんなボスエリアの奥の方では、翼開長四、五メートル程度の青い鱗を持った鳥のようなものがいた。……いや、鳥というかプテラノドン……みたいな? まあ、エリアボスの飛竜なんだけど。


「う、うわああ! た、助けてく――」


悲鳴が聞こえたので、視線を飛竜からそっちへ向けると、飛竜の長い尾が叩きつけられ、男性プレイヤーが光の粒子となった。


「え、え? 死んじゃった、の?」


ルリがショックを受けてしまったらしい。アカネを見ても、だいぶ動揺しているようだ。……まあ、わたしもあれを見て、無心でいられるほどVR慣れはしていない。やはり、リアルすぎるゲームというのは考えものかもしれない。


そうこうしている間にも、瀕死のプレイヤーたちが次々と鋭い爪の餌食になっていった。


「……一度、撤退しようか」


わたしは提案するが、


「それは無理みたいです」


アカネの言葉に、飛竜を見遣る。と、こちらを真っ直ぐに見据えている。ここはオープンフィールド。エリアの切り替えはないので、逃げても追ってくる。こういうときはめんどうだ。


「仕方ない。やるよ、ルリ、アカネ」


「は、はい!」

「はい!」


……ルリがちょっと心配かな。



***

//アカネ


私は駆け出した。……いつもより身体が軽い。新しく作ってもらった装備のお蔭だ。なんといったって、攻略進度に見合わないほど、高性能な装備なのだから。


そんな装備をもってしても、やはり、目の前の敵には緊張していた。敵の名は「飛竜」。第四フィールド西エリアにいるエリアボスだ。今回のエリアボスは中ボス的な位置づけらしく、前の三つのフィールドボスたちより強く、第四フィールドボスよりは弱いといった難易度だった。


それでも、普通であれば、道中のグリフォン、ロティートイーグル、人喰い鳩といった第三フィールドで死神扱いされていた鳥系モンスターたちとの連戦を潜り抜けて山頂に辿り着かなくてはならず、飛竜と対面するだけでもすごく大変なことなのだ。けれど、私たちは、ボロボロになるどころか、モンスターがかわいそうになるくらいに瞬殺してきた。どう考えても、私は恵まれている。


だから、飛竜を相手にするだけの力はあるのだ。力を扱いきれずに持て余してしまっているかもしれないけれど、それならそれで、いい練習相手になってくれるだろう。


(……でも、怖い)


今まで、たくさんのモンスターを殺して、死と隣り合わせの旅を何日かして、それで一体、何を言っているんだろうって思う。でも、それでも、目の前で、知らない男性プレイヤーたちだったけど、死にたくないって感じで死んでいった。それを見て、忘れかけていた死の恐怖を思い出した。


(……見なきゃよかったのかな。知らなければこんな思いしなくて済んだはずなのに。なんでかな? 今から戦うって時に、なんてことしてくれたんだろう)


もやもやする気持ちを振り払うように、全力で飛竜に斬りかかった。


「[短剣・追刃]」


グァアア!


飛竜も無属性の壊れ性能には驚いたようで、慌てたように空へと避難した。慌てて闇魔法で引きずり下ろそうとするが、一度上がってしまえば捕まえられず、自分の失態に舌打ちした。


(……予想以上に冷静じゃない)


ルリにちらりと視線を送る。が、ルリは気づかない。分かってはいたが、先程の光景のショックが余程大きかったようだ。とても戦闘ができる状態とは思えない。私が言えたことではないが。


(でも、誰一人ここで死なせるわけにはいかない!)


私は自分で自分を鼓舞する。


「[闇魔法・影球]」


当たらない。やはり、空を飛べるアドバンテージは大きい。それでも、あきらめるわけにはいかなかった。


「[闇魔法・影刃]」


影刃は影球と比べ、威力は下がるが、飛翔速度は速い。なので、回避が難しくなるはずだと考えた。そうして撃ち続けていると、その考えが的中したのかどうかは分からないが、ようやく、一発が当たった。


すると、飛竜は、その一発が気に入らなかったようでこちらにめがけて急降下してきた。とっさに回避を取ろうとするが、身体が上手く動かず、わずかな段差に躓いて転んでしまった。


(……終わりかな)


私は目を瞑って――


ドカーン!


吹き飛ばされた。少しの間宙を舞うと、地面に叩きつけられ、さらに少し転がる。そうして、軽い眩暈を覚えながらも、身体を無理やり起こし、周りを見る。と、飛竜がボロボロで地面に横たわっていた。HPは残り二割強。初めに見たときは八割弱で、そこからほぼ削れてなどいない。……ナイフが、強すぎます。


グ、アアアア!


飛竜が重たそうに身体を起こした。鱗はところどころ剥がれていて、赤い血が地面を染めていく。両の翼は大きく裂けていて、もう飛ぶことは叶わないだろう。それでも、飛竜は戦う意思を失ってはいなかった。強い殺意を秘めた深紅の瞳は真っ直ぐにルナさんを捉えていた。


飛竜が口を大きく開いた。何をする気なのか、分からなかった。けれど、直感的に危険だと本能が訴えてきた。だから咄嗟に声を上げた。


「ルナさ――」


けれど、最後まで言葉を紡ぐことができなかった。轟音に掻き消されてしまったからだ。


「あ、あ……」


言葉にならなかった。目の前に広がるのは、大きな破壊の痕跡。山肌は抉れ、巨石は消し飛び、ルナさんが立っていた場所は周りよりも数段低くなっていた。


飛竜が何をしたのかは、もう、わかっていた。竜と名の付くものたちが使う特技「ブレス」だ。飛竜が使ってくるだろうことくらい予想して然るべきだったのだ。そうしたら……いや、そうじゃない。ルナさんに注意が向かないようにするのが私たちの仕事だったのだ。それができなかったから、ルナさんが……。いや、もっと言えば、私が不甲斐なさ過ぎたから……。


考え出せばきりがない。けど、それでも、意識は強制的に引き戻された。


グ、ア……。


そう、飛竜の殺意が、本来向けられるべきだった私たちに向いたのだ。


(……ああ、これで、ルナさんのもとに行けるんだね)


そんな思いが頭を過った。飛竜の爪が振り上げられ――


ドカーン!


爆発した。飛竜は光の粒子に変わっていく。


「余所見はいけないねー」


私は声のした、無残な姿に変わってしまった山道の方に視線を向けて、信じられないものを見た。


「ルリ、アカネ。おつかれさま」


ルナさんがいた。



***

//ルナ


ここまでだったとは。わたしは、飛竜のエリアから少し離れた岩場の陰で休む、ルリとアカネの姿を見て嘆息する。落胆はしない。けど、不安は感じる。この先、PKプレイヤーキラーのような者に出遭えば、否が応でも対人戦をすることになるだろう。その時にきちんと止めを刺すことができるのだろうか。感情に引っ張られて、同情することは戦場においては愚行そのものだ。それが、あの程度で剣が鈍るようでは、心配するなという方が無理な話だ。


そんなことを考えるが、それは今するべきことではないとして、強制的に思考を中断する。


アカネの最初の攻撃は悪くはなかったが、良くもなかった。最善を言えば、[短剣・隠刃]で注意をルリに向けやすくするようにすべきだった。また、飛んでいる飛竜に対して、魔法を撃ちまくったが、そうではなく、攻撃するために高度を下げてくるのを待って反撃するというのがセオリーだろう。ただ数撃てばいいというものではない。


ルリは、定位置にすらつけていなかった。たぶん、頭が真っ白になっていたんじゃないだろうか。剣を抜いて、盾も手にしてはいたが、ルリは飛竜の警戒の対象にすらなっていなかったかもしれない。


そして、飛竜のブレスだが、あれは、予め用意しておいた土精霊による落とし穴に自ら落ちて、回避した。正確には、飛竜による空爆に備える目的で壁を用意していたのだけど、その壁をすべて出して、その空いたスペースに収まった。崩れて埋まったけど、そこはさすがは精霊さんといったところか。死なないように守ってくれた。……もちろん、その分のMPはちゃんと持って行かれたけど。


飛竜のHPの五割を持って行った爆破ナイフは、実験の時よりも多めに魔力を込めたものを使った。それでも、最大火力にはまだ余裕があった。


なぜ、最大火力を使わなかったかといえば、偏に作っていないからだ。街の中で作るわけにもいかないし、フィールドで作るにしても、事故が起これば、その中心にいるのは、いつでもわたしなのだ。安易に作れるものではなかった。


それでも、やはり、何本かは作らなくてはいけないだろう。今回の件で確信した。いざという時には必要な備えだ。積極的には使わずとも、必要に迫られれば使う。その位で丁度いいアイテムだと思う。使わなかったとか、用意してなかったために死んでしまうとかでは笑えない。……うん。やっぱり、ダースで用意しよう。


「う、ううん……」


お、ルリが気がついたようだ。


「おはよう、ルリ。気分はどう?」


わたしはそっと、声を掛ける。


「ふにゃ? ……お姉ちゃん……ルナさん? ……あ、あれ?」


どうやら、寝ぼけているらしい。というか、ルリには姉がいるのか。リアルの話はあまりしないようにしていたから、家族構成とか知らないんだよね。


わたしはルリが落ち着くまで待つことにする。待つことしばらく。ルリは、はたと気がついたらしく、ぴたりと動きを止めた。


「あ、あの……ルナさん……その……ごめんなさい、でした」


聖騎士をしている、中学生になったばかりの少女は頭を下げた。瑠璃色の短い髪が動きに合わせて揺れた。


わたしからはその表情を窺うことはできなかったが、纏う雰囲気は切実そのものだ。もちろん、わたしは二人に謝って欲しいなんて思ってはいないし、どちらかと言えば、二人が死ななくてよかった、って思ってるくらい。だから、笑って水に流せるのなら流してしまいたいんだけど……それじゃあ、二人が納得しないんだろうなあ、なんて。


「うん。気にしないで……は、無理だよね。だから、今回のことは反省して次に生かす。ね? せっかく、わたしたちには次があるんだから、そこで頑張ればいいでしょ?」


言ってて、ちょっと酷いかな、って思った。もしかしたら、ルリは「次」を望んでいないかもしれない。もう、戦闘なんてイヤだ、って思っているかもしれない。もし、そうならば、今、わたしは目の前の少女を苦しめることをしているのかもしれない。


だけど、わたしは次を望んでいた。だから、わたしは、わたしの希望を述べることにした。わたしの願いを込めて。


それが届いたのかは分からない。けど、ルリは、


「……はい! わたし、もっと、がんばります」


次を受け入れてくれた。次を望んでくれた。わたしと共に行くことを選んでくれた。


誰かと共に。それは、ちょっと前のわたしなら煩わしいことと言って、望んでいなかった。けれど、今は、二人といる時間を心地よいと思っている。だから、素直にルリの答えはうれしかった。


「……やっぱり、笑顔でいて欲しいものだね」

「はい?」

「ううん、なんでもない」


わたしとルリは、アカネが起きるまでの間、静かにおしゃべりしていた。……アカネ。早めに起きて、会話を仲介して!


その願いが通じたのか、その後、十分ほどでアカネも起きた。アカネは「次がんばろう作戦」では効果はいまひとつだったので、しっかりと反省会をして、納得してもらった。


真面目なのはいいんだけど、堅いのではいただけない。わたしが結構いい加減だからなあ。……すると、丁度いいのだろうか? もうひとりは天然だし。……アカネが苦労人? どういうことか説明してくれるかな?


会話のお蔭か。アカネは先程よりは、表情が心持ち明るくなった。まだ、笑顔がぎこちないのは仕方ないと思う。わたしは精神科医じゃないし、カウンセラーでもないから。でも、アカネを支えてあげられる位置にはいるのは確かなことなので、その都度、寄り添ってあげられたらとは思う。何ができるかは……その時に考えよう。


帰り道は、やっぱり、鳥系モンスターだらけ。時間的には夕方で帰り時間なので、他のプレイヤーと遭遇することはなかった。ルリとアカネがサクッと斬り伏せてくれるので、わたしは歩くことに集中できる。お蔭で、一度しか転ばずに済んだ。……やっぱり転んだのかって? 「やっぱり」ってなに?

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