第11話 呪符装備


わたしたちは作業場にいた。ルリのお手製夕御飯を食べるためだ。いくら入れておいても食材が腐ることのないアイテム欄に、第二フィールドで乱獲したオオカミ肉が大量にあるのでそれを消費したいとのこと。けれど、その辺りのことは、わたしには分からない領域の話なので、ルリに任せておく。


そんなわけで、出来上がりを待つ間、アカネと作戦会議。議題は第四フィールドボス「ヒキ」の攻略。


ヒキは今のところ誰一人として討伐に成功した者はいない、絶対の強者としてプレイヤーの前に立ちはだかっている。今のところ分かっていることは、ボスと三体のゴーレムがおり、それらを同時に相手しないといけないということだった。


まず、ボスであるヒキは、鉄壁とまで表現されるほどに高い防御性能に高いHPを有する耐久型。大きなカメの姿をしており、手足は竜の如く太く、鋭い爪を持っている。けれど、大きな柱が甲羅の上に載っていて、動き回ることはなく、攻撃は専ら土魔法で柱を打ち出してくるだけ。その鋭く大きな爪が振るわれることはなかったとのこと。それでも、ヒキのHPを半分まで削れたパーティは存在しないらしいが。


次にゴーレムだが、名を「アースゴーレム」といい、魔法攻撃はせず、専ら物理攻撃を行う。また、魔法にそれなりの耐性があるため、こちらも物理攻撃で応戦する方がよいとされる。


そして、これが一番重要なことで、この三体のアースゴーレムは、ヒキの特技で作られたもの。なので、これをいくら倒したところで進展はない。だからといって無視できるようなものではないため、常に一定の戦力が向けられることになる。


「これ、三人でなんとかなるんですかね……」

「実質、アカネとルリの二人だけどね。うーん、どうしようか」


わたしとアカネはそろって頭を悩ませる。常に供給され続ける三体のゴーレムに守られた、土魔法を撃ってくるボス。どうにかなる気がしない。……なんか、わたしと似てる? ルリとアカネに守られて、「精霊術スキル」で支援することもあるルナさんの図と?


わたしはしばらく考えて、やめた。


「呪符を使って装備の強化をしよう」


先程、アランに聞いた効率の良い強化の方法を試すことにした。装備の強化は十分に戦力の強化になる。とりあえず、やれるところからやっておこうと考えたのだ。


まずは、鎧から。「付与術スキル」でちょっとしたステータス強化を施していたが、今のわたしのスキルレベルでは雀の涙ほどの効果しかなかった。これを呪符に込めると、


「こんなのあり?」


十倍を優に超えるほどの効果があった。鉄にした付与の十倍の魔力量を抱え込んだ呪符なのだから、それくらいあっても不思議ではないのかもしれないが……もう何も言うまい。


「[錬金術・錬成]」


わたしはアカネの軽鎧にVIT強化の効果を付与した。ブーツやブレスレットなどにはAGIとDEXの強化を付与し、


「チートですか?」


アカネに呆れられた。ここまでくると、店売りとは比較にならない。今までとは逆の意味で。こんなに早く魔石付きの装備は揃えられないようになっていたのだろうから。


「……うん、まあ。あ、そうだ。あとは武器に何の属性を付与しようか」

「ああ、そうですね。えっと、ルナさんがスキルを取ることになりますから……どうしましょう」


アカネが考え込む。わたしがスキルポイントを消費することになるので、無駄にならないようにという配慮なのだろう。何をとっても無駄になりそうだが。


わたしは新たなスキルを取得する前に、現在取得しているスキルを確認する。取得済みのスキルは、「精霊術」、「隠密」、「錬金術」、「鑑定」、「投擲」の初期の五つに加え、鉄装備作成の際に取得した「魔力操作補助」と「動作補助」の二つと、その後に取った「身体能力強化」、「精神力強化」、「付与術」の三つを加えて、計十個。


「身体能力強化スキル」はないと移動速度に思いの外、差響いたのでやむを得ず取得した。「精神力強化スキル」はMP目当て。「錬金術スキル」は魔法に分類されていて、MP消費が意外と馬鹿にならない。そのため、MPを増やすというのは必要なことだった。


そういった意味では、「付与術スキル」もMP目当てとは言えなくもない。が、すでに使っていて分かるように、これは生産用のスキルだ。アイテムになんらかの効果を付与する、というものであり、二人の装備にはすでに、ささやかではあるが、ステータス強化の付与がなされていた。戦闘用の、いわゆるバフは「強化術スキル」という別のスキルがある。


なぜそちらを取らなかったのか。それは、わたしの装備にAGI強化の付与をしたかったからだった。物理系のステータス強化がされた二人に、フィールドの移動で置いていかれかねない状況があったのだ。……「強化術スキル」で自分の強化? ……その手もあったか。


そうして、取得するために魔法関連のスキルを見ていると、


「……無属性魔法?」


わたしは見覚えのないスキルを見つけ、首を傾げた。初期に取得可能な属性魔法は、火、土、水、風、雷、氷、光、闇の八属性。無属性などという属性は聞いたことがない……というか属性なのか?


「ええ!? 新しいスキルですか!? ルナさん、すごすぎます!」


アカネに訊いたらこうなった。ルリも気になったらしく、料理の手を止めてこちらに来てしまった。ルリにも軽く説明する。


「はわわー! ルナさん、すごいです!」


うん。こうなるよね。知ってた。


一旦、ルリには調理に戻ってもらって、短剣に付与する属性を訊くと、


「無属性魔法でお願いします!」


と返ってきた。というか、無属性を付与すると、どういう判定になるんだろう。というか、そもそも無属性魔法って何?


取り敢えず、「無属性魔法スキル」を取得し、色札に封印する。そして、[錬金術・錬成]でアカネの短剣に合成する。と、無の属性短剣ができあがった。


「鑑定スキル」で視てみても、無属性ダメージが追加で発生することが分かるだけで、具体的にどうなるのかが分からない。ただ、追加で発生するダメージの桁がおかしいのは黙っておく。


アカネの装備の強化が済んだところで区切りになったので、先程から気になっていた「無属性魔法スキル」を調べる。


「取得条件。属性魔法をひとつも取得していないこと。半数を魔法に関するもので占めていること。スキルを十以上取得していること、か」


わたしは、取得可能状態にしたことによって表示されることになった取得条件を声に出して読んでみる。ここに書かれている「属性魔法」というのは「○○魔法」と表示されるスキルのことを指し、「○○術」というものは「非属性魔法」になる。なので、「精霊術スキル」、「錬金術スキル」、「付与術スキル」は属性を持たない魔法という扱いになり、逆に、「無属性魔法スキル」は無の属性ということになったらしい。


「……なんですか、それ。無茶苦茶ですね。魔法取らない人なんて、そうそういるものではないですから。ルナさん、ほんとよく取れましたね」


なんか、褒められてる気がしない。なぜだろう?


「えっと、技は……わあ、コスト高い。それで……うわ、内容も酷い」


「無属性魔法スキル」の初期の技は[無属性魔法・衝破]のみ。これは魔力を衝撃波のように撃ち出して攻撃するというもので、魔力を放出してダメージを与えるという点では呪符爆弾と似たようなものだった。


そして、無属性魔法の鬼畜仕様はここからで、ターゲットの魔法耐性を無視するという特性があった。これはステータスでいえば、相手のMNDをゼロとしてダメージを計算するということになるだろうか。パラメータはいくつかあるだろうから、こちらの攻撃がそのままダメージになるわけではないだろうけど、無属性耐性なんてものは存在しないし、高コストの対価としては十分過ぎる破格性能を有しているといえるだろう。……MP運用がきちんとできればだが。


アカネに伝えると、


「やっぱり、チートですか」


ジト目で見られた。……あなたの短剣にも同じものが付与されたんですけど?


ルリの夕御飯の支度ができ、食事となった。オオカミ肉のステーキとスープ、サラダにパンと冷蔵庫ではゼリーが冷やし固まり待ち。


けれど、話題は専らわたしのこと。ある程度分かったことをルリにも伝えていくと、


「ルナさん……すごく、すごいです」


やっぱり、ルリはルリでした。



わたしたちが作業場でルリお手製の夕御飯を食べ終え、食後のお茶を堪能していると、


ピコン。


大分聞き慣れた、軽い電子音が響いた。目の前にはこれまた見慣れたウィンドウが開く。


――すべての<永住者アルテシア>に告ぐ。世界をその手に取り戻せ。(クエスト開始まで、あと、5時間59分48秒)。


と記載されていた。メニューに表示された時刻は丁度、午後の六時になったところ。


……状況が、呑み込めない。文面にはクエストとあるが、当たり前だが受注していない。今の今まで作業場にいたのだから。というか、これまでひとつも受けたことはなかった。


<アルテシア・オンライン>では、今のところ、冒険者ギルドのようなものの存在は確認されておらず、また、クエストは偶発的に何らかの条件で発生するものがあるだけだ。万人が等しく受けられるクエストの存在は確認されていなかった。


わたしは状況を把握しようと周囲を見回す。と、二人にも同じものが表示されているのだろう。難しい顔をしたアカネと、首を傾げたルリの姿が目に映った。


わたしは、再度、目の前のウィンドウに視線を戻す。この文章をゲームの世界観通りに受け取れば、このクエストはゲームをクリアしろと言っていることになる。が、しかし。それならそれで、やはり、意味が分からない。わざわざクエストとして明文にする理由が思いつかないからだ。


この世界というのを現実世界リアルと解釈することもできるかもしれない。状況としてはその方が適当にも思える。が、それでもゲームのクエストということを考えるといまひとつ腑に落ちない。


……何か意図がある。おそらくそれは間違いない。だが、それがわからないだけに気持ちが悪かった。


そして、文面のほかに、もうひとつ気になるものがある――時間だ。この時間が示すものは、


「……七時間規定、だよね」


連続七時間のプレイにかかる強制ログアウト。これのタイムリミットを示していた。


ゲームの長時間プレイを規制する必要性から、<アルテシア・オンライン>では現実時間の六時間で警告、七時間で強制ログアウトという措置を取っていた。この規制のことを電界の住人たちは俗に七時間規定と呼んでいた。


そして、わたしは二日目からの参戦なので知らないことだったが、実は配信開始と共にログインしたプレイヤーたちへの六時間の警告が出ていなかったらしい。スレッドの情報から言って、それは間違いのないことのようだった。まあ、出たところでログアウトはできなかったのだが。


そんなふうに、期待しないと言っている一方で、それでも、七時間規定の強制ログアウトが最後の「頼みの綱」みたいなところがあった。そんな中でのこの表示。……カウントダウンが終わったら? ……およそ、ろくな展開にならないだろうことが予想された。具体的なところは分からないが。だが、ひとつだけ確かなのは、綱は切れた、ということだった。


作業場は重い沈黙に包まれた。とは言っても、暗い雰囲気というわけではない。単に、これをどう受け止めたらよいのか分からず、戸惑っているというのが実際のところだった。


「……具体的にどうするとは言えないけど、少し気をつけていこうか」


わたしは言った。結局のところ、これがすべてだった。

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