第一章 イグナシオの街

第1話 わたしのスキル


正式配信から遅れること一時間。ようやく、わたしは<アルテシア・オンライン>の舞台となる世界<アルテシア界>へと足を踏み入れた。ゲーム内では二十四倍に時間加速がされているので二十四時間、つまり丸一日遅れでのスタートとなる。


かなりの注目度があり、かなり混雑しているかと思っていたが、街が広いためか、あるいは外へ出ているのか。はたまた、ゲーム内時間では深夜なので宿にいるのか。幸いにもすし詰めを経験せずに済んだようだった。


とはいえ、誰かと待ち合わせて合流するとなると、もはや無謀としか思えない人の数だ。いくら時間加速がなされているとはいえ、リアルで連絡を取り合った方が圧倒的に速いだろう。


けれど、わたしは特にそういう相手はいなかったので、その手の問題は抱えていなかった。おそらく、というか間違いなく知人がこの有象無象の中にはいるだろう。が、それは取るに足らない些末なことであり、自分のペースで楽しむことが一番に優先されることだった。……要はめんどうなので知人に会いたくないのだ。ぼっちゆーな!


そんな人ごみに背を向け、わたしは街の北へと足を向けた。今いるここは<イグナシオの街>。ゲームのスタート地点となる街だ。街は東西南北四か所に門があり、この門を繋ぐように十字に大通りが走っている。その交差点は巨大なロータリーになっており、その中に噴水のある大きな広場がある。その広場に新規のプレイヤーは召喚される。当然ながら、わたしも噴水のある広場からのスタートだ。


四つの門はそれぞれ狩場へと繋がっていて、東は森、西は湖、南は草原になっている。このうち、正規の攻略ルートは東の森で、森の奥にいるボスを倒して次の街に向かうことになる。けれど、ベータテスターの有志による事前の情報提供により人気を集めている狩場は南の草原だった。理由は偏に、状態異常を付与する特技を使ってこないためだった。


そして、わたしの向かう北エリアは洞窟だった。わたしが洞窟に向かう理由。それは素材だ。


ベータの情報によれば、洞窟は閉鎖された鉱山であり、「鉄鉱石」が採れるのだ。ただ、この鉄鉱石だが、実際はNPCから鉄が買えたり、高いながらも鉄装備そのものが買えたりするので、お金があれば行く必要はなかった。


また、南の草原を抜けた先の村で鉄よりも安価な銅装備が買えることと、第三フィールドまで進めば鉄素材を落とすモンスターがいたりするので、鉄はその街に着いてからで十分という考え方もなくはない。が、まあ、実際のところ、多くのプレイヤーが南の村に行くのは洞窟探索に必要な「ランタン」を買うためだったりする。


噴水広場から歩くことしばらく。わたしは、深夜にもかかわらず開け放たれている不思議な門を潜り、街の外へ出た。街から近い場所は開けていて、見渡す限りモンスターがいるようには見えない。とはいえ、過信は禁物。月明かりの下、人間の目で見える範囲などたかが知れているのだから。


そんなことを考えながらも、ふと思い出す。たしか、設定では街から近いところのモンスターはノンアクティブ――つまりこちらから攻撃しなければ襲ってこないようになっていたはず。


そこで、わたしは洞窟までの道中、適当に草叢を探ってみたり、木々の根元を見回したりしてみた。何をしているのかといえば、定番の薬草採取だった。


採取は草叢からそれっぽい草を引っこ抜けばよく、それが薬草かどうかを見分けるには、それに応じたスキルが必要になるようだった。わたしは「鑑定スキル」というそれらを見分けるスキルを初期で取得していたので、「薬草」のみを選り分けてアイテム欄に投げ込んでいく。その他は「雑草」と表示された。


……あれ? 「雑草という草はない」という言葉をどこかで聞いたことがあったような……? まあ、ゲームにとっても、わたしにとっても、雑草は雑草でしかないので気にするのはこのくらいまでにしておこう。


そうしてある程度の量が集まったところで、草むしり……もとい、薬草採取をやめ、ここからはまっすぐに洞窟を目指すことにした。道中、モンスターとのエンカウントはなかった。


「[隠密・暗視]」


わたしは「技」を使う。


これはスタート時に取得した五つの「スキル」のうちのひとつ「隠密スキル」の中にある「技」で、暗闇でも視界が確保されるという効果があった。道中の月明かり頼りの寄り道で、初期の技である[隠密・隠密の心得]を使い、スキルレベルを上げて取得した。これが手に入ることを事前に知っていたから南の村に寄らずにまっすぐ洞窟へと向かうことができた。他には、わたしは取得していないが「光魔法スキル」の最初の二つの技のひとつ[光魔法・光球]が探索向きだと思われる。ちなみに、もう一方は[光魔法・光芒]という攻撃の技らしい。


わたしは、隠密の心得によって慎重に探索しながら鉄鉱石を回収していく。ここで手に入る鉄鉱石は、「鑑定スキル」を用いると事前情報通り鉄含有量が少ないことがわかった。ベータではこれで鉄の剣を作ろうとしたところ、鉄鉱石を六キロほど集めなければいけなかったらしい。剣一本は一・五から二キロほどなので、明らかに質が悪い。


ちなみに、鉄鉱石の六キロとは体積で牛乳パック二本分もあればこと足りる。もちろん、この「ただの石から素材を選り分ける作業を、暗闇の中、モンスターの巣窟で行う」という行為は言うほど容易ではない。


「精霊さん、お願いします!」


闇の中、頭上から襲ってこようとしていた二体のコウモリは影でできた刃で切り裂かれ、光の粒子となって消えた。今のは[精霊術・使役]による、闇の精霊による攻撃だった。軽いMP消費でそこそこの威力の魔法が使えるという特徴がある。が、周囲にいる精霊を使役して発動するものなので、目的の精霊がいないために望んだ結果が得られないというデメリットも存在する。いつでもどこでも確実に魔法が使えるという安定性が欠如しているため、普通に魔法を取得する方がいいらしい。が、わたしは自分で魔法を使うという選択肢をきっぱりと捨てていた。……そこ。せっかく魔法が存在するファンタジーの世界なのに、とか言わない。


メニューからアイテム欄を開き確認すると、「コウモリの羽」というアイテムと「コウモリの肉」というアイテムが増えていた。隣には「スライムの粘液」や「トカゲの肉」というアイテムもある。そしてそのすべてが、敵モンスターが光の粒子となって消えたあと、アイテム欄に勝手に入ってきていた。いちいち拾う必要や剥ぎ取る必要はないらしい。混戦状態で回収できなかった、とかの心配がないのは本当にありがたいと思う。


わたしは適当な横道に入り、偶然見つけた小部屋のようなところで休憩をとることにした。この身体はアバターなので長時間歩き回ってもさして疲労は感じない。けれど、やはり、常にモンスターに襲われる危険に備えて警戒し続けなくてはいけないというのは、精神的に疲れる。また、空腹やのどの渇きも感じないが、「空腹度」や「渇水度」というパラメータが存在するため、時折、確認する必要があった。


渇水度はあまり減ってはいなかったが、試しにアイテム欄にあった水を口にしてみる――と、ただの水だった。とはいえ、味覚が再現されているというのはやはり驚きだった。


水の入った水筒をアイテム欄に戻しつつ、たまたま目に入った鉄鉱石を取り出し、眺める。見た目ははっきり言って、ただの小石。そこらへんに落ちている石と見分けがつかない。ただ、わたしには「鑑定スキル」があるのでこれがただの石ではないことがわかるというだけだった。


「……錬金してみようかな」


休憩がてら、鉄鉱石を適当に取り出して精製してみることにした。


わたしは生産スキルとして「錬金術スキル」を取得していた。もちろん、回復薬やポーションなどを作るなら「調合スキル」の方が有利だし、鉱石を扱うなら「鍛冶スキル」を使った方が安定するだろう。けれど、わたしはどっちも扱いたかったので得手不得手のない「錬金術スキル」を取った。


採取した素材をそのまま売るよりは、なんらかの形に加工できた方がお金になる。ちょっとの手間で資金繰りが楽になるならという理由だった。


「[錬金術・錬成]」


わたしはアイテム欄から約一キロの鉄鉱石を取り出し精製すると、


「二三二グラムか……」


重量比で約二五パーセントの鉄が得られ、残りは「ただの石」と表示された。ただの石はその辺に転がしておく。


警戒しながらの石拾い。そのうえ、競合する相手がいるためそれなりに奥まで入り込む必要があった。……壁を崩せば効率が上がるだろうか。今のわたしに壁を崩す掘削手段はないが、できればはかどる気がする。まあ、「隠密の心得」はやるなと訴えてくるが……。


「これをツルハシにできれば」


なんとなく考える。片手に収まる小さな塊とにらめっこしながら、すこし期待する。


「[錬金術・錬成]」


「錬金術スキル」は物質そのものに干渉する能力。わたしのイメージに応えるように鉄の塊が徐々に形を変えていく。スキルレベルのせいか、いまひとつ上手く制御ができないが、それっぽい形にはなった。


「うーん……。まあ、こんなものか」


手持ちの鉄鉱石をすべて鉄に変え、L字型の「片ツルハシのようなもの」を作る。おそらく「鍛冶スキル」があれば満足のいくものが作れたのだろうけど、壁を崩すためだけにそこまでしてやるつもりはなかった。


わたしはツルハシもどきで掘削を始める。と、やはり、先程までよりも大分効率が上がった。そして、


「……精霊さん」


それと同時に、寄ってくるモンスターも増えた。が、そんなこんなで、十キロほど集めたところで脱出した。

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