第2話 赤と青の女の子


わたしは街の中を適当に散策していた。ドロップした素材は手近なNPCの露店で売り、トルティーヤの屋台を見つけたのでそこでブリトーを買い、歩きながら食べる。注文してから焼いてくれたのでアツアツのもちもちでおいしかった。


街に帰り着いたのがゲーム内時間で昼前。スタート時は深夜だったから、リアルでは三十分程度しか経っていないことになる。……うーん。やっぱり、時間加速ってずるい。


そんなことを考えつつも、メニューからマップを開き、現在地を確認しながら進む。この街はゲームのスタート地点であるためか、かなり大きい。行きに噴水広場から北門まで歩いたときは三十分以上掛かった。


わたしは大通りから外れ、石造りの家々の間を通る狭い道を歩き始めた。すると、途端にプレイヤーの姿が見えなくなる。やはり、今は皆、狩りに夢中のようだ。当面は鉄装備を揃えるのが目標になるので忙しいのだろう。


適当に満足したところで、裏道散策を中断し、再び大通りに戻る。と、とすっと何かがぶつかる感覚があった。ふいのことに驚いて、そちらを見ると小学生か中学生くらいの女の子がいた。彼女もまた、こちらを見て驚いている様子。どうやら曲がり角での出会い頭の衝突事故のようだった。


彼女の身長は150センチあるかどうかくらい。肩に届かないショートの髪は暗めの青といった色合いで、瞳も同じ色だった。装備は石の剣と木の盾。これらはそれぞれ、スタート時に「剣スキル」と「盾スキル」を選択したときにもらう初期装備なので、おそらく騎士のイメージでスキルを構成したものと思われる。


「あ、あの……ごめんなさい、です」


わたしがそんなことを考えていると、女の子が謝罪の言葉を口にした。


「いえ、こちらこそ、すみませんでした。周りに気を取られて前がおろそかになっていましたね」


わたしは一旦思考を中断し、不注意を詫びた。わたしは相手を見た目相応に見ていなかった。相手は成人した大人、自分より年上かもしれないというつもりで答えている。


というのも、今目の前に見えているものは所詮、仮初めの身体アバターに過ぎないのだ。実際の中の人は違うかもしれないと思えば、安易な対応をするわけにはいかない……のだが、実際のところ、その可能性はあまり高くなかった。


ゲームに限らず、VRにおけるアバターは現実の自分に近いサイズにすることが推奨されていて、実際にそうする人が多いのだ。なぜかと言えば、現実と仮想空間であまりに違うと体の動かし方が変わってきてしまうために、仮想空間でうまく動けなかったり、逆にアバターに慣れて現実の身体に違和感を覚えてしまったりするおそれがあるからだ。


とはいえ、やはりそんなことお構いなしにアバターを作る人もそれなりにはいる。わたしもそんなひとりだ。前にやっていたVRゲームではそのズレにかなり悩まされたが、このゲームでもめげることなく果敢に挑んでいた。基本、楽しければいいのだ。


そんなことを思いつつも、目の前の女の子はおよそ、迷子のそれであった。中の人がどうとかは一旦、脇に置いておいて、手を差し伸べることにした。「袖触れ合うも多生の縁」というし。ゲームの中とはいえ、やはり、人同士。縁は大事にしたいものだ。……人付き合いがめんどうとか言ってなかったかって? ……つ、つまんねー事聞くなよ!


「何かお困りですか?」


わたしは彼女に目線を合わせて訊いた。なんかちぐはぐだな、なんて思うけれど、こればかりは相手次第。礼を失した対応をしたばかりにトラブルになったというのではおもしろくない。


「え、えっと……はい、です……」


しばし逡巡した後、女の子は事情を語り始めた。


簡潔に言うと、やはり、彼女は迷子だった。彼女は友達と合わせてログインしたが、合流できず、広場で合流できなかった時のための第二の待ち合わせポイントである生産用の作業場に向かうことにしたが、そこにも辿り着けず、困っていたらしい。


たどたどしく、要領を得ない説明ながら、それだけをなんとか聞き出し、わたしは彼女の手を引いて作業場へと向かう。現在地は噴水広場からやや北に行ったあたり。それをマップで確認したわたしは、まず、噴水広場へ向かった。


作業場は噴水広場から東へ延びる大通り沿いにある。噴水広場のあるロータリーから五分ほど歩くと、左手に四角い大きな建物が見えた。歩く速さはわたしのペース。始めは特に気にしていなかったが、気づけば、彼女の歩きは歩幅の差を感じさせないもので、むしろ女の子の方が合わせてくれているのではと思うほどだった。


これはやはり、スキルによるステータス補正の差だろう。わたしは補正のためのスキルは取っていないので、彼女がひとつでも取っていればこのくらいは当然だろう。……これはわたしも早めに身体能力にかかる補正スキルは取っておかないといけなさそうだ。


そんなことを考えつつも、わたしたちは作業場に着く――


「ルリ!」


前に、赤い髪の女性プレイヤーに呼び止められることとなった。

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