第49話 最後の戦い

『安心しろ。まだ殺してない。声を聞かせてやろうか?』


 男の声に、僕の心はかき乱される。

 だが、それは一瞬だった。

 焦ることは無い。

 僕の中にある、人間ではない理性的な部分が、それを教えてくれる。


「いや。狙いは僕とイブだったな。僕をおびき出すために、殺しはしないだろうとは思っていた。信じよう」

『そう言う事だ。殺されたくなかったら今から言う場所に来い』


 男は僕に住所を告げた。


『ゆっくり来ても良いが、早く来たほうがいいな。お前が来るまで生きたまま嬲って遊んでやるつもりだが、あんまり遅いと、今度は人間の身体を解剖して調べたくなるかもしれない』

「すぐに行こう」


 僕は電話を切ると、思った。


 大丈夫だ。

 住所はここから近い。


 僕は、使い慣れない他人のスマートフォンを使い、地図を表示させると、走った。


 指定された場所は廃墟のようなビルだ。

 僕は脳波を隠し、地下への階段を下りる。


 地下通路の奥。

 三匹の脳波を頼りにたどり着いたその部屋のドアを、僕は開けた。


 汚れたコンクリートが視界に映る。

 中は、がらんとしている広い部屋だった。


 三匹はまとまった場所で座っていて、僕を認めると立ち上がる。


「ずいぶん早いな。それにまた一人なのか? イブはどうした?」


 カノンの姿が、無い。


「人質はどこだ?」

「木島菜緒子は奥の部屋だ。それよりも、答えろ。イブはどこだ?」


 男が親指で左手にあるドアを指し示す。

 無事でいるかはここからではわからない。


 一刻も早く、こいつらを滅ぼさなければ。


「会話はこれ以上必要ない。戦いを始めよう」


 僕はそう言うと、脳波を隠したまま、殺意を募らせる。


「ほう、やる気か? 人間ごときが」


 男が一人、僕に近づいた。


「お前を殺せば、イブも死ぬだろう。あそこまで弱っていては、代わりの個体を見つけることも出来まい。だが、人間。戦いなど出来ると思うな。ただの、たった一匹のちっぽけな人間ごときが、どう戦うと言うのだ? あるのは一方的な殺戮だぞ。お前の……」

「会話は必要ないと言ったぞ」


 僕は相手の言葉を遮ると、感情を放出した。

 イメージを尖らせて、放ったそれは、見えない殺意の腕だ。


「……ッ!」


 完全な奇襲である。

 男の反応が遅れた。


 僕は伸ばした腕の先を鋭利に変形させながら、斬りつける。

 が、浅い。

 どうやら、脳波を抑えたままでは腕は上手く動かせないらしい。


 敵の薄皮一枚を切っただけで、狙っていた致命傷は与えられなかった。


 男はすぐに体勢を立て直して、僕を見る。


「お前は、誰だ?」


 僕はそれに答えない。

 もう隠す必要はないと、脳波を露出させる。


 そこからは混戦だった。

 三対一。

 だが、負ける気はしない。


 同じく三対一で勝ってみせたソラの戦い方を、僕は知っているのだ。


 それに、あの時、戦い方を見ていたのは僕だけじゃない。

 僕の中にいるイブが、ソラの戦い方を教えてくれる。


 脳波を拡散させて、僕自身は踊るようにして舞った。


 ソラの戦いを見て悟ったこと。

 イブの視点で見たそれは、数の差は有利にならないと言うことだった。


 相手は単独行動しかしなかった生物なのだ。

 連携など、取れるはずがない。


 この場所に満たされているのは、敵意の感情。

 僕を殺すための殺意。

 そして、敵を滅ぼすための、僕の脳波信号。


 相手は味方の敵意と僕の敵意の違いがわからない。


 そして独りの僕は、自分以外の敵意の識別は容易いと感じていた。

 自分以外の脳波は、全て敵の物なのだ。

 僕はそれらの感情の隣に動き、隙間を狙う。

 殺意を弾き、逸らして、信号を交錯させる。


 やがて、敵同士の腕がぶつかり合いを始め、隙が生まれた。

 僕はそこを突く。


 僕の殺意が、青い血を流させた。

 一匹、また一匹。

 そうして二匹が苦痛と絶命の波長を発して、消える。


 やがて、残ったのは深手を負っている敵のリーダー格と、僕だけとなった。


「……バカな、こいつ。なぜ」


 すでに相手の敵意は驚愕と恐怖が混じり、純粋なものではなくなっている。

 男は、僕の放った攻撃をかわすことも出来ず、腕や足が飛んで、床に転げた。


「なぜ、だ」


 相手の見えない腕も切断した。

 残ったのは、抵抗も出来ない、無力な存在だけだ。


「なぜ、にん、げんが」


 青い血を流しながら転がる男を見て、なぜか悲しくなった。

 人間だった部分が、口から言葉を吐き出させる。


「なんで殺し合わなくてはならないんだ? 分かり合うことが出来なくても、せめて、敵対しない手段だってあったのに。なんで藤森さんを?」

「理解、出来ん」


 男は青い血の流れるままに言った。


「お前は一体なんなんだ? 誰、なんだ?」


 何を言っているんだこいつは。

 僕が、誰かだと?

 男は言葉を続ける。


「上谷浩介かと、思ったが、違う。お前は一体、なんなんだ?」

「僕は、上谷浩介だ」

「違う。上谷浩介は人間だ。お前は違う。人間に、こんなことが、出来るものか。お前の能力は、俺たちと似てはいるが、その脳波信号は、変り種と自覚している俺よりもずっと異常だ。言っていることも、良く分からん。お前は殺しあわなくてもすむ手段があったかもしれないと、言ったが、なら、お前が今していることは何だ? 結局はこうするしか、なかったのではないか? 何者、なんだ、おまえ、は」


 僕は。


「化け物、め」


 男はその言葉を最後に、息絶える。


「化け物か」


 気がつくと、僕は青い血に濡れて、その場所にいた。

 学生服の白いシャツも、青く染められている。


 生臭い臭い。

 これが、敵の血ばかりではないのでは、と不安になる。

 この青の中に、自分の傷から流れるものも混ざっているのではないかと。


 一体、僕の血は何色なんだ?


「いや、今は良い。カノンを、助けないと」


 僕は部屋の奥へ進む。

 カノンは、口に布を詰められて、拘束された状態で床に転がされていた。


 眠ってる?


 慌てて彼女の頬に触れ、温かいことを確認する。

 呼吸もある。


 彼女の生存を確認すると、僕は彼女の髪を撫でて、やがて訪れるだろう彼女の目覚めを待った。

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