第48話 ゲーム
ゲーム。
否応なしに参加させられた形になるが、僕は自分の中にあった人間らしい心がざわざわと騒ぎ立てているのを感じていた。
木島菜緒子を、殺すだと? カノンを?
「奴め。俺とは違った特別さをもった個体だったが、もはや、俺の理解を超えている」
電話を盗みきいたらしい男が語りかけて来たが、僕はそれに構わずに迅速に行動した。
制服のポケットからスマートフォンを取り出し、アドレス帳を開く。
カノンにすぐ連絡を取らなければ。
電話に出てくれるだろうか。
時間は今何時だ? と、画面を探し回ると、16時52分という数字を確認できた。
僕は迷わずに通話のボタンを押す。
数コールの後、僕はカノンの声を聞く事に成功した。
『……もしもし? どうしたんですか? 上谷さん』
「カノンさん。今どこに?」
『今? えと、おばさんの家に行く途中で、さっき電車を降りたところだけど。あの、もしかしてお兄ちゃんの事、何かわかったんですか?』
木島洋二は、と声を出しそうになったが、それを語る必要は無いし、時間も無い。
叔母さんに用事で、と言うのは聞き覚えがあった。
僕と洋二さんが話している時に現れたカノンの言葉と同じだ。
僕の家の、最寄り駅。
「駅なのか? 僕の住んでいる町の?」
『え、うん』
不味い。
危険を伝えなければ。
奴らがカノンの場所を補足していないのなら、少なくとも三方向に別れるはずなのだ。
カノンの学校、カノンの自宅。
それから、カノンの叔母の家だ。
「カノンさん、良く聞いて。叔母さんの家に行っちゃいけない」
『なんでそんなこと言うんです?』
カノンの声は、途中で何かの警告音に邪魔されて良く聞こえなかった。
僕の持っている端末に、何かが起きている。
画面を見ると、原因は明らかだった。
『ちょっとした用事なのですぐ帰りますよ、お兄ちゃんの事で』
「カノンさん! すぐ行くから待っていて欲しいんだ! 駅前じゃなくて、もっと目立たない、ハンバーガーショップとかで……くそっ!」
バッテリー切れ。
僕のスマートフォンは長い電子音とともに、その画面の光を失わせていた。
男が言う。
「俺は傍観させてもらう」
「構わない」
当然だろう。
彼には戦う理由がない。
僕は端末をポケットにしまい込むと、走った。
駅まで一刻も早く行かなくては。
……どうか、通話の言葉が聞こえていてくれと祈りながら、ひたすら前へ意識を進ませる。
駅の方角は分かっている。
僕が、と言うよりも、上谷浩介が死ぬ前に見た地図で、大体の地理はつかんでいた。
息は不思議と乱れていない。
自分が、まるで風になったかのようなスピードを感じている。
流れる景色の中、僕の頭に様々な事が浮かんだ。
上谷浩介と言う人間。
それから、イブ。
二人の記憶が少しずつ、僕の中で、まるで甦るようにして浮かんで来た。
『久しぶりだな、浩介』
再会、そして、一緒に過ごした時間。
『僕は、ちゃんと、君のことが好きになってからじゃないと、いやだ』
『好き?』
あの頃の僕……上谷浩介と言う人間が思っていた、ちっぽけなこと。
『血。キスより、良いんだろ?』
『確かにそうだ。だが、こんな手段をなぜ選ぶ? なぜ私を抱かない?』
『嫌なんだ。僕は』
あのパーキングエリアでの戦いで、僕らの心は近づいたが、同時に遠ざかったとも言えた。
あの頃の僕らには、お互いの妥協点が見つけられなかった。
『助けに来たんだ。戦ってるって、分かったから』
『助けに来た? 意味の分からないことを……排除させてもらう』
『ちょ、待てよ! ……助かったよ。ありがとう。僕は木島洋二』
ソラ、そして、洋二さんとの出会い。
あの二人の出現で、僕らは再び分かり合える場所を探す。
冷たく、甘かったアイスクリーム。
『もう行こう。遅くなると、どんどん寒くなる』
『そうだな。アイスクリームと言うものは、体が冷える』
手を繋いで伝わった、お互いの体温。
『風が少し、冷たかったのだ』
あの時、僕達は少し分かり合えていた。
確かに。
『上谷君が大変な時に、何にも力になれないって、辛いんだよ?』
藤森さん。
君は死んではいけなかったと、今でも思う。
『ねぇ、上谷君、私、上谷君の、こと、ね、ずっと……』
奴らを許すわけには行かない。
今度こそ、守る。絶対に。
『お礼をちゃんと言いたくて。もう一度、どうしても会いたかったんです。私と、お友達になってくれませんか?』
カノンを想いながら、僕はスピードを上げた。
全く苦しくない。
上谷浩介としての記憶は風と共に後方へ流れて行く。
視界にハンバーガーショップの看板が見えて、僕はそこへ向けて全力で走った。
が、同時に嫌な予感が胸をざわつかせる。
カノンは店内だろうかと思ったその時、僕のポケットが振動した。
僕のスマートフォンの電源は依然として落ちたままだ。
とすれば、あの男が仲間と連絡に使っていた端末の方だろう。
自分でも気づかないうちにポケットにしまっていたらしい。
振動しているそれを取り出すと、数字の羅列が目に映った。
僕は通話ボタンを押す。
『上谷浩介だな』
「そうだ」
声はもちろんあの男だ。
『お前には残念な話だが、俺たちの勝ちだ。木島菜緒子は、木島洋二の母の家を見に行った仲間が捕まえたよ』
頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。
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