第47話 初戦

 男の声に気がつくと、僕の周囲に謎の存在感を感じた。


 同時に、頭にスイッチが入ったような意識の変革。

 ……それは、これが脳波の信号なのだと理解できるものだった。


 視覚や聴覚よりも、もっと広範囲に手を伸ばして、いろいろなものを知ることの出来ると言う感覚。

 自分以外の感情を知覚し、同時にこちらの感情を対象に反応させる、今まで感じたことのないコミュニケーション。


「ああ。分かる。方角と、距離。反応は、一つ」

「そうだ。それが我々がお互いを認識する脳波だ」


 男が自分の頭を指差していた。


「どうやらお前のココの作りは、俺たちと同じのようだな。俺は脳波をほぼ完全に隠している。だが、お前はどうだ? コントロールは可能か?」

「いきなりそんなことを言われても分からない」


 コントロールなどと言われても、想像もつかない。

 だが何もしないわけにもいかず、集中して自分の出来ることを脳内で模索する。


「違う、そうではない。中ではなく、外を意識しろ」


 男の声は不思議な音の響きだった。

 きっと、暗示の能力でも使っているのだろう。

 ふと気が付くと、僕は自分の周囲に不可思議な存在感が出現していることに気づく。


 多分、あの見えない腕だ。

 驚いたのは、それを認識できるのに、視覚では捉えられないと言う事だった。


 無いのに、ある。


 これは脳波信号で感じることの出来る形であり、体の外に浮き出た質量のある感情そのもののように思えた。


 同時に、閃く。

 脳波の本質が理解できたのなら、今度は目の前の男のように、脳波を隠せないかと。

 僕は、自分自身を、自分の外側の人間に認識されないようにと、した。


「俺はもう、何が起きても驚かない」


 男はそう言って、笑う。


「お前の脳波が消えたぞ。俺と全く同じ状態だ。敵が突然に消えた信号に困惑している。どうする? このまま逃げることも可能だが」

「いや、ここで殺そう」


 藤森優子を殺した相手だ。

 容赦はしない。


 僕は、露骨に敵への憎しみを強めた。

 脳波信号が色を変え、その感情を伝える。

 そして相手も敵意を発信し、こちらに向かって来た。


 敵意と敵意の、相互認識。

 戦いになると言うことが、それだけで分かる。


 距離と方角を測れば、相手はもう、この部屋のすぐ外にいるようだった。


「何をしている? ドアを開けて入って来たらどうだ?」


 僕がそう言うと、ドアが開いた。


「……なんだと? お前は、なぜ、生きている」


 そいつが驚いたのは、表情よりも脳波信号で分かった。


 他人の意識を感じるというのは少し不快だ。

 相手が藤森優子を殺した連中だからなのだろうかとも思う。


 が、今はどうでも良い。

 すぐに消し去ってやる。


 僕は周囲に出現させた腕を伸ばした。


 攻撃。

 動かし方はなんとなくだが、分かった。


 僕の見えない腕は、変形しながら敵に迫る。


 同時に僕は想像力を働かせて、敵の死を連想するものをイメージした。


 先を鋭利に変えた細い物は、剣。

 枝分かれさせて、手数を増やし、複数、多方向から一斉に向かわせる。


 大きく、強力な腕は斧だ。

 ボディを分断させようと、敵の胴体を狙った。


 敵の迎撃は遅れていたが、悪手ではない。

 剣を弾き、斧から逃れ、ドアの外に脱出することを選んでいる。


「逃がすか!」


 僕は外へ向かって走った。


 敵は廊下を走っている。

 僕は閉まりかけたドアを開ききると、男の背中へ向かって殺意の手を伸ばした。


 そして、敵の死の実感。

 初手で相手の足を刺し貫き、動きの止まった敵をズタズタに引き裂く。


 敵の脳波が消える。

 消える瞬間、脳波信号が死の直前の感情を僕に伝えてきた。

 恐怖、痛み、そして、強烈な孤独。


 息が乱れる。

 やはり、不快だ。


 男が、僕に追いついた。


「驚くほどの運動能力だ。我々を凌駕している」

「何?」

「走った速さだよ。いや、今はどうでも良い」


 男はそう言って、敵の死体の方に向き直る。


「倒した敵の手元を見ろ。端末を持っている。どうやら通話中だ」


 それは確かに、暗い通路でとても良く目立った。

 ここからでも、受話器の形をしたマークが見える。


 僕は歩いてその場所まで移動し、それを拾った。


「誰だ?」

『……お前こそ、誰だ?』


 声は忘れようも無い。

 あの群れのリーダーだ。


「こちらは把握したぞ。僕の名前を教えてやろうか?」

『いや、こちらも思い当たる奴がいる。だが、理解できない』


 電話先の動揺が伝わってくる。


「生き返ったのさ。お前達を滅ぼすためにな」

『……やはり理解不能だ。だが、お前がもし上谷浩介ならば』


 電話先の声が怒気を孕ませる。


『お前は今度こそ、殺す。今度は首を切断し、心臓を握り潰してやるぞ。そう言えば、この電話をしている個体はどうした? イブが殺したのか?』


「半分は正解だ」


 半分は。と言った瞬間、僕の中にイブがいるのを強く感じた。


『……面白い。こちらで見つけられなかったイブが、ついに現れたと理解するよ。つまりは、俺の敵だ。そっちで俺の仲間を殺したのなら、こちらの残りは三か? 生き残るのがどっちか勝負してやる』

「勝負だと?」

『ゲームだよ。非力な人間のお前にも参加できる形でな。俺たちは今から人間を一人、殺しに行く。お前と深く関わりのある人間にしよう』


 僕の心臓が早まる。


『相手はそうだな。木島洋二から聞きだした話だと、お前と親交のある木島菜緒子が良いだろう。木島菜緒子が死ぬ前に、俺たちを殺してみせろ』


 電話はそこで切れた。

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