第41話 真実

 それは、一言で言えば、美少女だった。


 繭の内容物。

 どろりとした粘膜に濡れた白い肌の、人間の女の子に見えた。


 何も身につけてはいないので、少女であることは見間違えようも無い。

 僕よりもずっと年下の、イブやソラのように、心臓を撫でられるかのような変な魅力がある女の子だった。


 ……イブや、ソラと、同じ?


「なんだ、こいつは。なぜ、そんなところから出てくる」


 イブは言ったが、少女は何も答えない。


「お前は」


 イブが言葉を続けようとしたその瞬間、僕の顔のすぐ横を通り過ぎる何かの気配を感じた。

 ただの空気の流れではない。

 屋内のこの場所で、この風は不自然すぎる。


 違和感の後、それが目に見えない透明の腕だと結論を出したその瞬間、イブの向こうにいる少女の首元から青い液体が噴出した。

 僕もイブも、少しも動くこともできず、青い血の臭いをかいだ。

 少女は繭に向かって倒れる。


 繭に寄りかかるようにして止まった少女の身体から、ほとんど繋がっていなかった首が離れ、地面に触れるぐちゃっと言う音に、思わず目を背けた。


「貴様……!」


 イブの声が聞こえる。


「一体どこに潜んでいた?」


「言ったはずだ。しばらくお前達の近くにいると」


 その声は聞き覚えのある。

 振り返れば、脳波をコントロールできると言う、変わり種の敵がいた。


 男は、イブや僕などお構い無しにつかつかと部屋を進む。


「おい。ソラ、と言ったか? お前はまだ生きているか?」

「何者、だ」


 ソラとは初対面らしい。

 男が靴音を立てて、僕の横を通り過ぎた。


「心配するな。人間ではないが、お前に危害を加えるつもりはない。いや、止めを刺さない、と言った方が今は正しいか。お前はその傷では助からん」


 男はイブの横も平然と通り過ぎていく。


「お前をずっと探していたよ。やっと動きがあったが、木島洋二がすでに手遅れのようで残念だ」

「何、を」

「まだ耐えろ。意識を保て。お前にまだ用がある」


 ソラに向かって言い聞かすようにして語った男は、今度は僕らに向かって振り返った。


「上谷浩介とイブ。お前達にも付き合ってもらう。たった今、俺が殺したのは、お前達の同種だ。木島洋二が変異した俺の同種と共に、繭からお前の種族が現れたこの現象がどういうことか、お前達に分かるか?」


 繭の近くの青い血の少女を見る。

 やはりイブやソラと同種、だったのか。


 だとしたら、これは?

 イブが唇を噛むみ、男が追撃する。


「どうした? 結論を出すのが怖いのか?」

「知ったことか。私は」


 イブが話を終わらせようとしたが、男はそれを言わせない。


「いや、知ってもらう。俺の種と貴様の種は、お互いを別の種と認識し合い争っているが、元々どちらも同じ繭から生まれる同種の生物だ。これが答えだよ」


 全てが止まる。

 時間も、空気も。

 敵と、イブが同種?


 ……考える時間が欲しい。

 一体、どういうことなのだろうか。

 男が先を続ける。


「良いか。我々は、多くの生物がオスとメスで別れているように、対になる存在として役割を持たされた同種だ。適合する人間を探して共に生きるお前達メスと、それを目印に集まり、繁殖するために人間を奪うオスと言った様にな」


 もっとも、オスやメスと言った定義は我々には当てはまらないが、と男は続けた。


「元々俺達は単独行動だ。本能で繭を形成し、後のことなど考えもしない。数日経って、中から出てきた奴らは、成長するに従って脳波を出すようになり、その頃には単独行動を取っている。脳波でお互いを認識しあっても、繭の中から一緒に出てきた他の連中になど、近づきもしない。だが、この場所を根城にしている、徒党を組むようになった変り種の奴は、この事実に気づいた。だからと言って、仲間を増やすのに邪魔だと殺すだけで、この事実など些細なこととしか思ってはいないようだが」

「ここを根城にしてる奴らの都合など知ったことか! それより、私がお前らと同種の生物だと? バカな!」


 イブが反論を続ける。


「お前の話の通りなら、私はお前らに適合する人間を提供するために生きてきたとでも言うのか? そこにいるソラも? 全ての私の同種も!」

「そうだ」


 男は平然と返した。


「実際、俺達の種はお前達を目印にしていたよ。例えば木島洋二の体質が適合する連中は、木島洋二と体質が適合するソラの脳波を探していた。俺達の種族なら知っていることだが、適合する組み合わせを発見したのなら、その人間の相手側を探せば良い。これは我々の共通認識だ」

「なんだよ、それ」


 声を出したのは僕だった。

 乾いた声だと自覚する。


「ち、違う、浩介」


 イブが酷くうろたえた様子で僕を見た。

 今、僕は自分がどんな顔をしているのか、それは分からない。

 ただ一つ分かることは、僕が知らずに拳を握り締めていたことだった。


「何が、共生関係だよ。僕は、普通に誰かに恋することもできないで、生きてきて」


 僕の声は震えている。


「こんなの全部、最終的に僕が死ぬための関係じゃないか」

「浩介、私は」

「後にしろ。今は時間が無い」


 男は僕とイブの話を止めると、再びソラに向き直った。 


「ソラ。まだ生きているはずだ。お前に試してもらいたいことがある」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る