第39話 見え方

「お前か。もう、手遅れだぞ。なぜそこまで頑張る」


 男――化け物の一人がそんなことを言い、心臓がドクリと不気味な音を立てた。

 手遅れ? そんな。

 捕らえられたイブは、息も絶え絶えに、身動き一つとれていない。

 男はなおも言葉を続けた。


「手遅れだと言っている。こいつはすぐに殺せるし、お前もこの数では太刀打ちできまい」

「黙れ。それ以上喋られなくしてやろう」


 合図は、ソラのその言葉だった。


 空気が風となって、僕らの間を通り過ぎる。

 拘束を解かれたらしいイブが地面に落ちた。


 合わせて四体分の、見えない腕の気配。

 そしてソラの動きは疾風のようだった。

 イブの横を通り過ぎて、次に、そのままクルリと身を翻す。

 瞬間、暴力がぶつかり合う音が響き、それがテンポを刻んでいるかのように鳴った。


 ソラはそれに合わせるようにして、くるくると舞う。

 地面には穴が開き、力のぶつかり合いの中に風を切り裂く音が混ざった。

 と、一匹。突然に男の首が捻じ曲がり、次にはその頭が弾けて飛んで、青い血が飛び散る。


 早くももたらされた、圧倒的な死だった。

 化け物たちはギョッとしたようで、攻撃の手を速めたかのような雰囲気を出した。


 が、ソラの動きは止まらない。

 ステップを踏み、跳ぶ。

 決定的な攻撃の音が響いて、また、どこかで確実なる終わりが訪れたのが分かった。

 見れば二匹目の胴体が斜めに切り裂かれている。

 分断されたそれは重く湿った音を二つ立てて、地面に落ちた。


「な、なぜだ、なぜ、ここまで。数の差を……」


 ソラは三匹目も同時に屠ったらしい。

 最後に生き残った男の頭部が、不気味に変形していた。

 視線はソラを見ていない。

 目をぐるぐると、様々な方向へ漂わせている。


「理由はある。だが、死んでいくお前に理解することなど不可能だ」


 瞬時に男の身体がバラバラに分断され、ソラの言葉通りの結果となった。


「こんなに、強かったのか」


 思わず漏らした声に、ソラが鼻で笑う。


 事実、驚かずにはいられなかった。

 三対一。

 それなのに全ての攻撃をかわし、かすり傷一つ負っていない。

 与えた傷は的確で、すべてが致命傷だ。


 が、今はそんなことはどうでも良いと思い出す。


「……イブ!」


 駆け寄ると、イブは力なく立ち上がり、僕に対して言った。


「大丈夫だ。致命傷は、無い」


 だが、とてもそうは見えない。

 傷は全身に出来ていて、左手の指が切断されていた。


 付近を探すと、切り離された指らしきものが、ぐずぐずと僅かに煙を上げながらボロボロに崩れている。


 周囲の敵の肉片も同じように崩れていたので確定はできなかったが、チラリとそれを見たイブの反応から、イブの指に間違いないのだろう。

 近寄って手で持ち上げようとしたが、ダメだった。

 これではイブの左手が元通りにならないのではないかと不安になる。


「……イブ、指が。こんな、酷い」

「気に、するな。我々の傷は人間とは違う。しばらくすれば、元に戻る」


 それが僕を安心させるための嘘なのか、それとも本当なのかを確かめる術はない。


 イブは敵が来ていた服を一着、見えない腕でびりびりに破くと、素早く手に巻き付けた。


「大したことは、無い」


 苦痛にゆがんだ顔がぐらりと、傾く。

 すかさずその小さな肩を支えると、細かな震えがあるのに気づいた。


「ほんとに大丈夫なのかよ、イブ」

「まだ動ける」


 イブの弱弱しい声を聞くと、やはり不安だ。

 でも、イブは言った。


「本当に大丈夫だ。骨にも異常は無い。少し休めばすぐに落ち着くはずだ。本当なら、殺されてもおかしくなかった。ありえないことだが、手加減でもしていたのだろう。奴らの脳波信号は、私から見ても不気味だった。私をどう痛めつければどんな信号を出すのか。それを知りたがっていた。あれではまるで、人間だ」


 人間のようだと、それはさっきもソラから聞いたが、彼女たちから見た人間がどんなふうに見えているのか、酷く悲しい気がした。

 思えば、今までも、イブからは人間批判とも取れる話を聞いたことがある。

 愛を便利な道具だと言ったり、そう言う事を。


 イブはそんな僕の心の寂しさなど気にもせずに、言葉を続けた。


「いや、今はその話は止めよう。とりあえずソラの強さに感謝しよう。三対一でここまであっさりと勝つのは、私には無理だ。私が万全だったとして、奴とまともに戦っても勝てはしないだろう。それだけの強さだ」


 ソラが強いと思ったのは僕だけでは無かったらしい。


「そんなのはどうでも良い。洋二を探そう。手伝ってくれ」

「分かった」


 イブはそう答えたが、ふと思い立ったようにソラに言う。


「ソラ。少し気がかりなことがある。奴らの言葉にだ」

「後にしろ。話している時間は無い。私を足止めすると言うのなら、もう同行しなくても良いぞ。これ以上は無理に手伝えとは言わん」

「いや、手伝おう。人間風に言うと、借りを返そうと言う奴だ」


 イブがそう言って、ソラの後を追う。

 そのふらつく足取りを支えて、僕らは敵のへと近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る