第38話 進撃
失敗。
それは、イブに危険が差し迫っていると言う事を意味している。
「そんな! どうして!」
「待ち伏せだ。あいつがホテルに近づいた瞬間、他方向から複数の反応が現れた。このままでは陽動どころではない、捕まるぞ」
僕は廃墟となっているホテルを見る。
捕まったなら、イブはどうなるのだろうか。
洋二さんと別れた日に囲まれた時は、正直、運が良かっただけなのだと思う。
次も無事であるという保障は全く無い。
「まずいな。我々は完全に追い込まれた」
「え?」
「この位置にいる私の存在も知られてしまったようだ。別の場所に、こちらに敵意を示している奴が現れた。こうなったら、私も行くしかあるまい。想定した戦いとはほど遠い、まったくの不利な戦いではあるがな。イブが生きている内に各個撃破か、それとも、なんとか合流して協力して戦うか。……上谷浩介、お前は好きにしろ。死にたくなければ逃げるんだな。私はもう、動く」
ソラが走り出した。
その一瞬。
コンマ数秒の葛藤が、僕の中に生まれた。
逃げる?
洋二さんも、イブも、ソラも、みんなが危険になっているのに?
……今、ここで1人で生き残ったって。
恐怖や悲しみよりも悔しさが勝り、僕は拳を握りしめた。
どちらにせよ、群れている連中に顔は知られている。
イブがいなければ、僕はいずれ見つけられて、殺されるだろう。
捕まって、奴らの繁殖とやらに肉体を使われて。
だったら!
僕は思い立つと、ソラの後を追った。
ソラの足は速い。
僕だって運動神経は悪くないはずなのに、とても追いつけそうに無い。
と、走り出した僅かな時間の後、僕らの前方に道を塞ぐ形でジッとしている男がいることに気づいた。
そいつは僕らを眼で認めると、首をぐぐっと上へ伸ばす。
見るからに人間で無いのが、遠目でも分かった。
だが、ソラは速度を落とさずにステップを踏みながら進む。
昔、イブも僕の前で見せたことがある。
……回避行動のリズムだ。
次の瞬間、アスファルトの地面や壁に穴が空くのを僕は見た。
殺気の感覚を受けて身がすくむ。
同時に。どこかの工場から出た音だろう、何かの機械的な音が聞こえてきた。
それに混じって、あの見えない腕と腕がぶつかる音が数回。
――そう、僅か数回のうちに決着はついていた。
男の身体に穴が開き、胴体が引き裂かれて、青い血が散らばって男は崩れ落ちる。
ソラは倒れた身体の横を走り抜けた。
強い。
ソラとの戦いは、以前に、あの廃工場で一度だけ見たけれど、劣勢だったソラのイメージが強すぎて、こんなにあっさりと敵を倒せるとは思っても見なかった。
いや、感心してる場合じゃない。
すでに、ソラは視界のずっと先だ。
僕は必死にソラの姿を追い、走りながらイブのことを思った。
どうか、無事でいて欲しいと。
そうして僕がホテル跡に到着した頃には、ソラがすでに入り口で待ち構えていたであろう敵の一匹に止めを刺したところだった。
「あと三匹だ。全てがこの程度の敵なら、すぐに片付けられるだろう」
「イブは?」
呼吸が苦しかったが、なんとかそう言えた。
「向こう側に反応を感じるな。まだ反応は4つある。生きているぞ」
顔色一つ変えず、呼吸に少しの乱れもないソラが、あっさりと僕に答える。
「建物の反対側。駐車場の方だ。どうやら連れて行かれたらしいな。四つ、全てそこにいる」
四。
残りの三匹と、イブだ。
焦燥感が僕の中で暴れまわっている。
早く、助けないと。
と、その時、僕を見ていたソラの目が、スッと細まった。
「しかし、奴らの脳波は何なんだ? 全員、私に気づいているはずだし、味方の反応が消えたのに気づいていないわけが無いと言うのに、何やら楽しんでさえもいるようだぞ」
「楽しむ?」
言葉が上手く出てこない。
呼吸が落ち着かず、胸が酷く苦しい。
「複数でイブを嬲っているようだな。実に興味深い。群れるとこう言うことをするのか、奴らは。これではまるで」
ソラが笑った。
「……まるで人間のようではないか。人間はイジメやら
「ソラ。早く、イブを助けないと」
体中からどろりとした汗が流れて落ちる。
「私が見捨てると思うか?」
「それは」
正直、見捨てると思っている。
助けてくれるわけが無い。
だが、意外にもソラの答えはこうだった。
「心配するな。奴らに仲間を呼ばれたらやっかいだ。そんな状況になるくらいだったら、殲滅する方を選ぶ」
そう言って走り出したソラの後を、苦しい胸を抱えて、必死に走る。
そして、建物を回りこんだその先に、イブはいた。
「馬鹿、が、なぜ、お前まで来た、浩介」
……悲惨だった。
イブは、見えない腕で拘束されていたのか、僕らの眼前で浮いていた。
まるで見せしめだった。
少しずつ、じわじわとした暴力に晒されていたのだろう。
全身から青い血を滲ませて、破れた衣服や地面を青黒く染めていた。
「ッ……ァ……!」
拘束の力が強まったのだろう。
イブの身体がグググッと僅かに捻られ、イブが声にならない悲鳴を上げた。
「や、やめろ! やめてくれ!」
思わず叫んだ声はガラガラで、その場で乾いた音を響かせる。
もう、ずっと呼吸が苦しい。
ダメだ。
止めないと、このままではイブが死んでしまう。
「そこまでにしてもらおうか?」
ソラが、目を細めながら一歩を踏み出していた。
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