第28話 一触即発
「で、どうして、お前は今になって姿を現した?」
「木島洋二と、お前達がソラと呼んでいる個体が姿を消した。どこに行ったか知らないか?」
カノンが木島洋二と言う名前にピクリと反応する。
だが、何かを言おうとしたカノンの反応は、イブが男に突き放して言った言葉に遮られた。
「知らないな。我々を尻尾切りにしてどこかへ逃げて、それっきりだ。そうだ、私も聞きたい事がある。お前らの種が相当な数の群れを成しているのを私は見た。あれはいったいなんだ?」
「なるほど、アレに襲われたか。奴らの個体に、木島洋二と適合した個体が現れたのだな」
「その口ぶりからするに、知っているな? お前達の種が群れるなど、私は知らないし見たことも無い。あれはなんなんだ?」
「俺と一緒だ。偶然に発生した、特別な個体だよ。もっとも、俺とはタイプが違うがね」
「あれだけの数の変異種が発生しただと?」
男はイブの声を聞くと、再び目を細めた。
「いや、群れを作っている連中でも、特別な個体なのは奴らのリーダーだけだ。仲間を作ることを思いつき、それを実現させた。少し、特殊な脳波を出す奴でね。俺も興味深いと観察していのたが、最近ではそうも行かなくなった」
「どう言うことだ?」
「奴らの話も盗み聞いたことがあるが、奴らは、人間の上位種のつもりでいる。とって変わろうとしているのだ。最終的には人間社会に対して戦いを挑みかねない。我々の種もお前達の種と同じく、人間無しでは生きられないと言うことを忘れている」
男はそれらをゆっくりと話していた。
場所が駅前だと言うのに、周囲の人間は誰も気にとめていない。
不思議な光景だったが、そう言う物なのだろうか。
人間では僕と、それからカノンだけが、男の話に聞き入っている。
「奴らは人間が多すぎると話していた。だが、それは我々の種が生まれた時から持っている欲求を満たすのに、実に都合が良い。割合的に、人間がいればいるほど個として適合する人間は多くなるのだからな」
「そうだな。私もその意見には同意だ。適合する人間は、昔よりもずっと見つけやすくなった。ずいぶんと生き易くなったと言える。敵との戦いも増えてはいるが」
ふと、男とイブの会話をカノンはどう思っているのだろうかと気になった。
カノンをそっと覗き見る。
カノンは男の顔を凝視していた。
男は話を続けていたが、そろそろ話をまとめにかかった。
「お前とはまたゆっくりと話がしたいな。木島洋二と、それからソラと名付けられたあの個体の行方が分かったら、俺にも教えろ。しばらくはお前達のそばにいるつもりだが」
「あの!」
そこまで話した男の言葉を、カノンが意を決したように口を開いて遮っていた。
気にしていたと言うのに、止めることが出来なかった。
「お兄ちゃんと、その、どういう関係なんですか? あなた達の話、良く分からなくて」
「なんだ、お前は?」
男の目が細くなる。
だが、笑っていないと言うのが、はっきりと分かった。
「木島洋二の、従妹です、その。連絡が取れなくて。何か、大変なことに巻き込まれてるんですか?」
「カノンさん、ダメだ!」
僕は、カノンを止める。
「後で、ちゃんと説明するから!」
男から発せられている不気味な感情。
殺気だ。
おぞましい気配に当てられたカノンが息を呑み、硬直する。
守らなければと思った。
何を犠牲にしても。僕の命と引き換えにしても。
だがしかし、決意した僕の前で、男は突然に笑いだす。
声に出して、くっくと。
「なんだ、その顔は? 俺と戦うのか? そんな身体で。少し、滑稽だぞ、お前は」
視線は僕に向かってはいない。
男が見ているのはイブだった。
イブが、僕達の前に歩み出て、それから言う。
「攻撃信号を発したのはお前が先だ。こんなに人間が大勢いるところでどういうつもりだ? そっちがその気なら話し合うつもりは無い。応戦させてもらう」
イブの周囲の空気が変わる。
あの見えない腕が出ているのだろう。
男は首を振って、こちらに向き直った。
殺気はもう、消えている。
「そうだな。どうかしていたよ。殺すのは止めた。攻撃本能をくすぐられる人間に会ったのも久しぶりだったので、ちょっと冷静さを欠いた。血縁関係があるなら、連絡が来る可能性もある。殺さない理由はそれで十分だ。それよりもお前は今にも死にそうでは無いか。そんな姿になってまで、何をそんなに我慢している。お前なら、無理やり犯すことだって出来るだろ?」
「黙れ。こちらにも事情がある。浩介が良いというまで、私は」
イブの足がふらつき、僕は慌ててその身体を支えた。
「お前たちがどう生きようが、俺にはどうでも良いことだ。だが、くだらない死に方だけはするなよ」
それが終わりの言葉とでも言うように、男は僕らから離れた。
丁度、電車が来たらしい。
改札からどっと溢れた人だかりに紛れて、すぐに分からなくなった。
「……もう、大丈夫だ。一人で立てる」
イブがそう言ったのは、男が立ち去ってからすぐのことだった。
「イブ、どうしてここへ?」
「お前が家を出てから、ずっと隠れてそばにいたよ。どんなに辛かろうが、私が一瞬でもお前を一人にさせると思ったか?」
考えてみれば当然だった。
だが、イブの身体は明らかに無理をして動かしていた。
男が言う様に、これで命のやり取りをする戦いなんて、出来そうに思えない。
「浩介、少し疲れた。早く帰りたい」
「分かった、帰ろう」
罪悪感が僕を襲っている。
早くイブを休ませないと。
だが、納得できないと、声が上がった。
「待ってよ、上谷さん!」
カノンだ。
今までのため込んでいた感情を爆発させるかのよな、強い声だった。
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