第27話 影


「カノン、さん? どうしてここに?」

「お兄ちゃんと連絡取れなくて、アパートに行った帰りなんですけど。でも、やっぱりいなくて。その、上谷さん、お兄ちゃん、知りませんか?」


 カノンの言うお兄ちゃんとは、洋二さんのことだ。


「カノンさん。洋二さんは」


 そこまで言って、それからなんて言えば良いのか分からなくなった。

 全てを言うわけにはいかない。

 それに、洋二さんと連絡が取れてないのは僕も同じなのだ。


「上谷さんは、何か知ってるんですか?」


 カノンの言葉をそこまで聞いたその時。 

 彼女の肩越しに、僕をジッと見ている男が見えた。

 そのシルエットに、何度か感じたことのある違和感。


 それは、あの大火田町の神社、パーキングエリア、そして工場跡。

 つい先日も道で。

 人なのに、人ではない気配。 


 ……敵だ。


 僕はとっさにカノンと男の間に回り、男を見た。


 男は目を細めてこちらを見ている。

 ぞっと、背中に冷たい物が走った。


「か、上谷さん? どうしたんですか? いきなり」

「カノンさん、今は何も聞かないで、逃げて。早く……!」


 僕はそう言って、覚悟を決めた。

 何も出来ないで殺される可能性しか無い。


 だが、男は目を細めると、くっくと笑うのだ。


「まぁ、そう慌てるな。上谷浩介。俺は別に貴様を殺すために探していたわけじゃないし、そこの人間のメスにも用は無い」

「なっ……! 信じられるかよ!」


 ……しかし、どうする?

 相手は、僕の名前を呼んだ。

 名前を知っているのだ。

 住所も、何もかも知っているに違いない。


「人間のお前と話してもらちが明かないな。そっちで説得してくれないか? 攻撃信号を発していないことは、お前が分かっているだろう?」

「了解した。だが、少しでも変化が現れた瞬間、私はお前を攻撃する」


 カノンではない、別の女性の声が聞こえた。

 良く聞き知った声。

 すぐ近くの暗がりから、忽然とその姿が現れる。


「イブ?」


 イブだった。

 まるで影から突然浮き出て来たかのように現れた彼女は、警戒した様子で男を見張っている。


 男がくっくっくと笑った。


「ずいぶん威勢が良いが、お前は弱りすぎだぞ。俺が戦う気になったとしたら、お前では勝ち目は無い。そのくらいは自分でも分かっているはずだ」


 イブは鼻で笑い返す。


「刺し違えるくらいはやってみせる。もっとも、貴様が何もしないというのなら試すつもりは無いがな。それよりお前はなんなんだ? 今の今まで私の脳波感知に反応が無く、この距離になってから突然現れた。それも強い反応を示している。意味が分からない」

「俺は少し他の奴らとは変わっていてね。偶然に生まれた変り種と言う奴だ。繁殖に興味も無いから人間を襲うことも無い。今も、戦うつもりならとっくにお前達を殺しているさ。俺はただ、興味があるのだよ」

「興味?」


 イブが疑いの眼差しで男を見た。

 もちろん、僕だって未だに警戒している。


「そう、興味だよ。同種と行動を共にすると言う、実に珍しいケースを経験したお前にな。お前と一緒に生きているそこの人間の個体についても、お前と一緒にいると言う点で同様に興味がある」

「何を言うかと思えば。同種と行動を共にするのは確かに珍しいし、私も生まれてはじめてのことではあったが、ゼロではなかったはずだ。ありえる話ではあっただろう」

「いや、俺もずいぶん長い間生きている個体だが、見たのは初めてだ」


 カノンだけが取り残されて混乱している。

 いや、本当は僕だってイブと男の話を理解しているようで出来てない。

 このやり取りに、いったい何の意味があると言うのだろうか。


「なぜ、そんなことが言える? 私の種に関して詳しいとでも言うのか?」

「そうだ。俺は脳波の発信を自分の意思でコントロール出来る。人間を装って、貴様らの種に近づくことが可能だったと言っておこう。相手をそれと認知しながらも、相手に気づかれずに近づける。会話を盗み聞くことも容易だ。お前達についても色々知っているぞ」


 イブの顔色が変わった。


「確かに、貴様は特別な個体であるようだな。……浩介、気づいていたか?」

「な、何を?」


 急に話を振られた僕は混乱する。


「奴は私たちのことを知っているぞ。今、奴の脳波が全く消えてしまった。これでは人間との区別が付かない。むしろ、脳波を感じていないと言う点で、全く警戒も出来なかった」

「警戒出来なかった? ……まさか」

「そうだ。我々に気取られず、私たちのことを調べ回っていた可能性がある」


 頭がパニックを起こしている。

 男が、今度は僕に向けて言った。


「そう言う事だ、上谷浩介。俺はそこの個体がアイスクリームを好んで食べていると言うことも知っている」


 男は目を細めて、ニヤリと笑った。


 ぞわりとする。

 こっちが気づいていないだけで、僕らはつきまとわれていたのだ。

 様々な場所ですぐ近くにいて、僕らの会話を盗んで聞いていたり、ずっと見ていたり。


「とは言え、元々、俺が見ていたのはお前らではない。お前らがソラと呼んでいる個体だ。少し変わった脳波信号を出す個体だったからな。そして、同種同士が争いもせずに一緒にいると言うケースをこの町ではじめて目にした。実に面白く思ったよ。人間の言葉で言うと、知的好奇心を刺激したと言うのか?」

「くそっ……! ストーカーみたいなことしてたってことかよ!」

「ストーカー? 何だそれは、浩介?」


 聞いてくるイブだったが、ふざけてるわけじゃないのだろう。

 でも、目の前の男がやってることは、ストーカーだとしか言いようが無い。

 と、僕が次の言葉を捜しているうちに、イブが男に聞く。

 それは、至極まっとうな疑問だった。

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