第24話 絶体絶命

「なぁ、イブ。人がいっぱいいるところにいったらどうかな? 奴らだって、人間に見られたくは無いんじゃない? その場所で上手くやり過ごしたりできれば、って考えてみたんだけど」


 僕の提案に、イブは冷静に答えた。


「その場で殺されないという点だけを考えるなら、それでも良いだろう。だが、姿を見られたら最後だと思え。名前、住んでる場所、様々な情報を知られることになる。奴らは狩人だ。生活範囲を特定され、襲撃の機会をずっと狙われ続けるぞ」

「ダメか」

「それでも、この場所で殺されるよりマシだな。どこか良い場所は無いか?」


 僕は土地のことを考える。

 人が良そうなところ……と、思い当たった。


「あっちの方に大型スーパーがある」

「距離は?」

「300メートルくらい」


 イブは残念そうに言う。


「ダメだな。遠すぎる。敵のいる方角だから、下手すればたどり着けずに道でご対面だ」


 そうしているうちにタイムリミットは近づいて来たらしい。

 イブは静かに僕に問いを投げた。


「さて、浩介。念のために聞いておく」

「何?」

「私に殺されるか、奴らに捕まって生きたまま殺されるのか、選べ」


 急に襲ってきた死の実感。

 ああ、そうか。

 ここで終わりになるのかもしれないんだと、今更ながら思った。


「どっちも嫌だ、けど、どっちか選ばなければいけないんだよな。そしたら、第三の選択肢とかどう?」

「どう言う事だ?」

「イブは僕を傷つけるけど、殺さないでさ。イブが僕の血を飲んで、イブだけ逃げるんだ。僕は奴らをひきつけるから、その間に」

「その手段が可能なら、もっと早くに実行しなければならない」

「……ってことは、もしかして」

「そうだ。もう遅い」


 その通りだった。

 僕らの目の前に、男が三人。


 背後にも気配を感じた。

 文字通り囲まれているらしく、逃げ場はない。


 と言うことは、ここで僕らは終わりなのだろう。

 イブはここで殺され、僕は連れて行かれる。

 僕はまだ少しだけ生きていられるのかもしれないけれど、それでも待っているのは、死だ。


 ……なんとか、イブだけでも逃がせないだろうか。

 僕は目の前の男に言った。


「なぁ、見逃してくれ、なんて、無理、かな」


 言葉尻が弱弱しくなった。

 でも、しょうがない。

 話しかけたのは、人間じゃない生き物なのだ。

 目を見て、すぐ分かった。


「僕は無理でも、せめて、この子だけでも」


 だが、その男は僕の言葉には答えない。


「貴様に用は無い。もう一人はどこだ?」

「もう一人?」


 洋二さんのことだろうか。

 僕が何かを答える前に、イブがすかさず口を開く。


「我々を放り出して逃げたよ」

「ほう」


 男が僅かに目を細めた。


「くっくっく、なるほど。ずいぶん弱った個体だ。切って捨てられたか」

「その通りだ」


 イブが自嘲気味に笑う。


「そして私はもう、すでに戦意を喪失している」

「そんなことは分かっている。貴様の脳波信号は我々が感じたことの無いものだ。思わず人間のように笑ってしまったよ。奴らの行方は当然、お前らは知らないだろうな」

「もちろんだ。奴らが教えるはずもない。メリットがあるうちは少しだけ行動を共にしたが、見ての通り車を降ろされたのだ。今の私では抵抗も出来ない。まるでトカゲの尻尾切りだよ」

「なるほど。お前らは囮か」


 男がニヤリと笑う。

 目の奥の光は、人間の持つものとは少し違って見えた。

 いや、違っていると僕が思っただけなのだけれど。

 しかし、周囲の男達はみんな笑っていた。

 表情も変えずに、くっくっ、くっくと。


「変わった信号を出す奴だ。なるほど、どこか人間臭い。面白い。実に興味深くはある」

「知ったことか」


 イブは冷静だ。


「私は私だ。人間がどう思おうが、貴様らがどう思おうが、私は私だ」


 男達が互いに目を合わせた。

 その顔は、やはり笑っている。


「良いだろう。暇つぶしに嬲り殺すのも楽しそうだったが。見逃しといてやる」


 男達はそのまま去った。

 周囲を圧迫していた緊張感が消えて、僕は体の力を解く。


 だが、しかし、イブはそのまま深く、深く考え込み、それから言葉を吐き出した。


「運が良かったのか。浩介、どうやら助かったようだぞ。だが、? ? 何を言っているのだあいつは。」

「どう言うこと?」

「いや。私も奴らの種のことはあまり多くを知っているわけではない。だが、楽しむとは? まるで人間のようなことを言う」


 イブは、僕が見たことの無いほどの複雑な表情を見せていた。


 色々、衝撃的だったのだろう。

 僕だってそうだ。今日ほど自分の命のことを考えたことは無い。


 ……いろいろなことが急に起きた。

 ソラの敵意。敵の群れ。

 いったい何が起きているのか僕にはわからない。


「イブ、なんだか、色々ありすぎて、僕も混乱してるけど、その、大丈夫か?」

「大丈夫? 大丈夫なものなど何も無い」


 その通りだ。

 確かに、大丈夫なものなど、何にも無い。

 ただ、今。自分達が助かったという安堵感からなのだろうか。

 僕は、なぜか少しだけ洋二さん達の無事を思った。


「イブ、ソラと洋二さん達、無事かな?」

「奴らのことなど知ったことか」


 イブは素っ気無くそう言うと、再び何かを考え込んでいた。

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