第23話 トカゲの尻尾
「今分かった。正直言って、奴は足手まといだ。弱りすぎていて戦力にならん。我々へのメリットがまるでない」
「メリットが無い?」
洋二さんは運転中にもかかわらず、後部座席のイブへ視線を移した。
イブは何も言わない。
「なぁ、降ろすって嘘だろ? 俺は反対だ。この状況で二人を降ろすなんて」
「二度も言わせるな。車を止めろ!」
ソラの声が、酷く鋭い。
洋二さんは観念したように交差点で車を左折させると、端に寄せて止める。
……待ってくれ。降りる?
このタイミングで?
「ソラさん、いったいどうして、急に、こんな。せっかく仲間になれたのに」
「仲間?」
僕の問いは、質問そのものの意味が全く理解できないと言った声で答えられた。
「仲間とはなんだ? 私は一番に私自身の命のことを考えている。無論、洋二の命もだ。お前らには確かに興味があったが、この状況であっては別だ。戦えぬ同種等、なんの役にも立たない。私達が生きるために、ここで足止めをしてもらう。囮だ」
「ソラ。考え直してくれ」
洋二さんが声を上げた。が、次の瞬間に、それは苦悶の声へと変わった。
バックミラー越しに見える痛みの表情。
ソラの見えない手だ。
目には見えないと言うのに、掴んでいると言う質感が洋二さんの肩にある。
「勘違いするなと言ったはずだ。洋二」
それでも苦しそうに、洋二さんは抗議の言葉を口にした。
「俺達が生きているのは、浩介君とイブちゃんが助けてくれたからだろ? 恩があるんだ。俺は、降ろしたくない。殺すようなものじゃないか。そもそも、意味が分からない。なんで、急に」
それは、僕の言いたいことでもあった。
ここで降りたら、僕達はまず助からない。
多分、簡単に殺されてしまうだろう。
だが、僕らの行動を言葉で示したのはイブだった。
「浩介、降りるぞ」
「賢明な判断だな」
イブは、ソラの言葉を聴きながらも、さっさとドアを開けて降りていってしまう。
僕は、少し迷ったがその後に続いた。
「浩介君!」
洋二さんが言う。
「なんで降りるんだ。早く、乗って」
「拒否する。ソラの脳波が私への攻撃信号に変わった。洋二とか言ったな。我々の種は、自分の命を守るためならどんなことでもする。共生している人間を守るためにもだ。このまま乗っていれば争いになるだろう。命のやり取りだ。こちらを攻撃するつもりの相手と同じ車に乗ると言うのはこちらにも得が無い。それに」
イブは僕をちらりと目だけで見て、それから続けた。
「ソラに浩介を殺されるくらいなら、降りた方がましだ」
「先にお前の方を殺すのも考えたが、止めたよ。今のお前なら、私でも簡単に殺せる」
洋二さんごしに言葉を投げてくるソラ。
イブは動揺もせずに返す。
「それには感謝している」
「感謝など見当違いだ。殺すよりも囮に使った方が有用性が高いと思ったから殺さない」
それで会話は終わった。
洋二さんはまだ納得できないようだったが、彼女達の決定を変える事が誰にできようか。
少なくとも僕には出来ない。
「浩介君。すまない」
「こうなったなら仕方ないです。洋二さんは逃げてください。どうか、ご無事で」
「浩介君も。あのさ、もし無事だったら、また飯でも食べよう。それから多分、奴等が狙ったりはしないとは思うけど、君が無事だったら、菜緒子のこと、頼む」
洋二さんは罪悪感と戦っているのだろう。
ひどく鎮痛な面持ちになっていた。
当然だ。
ここで降ろすと言うことは、死刑を宣告するようなものなのだ。
僕は精一杯の声を作った。
「わかりました」
「最低だな、俺」
「良いんです。行ってください。」
僕はそれだけを言って、それから笑った。
今度こそ死ぬかもしれないけれど、それでも洋二さんを安心させた一心で、無理やりに笑顔を作った。
洋二さんの車がゆっくりと走っていく。
「浩介。ゆっくりもしていられないぞ。すぐに場所を移動しよう」
「わかった。でも、どうしよう。どこへ行ったらいいんだろ」
このまま、家には帰れない。
追い込まれて死ぬだけだろう。
それに、襲撃が開始されたあの工場は、僕の家の近所で、要するに敵のいる方角なのだ。
逆に逃げなければいけない。
「とりあえず乗り物だ。奴等がまた自動車やバイクで移動して来る前に、移動手段を確保したい」
「じゃあ、駅かな」
電車だ。駅まで行ければタクシー乗り場もある。
……しかし、ここはどこだ?
と、思ったけど、国道の方を見て分かった。
見知った道。見知った商店。
もう少し行けば、隣町への境の川が流れているけれど、まだ僕の住んでいる町だ。
ここから僕の最寄り駅に移動するのに、徒歩では少しばかり時間がかかりそうな気もする。
かといって他の駅があるわけでも無いので、そこへ向かうしかないのだけれど。
「とりあえず駅に行こう、あっちの方だったと思うから」
とにかく移動しなくてはと、僕はイブを連れて歩いた。
駅は国道の向こう側にある。
「なあ、イブ。ソラが、戦えない同種とか言ってたけど、どう言うことなんだ?」
「別に全く戦えないわけではない。ただ、弱体化しているだけだ。同時に攻撃を仕掛けて、それで目に見えて分かる違いとなって示されてしまった。それが気に入らなかったんだろう。お互いが逆の立場であるなら私も同じことを言っていた」
「その、僕のせいだよな」
「そうだ」
イブははっきりと物を言う。
「浩介の体液が足りない。唾液や血では補いきれない。私はどんどん衰えている」
イブはそっと僕に近寄って、手を伸ばす。
僕らは歩みを止めた。
イブの細い指が、柔らかく僕の頬に触れて、そっと背を伸ばしてから僕に口づけをした。
いつもとは違う、触れるだけの簡単なキスだった。
「死ぬかもしれないな」
「そうなのかな」
実感がまるで湧かない。
周囲に通行人がいないのは幸いだったのかもしれない。
僕らは再び唇を重ねた。
今度は、お互いを確かめ合う様に。
「ん……浩介」
イブがそっと唇を離す。
「どうやら、来たぞ。こうなったら覚悟を決めよう」
「もう来たんだ」
「ああ、敵だ。しかも複数いる」
僕は考える。
なんとかして、生き延びる手段を考えないと……
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