第22話 危機、再び


「奴の波長はまだ現れない」


 なにやら待ち焦がれているような様子のイブだった。


「なんだ。やっぱり仲良いんだ」


 僕はからかうつもりで言ったが、イブには冗談が通じない。


「仲が良い? 少し違うな。奴は実に興味深い個体だ。そう言った意味で会うのが楽しみではあるが」


 だが、そんなソラを待っている様子は、僕には人間のように見えた。


 興味があるから会いたい。

 その言葉を言うイブが、本当に人間みたいに思えた。

 いや、もしかすると、僕が思っていることと、イブがソラに対して思ってる感情は、全く違うものなのかもしれないけれど。


 イブは本当に美しいと思う。

 人間っぽいと思えば思うほど、そう感じてしまっている。

 でも、イブを人間に似ていると思えば思うほど、余計なことを考えてしまう。

 もし、僕がカノンを想う様にイブのことを好きになったりしたら、僕はどうしたら良いのだろうか。


 好きだから抱くと言う感覚が、時々分からなくなる。

 イブではなくカノンと、なんて思ってみても、それは少し違う気もしているのだ。


 僕はイブとは違った意味でカノンとも出来ないし、したくない。


 彼女を汚してしまう気がして、傷つけてしまう気がして。

 ――こう思えば、洋二さんの言っていたことは、ある程度は的を射ていたのかもしれない。

 しかし、そもそも、感情を確かめ合ってない僕とカノンの関係で、僕だけがそれを思うことに罪の意識すら感じてしまっているのだけれど。


「来たぞ。反応が現れた。恐らく奴だとは思うが、違った時の用心だけはしておけ」


 考え事の時間はそうして終わりを告げた。

 僕とスマートフォンを取り出し、時間を見る。


「時間通り、かな。一応」

「どうやら車で来たようだな。接近が早い。今、外に止まった」


 そして、そのまま数十秒が経った。

 一分が過ぎる。

 ……さらに時が過ぎ、二分。


「入ってこない?」

「私が敵かどうか疑っているのか? 奴の発している信号が、やけに警戒している」

「警戒?」


 その時、僕のスマホがメッセージの受信を告げた。

 嫌な予感がした。

 洋二さんからのメッセージを、僕は読む。


『工場にいるのは浩介君とイブちゃんだよね? もしそうなら、急いで外の車まで来てくれないかな。車が止まったところで反応があったみたいで、ようするに敵が来てる』


 僕は叫んだ。


「イブ!」

「なんだ?」

「洋二さんの車まで行こう! 敵が来てる!」


 イブの眉がピクリと動いて、僅かな硬直を見せる。


「今、私の方も確認した。なぜこのタイミングで敵が。いや、とりあえず走るぞ、浩介」


 僕とイブは走った。


「……なんだ、これは?」


 イブは走りながら、独り言のように言ったが、僕はそれに対して疑問を持つ余裕が無い。

 工場の外にあった車は四人乗りの軽自動車で、窓から洋二さんが叫ぶ。


「早く乗れ!」


 助手席にはソラがいて、彼女を挟んでの声だった。

 もちろん僕らはそれに乗る。


「つけられたのか?」

「いや、恐らく待ち伏せだ。私と洋二が到着するのを待ってから、一気に近づいてきたようだ」


 ソラの答えは僕らの心を凍りつかせた。

 車の慌ただしいエンジン音と共に車は発進し、イブとソラの会話だけが車内を満たす。


「しかし、これはなんだ? どういうことなのだ?」

「私も疑問に思う。今までこんなことは無かった」


 二人はいったい何を話しているのだろうか。


「イブ。何か気になることでも?」

「ああ、浩介。我々の敵は知っているな。群れないと説明しただろう」

「群れ? ああ、聞いたけど」

「奴らは、基本、単独行動なのだ。同種でも常に獲物の取り合いで、こちらを襲ってくるのはいつも単体だった。だが、今回は違う」


 それは……と、僕が口にするよりも早く、ソラが口を開いた。


「先ほど私が感知する限り12匹だな。もっといたかもしれん。一斉にこちらに向かって来ていた。車でなければ逃げられなかっただろう」

「カンベンしろよ。マジで」


 洋二さんが苦々しく呟き、ソラが言葉を続ける。


「問題は、現れた奴らがどちらを狙って現れた敵か、だ。洋二を狙っているのか。それともそちらの浩介を狙っているのか。私はどちらかと言うと洋二を狙っている敵に思う」

「そうだな。断定は出来ないが、出現の仕方から言って、浩介を狙っている可能性は低い」


 車は大きな国道に入り、北へ向かっていた。

 信号が赤に変わり、車が止まる。


「なぁ、追ってきて、ないよな?」


 不安そうな洋二さんに、ソラが答えた。


「今のところは大丈夫だ。いや、待て」


 表情を変えたのは、イブも同時だ。


「追ってきているな。一匹だけのようだが。接近してきている」

「マジかよ! 畜生! 早く青に変われよ!」


 洋二さんが変化の無い信号を睨みつけて叫んだ。

 そんな中でも、イブとソラは冷静に会話を続けている。


「どうやらバイクだな。後続車両に関係なく近づいている。顔を見られる前に消そう」

「ああ、同感だ。こちらから仕掛けよう」


 ソラとイブが窓を開けた。

 まさか、と思ったその瞬間、目に見えないあの腕が出現したのを感じた。

 狭い車内だったけど、その気配は確かに。


「な、なにすんだよ。ソラ」


 洋二さんが動揺して助手席を見た。


「洋二は気にせず運転すると良い。自然を装え」


 信号が青に変わり。車が僅かに前進を始める。

 エンジン音と風の音、それから冷たい温度が窓の外から入って来たと感じたその瞬間、車の後方でものすごい音がした。

 距離はそんなに離れていない。


「洋二、そのまま走れ。もう終わった。致命傷ではないが、乗り物を破壊したから追っては来れない」


 窓から、青い血に濡れて僅かに輪郭だけが見える腕が戻って来た。


「あ、ああ。そう」


 洋二さんは落ち着かない。と、洋二さんの頬を流れている汗を、ソラが指ですくった。

 それを口に含んで、それからソラは言う。


「洋二。後ろの二人を降ろすぞ」

「は? なんで?」


 その声は冷静だった。

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