第21話 青い空
「あの人間のメスは?」
だが、これには洋二さんと一緒にいたイブと同種の少女が答える。
「洋二の血縁者だ。生活範囲から言って、居合わせることもあるだろうな」
「そうか」
話はそれだけだったが、こっちは生きた心地がしなかった。
イブはすぐに興味を無くしたようで、それから僕らは店を変えて、再び話す。
「今回の情報交換は私にとっても有益だった。名前を持つ個体など、本当に珍しいからな」
イブ達の種族は、会話をすること事態がほとんど無いらしい。
脳波を感知した時、それが敵である可能性を考えてしまうからだ。
さらに言うと、適合する人間の奪い合いに発展する可能性もあるため、共生関係のある特定の相手がいれば、基本的に彼女達は近づかずくことも無い。
イブがこうして他の同種と出会ったのは稀なケースであると言える。
「なぁ、俺もお前に名前をつけたいんだけど」
おそらく、僕とイブの関係性を見てからの発言だろう。
唐突に洋二さんが、自分の共生相手の少女に言った。
「断ったはずだが?」
「でもさ、実際名前で呼んでるの見たら、便利だなって思って」
「……そうだな。必要ないと思っていたが、気が変わった。良いだろう。好きにつけろ」
「え?」
あっさりとした返事に、聞いた洋二さんの方がびっくりしていた。
僕も驚いていたし、イブも驚いていたと思う。
「お前はイブとか呼ばれていたな。私はどうやらお前に感化されているらしい。お前の出している脳波の信号は今まで感じたことの無かった種類だ。少し、興味がある」
「知ったことか。私は私でいるだけだ。それに、私に言わせれば、お前の出す信号もずいぶんと面白いものだぞ」
この2人は言葉だけでなく、脳波の信号でのやり取りでもコミュニケーションをとっているらしい。
「私の脳波だと? それこそどうでも良い話だ。それよりも洋二。早く私の名前を決めろ」
「決めろって言ったってなぁ」
どうも、懐かしさを覚える。
あの時は僕も困ったものだ。
それにしても、洋二さんはこの子の前でだけ、すごく軽い性格になる。
「じゃあ、ソラでどう?」
「ソラ?」
「いや、急に出てこなくてさ。その、なんだか今日はすごい晴れてるから、なんとなく」
全員が窓の外を見た。
ソラと名づけられた彼女が、目を細める。
笑っているよう見えた。
「良いだろう。今から私はソラだ」
〇
僕らはその後、軽く挨拶を交わして別れる。
帰り道の途中、僕とイブは来た時と同じように話しながら歩いた。
「有意義だった」
「二人の時はどんな話をしてたんだ? その、ソラと」
「お互いのことだ。奴はどうも私と浩介のことに興味を示しているらしい。それから、アイスクリームのことを話した」
「アイス?」
「奴は食べたことが無いと言っていたので教えてやった。しかし、教えた私のことを人間臭いと言ったが、私から言わせてもらえば、奴の方が相当人間に感化されているよ。……ところで浩介の方は何を話していたんだ?」
僕は言葉に詰まる。
割り切れなきゃ死ぬぞ。と洋二さんは言った。
でも、未だにイブの体の中に自分の一部を入れるということに抵抗感がある。
行為そのものは、したことが無いので何も分からないけれど、話を聞く限り、気持ちの良いものなのかもしれない。
ただ、それで得るものは充実感なのか、快楽なのか。それとももっと他の事なのか。
分からない。
ただ、それをすることによって、僕は変わってしまう気がする。
イブを抱く行為を、たいしたことの無いことだと思うようになってしまうのでは無いかと。
きっと、その行為を簡単な事だと思い、人間の、誰に対してもその感情を向けるようになってしまうのではないかと。
それは、僕の望んでいない姿だ。
カノン。
僕はいったい、どうすれば良いのだろうか。
イブは三度も僕のために戦ってくれた。
二度までは僕を守るため。
でも、三度目は僕の、自分勝手な意見を貫いたことの結果だ。
そのおかげで洋二さんたちを助けられたけれど、それだってイブに言わしてみれば、戦う必要の無い戦いだった。
「……浩介?」
「いや、ごめん。ちょっと考え事してた。洋二さんとはとりとめもない、世間話しかできなかったよ」
「そうか」
イブは途端に話題に興味を失くしたようで、こちらから顔をそむける。
僕はそんなイブの手を取って、しっかりと握った。
「どうした浩介?」
「手、冷たくてさ。こうしてても良いだろ?」
「……好きにしろ」
握った手の温度はほとんど一緒なのに。
僕達は全くすれ違っている。
僕は全てを話すことが出来ないし、例え言ったとしても、彼女が理解してくれるとは到底思えない。
多分、僕はイブのことは大切だと思っているけれど、それでも未だに信用できていない。
とは言え、もしイブに『僕のことが大切か?』と聞けば『大切に決まっている』と答えて、なおかつ『いないと生きていけないから』だ、と言う言葉も一緒にくれるだろうとは思う。
でも、僕が『僕もイブのことが大切だ』なんて言っても、イブは目を細めて、こう答えるはずだ。
『抱いてくれない形で言われるそんな言葉など、どうでも良い。浩介が人間の尺度で私をどう想おうと知ったことか』と。
僕がどんなにイブのことを想っても、きっと変わりはしない。
同じ温度で、同じスピードで歩いてはいても、僕らは違う生物なのだから。
――――――――――
そうしてまた、怯えながらの生活に戻った。
洋二さんとは次の日曜日も会う約束をしていたし、カノンとは連絡を取り合って、またメッセージのやり取りをしていた。
いつまた戦いになるのかと、少しだけびくびくしているけれど、結局、僕はイブと性交渉はしなかった。
毎日キスをして、指を切って血を数回。
イブは貪欲に僕を求めて、それらを摂った後、こう言って僕を責める。
「このままだと死ぬぞ。私も、お前も」
だけど、出来なかった。
あの日、思いもかけずに会ったカノンの存在が、前にも増して僕の中で大きくなっていたのだ。
もう一度会いたいと思えば苦しく。
声を聞きたいと思えば切なく。
危険に巻き込みたくないと思えば悲しかった。
僕は、多分、少なくとも自分からは、二度とカノンと会おうとはしないだろう。
……そうして僕達は次の日曜日を迎えた。
情報交換の場を設けてから一週間後。
洋二さんと再び会う約束をした日である。
待ち合わせ場所は、僕たちが始めて会ったあの工場跡。
そしてその日、僕とイブは、待ち合わせの時間より早く着いてしまっていた。
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