第19話 情報交換会
『やー浩介君。一度、どこかで話をしてみないか?』
木島洋二。
僕と同じように、イブと同種の女の子と暮らしている男の人だ。
同じ境遇の人間である洋二さんならば、僕の今後について相談できるかもしれない。
そう思った僕は、その申し出を受けることにした。
『良いですよ』
『じゃあ、早速、と言うかいきなりで悪いんだけど今日の午後1時、駅前のファーストフード店に来てくれる?』
確かにいきなり過ぎる。
だが、すでに敵に狙われていた洋二さんに、のんびりしている時間は無いのだろう。
僕は、最寄り駅の名前を確認のために告げた。
『S駅で良いですか?』
『もちろんさ。じゃあ、待ってるね』
僕は端末の画面を暗くすると、イブに話しかける。
「イブ、出かけよう。このあいだ助けた人たちと会おうと思うんだ」
「あの連中か。しかし、何故だ?」
「会って話がしたくて。一緒に来るだろう?」
「情報交換という奴か。気は進まないが」
イブはそう言ったけれど、別に僕を止める気はないようで。
それどころか、幾分かは乗り気であるような雰囲気で、こう言うのだ。
「いや、これも良い機会か。私も自分以外の同種と話をするのは稀だ。行こう」
僕らは家を出た。
駅までの距離は、歩いて15分程。
バスに乗れば、もっと楽に、もっと早く行けるかもしれないけれど、僕はイブが話しかけて来たので、そのまま歩くことにした。
「浩介。私はたまに迷うことがある」
「何を?」
「お前を無理やり動けなくして、精液を摂取するかをだ」
僕は足を止める。
「……それは」
「いや。私はそれをしない。以前、それで失敗した。ずいぶん昔のことだが、浩介のように、最初の接触の時点で性交渉を拒んだオスがいた。私は無理やりにそのオスを押さえつけて、精液を摂取した」
なんだか聞きたくない話だった。
それに、こんな話、誰かに聞かれたらどうするのだろうか。
イブは気配を消してはいるのだと思う。
でも、少し不安だ。声は消せているのだろうか?
「結果を言うが、そのオスは私を許さなかった。そのオスは私に怯えを、次には敵意を募らせていった。私自身、ずいぶん酷い目にも遭わされた」
「酷い目?」
「浩介にわかりやすく言うと、虐待だよ。食事を与えられなかったり、突然に寝込みを襲われて、刃物で身体を傷つけられたりもした。私は敵とまともに戦えず、私を信用しなかったそのオスは、簡単に敵の手に落ちてしまった。いくら強力な力を使えても、結局のところ、私は人間と協力し合わなければ生きてはいけない生物なのだ」
僕は何も言うことができない。
自分が必要としている存在が敵に回ると言う、最悪の事態への恐れ。
唾液では効率が悪いと言った、イブの迷い。
「夜、眠っているお前を襲おうと何度も思った。だが、この過去が私を躊躇わせている」
「でも、しなかったんだ」
「そうだ。わざわざこれを伝えたのは、私自身が耐え切れなくなるほどの飢えを感じているからなのだ。本当なら、すぐにでもお前の精液が欲しい」
「それは、ごめん」
僕は謝罪し、彼女に背を向けて歩き続ける。
それからは無言で、僕はイブの顔をまともに見ることも出来なかった。
やがて、僕らは目的地に到着する。
洋二さんはお店の前で待っていてくれた。
「待ってたよ。席は取ってあるから」
「あの子は?」
「先に席に座ってるよ」
「確認した。2階の窓から、こちらを見ている」
イブが指し示すと、そこにはあの日に見た、あの少女がこちらを見ていた。
「OK? じゃあ、とりあえず注文したら来てくれ。とりあえず飯でも食おう」
洋二さんは気さくな人だと思う。
人に警戒心を与えないと言うか、話しかけやすい人だ。
いったい何歳なのだろう。
「お決まりでしたらご注文をどうぞ」
カウンターの店員が僕らを呼ぶ。
メニューを見たイブが、実に不思議がっていた。
「浩介。これはなんだ? 何を食べさせる店なのだ?」
「ハンバーガーだよ。僕が適当に選ぼうか?」
「ああ、頼む。そうだ、浩介」
「何?」
イブが表情一つ変えない、冷静な声で言う。
「アイスクリームは無いのか?」
「あると思うけどさ」
僕と店員は笑った。
「可愛い妹さんですね」
妹。
そういう風に見えるのかと、ちょっとだけ恥ずかしくなる。
僕は顔に軽い笑みを浮かべたまま、注文をした。
ややあってトレーを受け取り、二階に行くと洋二さんとあの子が待っている。
「来たね。浩介君」
洋二さんはにこやかに笑っていた。
だが、イブが僕の目で見ても緊張しているように見えて、僕は「どうも」と言う事しか出来ずに、イブの発言を待つ。
が、先に洋二さんの隣に座っている少女が目を細めながら言った。
「安心しろ。警戒を解け。戦う理由は無いのだぞ。しかし……」
くっくと笑う。
「ずいぶん飢えているな」
「少し理由があってな。抱かれてもらってない」
イブの返事に相手の笑みが大きくなった。
「実に興味深い。その人間のこともそうだが、お前はずいぶん人間臭い個体のようだな。なんなんだ、その脳波の信号は」
「知ったことか」
人間臭い? イブが?
洋二さんと僕は、ぽかんと2人を見ている。
イブと相手もしばらく見つめ合って、少女の方が口を開いた。
「洋二。少し、離れた席でこの個体と情報交換がしたい。良いか?」
「良いけど、ケンカとかすんなよ。頼むから」
「心配するな。戦う理由などない」
2人がトレーを持って移動し、それを見た洋二さんが笑う。
「なんか年相応の、可愛い女の子同士に見えるな」
同感だった。
友達とハンバーガーを食べに来た、どこにでもいる2人組みの女の子に見える。
すこし美少女過ぎる気がするけれども……と、洋二さんが僕を見て、にこやかに笑い、それから言った。
「まぁ、浩介君、とりあえず食べなよ」
「あ、はい。いただきます」
僕はハンバーガーの包みを開ける。
「ところで、あの子、君に抱かれて無いとか言ってたけど、どうして?」
ハンバーガーを口に入れようとしていたが、止めざるをえなかった。
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