第3章 同種遭遇 2015年 9月

第14話 同種

 寝室で寝ている両親を想う。


 父と母はどこにでもいるような幸せな夫婦で、僕は2人の遺伝子を受け継いで生まれた。

 あの2人の子供に生まれて、僕は幸せだった。


 でも、もし2人の子供でなかったら、生命を狙われることも、イブに呪いをかけられることもなく、僕は普通に年を重ねて生きていたのだろう。

 そして、今みたいに家から逃げることも無かったのだろうと、そう思ってしまうことが、少しだけ悲しい。


「浩介。少し待て」


 家を出て数歩。

 玄関先でイブが言った。


「もう1つ反応が現れた」

「もう1つ? 2対1になるってことかよ!」


 やはり、イブは回復し切れていないらしい。

 疲労が顔に出ている。

 今、敵に襲われたら危険だって言うのは、僕にも理解できていた。


「わからん。どちらの反応も同じ方向だが。少なくともこちらに向かってきてはいない。いや、これは……」


 イブはいぶかしげにそう言うと考え込んだ。


「戦っているようだ。1つは私と同種の可能性もある」

「同種? じゃあ、助けないと」


 僕はすぐさまそう言ったが、イブは冷静に聞き返してきた。


「助ける? なぜだ?」


 僕はイブの顔を見る。

 どうやら本気で聞いているようだった。


「なんでって、同種ってことは仲間だろ? 共通の敵がいるんなら、助け合ったって」

「共通の敵?」


 イブの声は冷静そのものだ。


「浩介。共通の敵と言うのは違う。私に適合する人間と適合しない人間がいるように、敵にも適合する人間と適合しない人間がいるのだ。もし、浩介が適合しなければ、その敵は決してお前を標的にしない」

「ちょっと待ってよ。なんだよそれ」


 初耳だった。

 僕を狙わない敵の存在。


「いや、それは良いよ。分かった。でも、戦ってるの、イブと同じ種族なんだろ? 助け合えるかもしれないじゃないか」

「助け合う? いや、話は後にしよう。奴らにこちらの位置を教えずにやり過ごしたい。浩介、移動するぞ」


 イブはどうしてそこまで拒否するのだろうか。


「待てよ。違う可能性の話ばかりしてるけど、僕と適合するかもしれないだろ?」

「その場合はもっと厄介だ。浩介とも適合するという事は、接触して浩介を知られた場合は争奪戦になる。敵とも、私の同種ともだ。回復していない今の私では、まともに戦うことすら出来ない。簡単に浩介を奪われてしまう」


 理解が追いつく。

 適合する人間を巡っての争奪戦。

 イブは、危険要素があるので近寄りたくないのだ。

 でも、例えそうだとしても。


「どっちにしろ、僕と同じ境遇の人間がいるんだろ? だったら、僕は助けに行きたい」


 イブは即答した。


「断る。何一つとして得がない」

「損得とかじゃない! イブの同種って聞いたら、放っておけないんだよ! 僕みたいな境遇の人だって死ぬかもしれないんだろ? だったら、僕は助けに行きたい」


 僕は歩く。

 イブの進もうとしている方向とは真逆の方向に。


「止まれ!」


 イブの声は鋭かった。


「お前の言っていることは、私にはまるで理解できない。いや、この際それは良い。とにかく、私はお前の言葉には反対だ。近づくことはリスクが大きすぎる」

「それは分かってる。でも」


 しかし、僕の言葉を遮って、イブが言った。


「聞け。我々と無関係だった場合でも、それは浩介の生命をまるで考えない戦いに関わると言うことだ。奴らは場合によっては今までとは違い、問答無用でお前の命も平気で奪うぞ。これがどういうことか、本当に分かっているのか?」


 僕は言葉を失う。

 何よりも、僕が最優先だと、そう言っているのだ。


「今まで私が戦って倒した奴らはお前を必要とする連中だけだ。奴らは基本的に群れない。むしろ、奴らの間ではお前をめぐって争奪戦になっていたし、だからこそ単独でお前を襲ってきた。だが、今のこのこ出て行って、もし漁夫の利を狙っている我々の敵が奴らの近くに潜んでいたらどうする?」

「それこそ可能性は低いじゃないかよ。そんなの気にして、見て見ないふりなんて……」


 最後までは言えなかった。

 イブが苦虫を潰したような渋い顔をして、言う。


「待て。向こうがこちらに気づいた」

「気づいた?」


 イブは心の底から事態を重く見ているようだ。


「浩介。私は消耗しきっている。本来なら自分の出す波長を抑えることも出来た。この距離でも敵に察知されない程度に。今はそれも出来ない。……浩介、頼む」


 頼むといいつつ、イブは、有無を言わさずに僕の服をつかむと、強引に僕の唇を奪った。


 30秒。1分。

 わからない。

 でも、もしかすると長く感じていたのは僕だけで、本当は恐ろしいほど短い時間だったのかもしれない。


 息が苦しい。

 胸も。

 イブの体温と僕の体温が交じり合って、ひとつになる。

 吐く息も。


「もう、行くしかない。向こうはどちらにしろこちらを探し始めるだろう。もしそれが浩介を狙う敵で1対1の戦いになったのなら、私は確実に負ける。ならば、今のこのタイミングで漁夫の利を狙う以外に、我々の生き残る道はない。奇襲をかけるぞ」


 それからイブは僕を先導して進んだ。

 戦いはごく近所で行われているようだった。


「嘘だろ? 子供の頃、かくれんぼしたことあるよ」


 潰れた工場の跡地。

 瓦礫の影に身を潜めた僕らは様子を伺う。


「やはり、私の同種と敵の種族が戦っているようだ。しかも、まだ決着がついていない」

「どっちが優勢?」

「敵だ」


 女の子が1人。

 すぐそばに、男の人が1人。


 女の子は傷だらけで、左腕は青い血で塗れていた。

 ずいぶんと苦しい表情だった。


 その正面に無傷の男。

 口が裂けて、首が伸びていた。

 神社で見た時のような、見てわかる化け物の姿だ。


 そして、空中であの見えない腕が動き回る気配。

 空気が震え、ぶつかり合う音。


 イブが、僕に言った。


「浩介、お前を連れてきてしまったが、黙って隠れていろ。いざとなったら逃げるんだ。分かったな?」


 イブは僕の返事を待たずに物陰から出る。

 僕がイブの安否を願った時、すでに彼女は走り出していた。

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