第12話 対話
「なんだ? 人間。珍しいな」
神社で聞いたのと同じ感覚の、無機質で不気味な声が聞こえた。
だが、言葉が通じる。会話が出来るなら……
「頼む。止めてくれ! 殺し合うだなんて、そんなの酷いじゃないか! 僕を捕食するってそんなの、僕以外の物だって食べれるんだろ? ここにいるこの子も人間のご飯を食べれた。だったら戦う理由なんて」
「何を言っているんだお前は?」
男が声を立てる。
「我々がわざわざ危険を冒して、食料を求めているだけだとでも思っているのか?」
風が周囲の木々をざわざわと騒がしくした。
なんだ? この違和感は。
「だって、捕食するって」
「我々が繁殖するために必要なんだよ。お前と言う個体が」
話は途中。
だが、敵の言葉のその瞬間。イブが僕を突き飛ばした。
「!?」
敵の視線がよろめいた僕に向かう。
だが、その一瞬の間で、イブは敵のずっと近くに接近していた。
体を地面に伏せて、恐ろしい殺気を放つ。
射程距離。
男の胸に穴が開き、青い血がこぼれて地面に湿った音を立てた。
男は足から崩れ落ちるともう、動かない。
実にあっけなかった。
イブは止めていた息を、スッと吸い込み、それから振り返って、僕をきつく睨んだ。
「浩介、いったい何をしようとしていた?」
冷たく、鋭い声が僕に向かって放たれる。
「こ、言葉が通じるなら、話し合って、止めようと。戦わなくて済むのなら」
「私には人間のお前が言っていることがさっぱり分からない。戦いを止める?」
イブは人間とは異質な考え方をする生物だ。
でも、僕はその時のイブの感情が痛いほど分かった。
怒りだ。
「浩介。二度と余計なことはするな。対話は不可能だ。結果的には敵の注意が剃れて勝機に繋がったが、それは相手が前回の時のように若い個体だったからだ。私の言っていることが分るか?」
「分からないよ」
僕の不満はついに爆発した。
「なぁ、イブは奴らが僕を捕食するって言ったけど、あいつは僕を繁殖のために必要な個体って言った。意味が分からない。説明してくれ」
「説明?」
イブは笑った。
目を細めて、嘲る様に。
「そんなことを知ってどうする?」
知ってどうするなんて、どうすることも出来ないのは僕自身、分かるけれど。
それでも。
「納得したいんだ」
「納得?」
イブは、まるで理解不能と言いたげな顔をしていた。
「イブ。君を信じたい。でも、不安なんだ。君が隠し事をしているような気がして。繁殖に必要って何のことなんだ? 僕があいつらに捕まるとどんな目に遭うんだよ」
「不安、か。良いだろう。別に隠し事などするつもりは無いからな」
イブの視線が真っ直ぐにこちらを見ている。
人間の目と、とても似ている目。
それなのに、自分とはまったく異質な生物だと分かってしまう目。
「奴らの目的をお前の捕食と言ったが、近い言葉がそれ以外に思いつかなかったのでそう言った。浩介がもし捕まった場合、奴らは浩介を繭に閉じ込める」
「繭?」
「さなぎだよ。君は生きたまま奴らの作った繭玉の中で、数日かけてどろどろに溶かされる。溶けた肉は、新しく生まれる奴らの子供の身体として変異する。奴らはそう言った増え方をする生物なんだ。私の種族と適合している人間を狙う習性を持つ。恐らく、何らかの原因で無差別に選んだ人間は使えないのだろう」
『君を守りに来た』と言う声が甦る。
「浩介。私は君を裏切らない。私と一緒に戦ってくれ。生きるための戦いを」
その時、僕のスマートフォンが着信を知らせた。
母からだ。
「イブ、出発するって」
「そうか」
男の死骸はすでに残骸となっていた。
多分、誰かに見つかってもゴミとして処理されるだろう。
僕らは車に向かう。
「イブ。ごめん」
「それはなんに対しての謝罪だ?」
イブは本当に分からないと言ったように、僕を見ている。
「イブが色々してくれてるのに、勝手なことしたから。僕のためなのに」
「正確にはその言葉は違う。私とお前は共生関係で、お前の命は私の命と同じなのだからな」
イブは平坦な声で続けた。
「浩介。もし、本当に謝罪の意思があるのなら、私を抱いてくれないか? 今すぐでなくても良い。浩介の家で」
「それは、出来ないよ」
「私は浩介が想像している以上に消耗している。次は勝てないかもしれない」
次は勝てない。次、襲われたら、死ぬ。
僕はそれを少し考えた後、強く決断し、自分の親指を思いっきり噛んだ。
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