第11話 脳波

 今、僕はカノンと言う少女のことを考えている。

 僕とあの子の距離を考えて、関係を想う。


 カノンの住んでいる街は僕の住んでいる街の隣で、さらに言うと、通っている学校も近い。


 会おうと思えば簡単に会える。

 イブに会うまでは――枷を解いてもらうまでは、考えもしなかった。

 苦難に直面した時に、こんなにもあの子のことを考えてしまうのは、本当に不思議で仕方がない。


 ふと思い出し、端末を取り出したが、新しいメッセージはない。

 カノンからの連絡は途絶えている。


 最後に会った時、祖母の弔いのことを教えたので、おそらく気を使っているのだと思う。


 今、カノンの言葉が欲しい。

 だけど、カノンにこの現状をなんと伝えようか。


「浩介」


 イブが僕に向かって小声で囁く。

 車が高速道路に入り、すでに数時間が経過していた。


「ダメだな。やはり一定の距離を保っている」


 生きた心地がまるでしない。


「イブ。あの、このままでも大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「いや、例えば、走ってる車が、ひっくり返されたりだとか」

「それはないな。あちらもそこまで無茶なことはしないだろう。それよりもこのまま最後まで付けられて、浩介の家を知られるほうが厄介だ」


 家を、知られる?


「常に襲撃の機会を狙われ続けると言う事だ。放っておけば、他の敵も集まってくるかもしれない」


と、その時、僕らの前方、助手席の母が声をかけてきた。


「浩介、イブちゃんと仲良しね」

「はい。おばさま」


 イブが声の調子を変えて言葉を返す。


「最近、浩介君と内緒話するんです」

「あらあら、どんなお話してるのかしら」

「どうでも良いだろ、そんなの!」


 まったく、こっちの気も知らないで。


「何よ浩介。そんなに怒らなくたって」

「ほっとけって。若者には若者の世界があるんだから」


 ふくれた母を父が笑ってなだめる。

 イブの暗示。

 イブは大したこと無いと言っているが、僕から見たら十分すぎる効果を発揮している。


「そうだ浩介。トイレ大丈夫か? もしダメそうなら次のサービスエリア寄るぞ」


 父のその言葉に背筋が凍った。

 車が、止まる?

 それはだめだ、と言いそうになったところを、イブが遮った。


「おじ様、寄っていただけますか?」

「OK」


 車はサービスエリアへ進路を変えた。

 駐車スペースに止まり、僕とイブは車を降りる。


「ちょっと浩介君と散歩して来ますね」

「ああ、ずっと座ってたら疲れるよな。良いよ、少し休もうと思ってたし。ゆっくりしておいで」


 父のその言葉を受け、イブは僕を連れて歩いた。

 大型のサービスエリアのようで、人の数がチラホラと見える。


「イブ、大丈夫なのか?」

「ああ、こちらの攻撃信号に奴が反応した。どうやら、あちらもヤル気になったらしい。ここでケリをつけるぞ」

「ヤル気って、そんな」


 また戦いになるのか。


「そう言えばイブ。敵につけられてるってなんで分かったんだ? それに攻撃信号って?」

「私の種族と奴らの種族は、お互いの位置を認識し合える。認識と言っても、距離と方角くらいだが、お互いの出している脳波みたいなのを感じるんだ。人間で言う感情みたいなのもそれで知ることが出来る」

「脳波?」

「分かりやすく言うとお互いの位置が分かる探知機みたいな物を持っているということだ」


 僕らは建物の横を通り過ぎて、人のいない裏に回った。


「ここなら人目にもつかない。ここで戦うぞ。奴も車を降りてこちらへ向かってきている。私への明確な殺意を持って真っ直ぐに」


 イブがそっと僕に身体を寄せる。


「キスで良い。私に体液をくれ」


 イブが囁いて、僕達はそこでキスをした。

 彼女の舌が僕の口内の唾液を貪る。


「なぁ、イブ。あの、もしもなんだけど」

「なんだ?」


 離した口。交じり合う吐息。


「言葉が通じるなら、話し合えないかな?」

「話し合う?」


 今のイブの表情は、少し難しい。


「だって、奴らだって食べ物は人間1人だけを食べてるわけじゃないんだろ? イブみたいに人間の食べ物を食べたり」

「そうだろうな」

「だったら」


 話は最後まで出来なかった。


「浩介、来たぞ」


 来た?

 咄嗟に顔を上げると、正面にコートを着た男。

 男はニタァと笑い、ギラギラとした眼でこちらを見ていた。


 そして大量の透明な存在感が周囲に出現する。

 イブと男。それぞれの近くに、空気の流れ。

 質量が出現した気配。


 臨戦態勢だ。


「待ってくれ! 少し、話を!」

「邪魔をするな、浩介」

「違う! 僕はあんたに言ってるんだ、おい!」


 僕はイブを無視して、まっすぐにを見ていた。

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