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しかし、戦闘は、終わっていなかった。
諦めの悪い男が統合軍に一人居た。
天才に率いられた、第22特務中隊は、衝突直前の輸送艦グリーン・ベイから、全員点呼の元、救命ラフトで脱出した。
統合軍の救命ラフトは皇軍のものより、遥かに性能がよく自力航行もある程度可能だった。
諦めの悪い男は、医務室でグリーン・ベイが天才によって無重力にされた瞬間にゆっくりと、医務室のベッドから解き放たれて、そのままゆっくり医務室を漂い、天井に頭をぶつけ、脳浸透による、昏倒状態から覚醒した。
そう、輸送艦グリーン・ベイ艦長ヘンダーソン准尉である。
ヘンダーソンは、ぼやける頭を振り絞り、事態をゆっくりと把握しつつ、船室を漂い、荷室へ、そして、宙士としての驚異的な本能で、スーツを着用し終わるのと、グリーン・ベイが超弩級戦艦ニュー・アーカンソーのブリッジに衝突するのと同時だった。
ヘンダーソンは、宙士官としての訓練された能力と動物的本能でメットを被り、ハンドバズーカを握ると、グリーン・ベイが木っ端微塵になるのと同時に真空の空間に打ち出された。
ヘンダーソンの気密メットのバイザーの周りですごい勢いでバリアント星が回っていた。
おそらく、常人だったならば、その円運動による慣性の法則より血液の集中に耐えきれず失神していたであろう。
しかし、ジョン・リー・ヘンダーソン准尉は、便所掃除係から船長まで成り上がった男である。
根性だけはあった。
強烈な目的意識をアンカーに復讐心をアクセルに教育のないもののもつ柄の悪さをギアにスーツの腕手足をジタバタさせ、グリーン・ベイから打ち出された初期加速と初期運動をどうにか安定させた。
ヘンダーソンの周りは、まさに地獄だった。
第五艦隊の戦艦と巡洋艦がお互いを破壊しあっていた。破片とデブリ、人体の破片まで飛び散っていた。
こんなことできるやつは、一人しか居ない。ヘンダーソンは知っていた。
あのガキだ。
部下をおれに撃たせ。
おれから、船を奪ったやつ。
越乃少尉。
どれが一番重要かと言えば、名前でも、第五艦隊の破滅でもない、自分から船を奪ったことだった。
ヘンダーソン准尉は、スーツのチャンネルをオンにして、喋った。
「おい、ガキ!」
そして、見覚えのあるラフトに向かいハンドバズーカ、M-2114を構え正対した。グリーン・ベイのラフトはあれしかない。微弱な推進剤を噴射しつつ、ヘンダーソンから離れつつあった。
「聞こえてるんだろ、救命ラフトはビーコン出しながら、全チャンネル、オープンのはずだぜ」
聞き覚えのある声が帰ってきた。
『ああ、聞こえているとも、ヘンダーソン准尉、いや、元グリーン・ベイ艦長と呼ぶべきか』
「そんなもんどっちでもいいぜ、もう船なんかねえしな、そうだろう少尉さんよ」
『ああ、ないね。しかし、捕虜となった我が第22特務中隊は全員無事だ』
ヘンダーソンは、第5艦隊の残骸の飛び散った周りを見ながら、そして、ハンドバズーカM-2114のターゲットスコープの両方を交互に見ていた。
「あんたが、やったんだろう」
『心配には、及ばないよ、准尉殿、我々の部隊については、一切の記録は残らない。あんたの船も、あんたの密輸も、すべてだ。皇軍の二個水雷隊が完膚なきまでに第五艦隊をバリアント星重力圏で打ち負かした、それだけだ』
「なんだそれ」
ヘンダーソンのスーツ内ではなにやら微弱なビープ音が鳴りバイブで直接ヘンダーソンになにかを伝えていた。しかし、それは脳震盪による耳鳴りか、警告音かわからなかった。
ヘンダーソンにもわからないが、どうやら時間がないらしい。
『スパイドラマや映画なんかでよくあるやつだよ』
「あんた、あの月の仮設橋頭堡で俺を狙い撃ちだっただろ」
『・・・・・・・・・・』
「無言ってことは図星だな」
ヘンダーソンはもうしっかり、ハンドバズーカのスコープに救命ラフトを収めていた。
『無意味に、お互い憎悪を膨らましあうのはやめにしないか、准尉』
「それは、無理だね、俺の船は木っ端微塵、俺のかわいい部下も木っ端微塵」
『一部の人員は、別のラフトで出たかもしれないし、准尉のようにスーツでベイルアウトしたものもいるかもしれない』
「記録なんか、残らなくても、オレの心には、きっちり刻まれてるぜ、この皇軍の猿のちび野郎」
『こちらに聴こえているその警告音はスーツの気密漏れの警告音だろう。そのバズーカを遺棄し、救難信号を発信するなら、要救助者ならびに、戦時捕虜として救助する。我々が救助しないかぎり貴官は間もなく死ぬ。気が済むのなら、全部教えてやろう。そのほうが、軍人らしいかもしれない。我々は、意図的に、捕虜になった。別に輸送船が希望だったわけではない。統合軍の航宙船ならなんでもよかった、いや正確には、統合軍のIFFさえついていれば、ね』
「おれは、格好のカモだったってわけか?」
『まあね、一番汚れが酷い輸送船の列に並んだ。船や営舎の汚れは、その部隊の規律、モラル、士気を如実に示している。もう説明するまでもないだろう』
ヘンダーソン准尉はスーツの中で一呼吸おいてから言った。
「おれは、復讐を正義だと考えてる」
『そうか、私もだ、准尉』
「なにぃ!?」
『意図的に捕虜になるために統合軍に包囲されているバリアント星の月、エリアンタのたった1/8の標準重力の中、降下艇もなく機動歩兵のスーツだけで、ふわふわ遅い遅い降下速度の中、自動砲台に撃たれながら降下するのは、地獄だったぜ。機械相手にこっちは生身だ。100人居た中隊が降りられたのはたった20人程度の小隊規模だ。目の前にいた、戸川軍曹など、自動砲台の迎撃の恐怖に耐えきれず、スーツのスラスターを吹かし地表に激突死だ』
「あんたの御託はたくさんだ」
『そうか、もう一度、、』
「死ね」
ヘンダーソン准尉は、2キロの高性能炸薬を積んだ弾頭をハンド・バズーカで発射した。
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