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 超弩級戦艦"ニュー・アーカンソー"のブリッジでは、今、第五艦隊と敵二個水雷隊の砲撃戦の佳境をまさに迎えようとしていた。

 実務的でまどろっこしいことを嫌う、オブライエン二佐はブリッジで直接、砲雷長によって砲撃戦の命令をさせていた。

 CICのパネルを通した、ブリップなどで敵と己の位置を知り戦争をするなど、航宙士の真の男の道ではなかった。

 皇軍の貧弱な軽巡"早川はやかわ"のビーム兵器は統合軍の戦闘艦の偏向シールドにほとんど弾かれ無力化しており

どうにか、船の進路を維持しつつ、超弩級戦艦"ニュー・アーカンソー"に正面から向かっていた。

 もう一個水雷隊を率いる、軽巡"野洲川やすがわ"は、もっと悲惨だった。正面は、殆ど原型はとどめていないが、どうにか、進路を維持し、数隻の駆逐艦を率い、天才が行ってくれる、"仕掛け"だけを頼りに、進路を超弩級戦艦に向けていた。

 今や、第五艦隊は、オブライエン二佐の巧みな指揮能力によって、四本指の手のひらが、

二本の糸のような二個水雷隊を掴み潰そうとしていた。

 超弩級戦艦"ニュー・アーカンソー"のブリッジで、オブライエン二佐は、今や、ニュー・アーカンソー"のだけでなく、第五艦隊全体の砲雷長である、当直の砲雷長とともに勝利の瞬間を味わおうとしていた。

 皇軍の貧弱な実体弾があたるということは、第五艦隊の強烈な実体弾もあたるということだ。

 オブライエン二佐は、五年に独りと言われる金星紫示褒章の受賞も間違いなかったであろう。

 ただ、この宙域に天才がくいっと操舵した友軍の小さな輸送艦グリーン・ベイさえなければ。

 オブライエンにCICからも、宙域監視長からも、なんの警告はなかった。

 ただ、ブリッジのブリッググラスの左後方に大きな影ができたなぁと思い、ゆっくり首をめぐらしたら、丁度、弩級戦艦のブリッジぐらいの大きさの小型輸送艦が衝突してきた。、

 最後に見たのは、グリーン・ベイ船首の識別番号778の白い塗装の一部だけである。

 衝突警報すら鳴らなかった。

 ブリッググラスは割れ、いや、ニュー・アーカンソーのブリッジそのものが、持って行かれて、破損し、消滅した。

 船の中央に位置するCICは80センチ級のビーム砲の直撃にも耐えられるカマンガムチタン繊維100ミリで覆われているが、ここは攻撃と防御を指揮する場所で操舵する場所ではない。

 戦艦"ニュー・アーカンソー"は、左下から、突き上げられる形で、微弱な推進を得ると、きちっと解析すれば、他艦でバリアント星の引力圏でのニュー・アーカンソーの予定進路が計算できたはずだが、よじれ、ねじれるような、非常に複雑な航跡をゆっくりと描きながら、超弩級戦艦は航行行動を取っていた。

 まず、右隣の重巡"アーク・デライア"にぶちあたり、ついでに発射途中で、曲がってしまった、75センチ級の主砲を至近距離で、メインエンジンに受け、重巡"アーク・デライア"は、座乗していた第五艦隊司令部幕僚とともに、爆発し轟沈した。

 もちろん、"待ち人まちびとのゴルドー"こと、ゴルドー上級宙将は、弩級戦艦より居住性のよい重巡の自室で誰かを何かを待ったまま即死した。好きだった待ちながら死んだのだ、幸せな死に方だったに違いない。

 重巡"アーク・デライア"の爆破で、両隣の船が被害を受けた。ブリッジを潰されただけで超低速で漂流中の大元の戦艦"ニュー・アーカンソー"の無傷のメインエンジンにも、被害は及びつつあった。

 重巡"アーク・デライア"の爆破で吹き飛んだ、外壁が、戦艦"ニュー・アーカンソー"のメインエンジンの推進剤タンクを丁度、風船にナイフを当てたように切り裂いた。新しい噴射口を得た、"ニュー・アーカンソー"は、さらに、不安定で予測不可能な推進力を得て、よじれ他艦を破壊しながら、一箇所にとどまらなかった。

 重巡"アーク・デライア"のさらに右隣の軽巡"バリモア"は、重巡"アーク・デライア"の爆発に巻き込まれ、軽巡"バリモア"船体の後ろ半分が爆発せずに、吹き飛ばされた。

 吹き飛んだメインエンジンを含む船体後部は、十字架の上部として展開していた、オブライエンが戦闘の最初期に気にしていた、重巡"アーク・サロトア"のメインエンジン噴出口に突き刺さった。

 重巡"アーク・サロトア"は推進剤の根詰まりを起こし、異常噴射を船体の右中央のサブノズルからおこすと、自身の船体を引き裂きながら、周囲の軽巡"イエロー・ギャラン"、姉妹艦の"ブルー・バロン"、"レッド・キーパー"、"ブラック・タイトス"を巻き込みながら、強烈燃焼推進剤を噴射しつつ、轟沈した。

 皇軍の二個水雷隊を包囲し殲滅しようとしていたのだ。第五艦隊の各艦は丁度ボクサーが握りしめようとしている拳の様になっていた。

 次々と連鎖的に第五艦隊中心部の大型戦闘艦が衝突、破損、轟沈、沈没していった。

 タイミングは、ばっちりだった。

 軽巡"早川"、軽巡"野洲川"を先頭とする、皇軍の二個水雷隊は、衝突しあい、大きく出来た十字架の中央の穴から、第五艦隊の後方に抜け出ると、第五艦隊の残存の末端に居た、各戦闘艦を各種攻撃方法で破壊していった。

 後方に偏向シールドが展開されているはずがなかった。

 軽巡"野洲川"は船首に被害を受けたものの、皇軍の圧勝だった。

 

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