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 ライフルを持ちながら、指揮するのは、疲れるので、越乃少尉はキャプテン・シートに座った。

 キャプテン・シートは若干臭った。汗と恐怖と航宙艦特有の推進剤ヴァルリアナ剤の匂い。そして、越乃少尉は平谷ひらたに一等兵にライフルを持たせると、今度こそ、矢継ぎ早に命令を下しだした。

「これより、輸送艦グリーン・ベイは、ヘンダーソン艦長の名誉を守るべく、本来の任務に赴く」

 操舵している、宙士長ちゅうしちょうのパットナムが振り返った。

「一体、ど、どこに、向かって進むんで、、」

「現在、我々は、バリアント星の月、エリアンタの軌道を回っている。エリアンタの仮設橋頭堡で我々を収容し、バリアント星の軌道に居る第五艦隊に補給する予定だったのだろう。そのまま予定どおり実施する」

 パットナム宙士長が目をぱちぱちさせていると。

「これは、命令だ。直ちに実施しなければ、抗命と見て射殺する。直上のバリアント星軌道に向けて、全速前進だ。"推進剤を惜しむな"だったのじゃないのか、統合軍航宙艦の標語は」

 パットナム宙士長が口ごもった。

「で、でも、今、第五艦隊は砲戦の真っ最中で、、、」

「戦闘中だからこそ、補給を必要としているのではないのかね」

「あんたは、どっちの味方なんなので、、」

「君が知る必要はない。操舵したまえ、えーと」

 越乃は、パットナムの階級章を見直した。ちゃんと統合軍の階級章を知っているわけではないらしい。

「宙士長です」

「宙士長、実施せよ」

「アイアイ・サー」小さな声で、パットナムは答えた。

「速度は、両舷微速1/3だ。宙士長」

「微速1/3アイアイ・キャプ」

「短略形は、認めん、それは蔑称だ、官姓名はフルネームで呼べ」

「アイアイ・キャプテン」パットナムが答えた。

 キャプテン・シートにぬっと近寄ってきた独りの宙航士に平谷一等兵が、ライフルをむけた。

「艦長は、此の船のことをどのくらいご存知で?」

 越乃少尉は、振り向かずに、正面を見たまま質した。

「貴様の官姓名は」

「二等航宙士、階級は、インガー二宙曹でありますがね」

「隠れてたのか、航宙士」

「発言する許可をいただけなかっただけで。越乃代理キャプテン」

「ふん、代理か、それは嫌味か、言いようだな、我々特務中隊は、貴様ら、統合軍の輸送艦を奪取し、操艦することもある、心配するな自分の部屋とまではいかなくとも、見えてる隣の庭ぐらい把握している」

 インガー二宙曹は続けた。

「じゃあ、越乃艦長殿、お言葉ですがね、砲戦中の我が統合軍に近づくなら、少なくとも、月単位のIFF(敵味方識別装置)を入力しとかないと、各戦闘艦の自動迎撃システムに撃ち落とされますよ」

 越乃少尉は、大きく、振り向いて尋ねた。

「しかし、そんなことして、近づくと、我が、皇軍の遊弋中の半自動ダブル・デコイの餌食になるぞ、こちらこそ、伺いたいね、インガー二等宙曹、君は、どの程度、皇軍のダブルデコイについて、熟知している」

「ガブラー星域で、二昼夜標準時間追いかけられたことがあります」

「タルーサ戦役か、統合軍のイカサマの開戦同義だな。それより我々皇軍は新型のダブルデコイを配備している。もちろんこれは、機密だが。それより、尋ねたいことがもう一つある」

「なんでしょう」

「漸く協力する気になったか、我々はまさに一蓮托生の呉越同舟だ、これからも、協力してやっていかんとバリアント星のデブリとなって、その重力圏を永遠に漂うことになるぞインガー二宙曹。しかし、見事に下っ端ばっかりだな光学式の対魚雷防御システムはどうなっている?これは、航宙士でなく、砲雷士か?」

 パットナムが答えた。

「そんな上等なもの、このボロ船は積んでいませんぜ。なにせ、艦長は、士官か、下士官かわからない、准尉様だ」

「そりゃ大変だな、ちょっとした、スリルに満ちた航海になりそうだな、貴様の腕にすべてかかっているぞパットナム宙士長」

「だから、操舵をまかされているんで」

「第五艦隊は無線封鎖中だろ、ここいらで、速度を上げんと、戦艦"ニュー・アーカンソー"に置いていかれるぞ」

 と、越乃少尉。

 もう、艦橋の偏光ブリッググラスにも、砲戦のレーザー光が直線として見えている。

「戦闘中の戦艦に接舷するんですか?」

 インガー二宙曹が、訊き直した。

「デカイ奴ほど、たらふく食うだろう」

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