天才士官、宇宙を謀る

美作為朝

1

 臨時の衛兵にされた、船内機関兵が、一名の捕虜を連れて、小さな輸送艦のブリッジまで上がってきた。

 衛兵が捕虜を連れているというより、捕虜が衛兵を連れているようだった。

 捕虜のほうが、堂々としていた。

 この小さな輸送航宙艦のブリッジは、今とても忙しい。

 艦長のヘンダーソン准尉は、矢継ぎ早に指示を出しているが、現状に艦内の態勢が追いついていない。

「なに、タイトビームの通信が切れただと、聞いていない。新型のバイナリーのアッセンブリーCICシステムなんかこの船についておらんぞ、もう既に戦闘中なんだ平文でいい、ランデブーポイントを計算し直し、司令部に送り返せ」

 捕虜は、背も小柄で、無表情、統合軍の作業服にPWの文字。

 そして、衛兵より、艦長のシートに近づき、艦長が命令を下しているのを黙って待っていた。

「なんだ、なんで、こんなところに、捕虜が居る?、今、当艦は戦闘配置中バトル・ステーションだ。宙士長、持ち場に戻らんかバカモン」

 叩き上げらしい、男盛を過ぎた、大柄のヘンダーソン艦長は、モニターと頭上の遙先はるかさきで、始まった、航宙船同士の戦闘を見上げている。

 小柄で若い、捕虜が静かに喋りだした。

「取り込み中、大変申し訳無いが、幾つかの、カリミナ戦時協定違反が発生しているので、艦長に対し直接談判に来た」

「なんだ、!?」

 はじめて、ヘンダーソンは、捕虜と衛兵のほうを振り返り見た。

 中学生か、高校生に見間違うような、若い捕虜だ。

「悪いが、本船、グリーン・ベイは、戦闘中だ、貴様のような捕虜を相手にしている暇はない。おい、通信担当、直接第五艦隊の司令部に通信用タイトビームを打ち込め、埒が明かん」

「うわー」

 ブリッジ内がどよめいた。輸送航宙艦グリーン・ベイの近くで、指向非誘導性の宙間弾が炸裂し、大きく、輸送航宙艦グリーン・ベイがかしいだのだ。

「慌てるな、当たっとらん、ただの流れ弾だ。こんなことで、さわいどったら、統合軍宙兵なんか務まらんぞ。おい、貴様、なんでおれの腕を掴んでいる」

 捕虜は、艦長のヘンダーソン准尉の腕につかまって姿勢を保っていた。

「貴様、その様だと、戦闘ははじめてか、貴様のところの皇軍さんが撃った27ミリ宙間弾だよ。馬鹿野郎、貴様、ホモか、俺の腕を離せ」

「掴むところがなかったので、掴んだまでだ」

 捕虜は、すぐに手を離した。

「おい、貴様、捕虜は、バラストや荷物とかわらん、さっさと、荷室に戻って、荷物らしくしてろ、おい衛兵、このガキみたいな捕虜を連れてけ」

「これで、協定違反は二つになった。私は、これでも、皇軍少尉で将校待遇がされていない、、まず、もって、このことを、艦長のために告げにやってきた。どうやら、戦時協定も捕虜の扱いもご存じないようだから、貴官の為に教えて差し上げよう。我々、皇軍第22特務中隊は協定に従い、貴軍、統合軍の戦時捕虜になった。荷物ではない。捕虜は貴官の部下と同じ生存権が協定で与えられている。荷物やバラストでもなければ、奴隷や下僕ですらない」

「ふん」

 ヘンダーソン准尉は鼻で笑った。

「なにを言っとるんだ、貴様は、これは、俺の船だ。俺が、お前らをどう扱おうか、自由だ、それに誰が捕虜になった貴様らの訴えなど気にするというんだ、煮おうと焼こうと後で、統合軍内で口裏を合わせれば、それで終わりだ。おい、レイモンド宙士長、さっさと」

「これだけは、どうあっても守ってもらわなければ、ならん、我々特務中隊は全員、戦闘宙域を航行しているにもかかわらず、宙間スーツを着用していない。これは、戦時協定どころか、宙船シーマン・シップにも劣る行為だ。おい、この船の副長か、第二責任者、士官がいなければ、曹長クラスでもかまわん、次は、航海長だろ、この艦長を逮捕しろ、こいつこそ、荷室行きだ」

 ヘンダーソン准尉の顔色が明らかに変わった。そして、艦長のシートから、ゆっくり、若い、少尉の捕虜のほうに向き直った。

「幸い、この船には、副長なんて、やつは、いねえんだよ、このジョン・リー・ヘンダーソン准尉殿が、キャプテンで、このチンケな輸送船の王なんだ。俺の言うことを聞けねえやつは、外の真空に放り出す。丁度、頭上のバリアント星の軌道上では、あんたのところの皇軍とうちの第五艦隊がドンパチやってる真っ最中だ。あっというまに、ビーム兵器であれ、実態弾であれ、電磁弾であれ、おまえなんぞ、八つ裂きに切り裂いてくれるわ。このクソ生意気な少尉殿め。貴様では不便だ、名前だけは訊いてやる、名乗れ、ガキ!」

「名前だけは、名乗っておこう、越乃こしの少尉だ。砲火の中、艦隊に合流するか、本隊に戻って八つ裂きになるのは、あんたのほうだ」

「あんたは、やめろ。俺は、ヘンダーソン准尉だ、このガキ」

 越乃少尉も、顔を近づけ、めつけた。

「捕虜からの情報は、貴重だ、部隊の配置、部隊の司令官の人事、弾薬の状況、補給の状態、事細かく、拷問はないだろうが、捕虜は質問攻めにあう、一番に貴官ヘンダーソン准尉のことを事細かく喋ってやろう」

 思わぬ、展開にヘンダーソン准尉は少々、おどろいた様子だ、宙間スーツのメットが固定してある、首の付根に汗がたまったのか痒いらしい、手を入れてゴソゴソ掻き出した。

「荷室も、嫌になるほど、拝ませてもらったが、艦隊への補給品だけ積んでる様子じゃなかったな、、正規の補給品のピンはねに、バリアント星への密輸品が3割といったところだろ、もしや、卑軍ゲリラに武器弾薬を流しているのではないだろうな、なぜ、あんなに正規の第五艦隊にどうして50口径弾が必要なんだ?うん?准尉どの」

「統合軍の、誰が貴様のような、敵の捕虜の言うことを信じる」

「密輸品にピンはね満載の船の船長や船員より、利害の絡まない第三者として客観性があるだろう、違うか?。会う尋問官に全員にこのグリーン・ベイのこと、貴様のこと、協定違反すべてぶちまけてやる」

「おい、越乃とやら、泥をすすってまでトイレの便器磨きの二等宙兵から、このチンケな補給艦の艦長まで上り詰めたこの俺を脅すつもりか?」

 ヘンダーソン准尉はキャプテン・シートから身を少し乗り出した。

「相当、お困りの様子だな、皇軍の越乃少尉が救って差し上げよう」

「おい、レイモンド宙士長、そのライフルを俺によこせ、こいつをここで、撃ち殺す。捕虜が暴れた、そうだろう?」

 ヘンダーソン准尉は。キャプテンシートから、立ち上がると、レイモンド宙士長から、4.33ミリ炸裂弾ライフルを越乃少尉の上を腕で奪い取ると、派手な音を立てて、ライフルを構え直し、初弾を装填しを安全装置を解除した。

「短い人生だったな、軍隊生活もこれからだっただろうに。越乃少尉殿よ」

「なんにも、わかっちゃいない様子だな、ヘンダーソン准尉、俺を射殺すれば、事態は余計にややこしくなるだけだ。俺を射殺すれば、捕虜になった部下全員を虐殺しなければ、ならんぞ。隊の全員に伝えて、俺は、ここに来た。それこそ、血の掃除が大変だろうな、それとも、気圧差で死体もろとも全部しんくうに吹き飛ばすか、それに対しても、こちらには備えがあるがな」

「どうやら、越乃少尉、あんたは、天才かなんかのつもりらしいな」

「ただの、皇軍少尉だよ、天才など、天才と言われた瞬間からもう天才だったと過去形になるだけだ」

「そんな理屈、涙涙なみだなみだの宙兵あがりの一准尉にはわからんね」

「それに、あんた、地元の不良とやPAでの酒場での喧嘩は負けしらずだったかもしらないが、実際に人に向かって引き金をひいたことがないだろう。航宙艦の船内勤務なんてそんなもんだ。押すのは、ボタンや、タップだけ。遙か、何宙間距離での光の明滅しか、見たことがないだろう」

「おれが、人も殺せない、腰抜けだと、言いたいのか」

「現在の軍人の多くがそうだ」

「越乃少尉、おまえはどうなんだ?」

「こっちこそ、それこそ死屍累々の上に部隊史が成り立っている涙涙なみだなみだの空間機動歩兵だ」

 ヘンダーソン准尉は、ライフルを構え直し、越乃少尉のひたいに照準を突きつけた。

「こんな狭い空間ではナイフの方が有効だと、喧嘩ですら、学ばなかったのか」

「引き金を引くだけのほうが、楽だぜ」

 とヘンダーソン准尉。

「悪いが、俺をこのブリッジにいれた時点であんたの負けだ」

 ヘンダーソン准尉の指が少し動くのと、越乃少尉が半歩踏み込むのとほぼ同時だった。

 越乃少尉は、ライフルの筒先の廻いから、半歩ヘンダーソン准尉に向かい詰めただけだった。

 4.33炸裂弾は、レイモンド宙士長の肩を撃ち抜いて設計どおり弾頭の黒色無煙火薬が炸裂した。

 越乃少尉は、炸裂弾ライフルがある左側の左腕でライフルを軽く、凪ぎ、右肘の肘鉄でヘンダーソン准尉の顎を若干アッパーになるようにぶちかました。

「空間機動歩兵基礎課程の第一週の演習内容だ、憐れむにも程遠い」

 ヘンダーソン准尉は、軽い脳震盪をおこし、ライフルを落とし、昏倒した。

 威圧するような、大声で、越乃少尉は、叫んだ。

「ブリッジの全員、動くな、この艦の指揮権は、皇軍の越乃少尉ならびに、第22特務中隊が頂いた。動いたもの、こちらの命令に背いたものは、容赦なく、撃ち殺す」

 その声と、越乃少尉の部下の一人が、残りの一名の衛兵をライフルを後ろから突きつけ部ブリッジに上がってきたのは、同時だった。

「ブリッジの誰か、カリミナ戦時協定に従い、レイモンド宙士長を優先に、ついで、ヘンダーソン准尉を医務室へ運び手当しろ。これも、命令だ。従わなければ、一人づつ、射殺していく、。残念ながら、我々は戦時にある。輸送艦とはいえ、このグリーン・ベイは戦闘空域に居る戦闘艦だ」

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