第二章24『悪意』

 松つんが指したキラの『問題』。それは至極単純なことだった。凍気フリーガスを常に出しているキラは、他でもないその『友達』になり得る基地の人々に、怖がられていたのだった。


「……な、なんでだよ……」


 翔はその状況を理解出来ず途方に暮れる。


「キラはちゃんとフィルヒナーさんの許可を得てここに来てて、それで……」


「……それでも、皆が怖がってるのは事実だし、それもやむ無いことなのさ。人間は『未知』のものに対して排他的だからな」


 その翔の疑問に答えるように、松つんがそう言った。その言葉に翔は思わず反論する。


「……それでも、キラは全然危険な存在なんかじゃない」


「ああ、そうかもな。けど、そうじゃないかもしれない。ただでさえ皆、二十五年もこんな狭い場所に閉じ込められてんだ。ほんの少しの『不安』は、ここにとって大問題なのさ」


 その翔の反論にそう返したのは、冷たい目をした元二であった。


「……カケル、お前があの子に説教して助けたんだってな。それはお前らにとっては『良いこと』だったかもしれないが、基地の奴らにとっては必ずしも『良いこと』だったとは限らないのさ」


 その元二の翔への言葉は、残酷に翔の中に響いた。


「……そんな、俺はただ……」


 翔はただ、目の前で小さな子供が自分を犠牲にしているのを、ただ見過ごしたくなかっただけだったのだ。しかしそんな翔の思惑も知らず、また『悪意』がその場に響く。


「なんなのあの子……! あんなに凍気フリーガスを出して。障害でもあるなら、私達にまで感染しうつらないうちに早く出ていってよ!」


 そんな罵詈雑言を聞いたキラは、無意識的にますますその凍気フリーガスを強くしているようだった。翔は以前、キラの常時発している凍気フリーガスは、その精神状態にも関係していると推測していた。その推測が正しいとすれば、聞こえてきたそれらの悪口ヘイトがキラの精神を揺さぶり、その状況を更に悪化させるのも無理はなかった。


「う、うう……」


 自分に向けられたそれらの悪意に思わず涙を流しながらも、キラは必死に自らの凍気フリーガス制御コントロールしようとしていた。しかしそれも逆効果であった。気を鎮めようとすればするほど、また飛んでくる悪意に優しい心キラの心が傷ついていくのだった。


「ひっ……!」


 その強さを増す凍気フリーガスに、周囲の人間は更に声を上げる。自らの放ったその悪言によってキラが苦しみその力を強くしたなどということをつゆ知らず、彼らはその未知の存在に恐怖し続けるのだ。


 続いてその悪意を持った誰かは叫んだ。


「そんな子供、外へ追い払っちまえ! 気味が悪くて仕方ねぇ!」


 するとその声に同調するように、また声が上がる。


「そうだそうだ! おい遠征隊! 早くこいつを追い払え!」


 そうしていてしまった火種にその群衆の『悪意』が燃料となり、苦言の炎はいよいよ勢いを増していった。


「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」


 いつの間にか始まったそのコールに、キラの目には大粒の涙が滲んでいた。いよいよ耐えきれなくなり、翔は壁をドンと叩いて叫んだ。


「黙れ! この子は、キラは俺らに悪さをするような、そんな子じゃない!」


 その翔の叫びに、その場に一瞬の静寂が生まれる。


「お、おい翔……」


 その翔の行動に、隣の松つんは心配そうに翔を見た。が、そんなことは気にせずに続けて翔は叫んだ。


「謝れ! お前らキラに謝れよ! お前らのその態度が、どれだけキラを傷つけたか分かってんのかよ!」


 その叫びにまたその空間は一度静まってから、少ししてある呟きが群衆から漏れた。


「……そんなこと知るかよ」


「……は?」


 聞こえてきたその呟きに翔が反応した時には遅かった。


「コイツは遠征隊お前らが連れてきたんだろ! 責任持ってちゃんとしとけよ!」


 その叫びの後聞こえてきたのは、翔がその性根を疑うほどの言葉であった。


を俺らの居るところに近付けんな! 目障りなんだよ!」


 その、キラをまるでモノのように言い放った何者かの言葉に、翔はもう我を忘れて叫んでいた。


「なんでだよ! なんでお前らはそんなにキラに悪意的になれるんだ! キラはただの子供と何も変わらない! だから全然怖くなんてないんだよ!」


 その翔の叫びに、今度は静まり返る暇も少なく、民衆は再び声を上げた。


「何よその言い草! 偉そうにしやがって!」


「そりゃ遠征隊おまえらは怖くねぇかもしれないが、民衆おれらのことも考えろよ!」


「そもそもあんた何様のつもりだよ! 入隊半年と少しの新米でしょうが! 偉そうに口答えしてんじゃないわよ!」


 その悪意の咆哮の行き先はキラから翔へと変わり、そしてそれはまた勢いを増していた。


「……っ!」


 翔は自らに向けられたそれらの罵詈雑言に、思わず呆然とした。


 ──なん……だ? なんで民衆コイツらが、俺らを責めてるんだ……?


 翔は彼らの神経が分からなかった。遠征隊に日々助けられて生活を送りながら、今その悪意を遠征隊に向けているその民衆の考えが理解出来なかったのだ。


 ──おかしいだろ……! 遠征隊おれらは、民衆おまえらのために日々、危険な屋外そとに行ってるんだぞ……!?


 そうして呆然とする翔の耳に、いよいよその堪忍袋の緒を切るような一言が響いた。


「だいたい遠征隊お前ら凍気フリーガスだなんだってなんだから、同族同士仲良く屋外おそとで暮らしてろよ!」


 その言葉に、いよいよ翔は完全に冷静さを失って、その手を民衆に上げようとしたその時……


「誠に申し訳ありませんでした。遠征隊隊長として、謹んで謝罪申し上げます」


 前に出ようとした翔を手で制して、元二はそう深々と民衆に頭を下げた。


「……っ!」


 その元二の礼儀を正した態度に、民衆は一度口をつぐむ。だが、すぐにまたその口を開いて、また何かを言おうとした時。


 元二は先んじて、「ですが!」と叫んで続けた。


「……この子供を、キラを侮辱することだけは、どうかお辞めください。、こうして不肖ながらも遠征隊の隊長をやっているわたくしに免じて、その軽蔑の言葉はキラに吐かないようお願い致します」


 その元二の、粛々としながらも迫力に溢れた言葉を聞いて、民衆は今度こそ完全に静まり返った。そしてもう自分の悪意ストレスを誰かにぶつけることが出来ないとわかると、次第にその娯楽所に散らばっていき、その場にはまた乾いた空気のみが残った。


「……隊長……」


 翔は複雑な表情をしながら、自らを庇った元二を見る。その視線に気付いた元二は、気まずそうに頭をポリポリと掻いて答えた。


「……確かにお前の怒りも最もなんだけどな、カケル。けど世の中には『正しくないこと』を甘んじて受け入れるのが大事な時もあるのさ」


 その元二の言葉は、まるで何かを諦めた大人のそれであり、翔は少し嫌な顔をする。


 ──だからって、それがキラを軽蔑していい理由にはならない……はずだ。


 翔はその言葉に完全に納得することは出来なかった。しかし現実として、その元二の態度によってその場が穏便に過ぎたことは確かだった。そのため、翔は煮え切らない顔をしながらも、小さく頷いた。


 その翔の様子を見て、ひとつため息をついてからまた元二が話し出した。


「……それとな。仮にも英雄ヒーローだなんだって自分偽ってキラを守ったなら、冷静で居続けろよ。さっきお前はキラへの悪口に怒ったけど、本当にすべきだったのはその言葉に怒ることじゃなくて、その言葉からキラを守ることじゃないのか?」


 その元二の言葉に、今度は翔はなんの反論もすることができず黙り込む。その翔の悄気しょげた様子を見て、元二は一つ息を吐いてから笑って言った。


「……まぁ、そんなに焦んなくてもいいさ。いきなりそんな気遣いしろって言うのも難しいだろうしな」


 そう言い頭をぽんと叩かれた翔は、申し訳なさそうに小さな声で尋ねた。


「……そういえば、さっき隊長『彼と同じような体質を持ちながら』って……」


 その翔の疑問に、元二は「あー……」と少し言葉を濁してから、苦笑いして答えた。


「……まぁ、そのまんまの意味だ。この基地に来たばっかりの時には、俺もキラみたいに凍気フリーガス制御コントロールが上手くいかなかったのさ」


 その元二の言葉を聞いて、意外な顔をして翔は答えた。


「……隊長にも、そんな時期があったんすね」


「まーな。俺がここに来たのは『氷の女王』が来てからすぐのときだったから、まだ凍気フリーガスについても分からない部分が多くてな。色々と大変だったんだよ。」


 そう言って元二がどこか遠くを見るような、懐かしんだ目をする。『氷の女王』が来たばかりの基地というと、恐らくこの基地の『救世主』である朝比奈アサヒナハルもこの基地にいた頃であろう。


 ──つーことは、隊長も朝比奈遥と面識があるのかな。


 そんなことを翔が疑問が思っていると、その間に元二は懐古から意識を戻したようで、そのくらい雰囲気を吹き飛ばすようにニカッと笑って言った。


「まぁ、制御コントロールができないっつっても、キラ程じゃねぇけどな」


 そう言って笑いながら元二はキラの頭を叩く。そう絡まれたキラは少しムッとした顔で元二を見るが、その次の元二の言葉にキラはその目を丸くした。


「……ただまぁ、そんな俺でも遠征隊隊長なんて大層なもんになれたからな。キラ、お前もきっといつか、凍気フリーガスを制御できるようになるさ。


 お前にその気があるなら、俺が直々に教えてやらんこともないしな」


 その元二の言葉に、俯きつつもキラは「……考えておきます」とだけ答えて一つ礼をした。


「……んで、話を戻すと……

 結局結論は何だっけ? 松つん」


「……いや、結論っていわれてもまだ何も出てないけど……」


 と、突然そう話を戻した翔に、松つんはそう冷静に返す。だがふと目に付いたキラの、愛らしくもどこか寂しそうなその顔を見て、松つんは「んー……」と少し唸ってから言った。


「……別に俺も友達作りの専門家スペシャリストって訳じゃないけど、ひとまず作るべきなのは同年代の友達じゃねーの? それこそ同じ子供だったら、まだキラの体質のことも気にしないかもしれないし」


 その親友の言葉に、今度は翔が唸る。


「んー……。同年代の友達、か……」


 そう呟きつつ翔は脳内でその該当者を探す。


 するとその時、翔の頭に一人の少女が思い浮かんだ。


「……あ!」


 思い付いた瞬間、翔はキラの手を取っていた。


「サンキュー、松つん! 友達作りの光明が見えた!」


 そう感謝を口にしながらも、今にもどこかに走り出そうとする翔を見て、松つんは笑いながら問いかける。


「どこか行くつもりなのか? その『友達候補』のところに」


 その親友の言葉に翔は笑って頷いて、もう一度感謝の言葉を口にした。


「ホントありがとな、松つん! 隊長もお世話になりました!」


 そうして翔は娯楽所を飛び出し、ある場所を求めて走り出した。


救世主アサヒナ』の血を継ぐ天才少女アンリの元へ。

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