第二章16『模倣』

 雪が舞い散るその雪原で、翔は腕を凍らせて作った氷の刃フリーズクリーブを武器に戦っていた。その様子を、キラは少し離れた場所からまじまじと見ながら、無意識に呟いていた。


「……すごい」


 それは素直な賞賛の声だった。十分ほど前、突然翔に腕を凍らせて欲しいなどと頼まれた時、キラは思わず怪訝な顔をしてその頼みをオウム返ししたものだった。しかし、今も戦っているその翔の様子を見たキラは、その目を感嘆によって大きくしていた。


 ──あの人、本当に何者……?


 キラは翔という男が未だ理解出来ていなかった。キラが彼を庇い一人連れ去られようとした時も、彼は何かよく分からないようなことを言い放ち、そしてその言葉に何故か目を潤ませていると、気が付いたらキラはその男に抱かれ敵から逃げ回っていたのだった。


 ──『英雄ヒーロー』だとか何だとか、訳分からないこと言ってたし……。


 翔が言い放ったあれらの言葉は、キラにはあまり理解のできないことだった。キラは知っていたのだった。自分が、所謂『疫病神』という存在だということは。


 キラは今もその身体からほとばしる冷気を見つめながら考えた。


 ──僕は凍気この力がうまく使えない。だからいつも垂れ流しにしちゃって、そのせいでお父さんとお母さんも死んじゃって。


 キラの両親が死んだ時、否、正確に言えばキラの両親が時、キラは一人運良く助かったのではなかった。キラは両親が息絶える直前、彼らが襲いかかる獣によって致命傷を負ったその時、凍気フリーガスを暴走させ一人氷の檻に閉じこもったのだった。


 もちろんそれはキラが意識してしたことではない。恐らく自らも殺されてしまうかもしれないという『恐怖』や、両親を失う『悲しみ』により凍気フリーガスの制御が効かなくなったのだろう。しかしそれでも、その事件がキラの心に刻みつけた傷は、決して癒えることは無かった。


 ──あの時、僕が凍気フリーガスを暴走させないで、お父さんとお母さんを守れてたら。


 キラは目を覚ましてからいつもそれを思い悩んでいた。そしてその考えに答えがないことを知ると、キラは自らが周りの人を不幸にする、疫病神なのだと思い込んだのだった。


 だからこそ、翔に言い放たれたそれらの言葉はキラにとって衝撃的であった。


『なんだそれ。お前、自分が英雄ヒーローにでもなったつもりかよ』


『ただ一言、「助けて」って言うだけで、俺らはお前に手を貸すぜ』


英雄ヒーローにでも何にでも、なってやんよ!』


 それらの言葉はあまりに稚拙で、キラには何故翔がそれほど気を荒らげていたのか分からなかった。しかし、それでも、何故かキラの目からは涙がこぼれ落ちていた。その理由が、その時になって少しずつキラにはわかり始めてきていた。


 ──頑張れ、頑張れ。頑張れ、英雄ヒーロー


 キラのその内心のエールに応えるかのように、翔の戦いは熾烈を極めていた。



 ********************



 ──痛い、痛い、痛い、痛い!


「ああああ!」


 その腕の鋭い痛みを叫びに変え、翔はまたその氷の刃を振り回す。


 翔の発したハッタリにより、既に敵は統率を失っていた。『遠征隊最強』の『先輩』ランバートの名を借りたことの効果はやはり絶大だったようで、翔はそうして乱れた隊形の中を動き回り、その敵を一人、また一人と斬り伏せていった。


 しかしその代償も、同時に翔の身体を蝕んでいた。擬似ニセ凍刃フリーズクリーブを装備したその腕は見るからに血色が悪くなっており、翔に痛み以外の感覚をもはや伝えていなかった。


 ──これ、本当にヤバイよな……。


 翔は以前謎の敵と邂逅した時、その足を同じく凍気フリーガスにより凍らされたことがあった。その時はすぐに洞穴に帰り、その足を焚き火で暖めたため大事には至らなかった。それに比べ、今回はその腕を氷漬けにしてからもう随分と経っている。


 翔の防寒着の中、嫌な汗がその身体を伝っていた。腕の感覚を受け取った脳は警鐘を鳴らしており、しかし翔はそれを聞きながらも、それを無視しまた吠える。


「うおぉぉぉ!」


 ──まだだ。まだあの人ランバートを『演じ』続けろ。一瞬も気を抜くな!


 翔を取り巻くその敵は、翔のその演技ハッタリに平成を失うと同時に、翔のその気迫にもされつつあった。


 ──戦い方、口調、気迫まで。全てを模倣マネし続けろ。


 翔は自らにそう言い聞かせ、またその刃を振るう。その様子は最早本物ランバートと比べてもそう遜色が無く、最早翔はほぼ完璧にランバートを模倣イミテーションしていた。


 そうして動揺した敵を一人、また一人と翔は薙ぎ倒していき、その雪原からほとんどの敵がいなくなったその時、


「──!」


 翔の奮闘を少し遠くで見ていたキラは気付いた。その背後から、一人の刺客が近づきつつある事に。


 ──あの人、まだ背後うしろの敵に気付いてない……! このままだと危ない!


 翔は目前の敵に気を取られ、その敵に気が回っていなかったようだった。翔の後ろから翔に迫るその刺客には短剣ナイフが握られており、その凶刃によりもうまもなく翔は重傷を負おうとしていたのだ。


 ──今から叫んでも、今度は前にいる敵にやられるかもしれない。だったら、僕が……!


 そう考え付いたキラは、瞬間走り出していた。


「──!」


「危ない! カケル兄ちゃん!」


 急接近してきたキラに対処することが出来ず、刺客はキラの体当たりに容易に体制を崩す。


 そしてその時、その様子を視界の端で捉えていた翔が、自らの目を疑う出来事が起こった。


 キラによって体制を崩されたその敵の身体が、のだった。


 ──! あれはまるで、隊長の……!?


 そのキラの技に翔が驚愕しているさなか、その場に残ったもう一人の敵が翔に向かい銃口を構える。


 ──! しまった!


 油断したな、と言わんとするばかりにその顔に笑みを浮かべ、その敵はその引き金に手を掛け……


 それを引く直前、その拳銃が駆けてきたフィーリニの蹴りにより弾き飛ばされた。


「──!」


「サンキュー、フィル!」


 やってきた増援にそう感謝し、翔はその刃を最後に振りかぶり、そしてその最後の敵を切り伏せた。


「……ふぅ。油断大敵、だな……」


 改めて自分の詰めの甘さを反省しながらも、改めて先程の油断の原因、キラの方を振り返る。


 息を切らしたキラの横に、氷塊に包まれて横たわる刺客。その身はかつてキラがそうであったように完全に氷漬けになっていた。もちろんその氷塊の大きさサイズは段違いに小さく、その氷は辛うじて刺客の全身を氷漬けにしているような状態であったが……


「……これ、まるで隊長の『完全冷凍フリージング』じゃねぇか」


 それは遠征隊隊長、元二の技である『完全冷凍フリージング』に酷似していた。相手を瞬間的に氷の中に閉じ込める、その芸当はそう出来る者がいないと元二が自負していたのだが……


「……ははっ、そういえばんだもんな。凍気フリーガスの強さは折り紙付き、ってことか」


 キラはその身から常時凍気フリーガスを出している。ともなれば、その総出力量パワーは元二に負けず劣らずあるのは当然のように思えた。


 ──いや、むしろコイツ、しっかり訓練して、もう少し大きくなったら


 翔は、呆然としてその場に四つん這いになるキラを見てそう戦慄する。


 ──厄介もんな分、潜在能力も随一ピカイチ、って訳か。


 そう苦笑してから、翔はそうしてその場に座るキラに手を差し伸べる。そしてその時、先の状況でキラが何と言ったかということに改めて気付き、その内容を反芻した。


「……へへっ、『カケル兄ちゃん』、か」


 それを発した当の本人キラは、咄嗟に翔を恥ずかしい呼び方で呼んでしまったことに気付かれたことに気付き、顔を少し赤らめてからその手を取り答える。


「……そう呼んじゃ、ダメですか……?」


 と、言われた翔は一度目を大きく見開いてから笑って返す。


「いいに決まってるだろ。助けてくれてありがとな、キラ」


 そうしてキラが立ち上がるのを助けた翔は、側に立つフィーリニの存在もしっかり確認してから、一つ息を付いてから呼び掛ける。


「……さぁ、じゃあもうそろそろ帰ろうか。俺基地に」


 その言葉にキラとフィーリニは二人頷き、そうしてその三人組は基地への帰路に付いたのだった。

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