第二章

プロローグ『英雄譚』

 ──まったく、何でこんなに柄でもないことしてたんだっけな。


 猛吹雪に晒され、身体は疲労で今にも倒れそうな状況で、冰崎すさきかけるはそう苦笑した。


 翔の意識が朦朧としているのもむりはないだろう。身体は凍え、視界は舞い散る雪に遮られ、その白の弾幕の向こうには翔のとなる存在がいる。そして何よりも懸念すべきことに、彼の後ろにはがいるのだ。


 その場にいるのが翔一人ならば、彼は迷いなくその場から逃げている。目の前の敵は翔一人では到底太刀打ちのできないものであり、それに立ち向かうほど翔は愚かでも命知らずでも死にたがりでもなかった。翔がその場から逃げようとするのを引き止めているのは、紛れもなく翔の後ろに入るその存在に他ならなかった。


 翔はもう振り返っている余裕もない。吹雪が晴れた時、『敵』がいつ襲ってきてもいいように細心の注意を払い、それと並行して状況打破の一手を思案しているからだ。しかし振り返るまでもなく、翔の背後のその存在の愛らしい瞳は、翔を頼りにしているということは知っていた。


「……これじゃマジでヒーローみたいじゃんかよ」


 そうぼやいて、翔はまたため息を一つつく。その言葉からも読み取れる通り、翔は自分のことを英雄ヒーローであるなどと過大評価はしていない。以前誘拐されそうになった危機を乗り越えた時も、策を巡らせ、姑息とも言える手段で、極めつけに仲間におんぶにだっこの状態で何とか切り抜けたにすぎない。加えてあの時は幸運ラッキーパンチも味方していたのだ。出来すぎもいいところの、まさに『辛勝』であったと言えるだろう。


 ──それに比べてこの状況考えてみろよ?


 まず数メートル先に敵がいるというのに翔は何の策も持ち合わせてはいないのに加え、仲間の助けが来るにはどう頑張ってもあと数十分かかる。最後の頼みの綱の運というやつも、そもそもこんな絶体絶命の状況に陥っている時点で幸運の女神というのは翔に微笑みそうにない。


 それほど絶望的な状況で、まるでヒーローのように、翔は諦めてはいなかった。


 視界に舞う白が少しずつ晴れていく。目の前の敵との激突までそう長くはない。覚悟を決め、翔は後ろの存在に語りかける。


「……安心しろ、『俺が絶対助けてやる』なんてカッコいいことは言えないが……」


 吹雪が晴れる、その瞬間、翔はニヤリと笑ってこう続けた。


「……お前を絶対死なせない、それくらいは約束するぜ」


 眼前の『敵』が翔に飛びかかるのと同じように、翔も一歩前に踏み出しそれに応戦する。その背中にもはや一切の迷いはなかった。


 これは猛吹雪の世界の一人の『英雄』の話。何の力も持たないたった一人の少年が、この長く冷たい『冬』に抗う物語。


 さぁ、第二幕を始めよう。何よりも冷たい世界の、何よりも心灼く英雄譚を。




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